第六十話:隠し砦のお茶会(前編)
「退屈ね……」
長女のナルマリアが、ティーカップを宙で止めて、ぽつりともらす。
銀のローブをまとったアルケミストであり、この黒魔術師の砦の主である。
黒魔術師の砦は、ダークエルフの拠点アシダリアの北方に位置する隠し砦である。
この砦を守護するのが、ダークエルフの三姉妹であった。
「モグ……仕方ねえよ……ムグ……最近、冒険者ども、ひとりも来ねえからな……」
次女のドレルムーンは、漆黒の鎧をガチャガチャ鳴らしながら、胡瓜サンドを両手に持って頬張っている。
「お姉様、食べるかしゃべるか、どちらかになさっては?」
三女のダーククレリック、エンニールが、スコーン片手に眉をひそめる。
「んが、とっと……はいはい、わかりましたって」
頬張ったサンドを飲み込み、ドレルムーンは捲し立てた。
「大体、隠し砦なんだから、見つからないのが当然じゃん」
「それはそうだけれど」
ナルマリアは、宙に止めたティーカップを見つめる。
「誰も来ない砦を守るのは、退屈なのよ」
「守護者としては、むしろ上々ではありませんか」
エンニールが静かに言う。
「誰にも見つからない。誰にも荒らされない。何の問題もありません」
「でも、退屈なのよ」
ナルマリアは、宙で止まったままのティーカップを見つめた。
そして、ふいに目を細める。
「どうせ暇なんだから、街に行きましょう!」
突然、ナルマリアが宣言する。
「……街?」
ドレルムーンが、胡瓜サンドを飲み込みながら聞き返す。
「お姉様。ここは隠し砦です。私たちは守護者です。勝手に持ち場を離れるのは問題では?」
エンニールが慎重に問う。
ナルマリアは、優雅にティーカップを口元へ運び、ひと口だけ飲んだ。
「問題ないわ」
「どのあたりがですか」
「邪神の神殿に詣でると言えば、上司の許可も容易いわ!」
高らかに言い放つナルマリア。
エンニールは、スコーンを持ったまま固まった。
ドレルムーンも、胡瓜サンドを両手に持ったまま固まった。
やがて、ドレルムーンがゆっくりとうなずく。
「……なるほど」
「納得しないでください」
エンニールが即座に言う。
だが、ドレルムーンの顔には、すでに外出の気配が浮かんでいた。
「街なら、新しいお菓子もあるかもな……」
「お姉様、目的が神殿参拝から遠ざかっています」
「参拝の帰りに買えばいいのよ」
ナルマリアは何でもないことのように言った。
「ついでに、茶葉も見たいわね」
「黒魔術師の砦の主が、退屈しのぎに茶葉を買いに出るのですか……」
エンニールは、頭痛をこらえるように額へ手を当てる。
「なら、あなたは留守番する?」
ナルマリアが尋ねる。
エンニールは、少しだけ沈黙した。
手元のスコーンを見下ろし、それから小さく息を吐く。
「……監督役として同行します」
「エンニールも行く気じゃない」
ドレルムーンがにやりと笑う。
「監督役です」
「はいはい、監督役ね」
「笑わないでください」
ナルマリアはティーカップを皿に戻し、静かに立ち上がった。
「では決まりね」
その声には、もう退屈の色はなかった。
黒魔術師の砦の奥深く。
誰にも見つからぬ隠し砦で。
こうして、隠し砦の守護者たちは、邪神への信仰心という名目で、街へ出ることになった。
* * *
アシダリア。
中央大陸の東側、クロスロードを北に向かった先にある、ダークエルフの神殿都市である。
「入口は立派ね……」
