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第五十五話:腐った桃の方程式(後編)

――前編あらすじ。


 カオス陣営の里『バロルグ』に、鬼退治を名乗る桃太郎から挑戦状が届く。迎え撃ったビシャモンたちは、雉の豆まき、猿の柿投げ、ハイ・ノールの群れと次々に襲われ、やがて『斉天大聖』を背負う猿まで現れる。


 タクヤの呪いと連携で猿を追い詰めた一行だったが、その猿を斬って現れたのは、五本ゲージを持つ桃太郎本人。武器破壊ときび団子で苦しめられる中、激戦の末、タクヤは敵の落とした神器『如意棒』を手にするのだった。


* * *


「おのれ、盗みとは卑怯な奴らめ」


 桃太郎は、タクヤの手にある『如意棒』から片時も目を離さない。憎悪と焦りが混じったその視線は、もはや得物そのものへ噛みつかんばかりだった。


「へー、もしかして神器は壊せないのかい?」


 タクヤが、わざとらしく肩をすくめてみせる。


「ぐぬぬ、我が『桃一文字則矩』を愚弄するか!」


 見事に乗せられた桃太郎は、顔を引きつらせたまま大上段に太刀を振りかぶった。怒りに任せたその構えは、さっきまでのいやらしい低い軌道とは違う。力任せに断ち割る気満々の一撃だった。


「壊す自信がないんだろ? 力みで隙だらけだぜ」


 タクヤはそううそぶくと、手の中の得物へ短く命じる。


「曲がれ! 伸びよ!」


 次の瞬間、『如意棒』が生き物のようにうねった。


 しなり、波打ち、迫る太刀筋を横へ弾く。そのままぐんと長さを増した黒光りの棍が、一直線に桃太郎の腹を突いた。


 ドンッ!


「がっ……!」


 桃太郎の身体が大きくのけぞる。踏ん張ろうとした足は泥に沈み、勢いを殺しきれぬまま後退した。


「おのれ! 悪知恵ばかりの怪物め……」


 胸を押さえながら数歩下がった桃太郎は、そのまま膝をついた。苦悶に歪む顔の下で、頭上の赤いHPゲージがじりじりと削れていく。


 だが。


 次の瞬間、何かを思いついたように顔を上げた。


「そこの鬼楽師と鬼女! 我を回復せんか!」


 鋭い叫びが飛ぶ。


 向けられた先は、きび団子を食らっているジークとヒロミだった。


「ち、まじいな……」


 タクヤの顔から余裕が消える。


 回復されれば、ようやく削った一本半ぶんのゲージが台無しになる。ここまでの苦労が水泡に帰すどころではない。


 だが、回復役のふたりを攻撃するわけにもいかない。


 少し離れた位置では、ビシャモンがゾーキンと切り結んでいた。拾った『上質な鋼鉄の剣』で受け流し続けるだけでも手いっぱいらしく、こちらを援護する余裕はなさそうだ。


(スタンで止められるか?)


 タクヤは素早く頭を回す。


 回復魔法の詠唱に合わせて妨害を入れる。理屈としては悪くない。だが、スタンは連発できないうえ、効いている時間も一瞬だ。


 しかも。


(吟遊詩人の演奏は魔法じゃねえ……)


 ジークの回復は、詠唱ではなく演奏だ。そちらまで同時に止める手立てがない。


(片方だけでも……)


