第五十四話:腐った桃の方程式(前編)
中央大陸東部の南端。
ぬかるんだ沼地のさらに奥、葦と瘴気に隠れるようにして、ひっそりと口を開ける洞窟があった。
外から見れば、ただの岩穴にしか見えない。だが、その暗がりを抜けた先には、オーガとトロールが共に暮らすカオス陣営の里『バロルグ』が広がっている。
ごつごつした岩壁に囲まれた岩窟の里。火の入ったかがり火が赤く揺れ、鍛冶の音と笑い声が、どこからともなく響いてくる。
その一角にある酒場でも、いつものように夕餉の時間が流れていた。
「クミチョー、またバロルグカレーなの〜♪」
オーガの吟遊詩人ジークが、唄うような調子でぼやいた。
大きな体を椅子にあずけ、皿をのぞきこむ顔には、心底うんざりした色が浮かんでいる。
「食えりゃなんだっていいんだよ」
向かいに座るオオオニ組のクミチョー、ビシャモンは、スプーンを口に運びながら素っ気なく答えた。
その声音には、食への情熱よりも、生きるための燃料補給だと言わんばかりの割り切りがにじんでいる。
「オレ、もう飽きたゾー」
戦士のゾーキンが顔をしかめ、空になった皿をどんと卓上に放り出す。
「文句のわりにはきれいに食べてるやないの〜」
シャーマンのヒロミが、腹を揺すってけらけら笑った。
そんなやり取りの最中、酒場の入口から、ひとつの大きな影が近づいてくる。
「よお、またカレーか? 好きだね」
そう声をかけると同時に、ジークの隣の椅子を引いた。
トロールのタクヤだ。
「わ、タクヤはんやないの! おばちゃんうれし〜わー♡ 飴ちゃん食べる?」
ヒロミがぱっと顔を輝かせる。
その盛り上がりを尻目に、ジークは小さな弦楽器をぽろんと鳴らし、やけに物悲しい音色を響かせた。
「毎日、毎日、カレー、カレー、いくら美味しくてもいやんなっちゃうよ〜♪」
「そうか……じゃあこれ試してみるか?」
タクヤは懐から小瓶を取り出すと、ジークの食べかけの皿に、さっと中身の茶色い粉を振りかけた。
「何これ、何これ〜♪」
「まあ、よく混ぜて食ってみろ」
言われるまま、ジークはスプーンでカレーをぐるぐるとかき混ぜ、一口運ぶ。
「わーおっ♪ 途端にクッキリ、ビシッとスパイシー♪」
目を丸くした次の瞬間、夢中でかきこみ始めた。
「これは、劇的に美味しいわあ♡ さすがタクヤくん」
ヒロミもかけてもらい、ぱっと目を輝かせる。
「ビシャモンもどうだ?」
タクヤが小瓶を掲げる。だが、ビシャモンはちらりと見ただけで、低く返した。
「ワシはいい……劇的に美味いとか、大概ロクでもねえ」
ぼそりとつぶやくと、そのまま皿を空にする。
「そうか。まあ、ただの漢方胃腸薬だけどな」
タクヤはそう言って、にかっと笑った。
「漢方胃腸薬の成分はカレーのスパイスに近いんだ」
「うへえ〜♪」
ジークがなんとも言えない顔になる。だが、手は止まらない。
「ま、うまいからいっか〜♪」
「ジークには別の薬の方がええんちゃう?」
「でも、なんとかにつける薬はないゾー」
「みんな、ひどいよ〜♪」
どっと笑い声が起きた。
岩窟の酒場に、いつもの騒がしさが満ちていく。
今日も村は平和だった。
――この時までは。
* * *
真っ暗な森の中だった。
頭上を覆う枝葉は月明かりすら拒み、湿った空気が地を這っている。獣道めいた細い踏み跡の脇には、低木がびっしりと立ち並んでいた。
その黒い葉のあいだから、果実がぽつぽつと仄かに光を放っている。
見るからに、ぶよぶよと柔らかい果実だった。
