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第五十二話:オープンベータテスト(前編)

 ――2040年3月1日。


 その日、VRMMOとして蘇った『Eternal Online Fantasy』は、ついにオープンベータテスト初日を迎えようとしていた。


 かつて二次元の画面の向こうに広がっていた世界は、いまや仮想現実として再構築されている。舞台となるのは火星本星。

 テラフォーミングされた、豊かな森、迷路のような谷、灼熱の砂漠、極冠の氷、そして人の手で再定義された都市と遺跡。そのすべてが、触れられる風景として実装されていた。


 さらに火星を回る二つの衛星、フォボスとダイモスもまた、ただの飾りではない。


 フォボスは運営部門の拠点。

 ダイモスは開発部門の拠点。


 ゲームの表舞台が火星なら、その舞台裏は衛星の中にあった。


 そのダイモス開発室では、若手スタッフのニシモトが、朝からバグレポート対応に追われていた。


「うわ、またか……いや、そこは仕様内か……いやでも、はみ出してるなこれ……」


 半透明のウィンドウが何枚も空中に並び、そのひとつひとつにエラーログや再現手順や優先度一覧がぎっしりと流れていく。ニシモトは片手で別ウィンドウを弾き、もう片手で修正候補を投げ、視線だけで監視カメラ映像を切り替えていた。


