第五十九話:翡翠の密林(後編)
――前編あらすじ。
南の大陸へ渡ったケンタたちは、橋頭堡『ニューセレノス』へ到着した。
転移魔法のスクロールを探す一行だったが、見つけたのは古代都市『霧の都』の空中回廊へ向かうクエスト『翡翠の密林』。
その行き先を見たケンタは、南の大陸で最初の難関レイドゾーンだと告げ、一度「無理かも」とこぼす。
だが、戦力がそろっている今こそ好機。
そして一行は、ケンタの試したいソリューションとともに、大陸側の門へ向かうのだった。
* * *
南の大陸は、そのほとんどのゾーンが湿地帯や密林で構成されている。
湿ったその土地は、トカゲ族とカエル族の支配領域だ。
特に、イクサーと呼ばれるトカゲ族は、硬い鱗を持つ生まれながらの戦士であった。
本来であれば、拡張パック開放時に、プレイヤーもイクサーのキャラクターを作れるようになる。
だが、ログアウトできない現状では、それも不可能だった。
そして――。
最初のゾーン、『絶望の沼地』に渡った一行は、早速イクサーのスケルトンに囲まれていた。
「シューッ!」
ざらついた威嚇音を放ち、骨だけのトカゲ族が襲ってくる。
「熱烈な歓迎だな、おい」
タクヤが順番にデバフを撒きながらぼやく。
「南って、アンデッドまでトカゲなんだね」
結が妙なところに感心しつつ、矢を放つ。
矢はイクサーのスケルトンの肋骨をかすめ、乾いた音を立てて弾かれた。
「てか、骨まで固いぜこいつら――」
タクヤがスタッフでトカゲの骨を突きながら、さらにぼやく。
「キリがないな。ここをクリアしたら、ゾーン際を東に進もう」
ケンタが周囲の沼地を見渡しながら言う。
「『翡翠の密林』は遠いの?」
「ゾーン配置的には二つ先だ」
「あ、わりと近いんだね」
結が少し安心したように言う。
だが、ケンタは頭を振った。
「ゾーン配置は近いが、地形的に大回りしないとダメなんだ」
次のゾーンは『猛毒竜の庭園』。
毒々しい瘴気を放つ植物が、ねじくれ、絡み合う密林ゾーンである。
ゾーンは複数の断層で分断されていて、古代文明の名残である石積みの階段でしか断層を越えられない。
「でも、断層を降りるのは浮遊魔法を使えば簡単だ」
「ああ、ペガの時使ったやつね」
「そう。そして、上りもあの時の手が使える」
「えっ? まさか……」
結が嫌な予感を覚えて身を引いた。
その横で、ナナがなぜか屈伸運動をしつつ、両手をぐるぐる回していた。
「グラビティ・キャノンいけるわよ!」
* * *
結局、全員が空に向かって打ち出された。
最初の一発で、明後日の方向へ飛んでいった者がいた。
「そっちじゃなーい!」
次の一発では、何度飛ばされても断層の上に届かない者がいた。
「もうちょい! もうちょい角度上げてくれんかのう!」
さらに、急射出に酔って、その場にへたり込む者もいた。
「うぷ……空が回っとる……」
問題は続出した。
それでも、浮遊魔法でふわりと降り、グラビティ・キャノンで打ち上がり、またふわりと降りるという力技を繰り返し、一行はなんとか『翡翠の密林』にたどり着いた。
「ここも断層だらけ?」
結が、目の前にそびえる崖を見上げて言った。
「そうだが、ひとつ注意があるんだ」
ケンタも正面の崖を見上げながら告げる。
「名前付きのドラゴンがうろついてる」
「ええーっ! ドラゴンと戦わないといけないの?」
結がぎょっとして弓を握りしめる。
ケンタは慌てる結を抑えるように、片手を上げた。
「いや、追跡スキルで位置を把握して、同じエリアを避ければいい」
「なるほど!」
結はぱん、と手を打つと、すぐに追跡スキルを使用した。
視界の端に、半透明のリストが開く。
――――――――――――――――――――――――
:::
シリカゲル・マミー
【シルバーグリーンドラゴン】
スーパー・ボーンマン
:::
――――――――――――――――――――――――
「こ、これかな? わかりやすい……」
結がリストを見つめながら言う。
「色は分かりにくいな……とにかく避けて進もう」
ケンタがうなずいた。
そして一行は再び、打ち上がり、降下を繰り返した。
「グラビティ・キャノン!」
「降りるゾー」
「あ、ダメ、そっちドラゴンいる」
「グラビティ・キャノン!」
「グラビティ・キャノン!」
「落ちて、落ちて、落ちるううぅ〜♪」
「ダメダメ、そっちドラゴン」
「グラビティ・キャノン!」
「グラビティ・キャノン!」