少し力を入れるだけで皮はズル剥け、指が深く食い込む。露わになった果肉は、空気に触れた途端、腐ったように茶色く変色していく。とても不老長寿の霊果などとは思えない、不気味な見た目だった。
傷から滲み出る甘ったるい汁が、べたべたと嫌な粘りを手のひらに残す。
だが、その果実にむしゃぶりつく男は、喜色満面だった。
「美味い! 美味すぎるぜ」
羽織袴の和装。
頭には鉄甲付きの鉢巻。
背には、三尺三寸はあろうかという長尺の日本刀。
男は倒木に腰掛けたまま、食いかけの果実をぐしゃりと握り潰し、余りを地に臥す部下へ放り投げた。さらに腰の袋から取り出した塊も、ぞんざいに投げ与える。
暗闇の中に響くのは、ガツガツ、ぐちゃぐちゃという咀嚼音ばかりだった。
投げられたものに獣たちが群がる。牙をむき、鼻先を汚しながら、地に落ちたそれを貪っていく。目は虚ろに揺れ、焦点も合っていない。にもかかわらず、口だけは止まることなく、甘ったるい果肉と塊を噛み砕き続けていた。
やがて。
男はゆらりと立ち上がった。
「では、参るぞ、鬼どもの住処に!」
芝居がかった声音とともに、男は颯爽と歩き出す。
その後を、虚な目を泳がせた獣たちが、ゆらゆらと、まるで意思なき者のように従っていった。
* * *
翌朝。
岩窟の里バロルグには、まだ朝の冷えた空気が残っていた。酒場の喧騒も遠く、火の気の薄い一角で、ビシャモンはひとり、湯気の立つ黒い飲み物を手にしていた。
朝のコーヒーだった。
苦みを舌の上で転がしながら、ようやく頭が起きてきたところへ、岩床を蹴る足音が慌ただしく近づいてくる。
「クミチョー! てーへんだゾー!」
ゾーキンだった。
「朝っぱらからどうした?」
ビシャモンはカップをテーブルに置き、片眉を吊り上げた。
「これが、村の入り口に刺さってたゾー」
差し出されたのは、白羽の矢だった。
羽根の先、本矧のあたりに、折り畳まれた文がきつく結わえつけられている。
ビシャモンはそれを無言でほどき、紙を広げた。
『告 邪悪な鬼に安息の地なし――』
文末には、桃の実の図案。
「来やがったか……」
低く吐き捨てたその声に、背後から別の声が重なる。
「どうした?」
タクヤだった。
ビシャモンは答える代わりに、文をひらりと放ってよこす。タクヤはそれを受け取り、ざっと目を通した。
「……拠点防衛イベントか」
オーガたちがトロールと拠点を同じくしているのには、理由があった。
旧EOFのイベントで、かつてオーガたちの拠点だったオーガ島は、NPC勇者パーティによって殲滅されている。
鬼退治。
そのお題目のもと、オーガたちは一度、住処ごと焼き払われたのだ。
「ふん、二度目はねえ――野郎ども! 防衛の準備だ!」
ビシャモンが声を張る。
その一声で、まだ寝起きの空気を引きずっていたバロルグに、ぴんとした緊張が走った。あちこちで椅子が鳴り、武具の音が立ち、里の空気が一気に戦の色へ染まっていく。
「やれやれ、トロールも一緒くたとは舐められたもんだぜ」
タクヤも拳を打ちつけ、不敵に笑った。
* * *
洞窟を抜け、バロルグの一行が沼地へ踏み出した瞬間だった。
空気が変わった。
まとわりつくような湿気が肌に粘りつき、肺の奥までぬるく重たいものが入り込んでくる。霧とも瘴気ともつかない奇妙な圧が、ゾーン全体をじわじわと支配していた。
「なんだ?……重い?」
ビシャモンは眉をひそめ、水に浸かった樹木の隙間から空を睨む。
空を埋める影。
キィ、キィ……。
耳障りな鳴き声が、沼地じゅうに響いていた。
雲霞のごとき雉の群れだった。
その次の瞬間。
ぱらぱら、では済まない勢いで、無数の礫が頭上から降り注いだ。