ナルマリアは、精緻だが邪悪でおぞましいモチーフでびっしりと埋め尽くされた正門を見上げている。
「そりゃ隠れる必要ないですし」
エンニールは門兵のガードに頭を下げて、門をくぐった。
「あ、焼マタンゴ串! あっちにはクラーケンのゲソ焼きがあるぜ!」
ドレルムーンがブーツの音を高らかに響かせ、市場を走り回る。
「おー!闇色焼きそばパンってのも旨そうだぜ!」
その速度、音速を超えている……かもしれない勢いだ。
呆れ気味に後を追うナルマリアとエンニールだったが――。
ナルマリアの脚が、ある露天商の前で止まった。
「はうあっ♡」
主人はノームのようだ。
店先には、小さな木箱が置いてある。
『カラーピヨトリス 一羽100pp』
愛らしい色とりどりのヒヨコが、ピヨピヨとひしめき合っていた。
見上げる黒目がちな瞳が、ナルマリアのハートを射る。
「ああん、可愛い。わたくし石になっちゃいそう」
様子を見た主人が、手を擦り合わせて売り込む。
「可愛いでしょう? この子たち、もう大きくならないので飼いやすいですよー」
「わー! 飼う、飼う!」
前のめりになるナルマリアを、エンニールが慌てて抑えた。
「お姉様、これはコカトリスのヒナよ。大っきくならないなんて大嘘だし、色も塗ってあるだけよ」
「でも可愛いでしょう?」
主人が追い討ちをかける。
「うっ、た、確かに愛らしいけど……」
エンニールも、一緒に堕ちそうであった。
「でも、何かの拍子に石化するのは困るわ」
「躾けてありますから大丈夫でさあ」
「もし、大きくなったら唐揚げにすりゃいいじゃん」
後ろからドレルムーンが覗き込んで言う。
「「食べられるわけないでしょ!」」
姉と妹に同時に叫ばれて、ドレルムーンは目を白黒させるのであった。
* * *
アシダリアの前に広がる、闇妖精の森。
クロスロード側から街道を北上すると、東西に流れる大きな川にぶつかる。
街道は、その川にかかった橋を通っている。
だが、橋にはアシダリアのガードが配置されているため、オーダー系の種族は渡ることができない。
今、その橋から遠く離れた場所――ゾーンの東端の辺りに、渡河する騎馬の集団があった。
水を蹴る馬蹄の音が、重く響く。
騎士たちの銀の鎧がきらめき、川面に冷たい光を散らしていた。
彼らの胸には、青い薔薇のエンブレムが光を放っている。
同じく銀の甲冑をかぶった馬がいななき、周囲の空気を震わせた。
一行は川を渡り終えると、迷うことなく北を目指す。
小さな台形のピラミッドの横を抜け、真っ直ぐ進む。
その先に見据えるのは、大きな門。
――アシダリアであった。
* * *
アシダリアは、三つのゾーンから成っている。
複雑に入り組んだ通路と建築物は、まるで迷宮のようだった。
三姉妹は、最奥のゾーンに鎮座する闇の神殿を目指していた。
だが、一向に着く気配がない。
「ちょっとー、ここ複雑過ぎじゃないかしら? 隠し砦の方がよっぽどシンプルだわ……」
ナルマリアが、うんざりしたように言う。
ダンジョンより複雑なプレイヤー拠点。
アシダリアは、かつてゲーム雑誌の特集でも初見殺しと酷評されていた。
脱出ゲームに勝利しないと本編が始まらない。
出られないまま人生を終えて、オーダー側でやり直す者が続出。
そんな見出しが並んだこともある。
そして、その事情はNPCである三姉妹でも同じようだった。
三人は、完全に迷子になっていた。
「この銀行窓口、さっき見たわ」
ナルマリアが足を止める。
「支店じゃないの?」
