閑話:迷宮谷のニュービィ
妖精島のドワーフの拠点――『ノクタリム』。
そのすぐ近くに位置する、西の港。
『BOAT!』
船が着いたことを知らせる声が、シャウトモードで港中に響き渡った。
中央大陸からやってきた定期船が、ちょうど桟橋へ接岸したところである。
「なんで、大型船なのにボートなんだろうね?」
船を降りながら疑問の声を上げたのは、ハーフエルフのドルイド少女、チコリである。
「僕に聞かれても……」
同じくハーフエルフの少年ハンター、ユウタが苦笑しながら後に続いた。
「船に乗り遅れるって意味の成句が、boatだからじゃないか?」
この初心者パーティのリーダー、パラディンのコウイチも船を降り、大きく身体を伸ばす。
「boatでもshipでも、どちらでもいいから……もう少し揺れないでほしかったわ……」
その後ろから続いたのは、着ている濃紺のローブよりも青い顔をしたウィザードのフレイアだった。
どうやら、ひどく船酔いをしたらしい。
さらにその後ろを、男二人がよろよろとついてくる。
シーフのヤオキと、モンクのアルゴである。
二人とも青い顔をしており、今にも何かを吐き出しそうだった。
「うう〜……フレイア、頼むから早く、こっちへのグループ・ゲートも覚えてくれよー」
ヤオキはようやく地面へ降り立つと、フレイアに向かって両手を合わせた。
「転移魔法は、行き先の近くでしか売ってないのよね……」
「じゃあ、早いとこ『ノクタリム』に行こうぜ」
アルゴが、港から伸びる街道を指差す。
道の左右には、小麦袋が隙間なく積み上げられていた。
モンスターなどのNPCが、小麦袋を跨げない挙動を利用して作られた、安心安全の黄金街道である。
「新しい場所って、ワクワクするねっ!」
チコリの弾んだ声に、みながうなずく。
こうして一行は、妖精島での新たな一歩を踏み出した。
* * *
『ノクタリム』の周辺には、入り組んだ迷路状の谷が広がっていた。
初めて訪れた者は、この迷いの谷の試練に直面することになる。
しかし、道の左右には規則正しく小麦袋が並べられていた。
その導きに従って進むだけで、一行は特に迷うこともなく、『ノクタリム』へとたどり着いた。
谷の奥にあったのは、岩肌に精緻な彫刻を施した小さな門だった。
「わー、細かっ! ドワーフは彫刻もすごいね」
チコリが門に顔を近づけ、刻まれた模様を眺める。
「これは、この街の成り立ちを彫刻にしたらしいよ」
ユウタが門のプロパティ窓を開き、解説を読み上げた。
『来たドワ! コケたドワ! 掘ったドワ!』
「なんか、ドワーフの王様が転んだところを掘ったらしいよ……」
「テキトーだな、おい」
ヤオキが呆れた顔をしながら、小さな門を中腰でくぐった。
門の先に広がっていたのは、洞窟の中に築かれた街だった。
内部は思いのほか広い。
だが、建物や施設はすべてドワーフサイズで造られていた。
特に天井が低い。
「ゴホッ、ゴホ……うへえ、煙い」
天井には排煙用の溝が切られているものの、地下空間の上部にはかなり煙が充満していた。
チコリとユウタ以外の四人は、種族がヒューマンで背が高い。
腰を屈めなければ、煙をまともに浴びてしまう。
「これは、あとで腰にくるわよ……」
フレイアが腰をさすりながら、窮屈そうに歩いていく。
「なあ、腹減ったんだが、ここの名物ってなんだ?」
アルゴが腹をさすりながら尋ねた。
「えっと、『黒鉄カレー』がおすすめらしいですよ」
ユウタが、門でもらった『ノクタリム観光案内』というガイドブックを掲げて見せる。
ヤオキが横から覗き込んだ。
「鋼のように硬い芋ってなんだよ……。もう、さっさと冒険者ギルドでクエスト受けて外に出ようぜ」
「そうだな。アルゴには悪いが、店に入るのも無理そうだ」