 オープンベータ初日。

 平穏無事など、最初から期待していない。


 だが、期待していないことと、実際に修羅場であることは別問題だ。


 そこへ、開発室のドアが開き、ベテランスタッフたちが数人、ぞろぞろとログインしてきた。


「よう、調子はどうだい?」


 声をかけたのは、スズキサブディレクターだった。


「調子もこうもないですよ! 統括もシフトのはずなのにひとこともなしに地上ですよ」


 ニシモトは勢いよく振り返り、そのままモニターを指さした。


 表示されていたのは、吹雪の中の戦闘映像だった。

 白く煙る視界。叩きつける雪。轟く咆哮。その中心で、青みがかった白いドラゴンが翼を広げている。


 巨大な体躯は、吹雪の色に溶け込みながらも、なお鮮烈だった。

 氷を思わせる鱗。冷たい光を宿した双眸。雪嵐をまとったその姿は、自然現象がそのまま牙を持ったように見える。


「お嬢は相変わらずだな……」


 スズキは苦笑しながら、小さな箱を机の上に置いた。


「差し入れだ」


「また、ウンケルですか? VRで効くんですかね?」


「仮想だからこそ効きそうじゃないか」


 スズキはそう言うと、自分でも一本開けて飲んだ。


 ニシモトは半ば呆れた顔でそれを見たが、ツッコむ余裕まではなかった。モニターの中では、ドラゴンが前脚を踏み込み、吹雪の中に青白い粒子が渦を巻き始めている。


「で、『フォウロン』の調子はどうだい?」


「いちおう、ボス戦はバグ曲線が落ち着いてます」


 ニシモトは答えながら、すぐ横に浮かぶ光球へ向けて指示を飛ばした。


「PG04、サブモニターに諸元を出してくれ」


 宙に浮かんだ光球が、ぴかりと瞬く。


『ニシモトはん、了解やでー』


「大阪弁?」


 スズキが目を丸くする。


 ニシモトは少し笑った。


「スズキさんは初めてでした? 多様性採用方針とかで、いろんなタイプのAIを入れる方針なんです」


「俺は採用試験の時、苦労して標準語に矯正したのに……」


 なんとも納得のいかない顔のまま、スズキはサブモニターに映し出されたデータを覗き込んだ。


「ふーん、今回は六人、フルパーティーか……」


「ええ、クローズドの時の四人に、アルケミストとシーフが加わってます」


「まだ初日なのに『フォウロン』までたどり着くとは凄いな」


「四人はクローズドの時のキャラを引き継いでますから……」


 ニシモトは肩をすくめた。


「そうだったな。まあ高レベル帯のテストができて助かるか」


 そこへ、後ろからぬっと髭面の男が顔を出した。


「私がデザインした『蒼き貴婦人』を苦しめるとは、なかなかやりますな」


 ヒゲデザイナーこと、カグラザカである。


 モニターの中では、青い竜のブレスを聖騎士が盾で防いでいた。

 正面で受け止めるその一瞬、背後へ回り込んだシーフが、深く低く身を沈める。


 次の瞬間。


「入った!」


 ニシモトが思わず声を上げる。


 シーフの短剣が、竜の死角から鋭く突き立てられた。

 『バックスタブ』。

 会心の一撃が、吹雪の戦場に鮮やかな軌跡を刻んだ。


* * *


「あなた、またなんか変な技使ってない?」


 聖騎士が、竜のブレスをタワーシールドでいなしながら苦情の声を上げた。


 吹雪の中、青白い炎にも似た冷気が盾の表面を走る。新品の銀縁のメガネが、白い視界の中できらんと光った。


「HPの減りが早過ぎるわ」


「うちは知らんがね。たまたま超絶クリティカルしただけだがね」


 シーフはそっぽを向いて、ひゅーひゅーと口笛を吹いた。


