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閑話:キッズの日モード

『本日はキッズの日です!』


 突然、全世界にアナウンスが響いた。


 街でも、森でも、ダンジョンでも。

 人の声が届く場所にも、魔物のうなりしかない場所にも、同じ声が一斉に降ってくる。


 鈴を鳴らしたような凛とした女性の声だった。

 澄んでいて、耳に心地よいのに、どこか冷たい響きだった。


『特別なクエストのご用意もあります。是非、お楽しみください!』


 そして最後に、

 

 シャーン!


 本物の鈴を打ったような音が高く鳴り、アナウンスは止んだ。


* * *


 その声を、『トーチ』の面々はセレノスの酒場『ルーイン・ゴート』で聞いていた。


「なんだ? なにも変わらんが……」


 ケンタは訝しげに眉をひそめ、クエスト窓へ目を落とした。


 聖職者叙事詩クエストの後遺症で、いまもアバターは子どものままだ。

 だが、追加されたクエストは見当たらない。どこかで受注する必要があるのだろうか。


 そう考えた、その時だった。


「わー! なにこれ!」


 結が椅子を鳴らして立ち上がる。


「おいおい、こんなのありかよ……」


 タクヤも嫌そうにぼやいた。


「でら大変だぎゃああ〜」


 シャチョーが慌ててホールへ飛び込んでくる。


 そこでケンタは、ようやく異変に気づいた。


 結も、タクヤも、シャチョーも。

 全員、ケンタと同じ子どもアバターになっていたのだ。


 視界の端には、見慣れないバフアイコンが浮かんでいた。


 ――【トゥーンモード強制適用中】


* * *


 視界の端に浮かぶバフアイコンを見た直後だった。


「なにこのちんちくりんの身体?」


 酒場の厨房のほうから、不機嫌そうな声が上がった。


 声の主はカグヤ。

 いや、中身はカグラだ。


 厨房で揚げ麺をつまみ食いしていたらしく、片手にはぱりぱりの揚げ麺がつままれている。だが当人はそれどころではないらしく、縮んだ身体を見下ろしてあからさまに顔をしかめていた。


「もう! 胡散臭い機能は禁止って言ったでしょう」


 その横で、元GMユニットのウサ耳黒妖精ピコが、ふわふわと宙に浮かびながら答える。


『マスター、申し訳ございませんが、イベントクエストなので私には権限がありません』


「で、クエストって、なに貰えるの?」


『マスター、意外と乗り気ですね……』


 ピコのアドバイスで、カグヤはGMメニューから『イベントクエスト』を検索する。


 すると、視界の中央に一覧が開いた。


――――――――――――――――――――――――

【イベントクエスト一覧】

アッシュ山の金太郎

カチンコチン山

黒雪姫

鯉のぼりの覚醒 ← [稼働中]