「うげ、痛いゾー!」
ゾーキンが頭を抱えてしゃがみ込む。
「豆かよ……」
ビシャモンは飛んできた一粒を掴み、鑑定して低くつぶやいた。
――――――――――――――――――――――――
【蟠桃豆】
天界の桃の木に寄生して実る、霊力を帯びた豆。
オーガに対してのみ強い効力を示す。
――――――――――――――――――――――――
絵面だけ見れば、空から豆をぶつけられている間の抜けた光景だった。
だが、ゲーム設定の中身はまるで笑えない。
「おばちゃん、日傘が欲しいわあ」
ヒロミが顔をしかめ、慌てて木の下へ退避する。
だが。
「イタタタ!」
今度は、上から別のものが落ちてきた。
ごつっ、ごつっ、と鈍い音を立てて降ってくる硬い果実。
――――――――――――――――――――――――
【鉄渋柿】
天界に植えられた柿の木の実。
その硬さは蟹の甲羅も叩き潰す。
――――――――――――――――――――――――
樹上を仰ぐと、びっしりと猿が張り付き、枝から枝へと跳ね回っていた。
「おばちゃん、蟹じゃなくてよかったわー」
ヒロミは杖で柿を払い落としながら、じりじりと洞窟側へ後退する。
「クミチョー、どないする? 空からだと一方的やわ」
「こいつを投げてやれ」
ビシャモンが顎で示した先へ、奥からどすどすと運ばれてきたのは、黒い塊が山盛りにされたコンテナだった。
「魔鉱石でコーティングしたオリハルコンの塊だ」
「えらい贅沢な武器やね。おばちゃん、投げにくいわあ……」
あまりに高価そうな投擲武器に、ヒロミが露骨に顔をしかめる。
「遠慮なくやれ。折角ガン鉄に山ほど作らせたんだ」
ビシャモンはにやりと笑うと、みずから塊をひとつ掴み、投擲を開始した。
ブンッ!
唸りを上げて飛んだ黒塊が、樹上の猿を一匹、まともに撃ち抜く。
猿は悲鳴を上げる暇もなく叩き落とされ、泥水の際へ転がった。
そこへゾーキンが駆け寄り、剣でとどめを刺す。
「やったゾー!」
だが、ゾーンを覆う重苦しさは、むしろ増すばかりだった。
沼地の向こう。
湿った葦の群れの奥から、今度は別の気配が濃く漂ってくる。
獣の匂い。
犬頭の亜人。
しかも、灰色の毛並み。
ハイ・ノールだ。
「面白くなってきたな……」
ビシャモンは漆黒の剣を抜き放つと、不敵に笑った。
* * *
ビシャモンは漆黒の剣を肩に担いだまま、獲物を見据える獣のように口元を歪めた。
「ジーク! 突っ込むぞ!」
「はいな〜♪」
ジークが腰の太鼓を軽快に叩きながら、その後を追う。
「西風のロンド♪」
「大時計のマーチ♪」
軽やかな連打が沼地の空気を震わせた。
足が軽くなる。
腕が速くなる。
移動速度上昇と攻撃速度上昇。吟遊詩人の支援旋律が、ビシャモンとゾーキンの身体に重なる。
「戦女神のファンファーレ♪」
さらにジークは器用に角笛まで吹き鳴らした。鋭く通る音が、ぬかるみの上を一直線に走る。
攻撃力上昇。
吟遊詩人の演奏のほとんどは範囲効果だ。音の届く範囲にいる味方すべてに、その恩恵が付与される。
「俺も行くぜ!」
タクヤもまた、そのメロディに背を押されるように『ルーイン・トーテム・スタッフ』を振り回し、前へ出た。
ぬかるんだ沼地では、ハイ・ノールの進撃もそれほど速くない。
だが。
ビシャモンはそれよりなお速かった。
黒い剣が縦に閃く。
先頭のハイ・ノールが、悲鳴を上げる間もなく断ち斬られた。
さらに横から迫る敵へ、返す刃でそのまま横薙ぎ。
泥と血しぶきが散る。
その隙を突くように、背後から別のノールが棍棒を振り下ろした。
ゴンッ!