コウイチは、立ち並ぶドワーフサイズの店舗を眺めて苦笑した。
こうして一行は、冒険者ギルドへ直行することになった。
* * *
冒険者ギルドは、さすがに他種族にも対応しており、ほかの建物より少しだけ大きめに造られていた。
とはいっても、ヒューマンが真っ直ぐ立っていられるほどではない。
コウイチは腰を落としたまま、ドワーフの受付担当に声をかけた。
「初めてでしたら、こちらがおすすめですよ」
受付担当のドワーフは、立派なヒゲをさすりながら、一枚の依頼書を差し出した。
ちなみに、ドワーフは女性でも立派なヒゲが生える。
そのため、受付担当の性別は判別がつかなかった。
――――――――――――――――――――――――
【デイリーミッション】【谷ゴブリンの討伐1】
依頼者:ノクタリム冒険者ギルド
目的地:迷いの谷
依頼内容:
谷ゴブリンを五匹討伐せよ。
難易度:★★
報酬:5gp
――――――――――――――――――――――――
「五匹か。いいんじゃね」
ヤオキが依頼書を覗き込む。
「デイリーってことは、毎日受けられるのか?」
コウイチが尋ねると、受付担当はうなずいた。
「左様ですドワ〜ん」
声が高い。
どうやら受付嬢だったらしい。
「よし、やってみよう」
コウイチの言葉を受け、受付嬢は依頼書に受託印をポンと押した。
「では、行ってらっしゃいませドワー!」
「やっと腰を伸ばせるわ……」
フレイアが腰をさすりながら、ほっと息をつく。
一行は来た道をたどり、最短距離で門へと向かった。
* * *
「あ、転移魔法買い忘れたんじゃね?」
ヤオキの言葉に、フレイアは首を振った。
「妖精島の転送陣は、『大妖精の黒い森』にあるから、多分ここじゃないわ」
それから腰をさすりながら、一行を見回す。
「それに、そもそも店に入れないし、あんなところに戻りたくもないでしょう?」
「そ、そうだな……」
コウイチも身体を伸ばしながらうなずいた。
「谷を抜けたら黒い森だ。シルヴァノールにも行ってみよう」
方針が決まり、一行は黄金街道をたどって迷いの谷を進んだ。
――しばらく進んだのち。
「なあ、ゴブリンどころか羽虫一匹いなくね?」
ヤオキが周囲を見渡してぼやいた。
「NPCは小麦袋を避けるからだと思うわ」
フレイアの答えに、コウイチが腕を組む。
「つまり、この道を行けば安全だけど、クエストは達成できないということか……」
そのときだった。
「あ! なんか動いたよ」
チコリが、前方の分かれ道の先にある岩陰を指差した。
「ちょっとだけ、見に行こうぜ」
「そうだな。道は二つだけだ。すぐ戻れるだろう」
コウイチがうなずく。
一行は黄金街道を外れ、もう一方の谷間へと足を踏み入れた。
* * *
岩陰を覗き込んだ、その瞬間。
茶色い肌をしたゴブリンが、岩陰から飛びかかってきた。
「うわっ、ほんとにゴブリンだった!」
自分で見つけておきながら、チコリが驚きの声を上げる。
「チコリ、下がって!」
コウイチが前へ出て、盾を構えた。
ゴブリンの突進を盾で受け止め、そのまま剣を振るう。
斬りつけられたゴブリンは、怒り心頭でコウイチへ向き直った。
そこへ横からアルゴが殴りかかる。
「うおりゃっ!」
だが、勢い余って足元の石につまずき、そのまま地面へ両手をついた。
「いててっ!」
ゴブリンがアルゴへ目を向けた隙に、背後へ回り込んだヤオキがバックスタブを入れる。
後方からはユウタが矢を射込み、チコリが前衛を回復する。
そして最後に、フレイアが杖を掲げた。
「ファイヤーボール!」
火球が直撃し、茶色いゴブリンは光の粒子となって消え去った。
「谷ゴブリンって、茶色いんだね」
杖を下ろしたチコリが、ほっとしたように笑う。