 その背中に、ささっと隠された細長い金属棒がある。


 『暖炉の火箸』。


「氷系にはこれが一番だがね……」


 口の中でそっとつぶやいたのは、シャチョーであった。


「だいたい、あなたはクローズドベータの時いなかったでしょう?」


 聖騎士――エレネが盾を構えたまま目を細める。


「半日でどうやって、そんなにレベルを上げたのよ」


「まあまあ、いいじゃない。人手があるのはいいことよ」


 緋色の祭服をまとったウィザード、ナナが間に入る。


 その横から、戦場とは思えないほどふんわりした声が飛んだ。


「エレネ様、次のブレス来ますよー」


 赤毛のハイエルフ、アンである。


 エレネはすぐに盾を構え直し、竜の正面に立った。


 しかし、ブレスは来なかった。


 盾の向こうをうかがうと、竜は首を横へ向けていた。


 側面の高台。

 そこに、双肌を脱いだ筋骨隆々の男が立っている。


 ヨイチだ。


「正射必中!」


 真っ直ぐに飛んだ矢が、竜の喉元に突き立った。


「あ! そこは……」


 エレネが思わず声を上げる。


 だが、もう遅い。


 怒り狂った『蒼き貴婦人』は、誰かれ構わず攻撃をばら撒き始めた。


 ランページである。


「うひょう、逆鱗に当たってもうたぞい」


「もうたじゃないがね、じーさん!」


 シャチョーが頭を抱えて逃げ惑う。


 パーティ全員のHPゲージが、同時にごりっと削られた。


「ワード・オブ・ヒーリング!」


 後方に控えた白ローブの女性が、間髪入れずに範囲ヒールを飛ばす。


 その女性は、削れたゲージが回復していく様子を見ながら、実に楽しそうに笑っていた。


「いいわよー、混沌の極み! 素晴らしいテストケースだわ」


 ボーイッシュなショートカット。

 青みがかったチタン合金製のメガネ。


 EOF統括ディレクター、七瀬真琴。


 マコトであった。


* * *


 ダイモスの開発室。


「お、倒しましたよ」


 ニシモトがモニターを指さした。


 吹雪の中、『フォウロン』の巨体がゆっくりと崩れ落ちる。氷をまとった翼が雪煙を巻き上げ、戦場の白い地面に巨大な影が沈んだ。


 その向こうで、シーフが何か棒状のものを突きあげて喜んでいる。


 どうやらそれを聖騎士に見咎められたらしい。モニターの中では、盾を持った聖騎士がシーフに詰め寄り、シーフが必死に首を横に振っている。


 もっとも、パーティチャットはプライバシー保護の観点から基本未開示だ。


 何を言い合っているのかまでは、開発室からはわからない。


「さて、お楽しみの宝箱タイムですよー」


 ニシモトは、自分のことのように身を乗り出した。


「貴婦人のドロップは氷系魔法と戦士のエピック素材が当たりですが、どうでますかな」


 ヒゲデザイナーことカグラザカも、画面をのぞき込む。


「あのシーフ、一発で解錠しましたよ。やるなあ」


「あの伝説パーティに呼ばれるだけはあるな」


 スズキも後ろからのぞき込んだ。


 モニターの中で、シーフが宝箱を開ける。


 次の瞬間、シーフはぴたりと動きを止めた。


「あ、がっくりと地面に手をついた……」


「SE02、ログを再生してくれ」


 スズキがエンジニアAIに命じた。


――――――――――――――――――――――――

You open the ancient treasure chest.

You have looted a Bent Spoon.

You have looted a Rusty Fork.