シンデルとスケーテル

シンデルラと武闘会

桃太郎の大鬼退治

花咲かトレントさん

緑のキノコ山

――――――――――――――――――――――――


「なるほど、みんな平和なタイトルね……」


「ええ、ゲームですから……」


「中身は絶対、ロクでもないけどね」


「よくご存知で……」


 そう言って、ピコも抱えていた揚げ麺をぽりぽりとかじった。


* * *


「わー、みんなちっちゃい」


「でもガン鉄はかわんないよ」


「よく見るとヒゲが黒っぽいよ」


 ケンタ以外にも、最初から子どもアバターの者たちはいる。

 アキラ、ハルト、ナツキの三兄妹である。

 本物の子どもである三人は、一瞬だけ目を丸くして周囲を見回したものの、次の瞬間にはすっかり面白がる側に回っていた。


「みんな、ちっちゃいから、僕が一番年長だね!」


 アキラが胸を張って宣言する。


「だから、僕がリーダーね!」


 言うが早いか、アキラはさっそくパーティ編成を始めた。


第一パーティはアキラ、ハルト、ナツキ、結、ガン鉄、コムギ。

第二パーティはケンタ、タクヤ、カグヤ、ログ爺、シャチョー、クルミ。


「犬までパーティに入れられるの!?」


 結がそこに食いついた。


「バグの匂いがすんな……」


 ケンタは口元をゆるめた。


「よーし、街に出てききこみだー!」


 アキラが元気よく片手を上げる。


「おお、このリーダー、意外と優秀だな」


 ケンタは感心したように言った。


 闇雲に騒ぐのではなく、まず情報を集める。

 イベントクエストの導線を探るなら、それはかなり真っ当な判断だった。


「第一パーティは港の方で、第二は神殿の方ね」


 リーダーの指示に従い、一行は『ルーイン・ゴート』を出た。


 こうして、子どもだらけになった面々は、二手に分かれてセレノスの街へ聞き込みに向かうことになった。


* * *


 セレノス神殿――信託の間。


 白い石柱に囲まれたその奥は、いつも通り静かだった。

 外ではキッズの日モードが発動しているというのに、ここだけは妙に神妙な空気を保っている。もっとも、その静けさも、目の前の光景で少しだけ調子を狂わされていた。


「まあ、私の坊や、今日はお友達と一緒なのね」


 迎えたのは、ひとりの女性だった。


 信託の巫女デルフィーネ。

 子どもにやたらと甘い、あの巫女である。


 今日のデルフィーネは、さすがに“子ども”というほどではないが、普段より等身が少し下がっていた。丸みを帯びた輪郭といい、どこか誇張された目元といい、どうやら彼女もトゥーンモードの影響は受けているらしい。


「今日はどうしたの? 病気? 毒消し? それとも蘇生かしら?」


「死んでたらここに来れないし……」


 ケンタはとりあえずツッコミを入れてから、用件を切り出した。


「フィーネお姉さん、キッズの日って知ってる?」


 デルフィーネは、ふむ、と少し考え込んだ。

 それから、何かを思い出したようにぽんと手を打つ。


「そうだわ、鯉を食べる儀式……いえ、飛ばすのだったかしら?……とにかく鯉よ鯉、多分」


「そっか、ありがとう」


 あまり参考にはならなそうだった。

 とはいえ、ここで深追いしても、たぶん話が妙な方向へ泳いでいくだけである。


「じゃあ、また」


「今日はなぜか暇なので、フィーネもお供しますわ」


「えー?!」


 結局、デルフィーネも後ろについてくることとなった。


 巫女が一人増えたことで、ただでさえちび化してごちゃついていた一行が、さらにぞろぞろした見た目になる。


「次どこ行くんだ?」


「そうだな、近いし市場通りでも行ってみるか」


 ケンタの言葉にうなずき、一行は信託の間を後にした。


 こうして、ケンタたちはデルフィーネを加えたまま、ぞろぞろと市場通りを目指す。


* * *


 一方、セレノス港。


 潮の匂いと、帆綱のきしむ音が満ちる波止場で、アキラたちは聞き込みを続けていた。

 釣り人や船員の間を縫うように歩き回り、目についた相手へ片っ端から声をかけていく。


「キッズの日?」


 そう答えたのは、ドクロマークの帽子をかぶった男だった。


 ナツキの顔馴染みである。


「そりゃ、あれだ、黒、赤、青のドラゴンが空から来るやつだ」


「こわっ! なにその終末イベント……」


 結が思わずわたわたと手を振って叫ぶ。

 つられるように、仔犬のコムギまでわんわんと吠え立てた。


「落ち着いてよ、結姉ちゃん。子ども向けイベントでそれはないよ」


 アキラが呆れたように言う。


「アキラの方が大人ドワ」


 ガン鉄がぼそりとつぶやいた。


「キッズの日って要するにこどもの日だよね?」


「そ、そうだね」


 結はまだ少し警戒した顔のままうなずく。


「こどもの日に空にある黒、赤、青なーんだ?」


「なぞなぞドワん?」


「あー、ピコーンってわかった!」


「わしも分かったドワ!」


 二人は声をそろえた。


「「鯉のぼり!」」


* * *


「鯉ですか? 取り扱ったことはないですな」


 露店商のモジャールが、ヒゲを指先で漉きながら答えた。


「海産物の豊富なセレノスでは、川魚は売れませんのでな」


 ケンタたちは市場通りであちこち聞き込みを行ったが、これといった収穫はなかった。


 果物屋、香辛料屋、布地屋、干物屋。

 声をかける先々で首をひねられ、たまに妙な推測を返されるばかりで、肝心のキッズの日イベントにはなかなか辿り着けない。


「可愛いナッキーのお友達とあれば、このモジャールお手伝い致しますぞ」


 モジャールは胸を張ってそう言った。


 どうやら、ついてくる気らしい。


 ――そこに。


「お困りとあらば、我らもご助力致しますぞ」


 凛とした声が響いた。


 振り向けば、そこに立っていたのはセレノス警備隊隊長セレノンティスと、その部下たちだった。


 きらびやかな鎧に身を包み、いかにも頼もしげな出で立ちである。だが今日は、全員そろって等身が低い。厳めしいはずの鎧姿がどこかちんまりして見えて、妙に迫力と可愛げが同居していた。


