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第五十一話:草原のペガサス(後編)

――前編あらすじ。


 チコリたちから「南エリスでペガサスを見た」と聞いた『トーチ』一行は、子ども組まで巻き込みつつ現地へ向かった。

 『追跡』スキルを頼りに、レイブン族の砦たる巨木のもとで白い幻獣を発見する。


 だが、その正体は――まだ飛ぶこともままならない、口の達者な仔ペガサス『ペガ』だった。

 しかも高所恐怖症まで発覚し、結の期待が揺らぐ中、泥酔ウィザード・ナナが特訓を申し出る。


 目指すは、巨木の天守。

 空を駆ける幻獣への第一歩は、酔っ払い魔女とともに始まろうとしていた――。


* * *


 ナナはペガを引き連れ、そのままスロープを上り始めた。


「なるほど、レイブン族に見つからないためか」


 後ろからついていくケンタが、感心したように呟く。


「でも、狭くてぶつかるのは同じじゃないの?」


 結もまた、後ろから素朴な疑問を投げた。


 そう言っている間にも、レイブン・クロウが一羽、ふらりと歩いてきて、透明なペガの前足にぶつかって盛大にこけた。


 レイブン・クロウは、きょろきょろと不思議そうに辺りを見回す。


 やがて立ち上がると、探るように二、三歩だけ足を進めたが、何事もなかったような顔で、そのままスロープを下っていった。


「レイブン族は鳥頭だから、三歩も歩けば忘れるわよ」


「な、なるほど〜」


 結は透明なまま、なんとも言えない微妙な表情を浮かべた。


 ナナはついてきたケンタと結にも『インビジブル』をかけ、全員へ『シー・インビジブル』も付与していた。おかげでお互いの姿は、半透明の影のように視認できる。

 さらに『レビテーション』も全員にかけて、落下にも対策。

 泥酔しているのにそつがない。


 やがて一行は、天守の階層へとたどり着く。


 巨木の幹に沿って上がってきたスロープは、そのまま水平なデッキへ繋がっていた。ぐるりと広々としたその足場が、レイブン族の天守階層を形作っている。


 上がって右手には、巨木のウロをくり抜いたような大穴があり、その奥がレイブン・ジェネラルのボス部屋らしかった。


 ナナはボス部屋の入口を避け、そのまま裏手へ回っていく。


「うわー! 見晴らしいいね!」


 ゾーンの中央に位置する巨木の上からは、南エリス草原が一望できた。


 北には白い橋が小さく見える。

 橋の手前には『バウワウ迷宮』の丘。その西では、森がゆっくりと動いていた。さらにその真ん中には、桜色の老木がぽつんと立っている。もう葉桜になってはいたが、まだ元気そうだ。


 南には、ゾーン境界の向こうでローズティア湖の水面がきらきらと光っていた。


(あれ? なんだろう?)


 結が目を凝らすと、南からこちらに向かってくる影が見えた。

 この距離で視認できるのだから、相当な大きさだ。


「ねえ、ケンタ、あれはなに……」


 結の言葉が形になるより先に、ナナの声が元気よく響いた。


「さあ、行くわよー!」


 デッキの端では、ペガがぷるぷると震えながら下を覗き込んでいた。


『む、無理だよ〜、もっと低い所からにしようよ……』


 そう言って、じりっと後ずさる。


「何言ってんの、低いとこじゃすぐに地面について、面白く……いえ、練習にならないわよ」


『お姉さん、面白がってない?』


「まあ、ナナさんが言うのも一理ある」


 ケンタまで、なぜかナナに同調した。


「レビテーションかかってるから大丈夫だ」


 結は慌ててペガの首に腕を回し、かばうように抱き寄せる。


「二人ともひどいよ、怖いって言ってるじゃない」


 これでスパルタ訓練は中止かと思われたが――。


『怖いとは言ってない! 僕、やるよ!』


(ちょろいな、おい……)


 ケンタはペガに聞こえないよう小さく呟き、ナナと目を合わせてうなずきあった。


「オッケー! じゃあ行くわよー!」


 宣言とともに、ナナが高らかに詠唱する。


「グラビティ・キャノン!」


 ドンッ!