鈍い音が響く。
だが、ビシャモンは避けない。
硬い頭で、その一撃をまともに受け止めた。
赤い血が一筋、額から伝う。
「こそばいのお」
口元まで流れてきた血を舌で舐め取ると、ビシャモンは身体ごと一回転した。
「デモニック・カーヴ!」
漆黒の剣先が、不規則な曲線を描く。
まるで軌道そのものが歪んだような一閃が、周囲を取り巻いていたノールたちをまとめて薙ぎ倒した。
断たれた敵は、その場で光の粒子となって渦を巻き、沼地の湿気へ溶けていく。
「無茶しやがるな、おい」
タクヤはスタッフを脇に抱え、半ば呆れたようにその様子を見ていた。
だが、その背後に近づく気配に気づき、反射的に振り返る。
「猿? いや……」
それは、たしかに猿ではあった。
だが、ただの猿ではない。
赤い筒袖。
上下に金糸の飾り。
装いは、もはや人と変わらぬ。
脇には、タクヤと同じく長めの棍。
だが、材質は違う。
棍本体は黒々と金属質の光沢を放ち、両端には豪奢な金環が嵌められている。
そして、その得物より目を引くのは、猿の頭にある金の輪だった。
「まさか……」
猿が棍を振るう。
まだ届くはずもない距離からだった。
だが次の瞬間、唸りを上げて伸びた一撃が、タクヤの眼前へ迫る。
かろうじてスタッフで払い流す。
「おいおい、マジかよ……」
すれ違いざま、ちらりと見えたその背中。
金糸で縫い取られた四文字。
『斉天大聖』
* * *
戻る『如意棒』を構え直し、その猿はタクヤへ向けて牙を剥き出した。
だが、タクヤは一歩も引かない。
長いスタッフを斜めに構え、低く呟く。
「そういや、こいつも天界の桃から力を得たんだったな……」
「鈍重化!」
猿の身体に、どろりとした呪いの色がまとわりつく。
「鈍足化!」
さらにもう一声。重ねて放たれた呪いが、猿の脚と腕に絡みついた。
シャーマンは呪い――デバフのスペシャリストである。
能力値低下は、相手が強者であるほど効き目が大きい。
「悪いな、俺は前衛じゃないんだ」
タクヤは口元だけで笑う。
目に見えて鈍くなった猿の如意棒を、スタッフで軽くいなす。さっきまでなら反応も難しかった間合いが、今ははっきり見切れた。
そして。
「もうひとつ、悪いな――」
猿の目が、ふっと虚ろに揺れた。
その背後。
ガキン!
