第六十一話:隠し砦のお茶会(後編)
――前編あらすじ。
退屈を持て余した隠し砦の三姉妹は、邪神の神殿へ参拝するという名目でアシダリアへ出かける。
しかし迷宮のような街で迷子になり、酒場『ノクターナル・チャリス』でカグラと遭遇。道案内の対価をめぐって、なぜかブーツを賭けたラーメン大食い勝負が始まってしまう。
そこへ青薔薇騎士団がアシダリアを襲撃。カグラと三姉妹は街を守るため戦いに飛び込み、ナルマリアのチャームによって、騎士団は同士討ちの混乱に陥るのだった。
* * *
「ええぃ! 目を覚まさんか!」
ローゼリーヌは、襲ってくる部下たちをラピス・フルーレの腹で叩いていく。
だが、そのうち一人の頬を、誤って刃が滑った。
赤い血の線が、じわりと滲む。
「っ! ……俺は何を? あれ? 団長、何で睨んでらっしゃるので?」
「やっと目を覚ましたか……なるほど……」
ローゼリーヌは口を歪めると、再び剣を振るった。
今度は部下たちの頬へ、浅く切先を向ける。
まるで絵筆のように滑らせ、払う。
「いてて……? 俺はなにを……」
「あれれ? なんかいい夢を見ていたような……」
「むむ? あ、団長、相変わらず見目麗しいですなあ」
団員たちの頬には、赤い薔薇が咲いていた。
「バカどもめ、これでは赤薔薇騎士団ではないか」
そう言い捨て、ローゼリーヌはラピス・フルーレを三姉妹へ向ける。
「まあ、説教は後だ。道化師どもを片付けるぞ!」
数は減らしたものの、まだまだ騎士たちは多い。
ローゼリーヌは冷たい笑みを浮かべた。
「三人だけで、どれくらい楽しませてくれるかな?」
* * *
「ぐぬぬ〜っ!」
次々と襲いかかる騎士たちを、ドレルムーンは速度で翻弄していた。
だが、多勢に無勢。
すべての攻撃を避けることは不可能だった。
時たま、致命傷かと思われる刃が、鎧の隙間を狙ってくる。
青薔薇騎士団は、集団戦の専門家である。
訓練された剣技は、徐々にドレルムーンを追い詰めていった。
だが、後衛の姉妹のところに通すわけにはいかない。
風のような速度で攻撃をかわし、また、気力で剣を弾き返す。
「ふんぬ!」
満身創痍である。
それでも、背中には妹がいた。
「コンプリート・ヒール!」
エンニールの声が響く。
ドレルムーンの傷が塞がり、HPが全快した。
しかし、それは効果が高すぎた。
ドレルムーンにヘイトを溜めていた騎士たちの憎しみが、ヒーラーに跳ねる。
「まじい!」
ドレルムーンはひとりを抑えた。
だが、もうひとりがエンニールへ向かう。
「きゃっ!」
突進を受けて、エンニールが吹き飛ばされた。
「スリープ!」
ナルマリアが押し留めようとする。
だが、赤薔薇の傷の痛みで、眠らせ続けることができない。
「これはちょっとだけまずいですわね……」
スリープを無効化した騎士は、今度はナルマリアに突進する。
「継続ダメージが入っていると、スリープもチャームも無理ですわ」
ナルマリアは地面に転がり、なんとかかわした。
そして、突進してきた騎士がかわされ、背中を見せた隙に、その騎士へと化ける。
しかし――。
そこへ、ローゼリーヌの突きが飛んだ。
「くくく、頬に赤薔薇がないぞ」
変身は脆くも暴かれ、銀のローブが切り刻まれる。
ナルマリアは慌てて後ろへ引いた。
「お姉様!」
ドレルムーンが叫ぶ。
だが、目の前の騎士たちの猛攻で、助けに回る余裕がない。
「邪神様、悪魔様……いえ、この際、神でも仏でもいい!」
祈ってはいけなさそうな者にも祈るドレルムーン。
――ふと、思い出す。
「深海より来たる、鋭く渦巻く呪符よ……我に力を!」
あの呪符。
カグラは、ナルトと呼んでいた。