ドレルムーンが首をかしげる。
「同じ都市に十も二十も支店があるものですか」
エンニールがため息をついた。
「お姉様方、誰かに道を聞いてみませんか?」
「そんなこと言っても、誰もいないわよ」
「銀行員のゴブリンは闇エルフ語がさっぱりだし」
「どうしましょう……」
困り果てた三人の前に、ひとつの看板が揺れていた。
『ノクターナル・チャリス』
アシダリアでも、旨い料理で評判の酒場だった。
「ちょっと、ここで聞いてみようぜ」
ドレルムーンが、唾を飲み込みながら言った。
「そうね、少しお腹も空いてきましたし……」
市場で何も口にしていなかったエンニールも同調する。
「いいわよ。でも、ここの名物は『コカトリスの唐揚げ』なのよね……」
「えーっ、それはちょっと食べにくいですわ」
エンニールは顔をしかめた。
「野菜ならいいんじゃないか? 焼きマンドレイクとかもおすすめだぞ」
ドレルムーンが扉を押し広げながら言う。
薄暗い店内には、紫の間接照明が淡く反射している。
奥の広めのテーブルに、先客がひとり居た。
銀髪のダークエルフの女性が、テーブルいっぱいに並んだ料理を頬張っていた。
* * *
「モグ……邪神の神殿?」
その女性は、蝙蝠の手羽先をむしりながら答えた。
銀髪のダークエルフである。
後ろには黄金のスケルトンを従えていた。
さらに右肩の上には、黒羽根ウサ耳の小妖精がふわふわと浮かんでいる。
どうやら死霊術師のようだが、只者ではなさそうだった。
「教えてあげてもいいけど、タダでは面白くないわね」
「確かに、対価なしは失礼ですわね」
ナルマリアは、アゴに人差し指を当てて考えた。
そして、ぱっと顔を上げる。
「そうだわ。この妹のブーツを差し上げますわ。なかなかの便利アイテムですのよ」
「ちょ……お姉様!」
ドレルムーンが抗議の声を上げる。
銀髪の女性は、フォークをくるりと回した。
その先を、ナルマリアへ突きつける。
「妹さんは同意していないみたいだけど?」
ナルマリアは、にこりと笑った。
ドレルムーンは、ぶんぶんと首を横に振っている。
「じゃあ、私と勝負しましょう。そちらが勝ったら教えてあげるわ」
「えっと、負けたら?」
エンニールが確認するように訊ねる。
「その素敵なブーツを頂いて、お礼に道を教えてあげるわ」
エンニールは、ぽんと手を叩いた。
そのまま、ドレルムーンの背中を押し出す。
「乗りますわ! 姉以外損しませんし!」
「えっ? えっ? 俺?」
ドレルムーンは目を疑問符にして、戦いの矢面に立たされた。
銀髪の女性は、楽しそうに笑う。
「決まりね。時間無制限、ラーメン大食い勝負でいくわよ!」
銀髪の死霊術師――カグラと名乗ったその女性は、割り箸を掲げた。
『ノクターナル・チャリス』の静謐な店内に、高らかに開戦の鐘が鳴り響いた。
* * *
「これがラーメン?」
ドレルムーンは、目の前に着丼した丼を覗き込んだ。
湯気を立てる闇茶色のスープに、妙に黄色い麺が浸っている。
麺の上には、釜茹でにした卵を真っ二つにしたものと、竹の外皮をドス黒く煮込んだものが浮かんでいた。
丼の縁には、暗黒色の羊皮紙のようなものが一枚添えられている。
何より奇妙なのは、渦巻き模様の紋を刻んだギザギザの円盤だ。
呪いの呪符だろうか?
だが――。
ドレルムーンの喉が鳴る。
(ゴクリ……)
見慣れない奇妙な食材ばかりだ。
それなのに、その香りが告げていた。
(絶対、旨い!)
