第五十六話:南海の幽霊船(前編)
それは、セレノスの正門広場の露店で見つかった。
正門広場は、今日も冒険者たちで賑わっていた。
門をくぐって街へ入る者。
装備を確かめながら外へ向かう者。
そのすぐ近くには、酒場『ルーイン・ゴート』の看板も見えている。
そんな広場の片隅に、怪しげな骨董品を並べた露店があった。
店主は小柄な老人だった。
白い髭を胸元まで垂らし、丸い鼻をしている。
背丈といい、耳の形といい、どうやらノームのようだ。
「旦那、そいつはお買い得ですよ」
老人は、皺だらけの手で店先の品をそっと指した。
男は、その品から目を離さないまま、声を弾ませる。
「いくらかね?」
「100ppでさあ」
店主は即答した。
「仕入れが高いので、まかりませんよ?」
「100pp……」
男は一瞬だけ腕を組んだ。
「よし、買ったがね!」
即決だった。
男は懐から金色の派手な長財布を取り出すと、銅貨まで並べて、なんとか100ppを数え上げた。
「これでゲットだがね!」
男――ギルド『トーチ』のギルドマスター、シャチョーは、帆船の模型が入った小瓶を掲げた。
正門広場の喧騒の中で、瓶の中の小さな船が、ほんのわずかに揺れたように見えた。
その背後で。
小柄なノームの店主が、目を細める。
「くくく、良い旅を……」
* * *
セレノスの酒場、『ルーイン・ゴート』。
いつもの大きなテーブルの上に、木箱から取り出された小瓶が置かれていた。
昼下がりの酒場には、まだ客の数も少ない。
窓から差し込む光が、瓶の丸い表面でゆらゆらと歪み、その中に収められた小さな帆船をぼんやり照らしている。
「おお、よく見つけたな」
ケンタが瓶の中を覗き込んで声を上げた。
白いローブ姿。
見た目は子どもアバターのままなので、テーブルに身を乗り出して瓶を覗き込む姿が、妙にしっくりきてしまう。
「豪運の男だから当然だがね!」
シャチョーは胸を張った。
「なんですのそれ?」
カグヤが、上から瓶を覗き込む。
さらりと流れる髪が、瓶のガラスに映った。
その目は興味深そうでありながら、どこか警戒もしている。
「すっごい精巧だね〜」
結は椅子に膝を乗せ、身を乗り出すようにして帆船の細工を見つめていた。
小さな船体。
細いマスト。
糸のように張られたロープ。
瓶の中に入っているとは思えないほど、作り込みが細かい。
「これ、どうやって入れたんだろ?」
「そこは考えたら負けだがね」
シャチョーが腕を組んでうなずく。
ケンタはしばらく瓶を観察してから、ふっと目を細めた。
「見てろ……」
そう言って、蝋で封じられた瓶の口のコルクを指先で軽くタップする。
とん、と小さな音がした。
次の瞬間、空中に半透明のウィンドウが開いた。
――――――――――――――――――――――――
【南海の幽霊船】【南の扉Ⅰ】
依頼者:船長
依頼内容:
瓶の内には、もうひとつの世界があるがじゃ。
彼の地で待ち受ける強大な魔物を退治するぜよ。
難易度:★★★★★(レイドグループ推奨)
報酬:南の海図
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「クエスト! これ入れるの?」
結の目が、ぱっと輝いた。
瓶の中。
もうひとつの世界。
強大な魔物。
その三つが並んだ時点で、彼女の中の冒険スイッチは完全に入っていた。
「南の扉? 拡張パック解放クエストね……」
カグヤが、じっと帆船を観察する。
その声は静かだったが、軽い驚きが混じっていた。
「これ、幽霊船なのね……」