 タクヤは『如意棒』を構え直し、ヒロミへ視線を向ける。


「ヒロミのおばちゃん、わりい……」


 そう呟き、回復詠唱に合わせてスタンを叩き込むつもりで身構えた、その時だった。


 シンッ……。


 辺りが、ふいに静まり返った。


 詠唱どころか。


 演奏すら止まっていた。


* * *


「毒霧!」


 静寂を破ったのは、ヒロミのしゃがれた声だった。


 次の瞬間、桃太郎の周囲を、どろりとした緑の霧が包み込む。鼻を刺すような臭気を帯びたそれは、吸い込むだけでも喉を焼きそうな毒気だった。


「ぐぬぬ、間違えるでない! 回復と言っておるだろう!」


 怒鳴る桃太郎に、ヒロミは杖を向けたまま、心底呆れたように目を丸くした。


「なーんで、うちが敵を回復せなあかんのん?」


「きび団子が効いていない……だと?」


 桃太郎の眉間に、深々としわが刻まれる。


 その時だった。


 ぽん、ぽぽん、ぽん。


 今度は、軽やかな太鼓の音が湿地にリズムを刻んだ。


「いばら姫のポレロ♪」


 ジークが太鼓を打ち鳴らす。


 すると桃太郎の足元から、黒ずんだいばらがするすると這い出した。生き物のように脚へ巻きつき、締め上げ、身動きを封じたうえで、棘がじわじわと肉へ食い込んでいく。


「ほい、僕の曲を聴きたいなら、どーぞ♪」


 ジークは太鼓を叩きながら、にこりと桃太郎へ笑いかけた。


「なぜだ? どうしてだ? あり得ぬ!」


 桃太郎はもがく。だが、もがけばもがくほど、いばらはさらに脚へ食い込み、毒霧と合わせてじわじわとHPを削っていく。


「ほんと、どうしてだろうな?」


 タクヤも笑った。


 黒光りする『如意棒』を構え、そのまま間髪入れず連続で突きを繰り出す。


 ダダダダッ!


 身動きの取れぬ桃太郎には、面白いように多段ヒットした。伸び、戻り、また伸びる棍が、腹、脇腹、胸元を休みなく打つ。ときおり急所を捉えた一撃には、鋭い光が走り、クリティカルの手応えが跳ね返ってくる。