 レビテーションでふわりと浮いていたペガが、斜め上方へと打ち出される。


 ――だけではなかった。


 巻き込まれた全員が、デッキから弾丸のように打ち出されていた。


『うわああああ!!』


「ちょ、おま――」


「きゃー」


「あらら、範囲なの忘れてたわ――ウップ」


 『グラビティ・キャノン』は本来、敵を打ち上げ、落下ダメージを与える範囲魔法である。だが、レビテーションと併用するとダメージが入らず、ハイジャンプ魔法へと化ける。


 もっとも、範囲魔法であることに変わりはない。

 使用には味方を巻き込まないか注意が必要だ。


 この日からしばらく、巨木周辺はひどく酒臭かったという。

 

* * *


「おー! 絶景かな、絶景かな!」


 打ち上げられたケンタは、レビテーションの効果で、ふわりふわりとゆっくり降下していた。


「隣のゾーンまでテクスチャーは実装してんだな……」


 南に広がるローズティア湖を見下ろし、感心したように呟く。

 水面は陽光を受けてきらきらと輝き、境界の向こうにあるとは思えないほど、妙にちゃんとある景色をしていた。


「おっ! 東は真っ黒だ。ゾーンが未実装なんだな。実に面白い!」


 ひとりで勝手に盛り上がっていると、不意に眼下をよぎる大きな影が視界に入った。


 同時に、複数の獣の匂いが入り混じったような、むせ返るような臭気が風に乗って漂ってくる。


 猛獣が雄叫びを上げ、獲物が悲鳴を上げる。


 そんな、自然の無情な光景を一瞬思い浮かべ、ケンタは目を凝らした。


 だが、そこに在ったのは、極めて不自然で歪な巨大生物だった。


 グルルッ……メエェ……ズシャアアァァ!