You gain experience! (0)

――――――――――――――――――――――――


「うーん、これバグですかね?」


 ニシモトが首をひねる。


「PG04、『フォウロン』のドロップテーブルを確認」


 PG04の光球が、チカチカと明滅した。


『「スプーン」と「フォーク」はありまっせ』


「なら、仕様だ。品質は運だからな」


 スズキは肩をすくめた。


「曲がってるのって品質で片付けていいんですか?」


 ニシモトはさらに疑問を口にする。


「そもそも、ドラゴンのドロップ品が食器っておかしくないですか?」


「PG04、『フォウロン』の仕様書を確認だ」


『何を確認したらええでっか?』


「ドロップテーブル関連、全部出してくれ」


『モニターに出しまっせ。全部で十八ページ』


 モニターに、文章と図表がずらりと並んだ。


 スズキはざっと目を通す。


「極大魔法とエピック素材以外の記載がないな……」


「それだと、当たりだけになっちゃいます?」


「AIが行間読んで勝手にハズレ品を追加したのかもな……バイブコーディングの悪いとこが出たな」


 EOFのVR化は、AIと人間の協業がなければ成し得なかった。


 膨大な仕様と旧EOFのソースプログラムをAIに処理させることで、完全VRMMO化が実現したのだ。


 しかし、二次元ゲームだった旧EOFをVR化するには、文字通り次元の隙間を埋める必要があった。


 当然、その隙間のほとんどはAIが埋めることになる。


 結果として、人間の感覚では首をひねらざるを得ない仕様が多発した。


「これだな」


 スズキは『フォウロン』の仕様書の概要部分を拾い読みし、指を画面の一点に置いた。


「『蒼き貴婦人の異名を持つ』とある」


 トントン、と仮想モニターを叩く。


「貴婦人、王侯貴族、テーブルマナー、カトラリー……とでも連想して埋めたんだろ」


「そんな乱暴な……」


「それより、ハズレがさらに曲がって錆びるやつのLUCK値を検証したいな」


 LUCK値は隠しパラメータのため、プレイヤー本人は見ることができない。


 PG04が早くも明滅する。


『――モニターに出しまっせ』


 一同がのぞき込む。


「うわあ……」


「見なかったことにしてやろう……」


「バグじゃないよな、これ」


 仮想のはずの開発室の空気が、しんっと一段冷えた気がした。


* * *


「ファンクション!」


 シャチョーが、仕様的におかしいくしゃみをした。


「変なくしゃみしないでよ。VR世界で風邪でも引いたの?」


 エレネが、また眉をひそめる。


「どこかで美女に噂されてるに違いないがね!」


「それより、次行くわよ!」


 マコトがノリノリで宣言した。


「次ってどこに?」


「氷竜の次は火竜に決まってるでしょうが!」


 そうして、ビシッと東を指差す。


「火山地帯へレッツら・ゴー!」


「はいはい」


 ナナは素直にグループ・ゲートの準備を始めた。


「でも、火竜『ダイロン』はさすがに一パーティじゃ無理じゃない?」


 エレネが疑問をはさむ。


「もちのろん、募集するわよ」


 マコトは右手の人差し指を天に向けた。


「ラスト・ドラゴンに挑戦したい人は、この指止まれってね」


 そして、天の月に顔を向けて、ニカっと笑った。


* * *


「おい、ニシモト。お嬢がこっち見てるぞ」


 スズキがモニターを指さした。


 映像の中のマコトは、こちらを向いていた。


 正確には、監視カメラの視線を見上げるように顔を向け、東をビシッと指さしている。


「東に行くってことですかね?」


「チャット読めないのに、よくわかるな。阿吽の上司・部下だな」


「スズキさんだってわかるでしょ? 次は火竜だって」


「異次元のボスは出現条件が面倒だしな……」


「となると、猛々しき紅蓮の火炎竜ダイロンしか選択肢が残りませんな」


 ヒゲデザイナーことカグラザカが、また妙な二つ名で呼んだ。


 ニシモトは、じとっとした目を向ける。


「あの仕様書を書いたの、カグラザカさんですか?」


「また、ロクでもない実装になってねーだろうな?」


 スズキも続けて横目を送る。


『その可能性、エネルギー充填百二十パーセントやで〜』


 PG04も、だいぶ開発室の空気に慣れてきたらしい。光球が軽快に明滅し、冗談めいた声を返した。


 その直後、別の通知音が鳴った。


『マコトはんから、メールが届いてまっせ』


 ニシモトの正面に、半透明のメールウィンドウが開く。


――――――――――――――――――――――――

件名:司令

送信日時:2040/03/02 09:14

宛先:ニシモト

CC:第二開発本部ダイモス現地開発グループ


ニシモト、あなたのマコトよ〜ん♡

お願いがあるの。

テストプレイヤーを集めて、『ソルフレイムの溶岩窟B』に転送して頂戴。

あと六十六人でいいわ。

じゃあ、よろしく〜。


マコトより愛を込めて〜

――――――――――――――――――――――――


 スズキが目を丸くした。


「おまえら、いつの間にこんな関係に?」


「若き色彩のフォルテッシモって感じですなあ」


 カグラザカが感心したようにうなずく。


「そ、そんなわけ、わわわけ、ないわわけ、じゃないですか!」


 ニシモトは顔を真っ赤にして、しどろもどろになった。


 スズキはにやにやしながら肩をすくめる。


「わかってるよ。業務グループ宛にも送ってるんだから、いつものたちの悪い冗談だろ」


「ですな」


『なんや、おもろないな〜』


 にやにやする人間たちの中、PG04だけが不規則に明滅していた。


* * *


 『ソルフレイムの溶岩窟』は、『アシダリア』の北方に位置する『火山地帯』にあるダンジョンである。


 火山の中腹と、火口内に入口があり、それぞれから入れるゾーンをA、Bと呼称している。


 AとB、二つのダンジョンは内部で繋がっており、複数のゾーン境界から行き来することが可能だ。


 そのうち『ソルフレイムの溶岩窟B』は、初期EOFのラストダンジョンに位置づけられていた。


 最奥地には、火竜のねぐら。


 そして、その主が待ち受けている。


 『ソルフレイムの溶岩窟B』。


 略称、『ソルB』。


 そこへ突入したレイドグループは、数にあかせて突き進んだ。


 『火ゴブリン』も『火コボルト』も、まともな足止めにはならない。


 赤く焼けた岩壁の通路を、プレイヤーたちの足音と掛け声が埋めていく。

 剣が振るわれ、矢が飛び、魔法が炸裂する。


 やがて一行は、巨大神殿めいた空間へたどり着く。


 そこは『炎の巨人』ゾーンだった。


 天井は高く、柱は太い。

 床の亀裂からは赤い光が漏れ、熱気が揺らめいている。

 その奥で、燃え盛る巨人がゆっくりと身を起こした。


「水破!」


 ピイイィィーー!