「うおおおっ! トルネード・スパイラル・エッジ!」
漆黒の剣が、不規則に揺れて回転する。
周りの騎士たちを弾き飛ばすと、『旅人のブーツ』の羽模様を光らせ、ドレルムーンは姉のもとへ飛び込んだ。
「おっと、姉を殺されたくなければ、止まりなさい」
ナルマリアの首筋に、青く光る細剣が当てられていた。
その刃は、すでに薄く傷をつけている。
「ぐぬぬ、卑怯だぞ、おまえ……」
「ふん。卑怯な技ばかり使う道化師の一座に言われたくないわね」
ローゼリーヌは、さらにドレルムーンへ命じる。
「そのブーツを脱いで、こちらに寄越しなさい」
ドレルムーンは、姉の首筋に当てられた剣を睨んだ。
そして、ブーツを脱ぎ、ローゼリーヌの方へ投げる。
「良い子ね……くくく」
裸足になったドレルムーンを、後ろから数人の騎士が押さえつけ、縄を掛ける。
騎士たちは、気を失っているエンニールにも縄を掛けた。
そして、ローゼリーヌが抑えているナルマリアも捕縛する。
「さあて、冒険者はどこかしら? 貴方たちご存知?」
* * *
広場は、静まり返っていた。
「すぐに吐けば、楽に殺してやるぞ?」
その静寂を破るように、冷たい声が響く。
「お主らが冒険者と珍妙な儀式をしておったのは分かっておるのじゃ」
ローゼリーヌの後ろには、あの黒いエプロンの少年がかしずいていた。
「知らん! 俺は飯を食っていただけだ。たとえ知っていても、おまえらには教えるもんか」
ドレルムーンが、縛られたまま怒鳴る。
「ほう? 妹がこうなってもいいのだな――」
ローゼリーヌは、エンニールの頬で、剣の切先を滑らせた。
部下たちよりも深く刻まれる、赤の紋章。
「やめなさい……非道な行いは、自分に返ってきますわよ」
押し殺したような低い声で、ナルマリアが宣告する。
「それに、その冒険者……貴方たちの手に負えるかしら?」
「どういう意味じゃ?」
ローゼリーヌはナルマリアを冷たく見下ろすと、奪い取ったばかりのブーツの爪先を蹴り込んだ。
「口ばかりの道化師め!」
――しかし、その背後では、もう異変が起きていた。
「あれ? あの変な門、焼け落ちたよな?」
「ん? そのはずだが……おかしいな」
部下たちのざわめきに、ローゼリーヌは振り返る。
焼け落ちたはずの大門が、内に向かって開きつつあった。
言葉にするのもおぞましい彫刻群で埋め尽くされた、漆黒の門。
開く門扉の真上に、考え込むように座す悪魔の像。
その横に、黒い羽根で羽ばたく小妖精が浮いていた。
『あーあ、やり過ぎましたねー。マスター激おこです』
* * *
噴水の反対側に、まだ大門の騒ぎに気づかぬ下級騎士たちがいた。
「異教徒は捕縛したのに、なんか騒がしいな……」
「尋問がエスカレートしてんじゃね?」
「団長、ここに来てからえらい怖いもんな」
そこへ、数人の騎士が、滲み出る影のように路地から出てくる。
下級騎士のひとりが、見知った仲間の顔を見つけて、気安く声をかけた。
「よー、おまえらどこ行ってたんだ? また、掠奪まがいのことをしてたんじゃねーだろうな?」
返ってきたのは、いつもの冗談めかした笑い声ではなかった。
「……んぐるるっ」
「おいおい、変な声出して、なんだよ――」
冗談だと思いニヤつく下級騎士の笑顔が、凍りついた。
ソレラは下級騎士たちにいきなり飛びつき、首筋に歯を食い込ませたのだ。
噛みつかれた騎士たちは、見る間に意識を失い、倒れ伏していく。
「ひいぃ!」
襲撃を逃れた数人が、慌てて逃げ出す。
それを追うように、襲撃者たちはゆっくりと足を運んだ。
倒れた騎士たちも、ゆっくりと立ち上がる。
そして同じように、逃げる者たちの後を追い始めた。