言われて、結はもう一度、瓶の中の帆船をよく見た。
最初は精巧な模型だと思った。
だが、改めて見れば違う。
古びた帆は、ところどころ破れている。
船体にもあちこちに穴が空き、板材は黒ずんでいた。
船底には、びっしりと貝や海藻のようなものが貼り付いている。
ただの古い船ではない。
海の底から引き上げられたような。
けれど、まだどこかを航海しているような。
そんな奇妙な気配があった。
「うわー、これ浮くの?」
結が心配そうに覗き込む。
「ずっと浮いてるから幽霊船なんだ。沈んでたら、ただの沈没船だろ?」
ケンタが当然のように答える。
「それは……そうだけど」
結は納得したような、していないような顔で、瓶の中の船を見つめ続けた。
「レイドグループ推奨ってなってるけど?」
カグヤがウィンドウの難易度欄を指す。
ケンタはうなずいた。
「もちろん、『マジセラ』と『オオオニ組』にも声をかけるさ」
シャチョーが、にやりと笑う。
「大所帯になるがね。こりゃ祭りだがね」
南の拡張パック――『ウェルカム・トゥ・ザ・ロストワールド』を解放する合意は、すでに取れていた。
世界が拡張する。
それは、未知の危険を呼び込むことでもある。
新しい土地。
新しいモンスター。
新しい仕様。
そして、おそらくは新しいバグ。
不安要素は、山ほどあった。
だが同時に、それは希望でもあった。
閉じ込められた世界の外側に、まだ何かがある。
行ける場所が増える。
選べる道が増える。
もしかすると、ログアウト不能という状況を打ち破る手がかりさえ、そこに眠っているかもしれない。
プレイヤーたちは、不安よりも希望を採択した。
そして――。
ようやく見つけたのだ。
希望の扉を。
テーブルの上。
小さな瓶の中で、幽霊船が静かに揺れていた。
* * *
『南海の幽霊船』を攻略するにあたって、ひとつ問題が発覚した。
幽霊船の入った瓶が、ゾーン外に持ち出せないのだ。
「ルーイン・ゴートに置いておくしかねえな」
タクヤの言葉に、ケンタは唸る。
「うーん、そうすると、まずカオス陣営をセレノスに安全に入れる手段を考えないと……」
「ログ爺に変身魔法をかけてもらえばいいだろ」
「3人以上維持するの自信ないのお……」
ログ爺が急に渋い顔をする。
「下水使えばいいがね」
シャチョーがぽんと手を叩いた。
「この店の地下にはシーフギルドがあるがね。下水道の中だで、外の井戸から来れるがね」
「なるほど、それでいくか……」
ケンタはうなずいた。
* * *
セレノス外壁の外側で、井戸を覗き込む四つの大きな影があった。
オーガ族のギルド、『オオオニ組』の四人である。
「せめえな……」
目の前の井戸を覗き込んで、ビシャモンがつぶやく。
「どうみても詰まるゾー」
「ドワドワ〜♪ 出番じゃない〜♪」
「それやわ! 珍しくいいこと言うやん、ジーク」
四人はそれぞれ、『ドワーフの作業靴』を取り出して装備する。
すると、彼らの影は瞬く間に小さくなった。
作業靴のアイテム効果――ドワーフ変身である。
「今度は井戸の縁に届かないゾー」
ゾーキンが、ぴょんぴょん跳ねる。
「あかんわ……」
「ジーク、浮遊ソングを頼む」
「はいなー♪ 浮浪雲のワルツ♪」
軽やかな演奏が流れ、四人の身体がふわりと地面から浮かび上がる。
だが、浮くだけで空を飛べるわけではない。
やはり、井戸の縁には届かなかった。
「しょうがねえな……」
ビシャモンはいったん変身を解き、元のオーガの姿へ戻る。
そして、ドワーフ姿の三人を順番に井戸の縁まで持ち上げた。