ドレルムーンは目を輝かせて、フォークを握りしめた。
相手のカグラは、二本の木の棒を器用に使って麺をすすりあげている。
慌てて後を追うように、ドレルムーンも麺をすくい、すすり上げた。
「うんまっ!?」
なめらかだが歯応えのある麺が、濃厚な旨味のスープをまとって口の中で乱舞する。
添えられていた、レンゲと呼ばれるスプーンを手に取り、思わずスープを飲んだ。
「熱っ! でも、うんまっ!」
「スープは飲まなくても良いわよ」
カグラが助言してくる。
だが、レンゲが止まらない。
ふと、具も気になってフォークですくい、口に運ぶ。
卵には濃厚な味がつけられていた。
「卵ってどうしてこんなに美味しいの?」
竹の外皮を煮込んだものも、シャキシャキとクセになる食感だ。
黒い羊皮紙も、磯の香りが食欲を呼び覚ます。
あの呪いの呪符さえも、もっちりとした食感が新鮮で、魚の旨みが強く、いい口直しになった。
ドレルムーンは丼をおろした。
――気がつくと、スープまで飲み干していた。
「あらあら、仕方ないわね。ルール変更よ」
そう言って、カグラもスープを一気に飲み干す。
(※ヤケド注意!リアルでは決して真似しないでください)
――勝負は一進一退を繰り返した。
両者譲らず、三十杯目を迎えようとしていた――。
* * *
両者が、三十一杯目を頼もうとした時だった。
酒場の扉が、勢いよく開いた。
外から、ダークエルフの少年が駆け込んでくる。
腰には黒いエプロンを下げている。
ここの給仕係のようだ。
「た、大変です!」
「どうしたの? 材料が切れたとか言わないわよね?」
カグラの問いに、少年は顔を赤らめた。
だが、すぐに声を張る。
「敵襲です! 大門が燃えています!」
カグラとドレルムーンは、顔を見合わせた。
「拠点防衛イベントかあ……勝負はお預けのようね……」
カグラの言葉に、ドレルムーンがうなずきながら立ち上がる。
「お姉様! ニール!」
「私もそれを一杯食べてみたかったですわ」
エンニールが指をくわえて、積み重なった丼を眺める。
「後になさい、行くわよ」
ナルマリアも、銀のローブを翻して出口へ向かう。
その背中を、苛立ちを隠さない声が追いかけた。
「私も手伝うわ。私の故郷を襲うなんて、どんな悪夢を見せてあげようかしら……」
カグラが、ゆっくりと丼を置いて立ち上がった。
* * *
数刻前――。
アシダリアの大門から少し離れた藪の中に、数名の騎士が潜んでいた。
そこへ、忍ぶように小さな影が近寄る。
「青い薔薇に誉れあれ……」
陰に向かって、青薔薇の騎士が合い言葉を投げかけた。
「黒い薔薇に穢れあり……」
影から声が返る。
その声を受けた騎士は、後ろを振り返った。
「団長、こいつが密偵です」
団長と呼ばれたのは、長身の女性騎士であった。
他の騎士とは違い、その鎧には随所に青い石が埋め込まれている。
腰に吊るした細身の剣の柄にも、青い石が鈍く光っていた。
「して小僧、あの街に冒険者はおったか?」
「はい、ドゥートルメール様」
黒いエプロンを腰に下げたダークエルフの少年は、その場にひざまずいて答えた。
「ひとりだけ、銀髪のダークエルフがおります」
「そうか……ならば開戦じゃな……」
団長――ローゼリーヌ・ドゥートルメールは、部下に手を振って合図を送る。
そして、宙を仰ぎ、口の端を上げた。
――――――――――――――――――――――――
【PROMPT FOR ROSELINE D'OUTREMER】
あなたは青薔薇騎士団の団長です。
アシダリアに向かいなさい。
街の中に冒険者が居ないなら、いったん帰還すること。
街の中に冒険者が蔓延っていたら、誇り高き青薔薇の騎士であるあなたは、黒き薔薇――ダークエルフの冒険者を抹殺しなければならない。