「また増えちまった。やれやれだぜ……」


 タクヤが額を押さえてぼやく。


「それより、次はどうするんじゃ?」


「とりあえず港のパーティと合流しようか」


「それがいいっす。リーダーの指示大事っす」


 大きな剣を背負ったクルミが、元気よく同意した。


「すっかり子ども頼りだがね……」


 こうして市場通り側の一行は、さらに人数を増やしたまま、港のパーティとの合流へ向かうことになった。


* * *


 港で合流した時には、人数がすっかり膨れ上がっていた。


 ベルウッドにユメゾウ。

 獣人のラオとジン。

 さらに、NPCコックのホワイト氏まで、なぜかホイホイついてきている始末である。


「鯉の料理なら、任せるのであ〜る!」


「おお、ナッキー! 今日も可愛いのお」


「あらあら、おチビちゃんばっかり、良い子ねえ」


「セレノスの平和は我ら警備隊が守る!」


 好き勝手な声があちこちから飛び交い、港はすっかり混沌としてきた。


 NPC軍団まで混ざったその集団は、もはやちょっとしたレイドグループ並みである。

 アキラは膨れ上がった人数を見回しながら、腕を組んで考え込んだ。


「こっちのヒントは明らかに鯉のぼりなんだけど、ケンタたちの方は生きてる鯉か……」


「ケンタ、すっかり呼びすてにされとるがね……」


 シャチョーがしみじみとつぶやく。


 その時、アキラはふと、小さくても太っちょなホワイト氏と目が合った。


「ねえ……セレノスで人気がない川魚の料理がなんで得意なの?」


 鋭く突っ込むアキラ。


 ホワイト氏は、わかりやすく目を泳がせた。


「わ、わたくしは田舎の出身なのであ〜る」


 アキラがじっと見つめると、ホワイト氏の頭上に、ぽんっと金色の『?』が浮かび上がった。

 クエスト起点の印だ。


―――――――――――――――――

【鯉の納品】

依頼者:ミスリル・シェフ ホワイト

目的地:エリス草原

依頼内容:

エリス草原の川を遡ると滝があ〜る。

その辺りで大物の鯉が獲れるのであーる。

釣ってきて欲しいのであ〜る。

制限時間:なし

難易度:★★★

報酬:料理レシピ『鯉に恋する256レシピ』

―――――――――――――――――


――ゴクリ。

誰かが唾を飲み込む音が響いた。

(鯉で256……ぜったい生臭い……食べたい……)