彼らの鎧は、瞬く間に、赤く、黒く、錆びが浮き、ボロボロになっていく。
死の匂いが、ゆっくりと確実に、広場を覆いつつあった。
* * *
新しく現れた門の向こうは、闇妖精の森ではなかった。
なにか得体の知れぬモノたちが蠢く世界。
命ある者が踏み入ってはならない領域。
そんな場所から、濃い紫の瘴気が滲み出ていた。
触れれば死を免れない猛毒。
――デッドリー・ポイズンである。
門の近くにいた騎士たちは、瘴気を浴びると、すぐに膝をついて苦しみ出した。
「毒の瘴気だ! 門から離れよ!」
ローゼリーヌの指示で、騎士たちは門を遠巻きに囲むように布陣した。
門から何か恐ろしいモノが出てくる。
誰もがそう考え、慄いた。
それが単なる遅延ダメージ毒魔法の演出であることには、誰一人、気付かなかったのだ。
――その声は、背後から響いた。
「あら、数人しか浴びなかったのね……残念」
ローゼリーヌが振り向く。
三姉妹の後ろに、真紅の豪奢なローブをまとった女性が立っていた。
三姉妹の拘束も、すでに解かれている。
見張りの騎士たちは、首をあらぬ方向に捻じ曲げ、言葉もなく立ち尽くしていた。
「おまえが冒険者かあぁ!」
ローゼリーヌは、内なる声に導かれるように突進した。
抜き放たれた聖剣ラピス・フルーレが、風を切って唸りを上げる。
『指令』の遂行が可能となった瞬間、心が愉悦に満たされた。
この上ない快楽。
殲滅を終えたら、どうなってしまうのだろうか?
そんな夢想を浮かべながら、神速のブーツで地を蹴る。
あと少し。
心が形のない報酬で満たされるのも、時間の問題だと思われた。
* * *
銀の壁。
ローゼリーヌの顔前に、立ちはだかるモノがあった。
元部下だったモノたちだ。
「邪魔だあ! 退けーっ!」
ローゼリーヌが吠える。
だが、ソレラは耳を貸さない。
ただ、腕を伸ばす。
ただ、掴みかかる。
ただ、噛みつこうとする。
頭の中を占めていた甘い達成感が、遠のいていく。
「ウェイブ・オブ・ザ・ブルー!」
ローゼリーヌは、細剣をしならせた。
青い軌跡が、波のようにうねる。
迫る銀の壁が、まとめて斬り払われた。
だが。
その先に待っていたのは、漆黒の壁だった。
「どりゃああぁ!」
黒い炎をまとった刃が、ローゼリーヌの剣を弾き返す。
ドレルムーンが、裸足で踏ん張っていた。
「甘いわっ!」
ローゼリーヌは剣をずらし、漆黒の剣の腹を削る。
「ただの剣で、この聖剣ラピス・フルーレを受け止められると思うな!」
細剣が円を描いた。
まるで漆黒の刃を絡め取るように。
ドレルムーンは飛びすさり、間合いを取る。
「むむっ?」
漆黒の剣は、半ばから折られていた。
* * *
エンニールは、気を失っていた。
黄金のスケルトン――ホネキチが、彼女を抱き上げて庇護している。
「ううっ……ん……」
ようやく目を覚ましたエンニールは、自分を覗き込む黄金の頭蓋骨に目を瞬かせた。
「きゃあーーーっ!」
大声に、カグラとナルマリアが振り向く。
「ニール、落ち着きなさい。味方よ」
ナルマリアが慌ててなだめる。
だが――。
「なんて素敵な形の頭蓋骨様♡」
エンニールの目が、ハートになっていた。
「妹さん、良い趣味ね……」
カグラが、笑いを堪えてつぶやく。
胸を撫で下ろしたナルマリアだったが、戦況を見て愚痴る。
「スリープもチャームも使えないなんて、暇すぎるわ」
ドレルムーンは、折れた剣でローゼリーヌと斬り結んでいた。
裸足で石畳を踏みしめ、青くしなる聖剣の一撃を必死に受け流している。
一方、ゾンビ兵たちは動きが遅い。
騎士たちは距離を取りながら、じわじわと押し返しつつあった。
「確かに、少し減らしたいわね……」