最後に自分も再び『ドワーフの作業靴』を履き、仲間たちに引き上げてもらう。
「よし、いくぞ! 野郎ども」
四人はふわふわと井戸の中へ降下していった。
* * *
オオオニ組の四人は、広大な下水道網で散々迷った。
外の井戸から下りたまではよかったのだが、そこから先がまるで分からない。
通路はどこまでも似たような石壁と水路ばかり。
曲がっても曲がっても同じ景色が続き、しまいには自分たちがどちらから来たのかも怪しくなってくる。
「さっきもここ通らんかったか?」
「三回目やわ」
「下水道っていうか迷宮だゾー」
「ラララ〜♪ 下水ぐるぐる旅の空〜♪」
「歌っとる場合か! てか空ねーだろ」
ビシャモンがジークの頭を小突く。
途中、自然の岩肌がむき出しになった、やけに広い空洞にも行き当たった。
水音の響き方が、それまでの通路とはまるで違う。
奥の闇からは、何か大型のモンスターが潜んでいそうな気配がひしひしと伝わってくる。
「……ここ、絶対なんかおるやろ」
「戻るぞ」
「異議なしだゾー」
四人は満場一致で踵を返した。
さらにしばらく迷った末、今度はネクロマンサーギルドへ迷い込んだ。
黒ずんだローブ姿のギルド員たちにじろじろ見られ、
何かを言う間もなく、頭上に怪しげなドクロマークのバフがぽんぽんと配られていく。
「なんやこれ……」
「歓迎の印……か?」
「いらんゾー」
「ドクロはちょっと趣味じゃない〜♪」
さすがに長居は無用と、四人はそそくさとその場を離れた。
そうして、何度目かの行き止まりと分岐を越えた末に――
「……ここか」
ようやく、目的地である地下シーフギルドへたどり着いた。
暗がりの奥から現れたのは、ひげもじゃのシーフギルドマスターである。
「よく来たな。せっかくだ、ネズミ肉のシチューでも食っていけ」
差し出された鍋から、何とも言えない匂いが立ちのぼる。
四人は、互いに目を見交わした。
「お気持ちだけ、いただいとくわ」
「今はお腹いっぱいだゾー」
「ちょいと急ぎなんでな」
「ラララ〜♪ ごちそうさまはまた今度〜♪」
丁重に辞退すると、案内された梯子を上る。
やがて四人は、ようやく酒場『ルーイン・ゴート』へ這い上がった。
* * *
「みんな、よく来たな。ラーメンでも食うか?」
地下から這い上がってきたオオオニ組の四人を、タクヤが迎えた。
「ネズミ肉は入ってないから安心してくれ」
「わー、ほんとは腹ペコだったんだゾー」
ゾーキンが、ぱっと顔を輝かせる。
「下水は狭いし、臭いし、大変だったぜ」
ビシャモンが、うんざりしたように肩を回した。
「すまないな、瓶がここから動かせなくてな……」
ケンタが、申し訳なさそうに頭を下げる。
「でも、ドワーフ変身ブーツでなんとかなったわ」
ちょうどその時、店の扉が開いた。
入ってきたのは、『マジセラ』の一団である。
その中に混じっているドワーフを見て、結が小首を傾げた。
「えっと、ドワーフなら正門を通れるんじゃ?」
結は、そのドワーフを指さした。
(沈黙)
「そ、そのソリューションは浮かばなかったな」
「下水降りゾーンのくたびれ儲け〜♪」
ホールに、哀愁を帯びたメロディが流れた。
* * *
マジセラの一団の最後尾から、赤毛のおさげを揺らす女性が入ってきた。
「アンちゃん!」
結は思わず声を上げると、アンに抱きついた。
「もう大丈夫なのか? 腹減ってないか?」
タクヤが、なぜかそちらの方向で心配する。
「あ、はい。おかげさまですっかり元気ですー」
アンは、抱きついた結の背中をぽんぽんと叩きながら答えた。