「エリス草原に川なんてあったっけ?」


「西、北と南の間のゾーン境界だよ、こないだ、白い橋を渡ったろ」


 ケンタが答える。


「滝はある?」


「どうだったかな……西エリスの西端側が崖だったような……」


「そこかな? 行ってみようよ」


「この人数でか?」


 周りを見渡して、タクヤが肩をすくめた。


「よーし、お姉さんタクシーしたげる!」


 いつのまにか混ざっていた緋色の祭服のウィザードが宣言する。


「西エリスのこっち側なら歩いた方が早いよ」


 アキラは徒歩を指示した。


「うう、いけず〜」


 移動を始めた集団の末尾で、ナナだけがいじけていた。


* * *


 広大な西エリス草原の南西の端。

 セレノスに近い側とはいえ、これまでわざわざ足を運ぶことはなかった場所である。


 南のゾーン境界となる川を遡っていくと、やがて西端の崖の上から落ちる瀑布が見えてきた。


「おー、意外と絶景だがね」


 シャチョーが思わず声を弾ませる。


 白く砕けた水煙が陽を受けてきらきらと光り、滝の音が草原の風を震わせていた。

 河岸には、ぞろぞろとやってきた一同がわいわい集まり、思い思いに身を乗り出して滝壺のあたりを覗き込む。


 その時だった。


 三つの大きな影が、ゆらりと揺れた。


「わー、鯉のぼりが泳いでる!」


 誰かの声が弾ける。


 滝壺の水の中を、きらびやかな布製の鯉のぼりが、ゆったりと泳いでいた。

 黒、赤、青。

 三色の大きな体が、水の流れに逆らうように尾を揺らし、まるで本物の魚のように滑らかに動いている。


「でらシュールな光景だがね」


 シャチョーの感想が、妙にしっくりくる。


 その声が聞こえたのかどうか。

 黒、赤、青の三匹は、ふっと岸辺から距離を取り、音もなく滝壺の中央へ向かって、すうっと泳いでいった。


「なあ、鯉って滝を昇ると……」


 タクヤが眉を寄せる。


「……伝説では、龍になるな」


 ケンタが、独り言のように答えた。


* * *


 三つの魚影が、淵の深みへと沈んでいく。


 滝壺のあたりは、激しく跳ねる白い飛沫に覆われていた。

 水煙がもうもうと立ちこめ、その向こう側は何ひとつ見えない。


 ――ふと。


 落下し続けていた滝の水が、ぴたりと固まった。


 まるで、そこだけ時を止められたかのように。


 轟々と落ちていたはずの瀑布は、一瞬にして巨大な水の柱へと姿を変える。

 その中を、黒、赤、青の三色が、するすると昇っていった。


 水の柱と化した滝を昇る、三色の鯉のぼり。


 それはもはや滝ではなかった。

 まるで天へ続く(きざはし)のようである。


「り、リーダー、止めた方が良くないかね?」


「うーん、でもゾーンの間の川って入れないよね?」


 アキラが眉を寄せて答えた。


「そうだな、橋のとこしかゾーンは越えられない」


 ケンタが短く補足する。


「結お姉ちゃん、試しに狙ってみて」


「はい、リーダー!」


 結はすぐさま弓を構え、矢を番えた。


 ヒュン――カチン!