――――――――――――――――――――――――
* * *
誇り高き青薔薇の騎士たれ。
黒薔薇の異教徒を抹殺せよ。
天の指令は、甘く、強く、心に滑り込む。
それは自由を縛る隷属の鎖かもしれない。
だが、その甘美な響きは、ローゼリーヌの心奥にするりと浸透した。
「異教徒を殲滅せよ! あのおぞましい門扉に火を放て!」
ローゼリーヌの声に従い、騎兵の後詰めが火矢を放つ。
アシダリアの大門は、瞬く間に炎に包まれた。
門兵が慌てて門を閉じようとする。
だが、殺到した騎兵の長槍が、その背中を貫いた。
ローゼリーヌは先頭に立ち、大門をくぐり抜ける。
門の先は広場になっていた。
正面の通りには、屋台や露店が並ぶ市場通りが続いている。
ダークエルフをはじめとするカオス系の種族の商売人たちが、慌てて逃げ惑った。
「抵抗する者は殺せ! 逃げる者も殺せ! 投降する者は……」
陶磁器のように整った顔に、冷たい笑顔が張り付く。
「三つ数えて殺せ!」
腰の細身の剣は抜かない。
ローゼリーヌは馬上から長槍を振るい、無抵抗な市民の背中をなぶるように浅く傷つけていく。
「異教徒どもよ、よく聞くがよい! 我らは青薔薇騎士団! 正義の使徒である!」
漆黒の騎馬がいななき、馬上の騎士は高らかに理を唱えた。
「異教徒に生まれたことを悔いるがよい! いや、我の手で生まれ変われること、歓喜するがよい!」
頼みのガードが瞬殺され、広場は絶望に満たされつつあった。
* * *
市場通りの奥で、木箱を抱えて逃げ惑うノームが、視界に入った。
商人のようだ。
ノームは中立種族なので、カオス陣営というわけではない。
だが、青薔薇騎士団にとっては、アシダリアで取り引きをしている時点で同罪である。
慈悲を与える必要はない。
ある騎士の槍が、ノームの背中に突き込まれる。
ギイイィン!
想像外の反動に、騎士はのけ反った。
漆黒の剣が、槍の穂先を弾き飛ばしていた。
返す刃が黒い炎を帯び、槍を途中から両断する。
さらに――。
「ハームトーチ!」
ダークナイトの奥義。
一撃必殺の大技が、騎士を光の粒子へと変える。
漆黒の剣の主は、残された芦毛の馬に剣を向けた。
「主と共に逝くか、生きるか選べ……」
馬は、その言葉を理解したかのように頭を垂れる。
「よしっ!」
そのダークナイト――ドレルムーンは破顔して剣を下げると、馬の首筋を優しく撫でた。
「お姉様、ピヨちゃんたちも無事ですわ」
後方で、エンニールが木箱を覗き込んでいる。
腰を抜かして地面にへたり込んでいたノームは、ぽつりと独りごちた。
「助かった……けどヒヨコのついで?」
* * *
門の脇に、小さな食堂があった。
だが、窓は割られ、入口の扉は蹴破られていた。
店内では、店員たちが身を寄せ合っている。
「へえ、異教徒も食堂なんて贅沢してんだな」
下卑た声を撒き散らしながら、大勢の騎士が侵入してくる。
黒い軍靴が、床に落ちた食器類を踏み砕いた。
「おい、どんな料理があるんだ?」
槍を突きつけられた少女が、震える指で壁の黒板を指差す。
「闇エルフ語じゃねーか! 読めねえよ」
ガシャン、と騎士が拳を叩きつけた。
少女は大きな音に怯え、身体を震わせる。
「へへ、どうせ、芋虫の煮付けとか、ナメクジの塩焼きとかだろ」
別の騎士がそう言って、少女たちに向けて槍を振り上げた。
「へー、よくわかったわね……」
振り上げた槍が、ぴたりと凍りつく。
「どちらも、とても美味よ」
店の入口。
外の光を切り取るように、優美なシルエットが立っていた。
騎士たちの中に、何か冷たいものが這い上がってくる。
「……だ、誰だてめえ?」
一人が、絞り出すように声を上げた。
「ごめんなさいね、あなたたちを止めたいんだけど……」
女は、髑髏の飾りが付いた杖を振るう。