ゾーキンが回り込み、渾身の一撃を叩き込む。だが、猿は振り返りもせず、曲げた如意棒でその刃を弾き返した。
「ま、曲がったゾー?!」
目を見開くゾーキンへ、猿がぎろりと向きを変える。
「毒霧!」
タクヤが間髪入れず、紫がかった霧を浴びせかけた。遅延ダメージの毒が、猿の身体へじわりと染み込んでいく。
「――タイマン張る義理もねえんだわ」
振り向きざまの猿へ、今度は横から鋭い剣尖が飛び込んだ。
「スラスト・オブ・デッドリーポイズン!」
ビシャモンの一撃だった。
毒を帯びた刺突が猿の脇腹を抉り、すでに回った毒へさらに別種の毒が重なる。
『一向二裏』。
古典的連携戦法である。
「キィィー!」
猿が悲鳴を上げた。
如意棒を伸ばし、その反動で身体を後方へ運ぶ。泥を蹴ることもなく、一気に距離を取った。
「逃げたゾー」
「ふん、ちーとは歯応えがあると思ったんだがな」
ビシャモンは漆黒の剣を肩に担ぎ、そうごちた。
毒に蝕まれながらも逃げおおせた猿は、離れた暗がりの中で口の端を歪める。
だが。
闇から伸びた刃が、その身体を縦に両断した。
猿の姿が二つに割れ、光の粒子へ崩れていく。
「やはりケダモノでは役に立たんなぁ」
低い声とともに、羽織袴の男が日本刀を振り払いながら闇の中から浮き出てきた。
長尺の刀身が、湿った空気の中で鈍く光る。
「やはり、私が手を下さねばならぬようだな」
男は刀の切先を地面すれすれに構えた。
そのまま、音もなく滑るように足を運ぶ。
あちこちに水たまりのある湿地帯だというのに、水飛沫ひとつ立たない。
キンッ!
迎え撃つビシャモンの黒い剣が、下から鋭く跳ね上げられた。
「ひとーつ! 卑劣な鬼どもよ……」
「ぐぬぬ……」
ビシャモンの漆黒の剣は、根元から折れていた。
* * *
「ふたつ、腐臭漂う、その住処……」
大刀が、再び地を這う。
ガキンッ!
鈍い破砕音が響いた。
「わー、オレのも折れたゾー」
ゾーキンが目を丸くする。
「くくく、名刀『桃一文字則矩』の切れ味、思い知ったか」
青白い細面。
その顔に貼りついたような笑みと、狂気を宿した爛々たる目が、沼地の一行を順に睨め回した。
「みっつ、認めぬ、許さぬ、蔓延らせぬ……」
次の瞬間、羽織袴の男の太刀が、今度はタクヤへ向けて低く薙がれる。
またも、地を舐めるような軌道だった。
「おーっと、受けねえよ? 三度目の正直だ」
タクヤは、すっと身をかわした。
だが、三尺三寸の太刀筋は想定外に伸び、引いたスタッフの先を斬り飛ばした。
端を欠かれただけのはずなのに、杖全体へ蜘蛛の巣のようなヒビが走る。
「武器破壊特効かよ……なら、こうだ!」
お返しとばかりに、タクヤは間髪入れず呪いを叩き込む。
「鈍重化!」
「鈍足化!」
どろりとした呪いが桃太郎の身に絡みつく。
だが男は、足を止めたまま不敵に笑った。
敵対モードに入った男の頭上には、赤く染まった五本のHPゲージが並ぶ。
「よっつ、世のため、人がため、退治てくれよう、桃太郎!」
水平に払われた太刀が、空そのものを裂いた。
断裂した斬撃が、周囲へ散って飛ぶ。
「イテテテ、痛いゾー!」
「くそっ」
「ぐぬぬ」
ゾーキン、ビシャモン、タクヤ。
三人とも、あちこちにぱっくりと裂けた傷を負う。
「生命の讃歌!」
後方からヒロミの継続回復魔法が飛んだ。
さらに、ジークも小さな弦楽器を爪弾きながら旋律を重ねる。
「生命のセレナーデ♪」
傷口へ、じわりと生命力が戻っていく。
だが。
その隙だった。
桃太郎は腰の袋から茶色い塊を取り出すと、まとめて投げつけた。
「もがっ!?」
「うへええ〜♪」
「んぐっとっと……」
ゾーキン、ジーク、ヒロミ。
三人がまともに顔面へ食らう。
「なんだ?」
ビシャモンとタクヤは辛うじて身をかわした。
だが、避けきれなかったぶんが腕へべたりと貼りつく。
茶色く、粘つく塊だった。
桃太郎が、ぱちんと指を鳴らす。
「伴を許すぞ、下僕としてな!」
次の瞬間。
ゾーキンが、半ばから折れた剣を振り回し、ビシャモンへ斬りかかった。
その目は虚ろだった。
「ふん、これが種明かしか?」
ビシャモンは、柄とガードだけになった剣で、かろうじてそれをいなす。
思えば、ハイ・ノールどもも、あの猿も、どこか動きがぎこちなかった。
あの団子で操られていたのだろう。
「とはいえ、ちーとばかり難儀じゃの」
「やれやれだぜ」
* * *
パーン!