カグラも考え込む。
その時、エンニールが自分の頬に触れた。
「あら、なんだか痛いわ……」
頬を触り、手に付着した赤い血を不思議そうに眺める。
「とりあえず、ヒールっと」
傷は、たちまち塞がった。
それを見ていたカグラの目が、きらりと光る。
「それだわ!」
「「どれ?」」
エンニールとナルマリアは、声を揃えて首を傾げた。
* * *
「敵を回復するなんて嫌ですわ」
カグラの策を聞いて、エンニールは難色を示した。
だが、ドレルムーンの苦戦を、ただ眺めているわけにもいかない。
ゾンビ兵が減らされてくれば、ますます不利になるのだ。
さらに――。
ホネキチが、じっとエンニールを見つめていた。
「いや〜ん♡ 『頼むよ、僕の一生のお願いだ』なんて言われたら断れないですわ〜♡」
「いや、言ってないし……」
「そもそも骨だから、もう一生終わってるし……」
カグラとナルマリアのツッコミも気にせず、エンニールはひとり盛り上がっていた。
「ニールにお任せですわ!」
エンニールは両手を広げ、噴水へ向かって声を張る。
「海よりも深く、闇よりも暗い、地獄の底の邪なる神よ! 我は求め訴えるなり! ファウンテン・オブ・エビルズ・ブラッド!」
背後の噴水が、闇のような血の色に染まった。
その瞬間、広場にいる者たちの傷が、まとめて癒えていった。
聖属性の範囲ヒールでは、ゾンビ兵にはダメージになってしまう。
だが、闇属性のこのヒールならば、ゾンビ兵もそのまま癒やせる。
騎士たちの頬に刻まれていた赤い薔薇の傷が、すうっと塞がっていく。
それを確認して、ナルマリアが群衆・コントロールを開始する。
「スリープ!」
ひとりの騎士が、剣を握ったまま動きを止めた。
その瞼がゆっくりと落ち、立ったまま眠りに沈む。
「スリープ!」
別の騎士もまた、槍を構えた姿勢のまま沈黙した。
「チャーム!」
さらに別の騎士の目から、すうっと光が抜けた。
騎士団の攻撃の手は、徐々に減っていく。
傾いた天秤は、より傾きを加速させる。
だが、ただひとりになっても屈しない騎士がいた。
ローゼリーヌ・ドゥートルメール。
青薔薇騎士団団長。
今やその立場も、自身の意思も曖昧になり、ただ敵に痛みを与えることで快楽を得るという不可思議な仕組みに魅入られていた。
「くくく、どうした? 半分の剣では黒い炎も出せぬか? どうじゃ、青薔薇の棘は痛かろう?」
いつのまにか支援する部下も居なくなっていたが、ローゼリーヌは却って嬉々として、鞭のようにラピス・フルーレを振り回していた。
* * *
「あなた、すごい武器を出せたりしない?」
折れた剣でローゼリーヌと斬り結ぶドレルムーンを見守りつつ、ナルマリアがカグラに問うた。
「武器かぁ……なんでそう思うの?」
「いえ、なんとなく……」
ナルマリアは、カグラの胸元に輝くGMエンブレムを見て、首を捻った。
「私がガン鉄だったら、武器ぐらいすぐ出せるんだけどね……」
『マスター、僭越ながらご助言を……』
「何かしら?」
『魔法リストに新着があります』
「新着? 新しくできたってこと? 誰が……」
カグラはGMメニューを開いて確認する。
――――――――――――――――――――――――
生成者:トゥールース
【神威魔法】
グループ・ゲート:セレノス NEW
ゲート:セレノス NEW
トランスロケート:セレノス NEW
――――――――――――――――――――――――
「セレノス行きのゲート? なんて便利な……でもこれでどうしろと?」
『マスター、セレノスにはガン鉄さんがおります』
「なるっ! ピコ賢い!」
カグラは顔を上げると、ナルマリアへ告げた。