「うん。クエスト窓にカウントされてるから、合ってるみたいだよ」
ユウタがクエスト窓を広げ、一番下の行を示した。
[谷ゴブリン 1/5]
「よーし、次のやつを探そうぜ!」
「あ、あっちの方もなんか動いたよ!」
それから一行は、導かれるように谷ゴブリンを順番に倒していった。
[谷ゴブリン 5/5]
「よーし、クリアだ! 俺たち、すごくね?」
ヤオキが歓声を上げる。
「あれ? おかしいな……クリアにならないよ」
ユウタが首をかしげる。
――――――――――――――――――――――――
【デイリーミッション】【谷ゴブリンの討伐2】
依頼者:ノクタリム冒険者ギルド
目的地:迷いの谷
依頼内容:
さらに、谷ゴブリンを十匹討伐せよ。
難易度:★★
報酬:10gp
――――――――――――――――――――――――
「クエストが更新されてる……」
「連続クエストか……どうする?」
コウイチが、みなに意見を求めた。
「この調子なら、十匹くらい楽勝だろ」
「おう、まとめてぶっ飛ばしてやろうぜ」
「そうね。報酬も増えてるし……」
「フレイアさん、一匹あたりは一緒だよ」
「まあ、もう一回くらいやってみるか?」
「賛成〜!」
チコリが元気よく手を挙げ、再び周囲を探し始める。
こうして一行は、少しずつ迷いの谷の奥へと誘われていった。
* * *
その後も、連続クエストは続いた。
【谷ゴブリンの討伐3】 20匹
【谷ゴブリンの討伐4】 40匹
専門用語で言うところの、指数的爆発案件である。
いろいろとダメなやつだった。
「……ねえ、次も倍なら、もう無理じゃないかしら?」
フレイアの言葉に、全員がこっくりとうなずいた。
「よ、よし。キャンセルしよう」
コウイチが代表して、クエスト窓のキャンセルボタンを押した。
【キャンセルしますか? 報酬は出ません】
「う……報酬、なくなるのか……」
「どうしよう?」
「四十匹頑張っても、次は多分八十で、それでも終わりじゃなかったら……」
「もうキャンセルでいいわよ」
「よし、キャンセルだ」
コウイチは、OKボタンを押し込んだ。
【本当にキャンセルしますか?】
「しつこいな……」
もう一度、OKボタンを押す。
【本当の本当にキャンセルしますか?】
「おいおい……」
嫌な予感を覚えつつ、さらにOKボタンを押し込む。
【キャンセルしますか? 報酬は出ません】
「あれ? 最初のに戻ってない?」
「マジかよ、ちょっと貸せ」
ヤオキが横から手を伸ばし、OKボタンを押し込んだ。
【本当にキャンセルしますか?】
【本当の本当にキャンセルしますか?】
【キャンセルしますか? 報酬は出ません】
【本当にキャンセルしますか?】
【本当の本当にキャンセルしますか?】
【キャンセルしますか? 報酬は出ません】
:
「無限ループだ……」
「どうしたらいいんだよ、これ」
* * *
「ノクタリムに戻ろう」
現地でキャンセルできなくても、冒険者ギルドでなら可能かもしれない。
そう考えた一行は、来た道を戻ることにした。
日が傾くにつれ、渓谷には急速に暗がりが広がっていく。
「急ごう……」
コウイチが足を速めた。
だが――。
「……帰り、どっちだ?」
戻るはずの道が、二つに分かれていた。
「マッピングしてなかったのかよ?」
「来たときの分かれ道は記録してたんだけど……」
ユウタが唇を噛む。
「戻る方が分かれてるのには、気づかなかったよ」
「まずいわね。ここは迷いの谷だったわ」
「まー、ずっと右を選んでいけば、どっかに出られるだろ」
「最悪、グループ・ゲートで中央大陸に帰ればいいさ」
「できればシルヴァノールで、転移魔法を買っておきたいところだけどね」
一行は分かれ道で右だけを選び、迷路攻略に乗り出した。
しかし――。