その肩に手を置き、白銀の鎧をまとったハイエルフの聖騎士が前へ進み出る。
マジセラのギルドマスター、エレネだ。
「どうしても来るって聞かなくて……でも、レイドには参加させませんよ」
「はいはい、ちゃんとここでお留守番しまーす」
アンはそう言うと、瓶の正面の椅子に陣取った。
「じゃあ、タクヤさん。ニンニクヤサイマシマシアブラカラメでお願いしまーす!」
「アブラカタブラ? なんの呪文?」
結が目を丸くする。
「お、おう」
マジか、とつぶやきながら、タクヤは厨房へ向かった。
その背中に向かって、さらに注文が飛ぶ。
「私も同じ物をお願いします」
「わたくしもそれ頂きたいでございますわ」
エレネとカグヤである。
「げ、元気そうだな……」
ケンタはアンを見上げて苦笑しつつ、続けて注文した。
「えっと……俺、普通で……」
* * *
『南海の幽霊船』レイドには、レベルキャップに達した攻略組プレイヤーのほとんどが集まっていた。
『トーチ』。
『マジセラ』。
『オオオニ組』。
それに獣人族の面々や、バーバリアンの兄妹。
普段はソロで動いているウィザード、ナナの姿もある。
ルーイン・ゴートのホールは、いつもの酒場というより、もはや出撃前の作戦本部だった。
テーブルの上には、小さな瓶。
その中では、幽霊船が静かに揺れている。
「よし、準備ができたら、コルクの封印をダブルタップだ」
ケンタがそう告げると、集まった面々が一斉にうなずいた。
まず動いたのは、タンククラスのプレイヤーたちだった。
ゾーンした先で、いきなり襲われる可能性もある。
防御力の高いクラスから入るのは、こういう時の常識である。
ビシャモンが瓶の前に立ち、コルクを二度叩く。
とん、とん。
次の瞬間、その姿がふっと消えた。
続いて、エレネ。
白銀の鎧が淡く光を反射し、コルクをダブルタップする。
とん、とん。
その姿も消える。
タンククラスを先頭に、前衛、支援役、攻撃役と、順番に瓶の前へ進んでいく。
とん、とん。
とん、とん。
コルクの封印を叩くたび、ひとり、またひとりと、ホールから姿が消えていった。
やがて、集まった全員がゾーンしたのを確認すると、ケンタはアンの方を振り向いた。
アンは、瓶の正面の椅子に座ったまま、にこにことこちらを見ている。
「じゃあ、行ってくるよ」
ケンタはそう言って、瓶に手を伸ばした。
ダブルタップしながら、反対の手を軽く振る。
とん、とん。
「行ってらっしゃいですー」
アンも、ニッコリと手を振り返した。
次の瞬間、ケンタの姿も消えた。
ルーイン・ゴートのホールから、攻略組の姿はなくなった。
誰もいなくなったホールで、アンはしばらく手を振り続けていた。
やがて、その手がゆっくりと下りる。
アンは椅子から立ち上がった。
「エレネ様には申し訳ないですけど、私もこちらでできる事がありますー」
誰となくつぶやくと、アンは店の外へ出て行った。
ホールの中央。
大きなテーブルの上に置かれた小さな瓶の中で、小さな船がゆったりと揺れ続けていた。
帆に受けた風は、嵐の前触れだろうか。
揺れは、少しずつ。
少しずつ。
大きくなってゆく。
* * *
どこまでも続くような大海原だった。
水平線が、ぐるりと天と海を分かっている。
青い空。
青い海。
その境目だけが、白くかすんでいた。
潮風が吹きつけ、船をゆっくりと揺らす。
だが、その船は明らかに普通ではない。
朽ちた甲板。
破れた帆。
黒ずんだ船体。
あちこちに空いた穴の隙間から、ぎしぎしと不気味な音が鳴っている。
その幽霊船を、強烈な太陽が照りつけていた。