 放たれた矢は川の上空で何かに弾かれ、虚しく跳ね返る。


「だめだー」


「だめだね……」


 結とアキラが、ほぼ同時にしょんぼりした声を漏らした。


「ここは私のでばーん!」


 その時、ナナがチビになった身体をぐいっと大きく伸ばし、得意げに前へ出た。


「ファイヤー・ボール!」


 火の玉が空中に現れ、尾を引きながら滝へ向かって飛翔する。


 ――が。


 それもまた、川の上にある見えない壁にぶつかり、あっけなく霧散した。


「うう、どうせ魔法なんてこんな扱いよ、レジスト、レジスト、無効、無効、しまいには歩いた方が早いだわよ……シクシク」


 どうやら、思ったより深く気にしていたらしい。


「あん人また酔っ払ってないかね?」


 シャチョーが怪訝そうに首をかしげる。


 その時だった。


 滝の上空で、何かが跳ねた。


「あ、あれは!?」


* * *


 EOF初期エキスパンションには、二柱のドラゴンが最終コンテンツとして存在する。


 氷の城塞に住まう『蒼き貴婦人』、フォウロン。

 火山の深奥に住まう『紅蓮の炎龍王』、ダイロン。


 共に、旧作からのプレイヤーにとってはトラウマ級の難敵だった。


 青と赤。


 その二色を見た瞬間、どうしても脳裏にあの二柱がよぎる。

 さらに、そこへ未知なる黒き龍まで加わるのだとしたら――。


 誰もが恐怖にすくみ、動けなかった。


 ――最初は、青い影だった。


 上空でひるがえったそれが、口を開く。


 次の瞬間、吹雪のブレスが吐き出された。


 白く荒れ狂う冷気が滝へ叩きつけられ、流れ落ちていた水はたちまち凍りつく。

 轟音を響かせていた瀑布は、一瞬で巨大な氷柱へと変わった。


 ――次は、赤い影。


 紅の影が大きく身をうねらせ、今度は炎のブレスを吐き出す。


 灼熱の息が、滝だった氷柱を舐めるように走った。


 バキバキと嫌な音を立てる間もなく、氷は一気に蒸発した。

 辺り一面を真っ白な蒸気が覆い、視界が完全に閉ざされる。


 ――最後は、黒い影。


 黒きそれは、静かに口を開いた。


 吐き出されたのは、小さな黒点。


 それは蒸気のただ中へ吸い込まれるように飛び込み、次の瞬間、周囲に立ちこめていた白い蒸気を、すべて呑み込んで消し去った。


 視界が開ける。


 上空に舞う三つの影は、どこか得意げに宙に浮かんでいた。


「マジか……」


* * *


 それらのブレスは、確かに脅威だった。


 どれかひとつでもまともに食らえば、少なくない被害が出ていただろう。


 だが――。


「か、かわいい!」


 女性陣が思わず声を上げる。


 再び落下を始めた滝の上。

 得意げな顔でふわふわと浮かんでいたのは、ぬいぐるみの竜だった。


 青い影は、ブルーベルベットの生地で仕立てられていた。

 滑らかな光沢を帯びた体は水しぶきを受けて青く輝き、その瞳はラピスラズリのように澄んでいる。


 赤い影は、燃え立つようなフランネル生地だった。

 ふっくらとした体には妙な重厚感があり、紅玉めいた瞳がどこか悪戯っぽくきらめいていた。


 黒い影は、不可思議な模様が複雑に織り込まれたジャガード生地でできている。

 見る角度によって表情を変えるその体は、どこか不気味で美しく、瞳には光を吸い込んで離さないような黒水晶がはめ込まれていた。


「さすが、トゥーンモードだな……」


「でも、ブレスはほんもんだがね」


「そうだな、逃げるか?」


「トゥーンモードならHP減らないんじゃなかったっけ?」


「でも、凍りつく痛みも、火傷の痛みもきついわよ」


 カグヤがぼそりと告げる。


「や、やっぱ逃げるか?」


 ケンタがひよった、その時だった。


「多分、大丈夫だと思うよ」


 アキラが、滝の上に浮かぶぬいぐるみたちを見上げたまま言う。


「さっきの、全然冷たくなかったし」


「熱くもなかったー」


「吸い込まれる風もなかったよ」


 ハルトとナツキも、すぐに声を重ねる。


「言われてみれば……どうしてだ?」


 ケンタが首をひねる。


 ――その時。


 ぬいぐるみの口が、再び開いた。


 今度は、こちらを狙っていた。


 ほとんどのプレイヤーが、思わず目をつぶって後ずさる。


* * *


 三種のブレスが、川面を染める。


 青の冷気、赤の熱、黒の不可思議な力。

 三色の光が重なり合い、川の上を妖しく揺らめかせた。


 だが、その光がプレイヤーたちに届くことはなかった。


「ななな、なんでー?!」


 結が目を丸くする。


 ブレスは、こちらへ届く前に透明な壁へ当たったかのように拡散し、そのまま薄れて消えていった。

 冷気も、熱も、風も感じない。


「そうか! 川の上は別ゾーンなんだ」


「なるほどだがね……で、どゆこと?」


「あいつら、見えてるけど西エリスにいるわけじゃない。川はさしずめ、『ゾーン境界』という名のゾーンだ」


 ケンタがそう言うと、ぬいぐるみたちはブレスの効果がこちらに届かないのが不思議なのか、川の上を行ったり来たりし始めた。


 青がくるりと旋回し、赤が追いかけ、黒がその後ろをひらりと翻る。


 ――そのうち。


 飽きたのか、うまくいかないことに腹を立てたのか、三匹は互いに争い始めた。


 青の冷気が赤の鼻先をかすめ、赤の炎が黒の尻尾を焦がす。


 ぴぎゃああぁー!


 黒が苦情の声を上げて、青を追いかけ回す。


 三つ巴の争いが始まった。


「おー、青頑張れ!」


「赤負けるな!」


「黒諦めるな!」


 何故か、プレイヤーたちまで応援を始める。


「これは、いけるがね!」


 シャチョーがぱっと目を輝かせた。


 そして――。


「さあ、張った、張った! 赤が本命、青は対抗だがね! 黒は大穴!」


 すぐさま、賭けの胴元を始める。


「同じ色のよしみで赤に1000pp!」


 さっきまでしおれていたナナが、即座に復活して声を張り上げた。


「あほらし……俺は帰るぜ……やれやれだぜ」


 タクヤはくるりと背を向け、セレノスの方へ歩き出す。


 ケンタもそれに倣おうとした、その時だった。


「ねえ、ケンタ……さん、クエストの報酬はどうなるん……ですわ?」


 カグヤが、そっとケンタの袖を引いた。


「それは見ての通り、クエストクリア条件が手の届かないとこなんで、失敗ですよ」


 すると、なんと。


 カグヤはじっと涙ぐんだ。


「鯉こく食べたい……かったですわ」


(おわり)

――閑話:キッズの日モード あとがき


 そこのあなた、最後まで読んでくれて感謝するですわ。

 ハイエルフのカグヤでっ……(むぎゅ)……ふぇすわ。


 か、噛んでないし!


 ……。


 あーもう、あとがきは治外法権でよろしくて?

 正体はダークエルフのカグラよ。改めてよろしくね。


 次回の『マジチー』は、本編を来週火曜日のお昼頃に投稿予定らしいわ。

 またベータテストの頃の過去編で、エッちゃんたちがずいぶん酷い目にあってたらしいのよ。

 そっちも読んでもらえたら……まあ、ちょっとは嬉しいわ。


 もし少しでも楽しんでいただけたのなら、ブクマや★で応援をしていただけると励みになるわ。


 それにしても、実行不可能なクエストなんて勘弁してほしいものね。

 あんなの、どうしろっていうのよ。


 でも、あのぬいぐるみたち、やたら手が込んでて可愛かったのよね。

 動かなければ、三匹まとめて枕元に置いてもよかったくらいだわ。


 ……それと、鯉こく。

 いえ、鯉で256レシピなんて、気になってしょうがないじゃない。

 GMメニューでクエスト補修とか、できないのかしら……。


――カグヤ(中の人カグラ)

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