「……私、死人しか操れないのよね」
その意味を飲み込む前に、騎士たちを魔法が襲った。
「来たれ! 冷徹なる死の管理者! キス・オブ・ザ・リーパー・オーケストレーション!」
すべての騎士の背後に死神が現れ、死のルーレットを回す。
すべてのマス目がドクロマークのイカサマルーレット。
騎士たちは指ひとつ動かせぬまま、死の管弦楽に飲み込まれる。
粗暴だった騎士たちは言葉を失い、店内は静寂に包まれた。
――やがて。
「さあ、良い子になって戻ってらっしゃい」
死霊術師の女――カグラが、左手をかざす。
「罪深き魂の救済! マス・デッドマン・チャーム!」
騎士たちは再び立ち上がった。
だが、彼らの鎧は朽ちて錆びつき、胸に輝いていた青い薔薇のエンブレムも、見る影もなく黒錆に染まっていた。
「さあ、行くわよ」
カグラは踵を返して、店の外へ向かう。
元騎士たちは、重い身体を引き摺るように、ゆっくりと主人の後を追って行った。
* * *
大門広場は、制圧されつつあった。
広場で動くものは、銀の鎧の騎士だけだった。
「団長、広場の制圧を完了致しました」
噴水の前に陣取るローゼリーヌは、満足げにうなずく。
だが、ふと違和感を覚えた。
「今回の手勢は、最小限ではなかったか?」
広場を見渡す。
銀の鎧が、広場を埋め尽くしていた。
数が合わない。
よく見れば、逃げ出すように広場を出て行く団員が大勢いる。
「どういうことじゃ?」
ローゼリーヌは、先ほどの報告者に問う。
「っ!」
その瞬間、振り下ろされた剣を、ローゼリーヌはなんとか槍の柄で受けた。
「何をするかっ!」
槍を振り回し、襲撃者となった団員を払う。
襲撃者は大きく後ろへ飛び、間合いを取った。
「うふふ、流石に騎士ね。不意打ちはダメでしたか」
男のはずの団員から、女性の声がした。
「お主、何者じゃ?」
問いかけるローゼリーヌの目の前で、さらに異変が起こる。
団長の誰何の声に駆けつけた団員たちが見たものは、果てのない混乱の序曲だった。
「ローゼリーヌ様がお二人!?」
そう。
同じ細身の剣。
同じ青石の鎧。
同じ青薔薇の紋章。
二人の騎士が、剣を抜いて対峙していた。
「なにをしておる! 偽物をやらんか!」
「そちらが偽物じゃ! 片付けよ!」
広場の騎士たちは、混乱の渦に巻き込まれ始めた。
* * *
二人の団長の指示に混乱する騎士たちを、さらなる異常が襲った。
同じ姿をした騎士が、後ろから斬りかかってきたのだ。
広場は、同士討ち状態の剣戟に包まれる。
すると、片方のローゼリーヌが、嘲笑と共に声を上げた。
「馬脚を現したな! 襲ってくる奴らは化けた異教徒じゃ! 遠慮なく斬り捨てよ!」
その言葉に、騎士たちは士気を取り戻す。
声を上げた方のローゼリーヌを守るように囲み、襲ってくる偽物を斬り捨てていく。
言われてみれば、襲ってくる者たちは剣筋が甘く、とても騎士とは思えなかった。
騎士たちは、易々と同じ姿の敵を斬り伏せていった。
すると、敵方のローゼリーヌも声を上げる。
「馬鹿者、それも罠じゃ!」
だが、騎士たちにもう迷いはなかった。
「もうバレバレなのに、まだ団長の振りしてやがる」
「よく見れば、顔も険が立って、ローゼリーヌ様とは比べるべくもないわ」
襲ってくる敵をすべて斬り伏せると、騎士たちは偽物のローゼリーヌを囲んだ。
「さあ、正体を現せやあー」
騎士たちは、もう一人のローゼリーヌへ一斉に斬りかかった。
* * *
ローゼリーヌは苛立っていた。
なぜ、部下たちは自分を信じない?
周りを見渡すと、部下たちが倒した偽者の死体が、そのまま光の粒子となって消え去っていく。
(おかしい。倒されても姿が戻らぬ……)
ローゼリーヌの眉が、わずかに動いた。
(死体になっても変身を維持する。そんな高度な魔法があるのか?)