朽ちた甲板は、太陽に灼かれ、帆柱の影がくっきりと刻み込まれたように伸びている。
――その上は、プレイヤーたちがひしめいていた。
「せ、せまいゾー」
「お、押さんといて! 落ちてまうわー」
「ラララ♪ 満員御礼〜、南海峡夏景色〜♪」
最後にゾーンしてきたケンタは、ビシャモンの肩の上だった。
「うわっ」
小さな子どもアバターのまま、肩の上に着地してしまったケンタは、慌ててバランスを取る。
『えっと、小型化魔法かドワブーツを使ってくれ』
ビシャモンの肩から滑り降りながら、ケンタはレイドチャットで伝達した。
その指示を受けて、あちこちで光が瞬く。
大柄なプレイヤーたちが次々と縮み、甲板の密度が少しずつ下がっていった。
オーガも。
バーバリアンも。
大柄な獣人たちも。
ドワーフの作業靴を履いた者は、ずんぐりとした小柄な姿へ変わっていく。
船上は、ほぼドワーフで埋め尽くされた。
朽ちた幽霊船の甲板に、小さなドワーフたちがぎっしり並ぶ。
まるで、小さなバイキングの船である。
(はわわ、ドワドワ♡)
――ひとり。
白銀の鎧をまとったドワーフが、甲板の中心でボーッとしていた。
エレネである。
白銀の鎧。
聖騎士。
マジセラのギルドマスター。
そのすべてを保ったまま、身体だけがドワーフサイズになっている。
周囲の『マジセラ』のメンバーは、全員同じことを思った。
((エレネ様、使い物にならないかもしれない……))
* * *
船主が、プレイヤーたちの前に姿を現した。
黄ばんだフリルシャツに、裂けたベスト。
初夏だというのに、分厚いベルベット生地のフロックコートを着込んでいる。
そして頭上には、色褪せたつば広の帽子。
服に覆われていない部分には、全身ボロボロの包帯が巻かれていた。
顔も例外ではない。
その隙間から覗く目の部分だけが、真っ暗な洞穴のように沈んでいる。
船主は帽子のつばに指を添えると、ゆっくり一同を見渡した。
「うわ、暑そう……」
結が、妙なところを心配していると――
『ワレは海の漢ゆえ、暑くなどないぜよ』
船主が、低く響く声で言った。
「わ! 喋った!」
『ワレが喋らなければ、話が進まないぜよ』
そう言うと、船主は右手で右舷の海面を指した。
『さあ、来るぞ。諸君らの力を見せるぜよ』
――指された海面は、大きく盛り上がりつつあった。
その周囲にも、複数の水柱が立つ。
押し寄せる波に、幽霊船が大きく傾いた。
海面を突き破るように天へ伸びたのは、吸盤がびっしりと蠢く触手だった。
「クラーケン? いや、八本……クラーゴンだ!」
ケンタが叫ぶ。
触手が船体に巻き付き、ぎしぎしと締め上げてくる。
「面白え。ここで会ったが百年目、たこ焼きにしてやんよ!」
タクヤが俄然やる気になる。
「鈍重化!」
「鈍足化!」
「毒……おっと、食えなくなるから毒禁止な!」
「病気はいいの?」
「ダメに決まってんだろ!」
「あれ? カグラ? いつの間に合流したんだ?」
ケンタが、不思議そうな顔をする。
オオオニ組があれだけ苦労したのだ。
「ダークエルフが単独でどうやって?」
「え? そのなんだわ、……カグヤに手引きして貰ったのよ、多分」
「そういや、カグヤさん……さっきまで居たはずなのに……」
「お花でも摘みに行ってるのよ、多分」
「花? こんな海の真ん中で?」
「そういう意味じゃないと思うよ、ケンタ」
結が矢を番えながら突っ込む。
「とにかく毒も病気も禁止!」
「それじゃ、私の仕事がないじゃない……」
「そこで私のでばーん!」
ナナが張り切って詠唱を始める。