「獅子の頭に、山羊の頭、尻尾に大蛇ときたか……」


 そう――猛獣も獲物も一体と化した異形が、そこに在った。


* * *


 ケンタたちが、ようやく地上へ降り立った時には。


 すでに――それとの戦闘が始まっていた。


「うひゃ〜、でらでっかいがね」


 シャチョーが思わず顔を引きつらせる。


「逃げられそうか?」


 ケンタが短く問う。


「ゾーンの中央からは難しいがね」


 一番近いゾーンは『バウワウ迷宮』だ。

 だが、そこへ駆け込むには人数が多すぎた。


「バウワウは入口が狭いから、全員ゾーンするには時間がかかるぞい」


 ログ爺が険しい顔で言う。


「それに……」


 ケンタが振り返ると、そこには某魔女を筆頭に、ぐったりと寝ている酔っ払いが何人か転がっていた。


「やり合うしかないか……」


 ケンタは、前衛たちが必死に抑えている怪物を見上げながら呟く。


「ペガサスとキマイラ。宿怨止まずか……」


「どういうこと?」


 応戦しながら、結が声を飛ばす。


「あれはキマイラって怪物だ。ギリシャ神話では、ペガサスに騎乗した英雄ベレロポーンがキマイラを退治するんだよ」


「おー、じゃあ、攻略法バッチリポン?」


 結が明るく返す。


 だが、ケンタは少しだけ考え込み、首をひねった。


「無理かな……ベレロポーンは空から攻撃して勝利するんだ」


 その場の視線が、いっせいにひとつの白い影へ向く。


『え? なに? 僕?』


* * *


「あいつの弱点は上なわけ?」


 結が弓を構えたまま、キマイラから目を離さずに訊ねる。


「そう。背中に山羊の頭が生えてて、そこが弱点」


 ケンタが短く答えた。


「なるほどー、それで空から攻撃か……そうだ、ナナさんに、私を打ち上げてもらえば……」


 結はぽんと手を打ったが――


「無理だがね、また夢の国行っとるがね」


 シャチョーが、げんなりした顔で背後の木陰を指差した。


 そちらでは某魔女が、すでに静かに寝息を立てていた。


「じゃあ、スロープの上から攻撃すればいいんじゃない?」


「レイブン族が許してくれるかなあ……」


 ケンタが難しい顔をする。


 その時だった。


『僕に乗ればいい……』


 ぴしりと場が止まった。


「えっ! いいの?」


 結が目を輝かせて飛びつく。


 なんとかその背にまたがるところまではできたが、ペガはよたよたと数歩歩くのがやっとだった。


「これじゃ、馬と変わらんな」


『僕は馬じゃない!』


 ぺしりと尻尾を振り、ペガは必死に脚を動かす。

 さらに、小さな翼をいっぱいに広げてみせた。


 だが、地面から浮くことすら叶わない。


「チコリ、二人にレビを掛けてやってくれ」


「はーい、レビテーション!」


 チコリが素直に頷き、杖を振る。


 ふわり、と結とペガの身体がわずかに軽くなる。

 さっきよりは幾分か浮きやすくなったように見えたが、それでも上昇までは難しそうだった。


「無理か……」


 ケンタが眉をひそめる。


「馬を大人にする魔法とかあればいいのにね」


 チコリがぽつりと呟く。


『ううっ……僕は馬じゃないってば……』


 ペガは、ぱたぱたと翼を動かしながらも、主張だけは忘れなかった。


 その会話を、背後の木陰で聞いていた小さな影があった。


「おとなに?」


* * *


 泥酔組と一緒に木陰へ避難していたナツキは、お酒の匂いに顔をしかめていた。


「どうして、おとなはあんなくさいの、のむんだろう?」


 そう小さくつぶやきながら、キマイラと奮闘する大人たちを見つめる。


 おっきなライオンさんに、ヘビのしっぽ。

 背中からはヤギさんの声もきこえる。


「へんなの〜」


 結が、小さなペガサスにまたがって矢を放っている。


 でも、そのペガサスは、ふよふよと頼りなく浮くだけで、なんだかたよりない。


「さっき『おとなにする魔法』っていってたよね」


 ナツキは足元の仔犬へ話しかけた。


 ワンッ!


 仔犬のコムギが、軽くうなずくように吠える。


 ナツキは手の中のステッキをながめた。

 赤い宝石が妖しくきらめく、魔法のステッキ。


――――――――――――――――――――――――

【スケーテルの魔法のステッキ】

使用効果:一時的に対象の年齢設定を引き上げる。

――――――――――――――――――――――――


「よーし、てつだっちゃおう!」


 ナツキはこっそり木陰を抜け出し、シャチョーの後ろから杖を振るった。


 杖の赤い宝石が、きらりと強く光る。


 ――次の瞬間。


 結の手足が、すらりと伸びた。

 身体もひと回り大きくなる。


「わわわ、なに?」


 結は違和感こそ覚えたようだが、自分の身体の変化には気づいていない。


『ぐうぅ、急に重くなったよお』


 変化の被害は、もろにペガへかかっていた。


 ふよふよと浮いていた白い仔ペガサスは、再びぺたりと地面へ張り付いてしまう。


「あれれ、まちがえちゃった」


 ナツキはぺろっと舌を出してつぶやくと、杖を握り直した。


 今度は、白い仔ペガサスへ向けて――。


* * *


 キマイラの大蛇の尾が、ぐねりと不気味にうねり、ペガと結へ襲いかかった。


 ドンッ!