消えゆく死体の中に、兜を飛ばされたものがいた。
その顔は、間違いなく、長年付き従っていた副長だった。
ローゼリーヌは、ようやく真相に辿り着いた。
変身魔法ではない。
アルケミストが持つ、最も恐ろしい精神支配の魔法。
――チャーム。
偽者と思い込んでいた騎士たちは、操られた本物だったのだ。
「ぬううおおおっ!」
言葉にならない叫びが、ローゼリーヌの喉から漏れた。
抜き身の細剣が、青い軌跡を描く。
斬りかかってくる部下たちの剣を、次々と弾き飛ばしていく。
「うおっ!」
「こいつ、強いぞ!」
「てか、あれ団長の聖剣ラピス・フルーレじゃね?」
「まじか?」
(沈黙)
「し、失礼致しましたー」
「偽物にしては、神々しいお姿だと思っておりました」
「私は分かっておりましたとも」
次々と言い訳を述べる部下たちを、ローゼリーヌは冷たい目で一瞥した。
そして、自身を形どった銀の鎧へ、細剣の切先を向ける。
「もう騙されぬぞ、この道化師め!」
* * *
「うまく立ち回ったが、種が割れればもう終わりじゃ」
ローゼリーヌは、ラピス・フルーレを掲げた。
「ひ弱な道化師よ、チリとなって消え去るがよい!」
閃光のような突きが、青い光の尾を引いて、同じ姿の騎士に突き込まれる。
その鎧も、紛い物に違いない。
ねっとりと刀身が沈み込み、苦悶の悲鳴が漏れる。
そんな光景を夢想して、ローゼリーヌの口の端が歪んだ。
だが――。
キンッ!
必殺の一撃は、高い金属音と共に弾かれた。
「ざーんねん。私ひとりではなくってよ」
そう告げて、同じ姿の騎士は銀のローブをまとったナルマリアへと戻る。
その前には、漆黒の剣を構えたドレルムーンが立ちはだかっていた。
「おのれえ!」
ローゼリーヌは、今度はドレルムーンに向かって聖剣を振るう。
だが、ドレルムーンは残像を残して横にステップし、ローゼリーヌを横から強襲した。
「くっ!」
ローゼリーヌは、なんとか身を捩り、剣を逆手に構えて防御する。
重い一撃に耐えながら、細剣をしならせた。
曲がった剣の切先が、思わぬ方向からドレルムーンを襲う。
肩の後ろ。
鎧の隙間を、鋭い一撃が突いた。
「ぐううっ!」
ドレルムーンは茶色いブーツで地面を蹴り、間合いを取り直す。
追撃の突きは届かない。
動きが速すぎるのだ。
「ちょこまかと逃げおって……」
しかし、先ほどの隙間を突いた一撃には手応えがあった。
ドレルムーンのHPゲージは、半分が吹き飛んでいた。
そこへ――。
「コンプリート・ヒール!」
エンニールの回復で、ドレルムーンは全快する。
ナルマリアの声が、広場に響いた。
「われら、隠し砦の三姉妹! この地を守護する者なり」
パチン、と指が鳴る。
「侵略者に容赦はしないわよ」
「何を言って……?」
眉をひそめるローゼリーヌの背後から、銀の鎧の騎士たちが斬りかかった。
かろうじて避けたローゼリーヌだったが、すぐに囲まれる。
部下たちの目からは、光が失われていた。
「……偽団長発見」
「ナルマリア様の仰せの通り……」
「……正義を遂行せん」
(つづく)
――第六十話 あとがき
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
隠し砦の守護者、ナルマリアですわ。
後編は、来週火曜日のお昼頃に投稿予定です。
来週は、妹たちもなかなか頑張ってくれるはずですの。
続きも読んでいただけると、とても嬉しいですわ。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブクマや★で応援をしていただけると励みになります。
さて。
私が言い出したことではありますけれど、ちょっと街へ出かけただけで、ずいぶん大騒ぎになってまいりましたね。
え?
チャームが反則的ですって?
ふふ、そう見えるかもしれませんわね。
けれど、弱点もありますのよ。
単純な殿方は比較的楽なのですが、気難しいお方には、なかなか通りませんの。
それに、効果が切れた後に蓄積するヘイトも相当なものですわ。
可愛さ余って、憎さ百テラバイト。
そんなところでしょうか。
それでは、また後編でお会いしましょう。
――ナルマリア