「へえ〜、あんた、意外とお腹が柔いんだな」


 桃太郎の頭上に並ぶHPゲージは、クリティカルのたびにガクン、ガクンと目に見えて色を落としていく。


 そして。


 とうとう残り一本にまで辿り着いた。


「おのれ、怪物どもめ! 我の高貴な神饌が効かぬとは、野蛮な鬼どもは、ほんに度し難い!」


 腹を押さえながら凄む桃太郎へ、ヒロミは鼻で笑う。


「お腹押さえて凄んでも怖ないわ」


「あはは〜♪ ポンポン痛いなら、お薬貰えば〜♪」


 ジークが太鼓を打ちながら、からからと笑った。


「それだ!」


 タクヤが、ぽんと手を打つ。


 そして懐から、茶色い粉の入った小瓶を取り出した。


「胃薬が効くとはな……ジーク、少しだけコイツを抑えておいてくれ」


 そう言い残すと、タクヤは踵を返し、ビシャモンとゾーキンが切り結ぶ方へ駆け出す。


「はいな♪」


 返事だけは軽い。


 だが相手は、五本ゲージを持つボスクラスだ。


「おのれ、おのれ、おのれええ!!」


 桃太郎が絶叫する。


 太刀を振るい、脚へ絡みつくいばらを無理やり払いのけた。棘が肉を裂き、己の脚まで傷つけながら、それでも力任せに身もだえる。


 吟遊詩人の演奏は、魔法と違って効果時間が短い。だが、演奏を続けることで何度でも掛け直していける。


 このまま抑え込める。


 そう見えた。


 だが、ダメージ付きのいばら拘束が、ここで裏目に出た。


 HPゲージが、最後の一本を切る。


 その瞬間。


 桃太郎の中の何かが、変わった。


* * *


 ゾーキンと延々と切り結びながら、ビシャモンは顔をしかめた。


「さすがに、しんどいのお……」


 相手の剣が半ばから折れているのも厄介だった。間合いが狂ってやりにくい。


 いったん剣を弾き合わせ、距離を取る。


 そこへタクヤが駆け寄り、小瓶を放ってよこした。


「ビシャモン! ゾーキンにこれを飲ませてくれ」


 それだけ言って、タクヤはすぐ踵を返す。桃太郎のいる方角から、嫌な波動が響いたのだ。


「忙しないやつじゃな」


 ビシャモンは見送りつつ、小瓶を見た。


 茶色い粉が入っている。


「じゃが、どうしたもんか……」


 襲いかかってくる相手に薬を飲ませる。

 無理がある。


「無理ゲーにもほどがあんだろうが」


 気絶させるしかないとは思う。だが、剣では加減が難しい。


「鈍器を拾っておけばよかったのお」


 地面を見回すが、消え残りの武器は少なく、都合のいいものが見当たらない。


「こういう時、『トーチ』の連中ならどうするか……?」


 距離を詰めてきたゾーキンを蹴りで突き放しながら考える。


 その時、ふとガン鉄特製の黄金の骨片を思い出した。


「ソリューションだったか……ワシも思いついたぞ」


 小袋から黄金の骨片を取り出し、放り投げる。


「サモン・オーガ・スケルトン!」


 現れたのは、槍を持ったオーガ・スケルトン。


「……ハズレじゃの」


 すぐに解雇し、再召喚する。


 斧持ち。

 ハズレ。


 剣持ち。

 ハズレ。


 また解雇。

 また召喚。


「……ワシも大概、LUCKが低いのお」


 ぼやきながら続けると、ついに現れた。


「やっとツモったな」


 黄金色に輝く棍棒を携えたスケルトンだった。


 だが、ビシャモンはそれをゾーキンにけしかけない。


「それ貸してみい」


 別の命令を下す。


 そこへ背後からゾーキンが襲いかかる。


 ビシャモンは振り向きざま、肘鉄を叩き込んだ。


「さあ、優しく眠らせてやるぞ」


 黄金の棍棒を構え、ビシャモンはそう宣言した。


* * *


 桃太郎の身体が膨れ上がった。


「重ね重ねの不埒な行い、許しがたし!」


 筋骨が隆々と盛り上がり、さらに周囲のハイ・ノールの死体から光の粒子が吸い込まれていく。やがてそれは血のように赤い鎧となって、桃太郎の全身を覆った。


「わーお♪ でっかくなっちゃった」


「赤い鎧って、えらい派手好きねんな」


「通常の3倍早いかもね〜♪」


「腹もしっかり守ってやがる」


 タクヤは分厚い胴鎧を見て苦笑した。


 鎧の隙間からのぞく青白い眼光。兜の横に伸びた二本角は、オーガよりよほど鬼じみている。


「コイツは、どっちが鬼だかわかんねーな」


「まず、全力で様子見だ――」


 タクヤは『如意棒』を斜め上へ向けた。


「伸びよ! 太く! 重く!」


 如意棒は長く空へ伸び、竜宮の柱のように太く重くなり、そのまま桃太郎めがけて倒れ落ちる。


 謎の鎧をまとった程度で耐えられるはずがない。


 誰もが、これで決まると思った。


 だが。


「|全武装強制破壊《サーチ&デストロイ》!」


 幽鬼のような眼が揺らめいた瞬間、信じられないことが起きた。


 タクヤとオオオニ組の武器も防具もまとめて弾け飛び、光の粒子となって消え去ったのだ。


「なにこれ? なにこれ〜♪」


 楽器も武装扱いらしい。ジークは太鼓を失い、アカペラでしか歌えなくなった。


「きゃ〜! おばちゃん、恥ずかしいわあ」


 装備が全部吹き飛び、アバターはアンダーウェア状態だ。


 もっとも、オーガ女子の初期布装備は粗末なものだったので、本人が思うほど色気はなかった。


「誰も見とらんから心配すんな」


 ビシャモンが声をかける。


 どうやらゾーキンの対処は終わったらしい。だが、ビシャモンも丸腰だった。

 

 オンラインゲーマー最悪の悪夢――全装備ロスト。

 そのあり得ない刃が仕様として突きつけられたのだ。

 

「ずるいよ〜♪ 自分だけカッコいい真っ赤な鎧〜♪」


「武器もなし、装備もなし、どうしたもんか……」


 桃太郎を見上げ、ビシャモンは嫌そうに片眉を上げた。


* * *


「ふん、あと一本だろ? ステゴロで十分だ」


 ビシャモンは拳を打ち合わせ、赤い鎧の桃太郎を睨み据えた。


「いやいや、モンクじゃねえんだから……」


 そう返しながら、タクヤは素早くインベントリを探る。


 だが、すぐに顔をしかめた。


「マジかよ……インベントリの装備まで無くなってやがる……」


「うう〜、僕の大事なクラリネットが〜♪」


 ジークがしょんぼりと声を上げる。


「それは最初から壊れてたんちゃうの?」


 ヒロミが呆れたように突っ込んだ。


「ドとレとミとファとソとシの音が出ないだけだよ〜♪」


「いらんやろ、それ……」


 そんなゆるい応酬に、タクヤは思わず苦笑する。


 だが次の瞬間、インベントリの一枠に残っていたものを見つけ、目を見開いた。


「こ、コイツは……!?」


 その声を遮るように、桃太郎の巨大な太刀が振り下ろされる。


 ドシャア!


 水溜まりの泥水が派手に跳ね上がり、重い斬撃が地を裂いた。


「うわ♪ うわ♪ 刀もおっきくなってない〜?」


「どういう理屈なんやろ? ほんに、えげつないわあ」


 ジークとヒロミは左右へ散るように飛び退く。


 その隙を逃さず、ビシャモンが踏み込んだ。


「フン!」


 太刀が地面へ食い込んだ一瞬の硬直へ、拳を叩き込む。


 右。


 左。


 右。


 ガン! ゴン! ゴゴン!