「なあ、この分かれ道のところ、さっきアルゴがコケた跡じゃね?」
「ほんとだ……掘って街でも作る?」
チコリが坊主頭の格闘家だらけの王国を想像してしまい、それを打ち消すように首をブンブン振った。
「いや、そーじゃなくて、俺たち同じところをグルグル回ってね?」
「こっちも無限ループだ……」
* * *
「昔のゲームで、こんなのあったわね……あっちは森だったけど」
「最強の剣が待ってそうだな、おい」
ヤオキが軽口を叩く。
「なるほど。このゲームの開発統括はかなりのゲーマーだって聞いてる。試しに北、西、南、西の順で進んでみる?」
コウイチが、某ゲームの攻略法を思い出して提案した。
「北がどっちかも分からないけどな」
すると、フレイアが「はい」と手を挙げる。
「一応、北を向く魔法ならあるけど?」
「おお、それをお願いできるかい?」
「でも、成功率五十パーセントなのよね……」
(沈黙)
「使えねえ……」
全員が諦めかけた、そのときだった。
「待って。諦めるのは早いよ」
ユウタが顔を上げる。
「何回も唱えて、一番多く向いた方向が北の可能性、高くない?」
「なるほど!」
早速、フレイアは北を向く魔法を唱え始めた。
「センス・ノース!」
「センス・ノース!」
「センス・ノース!」
:
ユウタが結果をメモへ記録し、最後に顔を上げた。
「多分、こっちだ」
指し示した方向の岩陰には、一本の道が続いていた。
北へ続く道である。
多分。
* * *
北、西、南、西の順に進んだ結果――。
周囲はすっかり暗くなり、辺りの様子はよく見えない。
それでも、明らかな違いがあった。
峡谷が岩壁に囲まれていることは変わらない。
足元を踏む地面の感触も、これまでと同じだった。
湿った空気が雨の匂いを運んできて、やがて、ぽつぽつと水滴が落ちてくる。
だが、それも大した違いではない。
ニュービィパーティの面々が心から安堵したのは、道の左右に連なる、ただの小麦袋だった。
黄金街道。
プレイヤーたちがそう呼ぶ、希望の道である。
「これで、やっと帰れるな」
「急ごうぜ。ずぶ濡れになっちまう」
一行が走り出そうとしたとき、チコリが手を挙げた。
「私、雨を止める魔法を持ってるよ」
「おお、すげえじゃん!」
「確率五十パーセントで、効果時間五秒だけどねっ!」
チコリがドヤ顔でオチをつけた。
「でも、それも何度も繰り返せばいいよ」
ユウタの一言に、みんなは顔を見合わせた。
そして、いつもの笑い声が戻ってきた。
(おわり)
――閑話:迷宮谷のニュービィ あとがき
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
ウィザードのフレイアよ。
次回の『マジチー』は、本編を来週火曜日のお昼頃に投稿予定です。
そちらも読んでいただけると嬉しいです。
少しでも楽しんでいただけたなら、ブクマや★で応援だけでもしてくださると励みになります。
ところで、どうして確率半分でしか成功しない、いまいち使えそうにない北を向く魔法があるのかって?
魔法には種類ごとにスキルがあるのよ。
火力、移動、感知……みたいにね。
それで、スキルが低い系統の魔法は、とにかく失敗しまくるの。
問題は、感知系の低レベル魔法が少なすぎることね。
『センス・ノース』がないと、次に覚える遠隔目玉操作の魔法がまともに成功しない。
つまり、感知系のスキル上げが詰むのよ。
だから開発が後から、スキル上げ用に変な魔法を足したんでしょうね。
北を向く。
ただし、成功率は五十パーセント。
……もう少し最初から考えて設計してほしかったわ。
まあ、今回はユウくんのおかげで役に立ったから、文句は半分だけにしておくけど。
――フレイア