「結!」


 仲間たちが思わず目をつぶる。


 ――だが。


 おそるおそる目を開けた時には、巨大な大蛇の下にその姿はなかった。


「上だ!」


 誰かが叫んだ。


 天に輝く太陽。

 その眩しさに目を細める。


 すると、陽光を背にした影が浮かび上がった。


 光をなめらかに滑らせるような、光沢を帯びた白銀の毛並み。

 逞しく、しなやかな筋肉を感じさせる四肢が宙をとらえ、

 雄々しく広がる白銀の翼が、天そのものを従えているようだった。


 ――天空の幻獣、ペガサスがそこに在った。


「うわあ、きれい」


 チコリが思わずため息を漏らす。


 その背には、細身の女性がひとりまたがっていた。


「あれ? 結さん背が伸びてない?」


 ユウタが目をこらす。


 だが――


 ひとつ、白銀の翼が羽ばたいた。


 次の瞬間、ペガサスは幻のように視界から消えていた。


* * *


 キマイラは、その巨大な前脚を振るい、前衛をまとめて吹き飛ばした。


 続いて、大きく身を乗り出し、後衛めがけて大蛇の尾を振るう。


「やばいがね!」


 シャチョーが悲鳴混じりに叫んだ、その時――。


 大蛇が、ぴたりと止まった。


 そのまま、ゆっくりと地に頭を垂れる。


 その先に、白銀の幻獣が浮かんでいた。


 キマイラは、言うことを聞かなくなった蛇の尾を捨て置くように、今度は前脚を振り上げようとする。


 だが――その四肢もまた、動きを止めた。


「なんだ? 何が起きてる?」


 ケンタが訝しげに、キマイラとペガサスを見つめる。


 ペガサスは、黒い瞳でキマイラを縫い付けるように、じっと視線を送っていた。


「あっ、あれみて!」


 チコリが、キマイラの脚を指差す。


「脚が……石化してる?」


 グルルゴガアアァァ!!


 身動きの取れなくなった猛獣は、その場でただ怒号を上げるのみであった。


* * *


 ペガが、ゆるやかに羽ばたいた。


 白銀の翼が風をつかみ、滑るように高度を上げていく。

 そのままキマイラの上空を大きく旋回した。


 反時計回り――左の弓手で狙いやすい飛翔。


 キマイラの背で、山羊の頭が力なく鳴いていた。


 ……メェェ……。


 その声に、結はふと目を細める。


 よく見ると、山羊の目には涙があふれていた。


「……もしかして苦しいの?」


 異形の怪物は、異形の苦しみも背負っているのかもしれない。


 その時だった。


 結の視界に、ひとつの窓が浮かび上がる。


――――――――――――――――――――――――

騎射専用スキル

【一騎当箭】――その一騎、ただの一騎にあらず。

――――――――――――――――――――――――


「これを使えってことね……終わらせましょう」


 結はひとつ頷くと、高らかに声を上げた。


「ペガ! 一騎当箭、行きます!」


 ペガが、ふっと速度を上げる。


 結は弓を打起こした。


 ゆっくりと、丁寧に、真っ直ぐに。


 なぜか、普段よりもなめらかに、大きく身体が動く。


 弓と弦を押し開く。

 均等に、力まず、緩まず。


 そして、弓は月相を描く――会。


 力は必要ない。

 矢に力を与えるのは弓だ。


 弓との対話は、すべて済んでいる。


 あとは、任せればいい。


「一騎当箭!」


 軽く放たれた矢は、返る弓の弦音を背に飛翔する。


 カーーンッ!


 清めの音を纏い、その矢は真っ直ぐに突き進んだ。


 キマイラの背中、その中心の山羊の頭を貫く。


 その一箭は、天に向かって白い光の柱を屹立させた。


 ――光は、辺り一面へ静かに広がり、


 そして消え去った後には、風にそよぐ草原だけが残されていた。


* * *


 ──火星の衛星・フォボス、観測室。


監視者A「神話級イベント発生……」

監視者B「もう終息しているようです」

監視者D「……最後、おかしいです」

監視者C「なにがや?」

監視者D「なんで尻尾の蛇が平伏したんですか?」

監視者I「石化までしてましたわ」

監視者C「なんもおかしいことあらへん、ペガサスはメデューサの子やろ」

監視者D「おお、なるほどです」

監視者A「タグ付与、カエルの子はカエル」

監視者I「カエルの子はおたまじゃしですわ」

監視者A「……」


(おわり)


――第五十一話 あとがき


 最後まで読んでくださって、ありがとうございます!

 結です!


 次回の『マジチー』は、今週金曜日のお昼頃に閑話を投稿予定だそうです。

 キッズの日にイベントがあるみたいよ。

 そっちも読んでもらえたら、うれしいなー。


 もし少しでも楽しんでいただけたなら、ブクマとか★で応援とかしてもらえると励みになります!


 それにしても、セレノスに帰るまで、なんかみんなの視線がおかしかったんだよね。

 なんでだろうね?


 シャチョーなんて「でら別人さんやがね!」とか叫んでたし。


 ほんと、何言ってるんだかよくわかんないよね。

 ワケガチャポンってやつ?


――結

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