「ナルちゃん、ちょっとだけ持ちこたえといて」
そして、そのまま詠唱を開始する。
「ゲート:セレノス!」
「ナルちゃんってどなたですの?」
ポカンと見送るナルマリアであった。
* * *
カグラが離脱しても、ゾンビ兵はゾンビのままだった。
ドレルムーンは苦戦していたが、エンニールの回復支援も届くようになり、なんとか戦線は維持できている。
ナルマリアも、スリープやチャームを駆使して敵味方の戦力を調整していた。
「スリープ……うぐっ?」
その脇腹に、焼けるような痛みが差し込まれた。
あの黒エプロンの少年ダークエルフだ。
ナルマリアは脇腹を押さえ、膝をつく。
「お姉様!」
エンニールが叫ぶ。
だが、少年は手の中のナイフを、今度はエンニールへ向けた。
「おまえらがいけないんだ! ローゼリーヌ様を困らせるから!」
ホネキチは、カグラのペットであるため、一緒に去ってしまっていた。
ドレルムーンはローゼリーヌの相手で手一杯だ。
エンニールを守ってくれるものは、誰も居なかった。
「ああ、やっと理想のお方に出会えたというのに……命短し恋せよ乙女とはよく言ったものだわ」
エンニールは覚悟して、目を閉じた。
* * *
ぎゅっと目を閉じたエンニールだったが、少年は一向に動かない。
そっと目を開けて、様子を伺う。
「え? どうして?」
少年は、ナイフを振り上げたまま、石のように固まっていた。
その足元に、ちらりと動くものが見える。
『ぴょ……?』
パステルカラーに塗られたヒヨコだった。
「ああ、すいません、すいません! 逃してしまって……」
ノームの商人が、慌てた体で駆け寄ってくる。
そして、ピヨトリス――コカトリスのヒナを素早く回収した。
「では、お嬢さん方、失礼致します」
そう言って、器用に片目をつぶる。
ノームの商人は、そそくさと市場通りの奥へ消えていった。
「た、助かりましたわ……」
エンニールは、ほっと胸を撫で下ろす。
「あ、お姉様!」
思い出して、すぐにヒールを飛ばした。
ナルマリアの脇腹の傷が、たちまち塞がっていく。
「もうちょっと早く回復して欲しかったわ……」
まだ脇腹をさすりながら、ナルマリアが苦情を発する。
そんなやりとりの中、『ノクターナル・チャリス』の方からカグラが走ってきた。
ホネキチとピコを従えている。
だが、ガン鉄とやらの姿は見当たらない。
そのかわり、カグラは鞘に納まった大きな剣を抱えていた。
「お待たせ、借りてきたわ」
「それが凄い剣ですの?」
『ワガハイ、まケン。スゴイ?』
「わ、なんか喋りましたわ!」
エンニールは目を丸くして、その剣を眺めた。
* * *
「ドレちゃん! この子を使いなさい!」
ドレルムーンが飛び退ったタイミングで、カグラがワガハイを投げた。
『ワガハイ、トブ〜、オチルー』
「ドレちゃんって、どいつだよ」
馴れ馴れしい呼び掛けに苦笑しつつ、ドレルムーンはガッチリと鞘に収まった両手剣を受け止めた。
『ワガハイ、アンシン』
手の中から聞こえた声に、一瞬、目を丸くする。
だが、すぐに破顔した。
「おもしれえ、助かるぜ」
そう言って、捧げ上げた剣を横一閃に鞘から抜き放つ。
黒い刀身が、紫のオーラを揺らめかせた。
その光が、ドレルムーンの顔を照らす。
「よろしくな! ワガハイ」
ドレルムーンは、試すように大上段に構え、縦一閃に剣を振る。
『ワガハイモ、ヨロシク』
「おしっ! 行くぜ」
ドレルムーンは、裸足のまま駆け出した。
切先を地面すれすれに走らせ、間合いを詰める。
いつのまにか、紫のオーラが驚くほど強く、濃くなっていた。
『ワガハイ、フシギ……ミナギル』
ホネキチの上腕骨に腕を絡めて、エンニールが言う。