乾いた破砕音が、湿った沼地に鋭く響いた。
再び飛んできた斬撃を、タクヤは愛用の『ルーイン・トーテム・スタッフ』で受けた。だが、すでに蜘蛛の巣のようなヒビが走っていた杖は、その一撃に耐えきれない。
次の瞬間、黒ずんだ木片となって粉々に砕け散った。
「くくく、鬼に金棒と言うが、無手になってしまったな?」
桃太郎が満足げに口の端を吊り上げる。青白い頬に貼りついた笑みが、いっそう不気味に見えた。
「ちっ……」
タクヤは砕けた杖の残骸を振り払い、すぐにビシャモンの横まで下がる。
「まじいな。武器の召喚とかできないか?」
問われたビシャモンは、懐から小袋を取り出して掲げた。中でからりと鳴ったのは、黄金色の骨片だった。
「ペットなら召喚出来るんだが……」
渋い顔で吐き捨てる。
「その辺に落ちてる武器でしのぐかの」
そう言って足元へ転がっていたハイ・ノールのドロップ品、『上質な鋼鉄の剣』を拾い上げた。漆黒の剣には及ばぬ代物だが、素手よりは遥かにましだ。
「なるほど……」
タクヤも地面へ視線を落とす。
倒されたモンスターたちのドロップ品が、泥と葦のあいだに散乱していた。剣、棍棒、毛皮、豆、よくわからない骨片。どれもこれもラグ防止のためか、淡く明滅しながら、すぐに消えそうな気配を帯びている。
じっくり選んでいる暇はない。
だが、その中にひとつだけ、妙に気配を放つものがあった。
「コイツは……?!」
タクヤは泥を蹴って駆け寄り、棒状の武器を拾い上げる。
重い。だが、振り回せないほどではない。
黒々とした金属質の光沢。両端には豪奢な金環。見覚えがあるどころの話ではない。
それを軽く振って構えたタクヤは、両端の金環近くに細かく刻まれた文字に気づいた。
「なるほど、取扱説明書付きか……」
苦笑しながら、印文を目で追う。
次の瞬間、タクヤはその文を念じた。
「伸びよ!」
――棍が伸びた。
「何っ!」
舐めきっていた桃太郎の目が、初めて大きく見開かれる。
黒光りする棍は、唸りを上げながら一気に間合いを食い潰し、そのまま突きとなって桃太郎の胴へまともに突き刺さった。
ドゴンッ!
湿地の空気を揺るがす衝撃音とともに、桃太郎の身体が後方へ吹き飛ぶ。泥水を滑り、葦をなぎ倒し、数歩ぶん転がってようやく止まった。
ふらつきながらも、桃太郎は立ち上がる。
その頭上では、赤く染まったHPゲージのうち、一本目が消え去ろうとしていた。
そして。
その睨む先。
タクヤの手には、黒光りする竜王の神器――『如意棒』があった。
(つづく)
――第五十四話 あとがき
最後まで読んでくださって、ありがとう〜♪
オーガの吟遊詩人、ジークだよ〜♪
後編は来週火曜日のお昼頃に投稿予定なんだって〜♪
つづきも読んでもらえるとうれしいな〜♪
もし少しでも楽しんでいただけたのなら、ブクマや★で応援してもらえると励みになります。
それにしても、なんなのあの桃色男〜?
数え唄は音程外してるし、歌詞の中身もひどいし、変なモノまで投げつけてくるし……口の中にホールインワンだよ〜♪
……もぐもぐ。
あれ? 意外といけるかも。
もしかして、あいついい奴なのかな〜♪
――ジーク