「グラビティ・キャノン!」
「降りるで〜」
「そっちもダメダメ、ドラゴンいる」
密林の断層を、何度も何度も飛び越える。
緑の枝葉が頭上をかすめ、足元の地面が近づいたかと思えば、また次の崖が目の前に現れる。
やがて、タクヤがぼそりと疑問を漏らした。
「……なあ、さっきからずっと上ってねえか?」
その一言に、一行の動きがわずかに止まる。
「そもそも、『霧の都』の場所わかってんのか?」
「ログ爺のマッピングでわかるさ」
ケンタが当然のように言う。
だが、ログ爺は首を横に振った。
「えっ? わしもうマッピング諦めたぞい? 打ち上げられたら記憶も飛ぶわい」
「えーっ!」
結の声が密林に響いた。
「やれやれ、どうすんだよ」
タクヤが肩を落とす。
鬱蒼とした密林は、緑の迷宮と化しつつあった。
* * *
「方向も分かんねえな……」
タクヤが、鬱蒼とした密林を見回しながらぼやいた。
見上げても、空は枝葉に覆われている。
周囲はどこも同じような緑。
足元には湿った苔と絡み合う根。
断層を上ったのか、降りたのかすら、だんだん怪しくなってきていた。
「それなら任せて!」
ナナが腕まくりをしながら、ずいっと前へ出た。
緋色の祭服の袖をたくし上げ、胸を張る。
その顔には、妙な自信があった。
「センス・ノース!」
全ての魔法職が使える、Lv1知覚魔法である。
緋色の祭服の裾がふわりと翻り、ナナの身体がくるりと向きを変えた。
ぴたり、と止まる。
「こっちが北よ!」
そして、前方をビシッと指差した。
「おお! よし、北の端まで行って立て直しだ!」
ケンタが同じ方向を指差して指示する。
上って、降りて、降りて、上って。
密林の断層を越え、レビテーションでふわりと降下し、またグラビティ・キャノンで打ち上がる。
だが、しばらく進んだところで、ケンタが足を止めた。
「おかしいな……ナナさん、もう一回お願いできる?」
「センス・ノース!」
再び、緋色のウィザードがくるりと回って止まる。
その指先が示したのは、今まで真っ直ぐ進んできたはずの方向とは、ほとんど正反対だった。
「え? どういうこと?」
結が首を傾げる。
「ナナさん、魔法の説明を見せてくれ」
ケンタの前に、共有モードの窓が開かれた。
――――――――――――――――――――――――
【センス・ノース】
レベル:1
スキル:Divination
SP消費:5
効果:50%の確率で、術者の身体を北に向ける
――――――――――――――――――――――――
(沈黙)
「役に立たねえ……」
タクヤが思わずつぶやいた。
「Lv53になれば『トゥルー・ノース』が使えるんだけどね……」
ナナが、少しだけ気まずそうに言う。
「そっちは何パーセント?」
結の問いに、ナナはひっそり答えた。
「…………73%……」
「微妙……」
「困ったな……」
ケンタは緑の天井を見上げて、腕を組んだ。
* * *
「はい、先生!」
結が、ぴしっと手を上げた。
「何かね? 結くん」
ケンタが腕を組んだまま、緑の天井から視線を下ろす。
「えっと、ずっとドラゴン避けてるでしょ? そんでもって、ずっと『霧の都』に着かないわけで……」
「あ……そうか……」
ケンタが目を丸くした。
「シルバーグリーンドラゴンが『霧の都』と同じエリアにいる?」
その声に、エレネが白銀の鎧を鳴らした。
「やはり、やり合うしかないようね……」
静かな声だった。
だが、その手はすでに武器へ伸びている。
その横で、スケルトンを従えたカグラが、すっと前に出た。
「もう、やっちゃいましょうよ」
「ふ、ふたりとも楽しそうだな……」
ケンタの顔が引きつる。
「ずっと逃げててストレス溜まってるのよ!」
エレネがきっぱりと言った。
周囲を見回すと、皆もうなずいている。
その場のほぼ全員が、同じ気持ちのようだった。
エレネがぐっと結に迫る。
「さー結ちゃん、ドラ公はどっち?!」
* * *
毒々しい緑の竜がいた。
密林の奥、ねじくれた根と巨大な葉のあいだを、ゆっくりと歩いている。
その牙や爪は、魔力を帯びた銀色に鈍く光っていた。
突然、大挙して目の前に現れた冒険者たちに、一番驚いていたのは彼かもしれない。
彼を遠目に見れば、あらゆる生き物が後退り、逃走を図るのが常であった。
だが、この集団は違った。
「我らが最高神の名を以って命ずる、砕けろ! スラッシュ・オブ・ザ・トゥールース!」
雷鳴が轟く。