 清めの音を響かせた矢が、炎の巨人の頭にヒットする。


 巨人がよろめいた。


「マージング・ソウル!」


 ナナとアンが手を繋ぎ、合体魔法を発動させる。


「「アイシクル・コメット・ブーステッド!!」」


 巨大な氷の彗星が、炎の巨人を押し潰した。


 弱点属性である氷の極大魔法。


 巨人はひとたまりもなく、光の粒子と化して消え去った。


「おっ? 宝箱出たがね!」


 巨人に合わせた巨大な通路の曲がり角に、ちょこんと小さな木箱が出現していた。


「よっしゃー! 開けるがね!」


 シャチョーは手のひらをワキワキさせながら、木箱へ駆け寄った。


 そして。


 ――再び膝をついた。


* * *


 開発室のモニターには、膝をついたプレイヤーの姿が映っていた。


「……さすがに可哀想になってきましたよ。LUCK値のマイナス補正、見直しませんか?」


 ニシモトが、本当に気の毒そうに漏らす。


「確率値はコンテンツ寿命に関わるし、今から調整はハードルが高いな」


 スズキはそう言って、表計算ソフト『Bugcel』を呼び出し、確率表を確認した。


 そこへPG04が割って入る。


『あの人のLUCK値定義だと、ここでゼロ除算が発生しまっせ』


「おっと……ならバグだな……修正チケット上げておいてくれ」


『了解やで〜』


「お、ねぐら手前の掃除が終わったみたいですよ」


 ニシモトがモニターを指さす。


 映像の中では、巨大な柱が林立する広間にプレイヤーたちが集まっていた。


 この広間の先に、火竜のねぐらがあるのだ。


「真琴さんが、さっきの曲がり角を指してなんか言ってますね」


 すると、その場所へ向かってプレイヤーたちがぞろぞろと列を作り始めた。


 それを見て、スズキがつぶやく。


「ははーん、ゾンビアタックする気だな」


「なんすか、それ?」


「古典的ボス攻略作戦のひとつだよ」


 スズキが答えると、カグラザカが補足した。


「戦場の近くにバインドして、死んでもすぐ復帰できるようにするんです」


 ヒゲをつまみながら、さらに続ける。


「名付けるなら、終わりなき死者の舞踏会ですかな」


 バインドというのは、プレイヤーのホームポイントを変更する魔法の名前である。


 ホームポイントは、ゲート魔法の帰還先であり、死亡時の復活地点にもなっているのだ。


「な、なるほど……それでゾンビ……そらまた仕様の穴というか……」


「ダンジョン内にバインドできるのはどうかって会議でも上がったんだが、旧EOFの思想を尊重するって結果になったんだ」


 スズキが苦笑する。


「でも、それって炎の巨人がリポップしたら大惨事じゃないですか?」


「炎の巨人は『ダイロン』と同じで一週間リポップだから心配ないかな……。そもそもベータテストが終わってる……はずだ」


 開発現場で、この“はずだ”がすんなり実現することはまずない。


「なるほど、それでみんなお祭り騒ぎなんですねえ」


「始まりますぞ。我が呪われた右腕が産み出した最凶のドラゴンの出番ですぞ」


 モニターの中では、聖騎士が竜のねぐらに足を踏み入れようとしていた。


* * *


 エレネがねぐらに足を踏み入れた瞬間、奥にうずたかく積み上げられていた宝物の山が、がらりと雪崩を起こした。


 大きな紅玉の嵌め込まれた王冠が、きらきらと光を弾きながら部屋の外へ転がっていく。


 だが。


 そこにいるはずの竜の巨体は、見当たらなかった。


「いないわ……まだポップしていないのかしら?」


「そんなわけないわ。炎の巨人と一緒のはずよ」


 そう言って、マコトがねぐらの中を覗き込む。


「大丈夫かね? 部屋にみんな入ったら閉じ込めらるパターンじゃないかね?」


 シャチョーも足を踏み入れ、きょろきょろと辺りを見回した。


「でらお宝だらけだがね」


「ただの背景オブジェクトよ、価値はないわよ」


「この人、夢壊しすぎだがね……」


 ぼやきながら、シャチョーが天井を仰いだ。


 とたんに。


 固まった。


 赤い巨体が、音もなく浮いていた。


 ――目が合った。


 シャアギャアアアァァーッ!!


 咆哮とともに、ブレスが降り注いだ。


 とっさに大きなタワーシールドを掲げて凌いだエレネだけが、かろうじてHPゲージを残していた。


 シャチョーとマコトは一瞬でゲージを削り飛ばされ、バインドした廊下の角へ逆戻りする。


 エレネは盾を掲げたまま後退した。


 ねぐらから広間へ戻る。


 だが、竜は追ってこない。


「なんね、あれは? 見えないロフトでもあるんかね?」


 曲がり角から戻ってきたシャチョーは、まだHPが10%ほどしかない上に、全能力値半減のデスペナルティを背負っていた。


 もちろん、経験値もごっそり引かれている。


 クレリックに蘇生してもらえば九十パーセントは経験値が戻るのだが、死体はねぐらの中だ。


「あれはバグに違いないわ!」


 同じく曲がり角から戻ってきたマコトが、びしりと断言した。


「スタックしてるのよ!」


「空中でなににハマるんかね? ありえんがね」


 そう言いながら、シャチョーは死体取り寄せコマンドを使おうと、ねぐらをそろそろと覗き込む。


 ところが――。


『シャチョー!』


 不気味な声が辺りに響いた。


 同時に、シャチョーの姿がかき消える。


「うひいいいい!」


 バシュウウウウッ!


 ――再び、曲がり角から始まる人生。


「サモンされたわね」


 エレネが顔をしかめる。


 モンスターは、敵対者をヘイト値で重みづけしている。


 値の蓄積が多い順に、攻撃対象を決めるのだ。


 さらにボスモンスターは、攻撃対象が手の届かない場所にいると『強制召喚』を使ってくる。


 名前を呼ぶとともに、自分の前へ対象を転移させるのだ。


「ずるいがね!」


 シャチョーが再び戻ってきた。


「死体回収は後回しよ。作戦を練り直さないと」


 エレネがそう告げた時だった。


 みなが、ぴたりと動きを止めた。


 音が消える。


 ざわざわしていた後衛陣も、静まりかえっている。


「え? みんなどうし……」


 エレネがそう声を上げようとした、その時。


 目の前が、真っ暗になった。


(つづく)


――第五十二話 あとがき


 最後まで読んでくださってありがとうございます。

 第二開発本部のニシモトです。


 『オープンベータテスト(前編)』、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

 後編は来週火曜日のお昼頃に投稿予約中です。つづきも読んでもらえるとうれしいです。


 もし少しでも楽しんでいただけたのなら、ブクマや★で応援をしていただけると励みになります。


 いくらAIが進化してるとはいえ、この規模のオープンベータテストでワンオペって、普通なくないですか?

 真琴さんは「視察よっ」とか言って、すぐ地上に降りちゃうし……。


 あーあ、僕も早く後輩が欲しいですよ。

 え? 経費削減採用方針で、今後はAIしか採用しない?


 ……いや、あいつら最近ちょっと馴れ馴れしいんですよね。

 正直、がっかりです。


 ――ニシモト


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