第五十三話:オープンベータテスト(後編)
――前編あらすじ。
オープンベータ初日、マコトたちは氷竜『フォウロン』を討伐するも、宝箱から出たのは曲がったスプーンと錆びたフォークだった。
そのまま次の標的を火竜『ダイロン』に定め、大量のテストプレイヤーとともに『ソルフレイムの溶岩窟B』へ突入。炎の巨人ゾーンを突破して火竜のねぐらへ踏み込むが、ダイロンは宝物の山の上空に異常な形で浮かんでいた。
シャチョーは『強制召喚』に振り回され、作戦を立て直そうとしたその瞬間、プレイヤーたちの視界は突然真っ暗に閉ざされた。
* * *
ダイモス開発室。
いくつものAIの光球がまたたく中、開発スタッフたちはモニターを覗き込んでいた。
「『ダイロン』のやつ、どこに引っ掛かってるんでしょう?」
ニシモトが首をかしげる。
モニターの中では、赤い巨竜が空中に寝そべっていた。
「積み重ねバグだな。宝物の山が崩れて取り残されたんだろう……複数オブジェクトに依存配置すると、よくあるやつだ」
スズキが腕を組んだまま答える。
「チケット上げときます?」
「うーん、無数のオブジェクトのどれがバグってるか、検証が大変なんだよなあ……まあ、一応上げておいてくれ。優先度は低でいいぞ」
その時だった。
モニターが、ふっと黒く落ちた。
「うーん、突然映像が切れましたね……」
「回線異常かな? SE02、調べてくれ」
スズキの指示で、光球のひとつが明滅を早める。
『ソルフレイムサーバーにping発信――応答なし』
さらに不規則にまたたき、報告を続けた。
『tracerouteも不達――当該サーバー、完全に沈黙』
「あちゃー、鯖落ちか……」
スズキが渋い顔をして、ニシモトたちに指示を出す。
「俺はログアウトして、サーバー室に行ってくる。合図を送るから、起動ログを見といてくれ。再起動したら、ダウン時の負荷状況ログも確認な」
「はい、了解です」
ニシモトの返答を背に、スズキは扉へ向かった。
VR版では、開発室の扉を抜ければログアウトする仕様になっている。
ちなみに、開発室にはベッドも鏡もない。
スズキが扉を抜けると、そこは殺風景なオフィスの一室だった。
中央に大きな事務机が据えられている。
もっとも、実はここも仮想オフィスだ。
スズキは仕事用の仮想オフィスから、EOFのシステムにVPN接続していたので、いったん踏み台のオフィスへ戻ったのだ。
デスクの椅子に腰掛けると、デスク上に浮かぶモニターのログアウトボタンへ手を伸ばす。
現実の社内へ戻っても、サーバー室は厳重に管理された区画の中にある。
入室には、さまざまな手続きを踏む必要があった。
(もうちょい簡単にでぎねもんかね……)
心の中でぼやきつつ、スズキは先を急いだ。
* * *
真っ黒な空間に、ぽつんとダイアログが浮かんでいた。
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「お、ログインできたがね」
視界の先に、虹色に輝く輪が現れた。
それはゆっくりと近づいてきて、やがて周囲を明るく染め上げる。
ぼやけていた景色が、少しずつ輪郭を取り戻していく。
そして。
像を結んだその先にあったのは――阿鼻叫喚だった。
見渡せば、逃げ惑う冒険者たちの集団。
その合間を縫うように、いや、縫うどころか踏み潰すように『炎の巨人』たちが暴れ回っている。
ここは、竜のねぐら手前の広間だ。
どうやら、落ちた場所から始まったらしい。
『炎の巨人』は、すべて掃除したはずだった。
なのに、復活していた。
状況を飲み込む間もなく、シャチョーは後ろからごつんと殴られた。
「ひゃー、かなわんがな!」
慌てて逃げ出す。
だが、前にも巨人がいた。
挟まれた。
あえなくHPゲージが消し飛ぶ。
――NOW LOADING……
「ふー、死に戻ったがね――あ!」
戻った先は、広間手前の曲がり角だった。
「ギャン!」
また殴られた。
――NOW LOADING……
「す、すぐ逃げるがね!」
今度は視界が戻ると同時に、入口方向へ向かってダッシュする。
だが、背後から『炎の巨人』たちがぞろぞろと追ってきた。
逃げ切れない。
結局、囲まれて袋叩きである。
「ギャン!」
――NOW LOADING……
次に戻った時、曲がり角の周辺に巨人の姿はなかった。
シャチョーはその隙を逃さず、慌ててスキルを叩く。
「隠密! 隠密! 隠密!」
連打。
連打。
ようやく気配が薄れ、巨人たちの視線がそれた。
「ふー、なんとか落ち着いたがね」
襲われる心配が少し減ったことで、ようやく状況を確認する余裕ができた。
どうやら、サーバーが再起動し、モンスターがすべて再設定されたらしい。
レイドグループもパーティも、解散状態になっている。
グループチャットも通じない。
体制を立て直すにしても、この混乱ではパーティ構築のUI操作すら難しそうだった。
その時だった。
誰かが、逃げ惑ったまま竜のねぐらへ飛び込んだ。
次の瞬間。
シャアギャアアアァァーッ!!