「闇に沈む地の底、我らが煉獄の悪夢よ……開け地獄門! デッドリー・ポイズン・オブ・ジ・エターナル!」
激毒の門が開く。
「えっと、まっくろくろで素敵な破邪顕正?」
結が空気を読んだ。
だが、どれも威力は本物だった。
密林の主のHPゲージは、瞬く間に削られていく。
同時に、かつてない恐慌がシルバーグリーンドラゴンを襲った。
(に、逃げなければ、こ、殺される……散歩してただけなのに……)
だが、その決断はわずかに遅かった。
「マージング・ソウル・クアドラプル!」
「「「「アイシクル・コメット・ザ・ファイナル!!」」」」
巨大な氷の彗星が、緑の天井を突き破った。
それはそのまま、シルバーグリーンドラゴンを押し潰した。
シルバーグリーンドラゴンは、どこか納得のいかない顔で、光の粒子となって密林の緑に溶けていった。
* * *
「正解だったな」
ケンタが呟いた。
シルバーグリーンドラゴンが消え去った向こうに、古びた石積みの外壁が見えていた。
『霧の都』。
そう呼ばれる古代都市の遺跡である。
一行は正門へ回り込み、内部へ侵入した。
崩れかけた石畳を進み、寺院と厩舎の間を抜ける。
やがて、古代闘技場の横に到達した。
頭上には、最奥の宮殿の最上階から伸びる空中回廊が横切っている。
「宮殿には、Lv60の複数グループでも突破が厳しいボス部屋があるんだ」
ケンタが空中回廊を見上げながら言った。
今は、南の拡張パックが開放されたばかりである。
上がったレベル上限の60までは、誰ひとり到達していない。
「じゃあどうするの? なんかソリューションがあるとか言ってたけど……」
結が首を傾げる。
「ここから闘技場の屋根まで上がって、レビテーションで空中回廊に渡る。ショートカットだ」
「でも、どうやって上がるの?」
結が疑問を呈した、その後ろ。
緋色の祭服の魔女が、腕をぐるぐる回していた。
「グラビティ・キャノンの準備はいいわよ!」
そして、一行は一パーティ分を選抜した。
闘技場の屋根まで打ち上がり、そこからレビテーションで空中回廊へ渡る。
空中回廊への途中乗車である。
回廊の上を外壁方向へ戻ると、外壁の上空に小部屋があった。
小部屋に入ると、ケンタは角に佇む影を指差した。
「あれが魔法研究者の成れの果てだ……」
南の大陸では珍しい、ヒューマンのスケルトンである。
「それじゃ手紙を渡してくるわ」
「インビジブル・フォー・アンデッド!」
ナナは魔法で姿を消すと、スケルトンに手紙を渡した。
殴られながら物品を渡すことも可能だが、インビジブルで消えた状態だと親密度が中立となり、安全に渡せるのだ。
『おおっ……サザン・ウィンドの使いか? 我が研究成果を受け取っておくれ……これで私も思い残すことはない……』
小柄なヒューマンスケルトンはそうつぶやくと、光の粒となって天に消えた。
ナナの手に、一枚のスクロールを残して。
* * *
「何よーこれー!」
ナナの叫びが、小部屋の中に響いた。
「ど、どうした?」
ケンタがぎょっとして振り返る。
ナナは、手に入れたばかりのスクロールを、無言でケンタに差し出した。
ケンタはそれを受け取り、表示された内容に目を落とす。
しばらくして、肩を落とした。
「ハズレだな……」
「どうしたの?」
結が、ケンタの手元を覗き込む。
――――――――――――――――――――――――
【エターナル・ノース】
レベル:60
スキル:Divination
SP消費:100
効果:99.9%の確率で、術者の身体を北に向ける
――――――――――――――――――――――――
(おわり)
――第五十八話 あとがき
最後まで読んでくれて、ありがとね!
打ち上げ花火師……じゃなくて、緋色の魔女ナナです。
次回の『マジチー』は、閑話を今週金曜日のお昼頃に投稿予定です。
セレノスの裏通りで、おっさん連中が罠にかかるらしいわ。
そっちも読んでもらえると嬉しいわね。
少しでも楽しんでもらえたなら、ブクマや★で応援だけでもしてくれると励みになります。
それにしても、あれだけ苦労して、手に入ったのが北を向くだけの魔法ってどういうこと?
南の新大陸に着いたばかりなのに、北に帰れってこと?
だいたい、ゲームデザイナーは魔法で遊びすぎなのよ!
この調子だと、南とか東とか西を向く魔法もありそうね。
……まあ、それはそれで、ちょっとコレクター心をくすぐるけど。
――北の魔女ナナ