 だが。


「むう……通らんか……」


 ビシャモンが低く唸った。


 桃太郎の頭上に残る最後のHPゲージは、ぴくりとも動いていなかった。


 ビシャモンが嫌そうに片眉を上げた、その時だった。


「ビシャモン! コイツを使え!」


 タクヤの怒声とともに、何かがこちらへ放られてくる。


「武器が残っとたんか?」


 反射的にそれを受け止めながら、ビシャモンはわずかに目を見開いた。


 掌にずしりと収まったそれは、たしかに棒状の得物めいていた。

 長さもある。重みもある。


 だが。


「なんじゃあ、こりゃ?」


 思わず、素の声が漏れた。


 それは、太く、雄々しく、真白き――。


 ――立派な大根であった。


* * *


 ビシャモンは、手の中の白い得物をまじまじと見た。


「ただの大根じゃねえ、ケンタがバグらせて食えなくなった……いや……破壊不能オブジェクトだ」


 タクヤが早口にそう言う。


 言われて、ビシャモンは手の内へぐっと力を込めた。


「なるほど、俺の頭より硬えな……」


 感心したように呟いた、その時だった。


 桃太郎が、再び赤い鎧をきしませながら大太刀を振るってくる。


「おっと」


 ビシャモンは半歩踏み込み、その斬撃を大根で受けた。


 ギィンッ!


 甲高い衝突音が、沼地の湿った空気を切り裂く。


 武器破壊特効を帯びたはずの大太刀は、初めてその斬撃を跳ね返された。白き大根は、傷ひとつつかぬまま、悠然とそこにあった。


「なるほど、武器じゃなければええって理屈か……」


 ビシャモンは口元を吊り上げる。


 そして、そのまま地を蹴った。


「インパクト・オブ・ジ・エビル!」


 振りかぶった大根が、桃太郎の頭へ全力で叩きつけられる。


 ゴガンッ!


 鈍く重い衝撃音。


 桃太郎の巨体が、ぐらりと揺れた。


「ぐぬぬ、世の理を乱す鬼どもめ!」


 頭を振り、桃太郎が吠える。


「腹を狙え! そいつの弱点だ!」


 タクヤの声が飛んだ。


 ビシャモンは目を細め、赤い胴鎧へ視線を落とす。


「ほう、ゴテゴテの鎧はそんためかい」


「おのれ、正義の桃太郎様を愚弄するか!」


 桃太郎は怒声とともに、大上段に大太刀を振りかぶった。


 赤い巨体が、真正面から打ち下ろしてくる。


 だが、ビシャモンは退かない。


 腰を深く落とし、白い大根を脇だめに構える。


「これで仕舞えだ――」


 そして。


 向かってくる桃太郎へ、真正面からカウンターを突き入れた。


「デッドリー・ラディッシュ・ストライク!」


 白い閃光めいた突きが、一直線に走る。


 吸い込まれるように赤い胴へ突き刺さり、そのまま大穴を穿った。


 ドシュウッ!


 桃太郎の身体が大きくのけぞる。


「おのれ、おのれ……鬼どもめ……」


 たたらを踏み、数歩後退した桃太郎の全身が、じわじわと光の粒子へ崩れ始める。


 そのまま消えかけながら、最後に呪いのような声を吐き捨てた。


「正義の使者は我だけではないぞ! 震えて眠れ!」


 やがて、その光の粒子は薄れて消えていった。


 湿った沼地に、しばし静寂が落ちる。


「ふん、何度でも来いや」


 ビシャモンは鼻を鳴らすと、大根をくるりと回してタクヤへ返した。


「それそれ、おばちゃんの方が似合いそうだね〜♪」


「違えねえ、ハハハ」


「なら、買い物カゴもないとあかんわ」


 ヒロミが肩をすくめる。


 タクヤは受け取った大根をしげしげと眺めた。


「俺は食いたいんだがな……煮込めばいけるか?」


 真顔で考え込みはじめたところへ、背後から間の抜けた声が飛んできた。


「みんなー、どうなったんだゾー?」


 ゾーキンだった。


 沼地には、いつものじめじめした湿気と、虫たちの羽音が戻ってきていた。


(おわり)


――第五十五話 あとがき


 最後まで読んでくれはって、おおきに。

 オオオニ組のヒロミやで〜♪


 次回の『マジチー』は、今週金曜日のお昼頃に閑話を投稿予定らしいわ。

 あのおじさんが、またけったいな目にあうらしいで。

 そっちも読んでもらえたら、うれしいで〜♪


 もし少しでも楽しんでもらえたんなら、ブクマや★で応援してくれると励みになるんやわ。


 それにしても、あの桃色の男、ほんまにいけすかん奴やったわあ。

 せやけど最後、大根でお腹ズドンは、ちょぉっとだけ気の毒やったかもしれんなあ。


 しっかし、せっかく集めた装備が全部パーや。

 残ったんは、この豹柄アンダーウェアだけやて。

 どや、セクシーやろ?

 ……なんや急に黙って。

 遠慮せんと見てええんやで?


――ヒロミ


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