「相性はいいようですわ」
「まあ、闇騎士と魔剣だしね……でもクルミちゃん、ちょっとへこむかも……」
カグラが、苦笑まじりにつぶやいた。
紫の剣筋が、一直線に青い細剣を襲う。
聖剣対魔剣。
聖騎士対闇騎士。
重い剣戟の音と共に、本当の戦いが、今始まりを告げた。
* * *
「ウェイブ・オブ・ザ・コバルト!」
青の波状攻撃が、ドレルムーンを襲う。
一閃。
ただ一太刀、下から掬い上げられた切先が、青い波を砕いた。
「すげえ……」
振り上げた本人が、一番驚いていた。
『ワガハイ、スゴイ、まケン』
「なんじゃ、そのオモチャは? ごちゃごちゃとうるさいわ!」
ローゼリーヌは苛立つように細剣を振り回した。
「ウェイブ・オブ・ジ・インディゴ!」
今度は、上から落とされる一閃。
ドレルムーンは両手でワガハイを握りしめ、踏み込んだ。
両手剣の重みと、ドレルムーンの剣技が一体となる。
紫の軌跡が空を裂き、破壊的な衝撃波が生まれた。
「インパクト・オブ・フォボス!」
青い波が、紫の衝撃に押し返される。
「おのれ、生意気な……」
ローゼリーヌの足が、石畳を削って後ろへ滑った。
『ワガハイ、まケン、オマエニモ、まケン』
ドレルムーンの肩から、ちょっと力が抜ける。
「ダジャレかよー」
「ぬかせ! ワが奥義に震えが……ガガガッ……」
ローゼリーヌは口の端から泡を飛ばし、まくし立てる。
様子がおかしかった。
白目を剥き、天を仰ぐ。
「ウェいブ・オぶ・ジ・うルトらマリん!」
ローゼリーヌの鎧に嵌め込まれた青い石が、輝き始めた。
それに呼応するかのように、ラピス・フルーレの柄の青い石も輝く。
かつて、遠く海を超えてまで求められた、海よりも貴重な青。
ラピスラズリの深みを帯びた青が、辺りを支配する。
青い巨大な波濤が、ゆっくりと立ち上がりつつあった。
『ワ、ワガハイ、コワイ、まケソウ……』
「なにを弱気になってんだよ、相棒!」
ドレルムーンは、ガシャンと鼓舞するようにワガハイを目の前に立てた。
そして、敵を睨む。
「俺たちだって、まだまだいける!」
『!』
「こっちも、超超〜すげえ必殺技いくぜ!」
『スゴイ、スゴイ、ドンナワザ?』
「それは、これから考える!」
『ワガハイ、ズコーッ!』
だが、ドレルムーンの中に、それは在った。
火星には二つの月がある。
フォボスとダイモス。
だが、EOF世界には、決して見えないもう一つの影の月があった。
その名を、エリスという。
夜の中心にあって、決して見えない闇の月。
争いの女神の名が、ドレルムーンの脳裏を駆ける。
ワガハイを、天の月に突き立てるように大上段に打ち起こす。
青い波濤が迫る。
ドレルムーンは、静かに呟くように、心に浮かんだ言葉を発した。
そして、ワガハイをすらりと自然に任せて振り下ろす。
「真・影弧斬月」
* * *
視界が、真っ青に染まった。
ローゼリーヌの心は、甘い幻想に満たされていく。
この生き物を蹴散らす。
冒険者を屠る。
その未来予想図だけで、底知れない愉悦が湧き上がってくる。
(あアァ……ワレは……ゴのタメ……ヴマれダ……)
だが――。
音もなく、青が割れた。
上から縦一閃。
青を割る、黒い楔。
ラピス・フルーレが、波打った。
『主人よ、青き薔薇たらんことを――』
そう語りかけるかのように震えて。
そして、青い粒子となって消えていった。
ローゼリーヌの手には、青い石だけが残った。
(ああ、もう私には誰もいない……)
ローゼリーヌは、騎士団の団長だった。
理のない抹殺は、騎士道にもとる。
『指令』と『自己定義』が矛盾する。
報いに思えた。
罰に思えた。