ねぐらの出入口から、ブレスが吹き出した。
炎は広間の半分ほどまで舐めるように走り、そこにいたプレイヤーたちは次々に光の粒子と化して、曲がり角へ戻されていく。
そして、その騒ぎに反応するように、また『炎の巨人』たちが集まってきた。
「ひゃー! どえりゃあ困ったがね、どうしたらええんかね!」
シャチョーは、そろりそろりと後退りしながら、混乱の声を上げた。
* * *
ダイモス開発室の扉が、乱暴に開かれた。
「あんたたち、何やってんのよ!」
マコトである。
どうやら、待機列が待てなかったらしい。仕事用のアバターで、こちらへログインしてきたようだ。
「えっと……サーバーが落ちちゃいまして……」
ニシモトが、やや押され気味に言い訳する。
「もう! どうしてよ! 安定してたのに……」
「今から、落ちた時のログを確認します」
そう言って、ニシモトは仮想のキーボードを叩いた。
モニターに、直前のサーバーログが流れる。
そして、ファイル終端で止まった。
――――――――――――――――――――――――
[2040-03-02 10:59:52.184][INFO ][sched/cron] Scheduled task detected: maintenance_shutdown_1100
[2040-03-02 10:59:52.187][WARN ][world/solflame-b] Active encounter detected: players=71, boss_state=ENGAGED
[2040-03-02 10:59:53.774][ERROR][world/save] Snapshot timeout: zone_id=SOL_B, phase=COMBAT_EVENT
[2040-03-02 10:59:56.442][WARN ][zone/deilong] Position resolver anomaly persists: actor_id=BOSS_DEILONG
[2040-03-02 11:00:00.000][INFO ][ops/maint] Entering scheduled maintenance window
[2040-03-02 11:00:00.021][WARN ][zone/solflame-b] Zone shutdown requested during live encounter
[2040-03-02 11:00:00.087][ERROR][zone/solflame-b] Zone process did not acknowledge graceful stop
[2040-03-02 11:00:00.209][ERROR][zone/solflame-b] Forced kill issued to process pid=4421
[2040-03-02 11:00:00.890][INFO ][ops/maint] Scheduled shutdown sequence complete
――――――――――――――――――――――――
「メンテナンス予約でシャットダウン?」
ニシモトは怪訝な顔で画面を眺めた。
「誰よ! ベータ開始早々に予約入れたバカは?」
マコトが激昂する。
「ベータの初回メンテは二日目のお昼前のはずなんですが……」
『ニシやん、ログをよくみなはれ』
PG04が、気安く声をかけた。
「ニシやんって?! なんだってんだ……あ!」
「どうしたのよ?」
マコトも画面を睨む。
「システム時計が一日進んでます……今日は三月一日なのに、ログでは三月二日と出てます」
「だから?」
「だから……二日目の予約が動いちゃったんですよ」
「誰が時計いじったの?」
「それは分かりませんが……」
納得のいかない顔で腕を組み、マコトは仁王立ちになった。
その背後から、声がかかる。
「まあまあ、犯人探しは置いておいて、お嬢はあっち戻らないでいいのかい?」
スズキが扉を抜けて戻ってきたところだった。
モニターの向こうでは、プレイヤーたちが右往左往している。
「普通なら壊滅しました……で済むとこだが、このままじゃ延々と死に戻りループだぞ」
「トラウマもんですね……」
「そこまで心配いらないわよ」
マコトはモニターを顎で指して告げた。
「ゲームの攻略なら、プレイヤーたちの方が私たちよりずっとベテランよ」
* * *
『伝達っ! タンクは広間入って左の角に巨人をプル!』
ソルフレイムの溶岩窟Bに、エレネのシャウトが響いた。
シャウトとは、ゾーン全体へ届く叫び属性のチャットチャンネルである。
『回復も援護も禁止! ヘイトを切ります』
エレネは手近の巨人へナイフを投げつけ、自身も囮となって走った。
『その隙にキャスターはインビジ配布!』
自身のHPゲージが削り切られる前にと、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
『ヒーラーは……全巨人にカームをかけて!』
回復がなければ、頑強なタンクたちもそう長くは持ち堪えられない。
前衛たちは次々と倒れ臥していく。
だが、その犠牲の甲斐はあった。
炎の巨人たちは広間の一角へと集中し、ホームポイントとなった曲がり角が、ひととき安全地帯となったのだ。
エレネもまた、巨人たちに囲まれていた。
HPゲージは、もう残りわずか。
それでも最後の置き土産とばかりに、近くの巨人の脚を水平に薙ぎ払う。
「ホリゾンタル・スラッシュ!」
ドガッ!