「ファイヤ……」
「わー、ナナさん、ダメダメ! 船が燃えちゃう!」
ケンタが慌ててナナの祭服を引っ張り、詠唱を止めた。
「むう、私も仕事ないじゃん。どうせ私なんて、またお祈りメールが届くのよ……しくしく」
こうして、一行はチクチクとクラーゴンの触手を攻撃し続けた。
* * *
ところ変わって、セレノス正門広場。
若草色のローブをはためかせて、アンが足早に店から店へと渡り歩いていた。
「うーん、おかしいですー。この辺に居るって聞いたのに」
もちろん、探しているのは、模型を売っていたという露店と、その主人のノームだ。
「アンさーん、こっちも見つからないです」
木製の丸い盾を背負った、緑の髪のウッドエルフの少女が駆け寄ってくる。
ミドリコである。
その反対側から、機械式の弓を背負ったウッドエルフの青年、パリスが近づいてきた。
「こっちも食い物の屋台しかなかったぜ」
「クエストが稼働すると居なくなる仕様ですかね」
アンが首をひねっていると、目の前をひげもじゃのNPC商人が通り過ぎる。
「あ、モジャールさん!」
モジャールは、ナツキと懇意にしている商人だ。
アンとも知己がある。
「なんだね、ナッキーのご友人」
モジャールが立ち止まったところで、アンはノームの露天商について聞き込んだ。
「ノーム? あいつなら、拾った物が100ppで売れたとかで、ホクホクで温泉旅行に行ったぞ」
「それ、何処ですか?」
モジャールは目を瞬くと、告げた。
「温泉といえば、お嬢ちゃんの故郷のシルヴァノールじゃろ」
* * *
じゅう〜。
粉物の焼ける香ばしい匂いが、幽霊船の上を支配していた。
「ナナさん、こっちもう少し火力強くしてちょ〜よ」
シャチョーの声が響く。
甲板の一角では、たこ焼き用の鉄板で、次々にたこ焼きが焼き上がっていた。
ナナは指先から細い火を伸ばし、器用に火加減を調整している。
「おお、ありがとうさん。便利、便利だがね」
「うう、どうせ私なんて、携帯コンロ並みしか役立たないのよ、しくしく」
うなだれて、それでも、たこ焼きをほおばるナナであった。
『こりゃあ、うまいもんじゃのう』
船長が、感嘆の声をあげる。
「出汁に秘密があるんだぜ」
タクヤが、得意げに胸を張った。
――クラーゴンは、無事に倒せた。
食用に供したのは、足の先一本で十分だった。
残りは船の横に、ぷかぷかと浮いている。
「これ持って帰れないの? もったいないね」
「無理だな。ここでも銀行バグが使えればいけるんだが……」
ケンタが、海に浮かぶ巨大なタコを見ながら考え込む。
「それより、センチョーさん。これでクエスト完了じゃないんかね?」
『なんの話ぜよ?』
「いや、ほら。『強大な魔物』を退治したがね……」
『強大? そうか、わははは、はっ!』
船長は大きく笑うと、告げた。
『ただの大ダコが、強大な魔物のわけないぜよ』
タコパで盛り上がっていた船上の空気が、一瞬で冷え切った。
(つづく)
――第五十六話 あとがき
最後まで読んでくれて、ありがとさん!
豪運の男、シャチョーだがね。
後編は、来週火曜日のお昼頃に投稿予定にしとるでね。
つづきも読んでもらえるとうれしいがね。
少しでも楽しんでもらえたなら、ブクマや★で応援をしてもらえると励みになるでね。
みんな、わしらの活躍、見ててくれたかね?
100ppの出費はちょいと痛かったけど、たこ焼き食べ放題で十分元は取れたと思うがね!
あの大ダコは怖かったがね。
でも今は、それより冷えたビールの方が怖いがね。
――シャチョー