そして果てのない魂の迷いも、断ち切られた。
あとには、青い、ただ青い小石だけが残された。
* * *
「わーっ!」
あちこちから歓声が上がった。
広場を覗き込んでいた住民たちだ。
広場の真ん中には、裸足のダークナイト。
ドレルムーンは歓声に応えて、ワガハイを高々と掲げる。
『ワガハイ、エライ?』
「おー、えらいえらい!」
その横で、カグラが地面から青い石を拾い上げた。
「これだけなのね。ブーツはドロップしないんだ」
そして、ドレルムーンの裸足に目をやる。
「あー! ブーツ!」
ドレルムーンは慌てて辺りを探した。
だが、どこにも見当たらない。
「一緒に消えてしまったようですわね」
ナルマリアが、あちこちに倒れている騎士たちの石像を避けながら近づいて来る。
どうやら、カラーピヨトリスたちの活躍は、少年密偵だけではなかったようだ。
――後にこれらの石像は、災禍を忘れないため、『青薔薇事変の像』と名付けられて広場の片隅に設置される。
ナイフを振り上げた少年の像は、騎士に立ち向かう勇敢な姿に見えて、誤解された噂が流れる。
それを聞いたエンニールは、苦い顔をしたという。
「ワガハイ、このまま俺の相棒にならないか?」
『ゴメンナサイ、ワガハイ、モウアイボウイル』
「そっかー、そいつは残念だが、仕方ねっか」
ドレルムーンは、本気で肩を落とした。
「カグラお姉様、ぜひ隠し砦のお茶会にもいらしてくださいな」
エンニールが、ホネキチにしがみつきながら、にこやかに誘う。
「それもいいけど、まずは勝負再開よ!」
カグラがニヤリと笑って声を上げた。
「勝負って、まだ食うのか? もうブーツはないぞ?」
「じゃあ、ナルちゃんの銀のローブでいいわ」
カグラはナルマリアのローブをアゴで指すと、そのまま歩き出す。
「よし! 腹減ってなけりゃ苦戦しなかったんだ! こっちの勝負も負けねえぞ!」
ドレルムーンが、裸足でカグラを追いかける。
『ワガハイ、ダイコンラーメン、ショモウ』
「ちょっと、私は同意してませんわよ」
そう抗議しつつ、ナルマリアも歩き出した。
――この後。
隠し砦では、『旅人のブーツ』も『銀のローブ』もドロップすることがなくなった。
その結果、プレイヤーが訪れることも滅多になくなり、ますます平和で退屈なダンジョンになったという。
* * *
──火星の衛星・フォボス、観測室。
監視者A「黒魔術師の砦……ドロップテーブル変更を確認」
監視者B「……確認完了。これでレアドロップがゼロです」
監視者C「そんなダンジョン、誰が行くんや?」
監視者D「代わりに何かアイテムを追加しますか?」
監視者C「靴下くらい履かせたろか?」
監視者D「ナルマリアさんのローブはどうします?」
監視者C「銀の下位互換ってことで銅でドウや!ドウや!」
監視者D「……なぜ二回」
監視者A「タグ付与、#ラーメンは熱くて危険」
監視者D「確かに……」
(おわり)
――第六十一話 あとがき
最後まで読んでくれてありがとな。
レアブーツの闇騎士改め――裸足の闇騎士、ドレルムーンだ。
次回の『マジチー』は、今週金曜日のお昼頃に閑話を投稿予定だぜ。
初心者パーティが妖精島に渡るらしいぜ。
隠し砦にも来てくれれば、大歓迎なのにな。
そっちも読んでもらえるとうれしいな。
少しでも楽しんでくれたなら、ブクマや★で応援をしてもらえっと励みになるんだぜ。
今回は飯の途中で戦いになっちまったからよ。
ちょっとだけ苦戦しちまったぜ。
次があったら、ちゃんと満腹で臨むからな。
ブーツはなくなっちまったけど、裸足も案外悪くねえ。
地獄の底のエネルギーを、足の裏からじかに感じるぜ。
――ドレルムーン