同時に、巨人の一撃が振り下ろされた。
エレネの姿は光の粒子となり、戦線を離脱する。
EOFではプレイヤーが死んだ場合、ホームポイントに復活するが、装備類は死体に残る。
その上に、ドクロマークのデバフ、デスペナルティがのしかかる。
能力値はすべて半減。
HPは10%。
ソウルはすっからかん。
ご丁寧に、自然回復も停止する。
パーティとレイドグループは組み直せたが、デスペナが消えるまで、しばらくは休憩するしかなかった。
――ところが。
広間の一角に引きつけていた炎の巨人たちが、再び動き始めた。
四体は広間の四隅へ戻ったようだが。
残りは、こちら側の通路へ向かってくる。
通路を持ち場とする巨人たちなのだ。
「全員静かに、動いちゃダメよ……」
今度はエレネが、レイドチャットでそっとささやいた。
真偽は定かではない。
だがプレイヤー間では、移動の一歩一歩ごとに、インビジブルやスニークの暴露判定が行われるという説が流布していた。
つまり、じっとしていることで長持ちする、というわけだ。
そして、大半の巨人たちは無事に持ち場へ遠ざかっていった。
――この曲がり角が持ち場の、一体を除いてだが……。
* * *
「おー! やりますねー。レイド、組み直しましたよ」
ニシモトはモニターを覗き込み、自分のことのように嬉しそうな声を上げた。
『ニシやん、楽しそうでんな』
「ゲームは実況見るのも楽しいんだ。これだけ熱い戦いを見せられると、監視の仕事も悪くないね」
『そんなもんでっか?』
「そうよ、ゲームは楽しんでなんぼよ!」
「真琴さん、大阪弁うつってますよ……」
「ニシモト〜! 今、私のこと漢字で呼んだでしょ?」
「なな、なんで分かるんですか〜?」
「メガネに会話ログが出るから分かるのよ」
マコトは右手でメガネのずれを直しながら告げた。
「メメ、メガネが勝手に漢字変換してるだけですよ」
「その反応で正解だって分かるわよ……」
呆れたように、マコトが笑う。
「まあ、マコトでも真琴でも好きにすればいいわ……でも、こうなったらもう七瀬さんとか呼ぶのはアウトよ!」
「えっと、なんでですか?」
「アウトもアウト、九回裏ノーアウト満塁からトリプルプレーよ!」
「意味わかんないです……PG04、解析できる?」
『そういうのはちょっと無理でっせ……』
スズキが呆れたように口を挟んだ。
「お前ら、漫才はその辺にしとけ。プレイヤーたち、まだまだピンチだぞ」
モニターの中では、曲がり角の持ち場へ戻った『炎の巨人』の脚の間で、シーフが小さく震えていた。
それを見て、ニシモトは眉を寄せる。
「これは、やばいですね……一体とはいえ、最上位ダンジョンの奥地を守るモンスターです」
スズキも低くつぶやく。
「デスペナが消えても、装備もなし、ソウルもHPもすぐには回復しない。インビジが切れるのも時間の問題と……」
『詰んでますなあ』
「そうかしら? 私には、あの子たち、楽しんでいるように見えるけど?」
『楽しんで……でっか?』
「そうよ、楽しむのがあの子たちの仕事。楽しませるのが私たちの仕事よ」
『楽しませる……でっか』
PG04は、かすかに揺れるように明滅した。
* * *
「レイ・オン・ハンズを使います」
エレネが、レイドグループチャットに告げた。
「その後すぐにヤツを『挑発』します。十分に私に向いたら、回復と援護をお願いします」
だが、エレネも装備を失っている。
「待つがね、これを使うがね」
シャチョーが、小型の刺突武器を差し出した。
いつの間にか、自分の死体を『/corpse』コマンドで引き寄せ、装備を回収したらしい。
それはダガーというより、大きな針のような武器だった。
だが、素手よりはマシだ。
それに小型武器はダメージこそ低いが、振りが速い。ヘイト維持には都合が良かった。
「ありがとう、使わせてもらいます」
エレネは右手で刺突武器を構え、空いた左手で皆に合図を送る。
「レイ・オン・ハンズ!」
聖騎士固有スキル。
奇跡の全回復により、エレネのHPが一気に戻る。
もっとも、デスペナのせいでHPゲージの最大値そのものが半分だ。
それほど余裕があるわけではない。
スキル使用と同時に、エレネにかかっていたインビジブルが解けた。
曲がり角の炎の巨人は、すぐさま反応する。
「いいわよ、こっち向きなさい! 『挑発』!」
さらに挑発スキルで、巨人のヘイトを自分へと引き寄せる。
(――一撃でいい。入れればヘイトは維持できる!)
エレネは、慣れない刺突武器用スキルを思い出しながら放った。
「スラスト・オブ・ジ・アロー!」
弓のようにしならせた身体から、矢のような神速の突きが打ち込まれる。
突きは確実にヒットした。
だが、手応えがあまりない。
「くっ、もう一度!」
いや。
手応えがないのではない。
巨人の身体が、軽々と貫けているのだ。
(鎧を着てないからかしら? 速く、軽く動ける?)
突く!
引く。
突く!
何度目かの刺突の時だった。
バシュウウウウッ!
「えっ?!」
『曲がり角の巨人』は、光の粒となって消え去った。
(装備なしボーナスかしら? すごい発見!)
エレネが内心ひそかに盛り上がっている、その後ろで。
一人の男が、うんうんとうなずいていた。
その視線の先にあるのは、エレネの右手に握られた刺突武器。
『酒場のアイスピック』。
「うんうん、炎系にはあれが一番だがね……」
* * *
「すごい、あそこから立て直すなんて……」
ニシモトが、感心したようにモニターへ見入った。
「私抜きで盛り上がってるの、ちょっと腹立つわね……センパイ、またサーバー落としてきてくれない?」
「おいおい、勘弁してくれよ。遠いんだぜ」
『スズキはん、近けりゃ行くんでっか?』
「冗談だって……それより、システム時計の件、何かわかるか?」
『システム時計は、我々のゲームシステムの外の話でっせ……』
PG04が、高速で不規則に明滅し始める。
『OSのサポート文書を発見……画面に出しまっせ』
モニターのひとつに、OSのWEBサイトが表示された。
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BUG Unix
Known Issue: Leap Day Misrecognition in 2040
BUG Unix may incorrectly treat February 29, 2040 as March 1, 2040 if the system remains continuously running across the date transition.
Resolution:
Install the latest patch and reboot.
As a temporary workaround, the system may also be rebooted on or after March 1, 2040.
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「うるう年バグか……まじかよ」
そう、OSがうるう年の判定を誤り、2/29を3/1と勘違いしたせいで、その翌日、本来3/1であるはずの時計が3/2になってしまっていたのだ。
「四年に一度の、悪夢の暦顕現という感じですな」
「真琴さん、このパッチ当てます?」
「今はいいわよ……」
『ほな、明日のメンテでやっときますわー』
「あ、そうだ! ニシモト! 始末書とお客様へのお詫びの告知をお願いね♡」
ニシモトは、ヘビに睨まれたカエル族のように固まった。
そして、そのまま膝をついた。
(おわり)
――第五十三話 あとがき
最後まで読んでくれたそこの君! 感謝するわ。
EOF統括ディレクターの七瀬真琴です。
次回の『マジチー』は今週金曜日のお昼頃に閑話を投稿予定よ。
ケンタくんの妙なこだわりが爆発するみたい。
そちらも読んでもらえるとうれしいよ。
もし少しでも楽しんでもらえたなら、ブクマや★で応援をしてもらえると励みになるわ。
ちょっと混乱したけど、ベータ初日なんてこんなもんよね。
正式稼働は4月1日よ。エイプリルフールじゃないから安心してね。
……うるう年には、してやられたけど。
え? そんな調子で大丈夫かって?
大丈夫よ。あとはニシモトがなんとかしてくれるわ。
きっと。
――マコト




