閑話:ロード・オブ・ザ・リアル(3)(前編)
――これは、ログアウトへの道を探して世界を旅した、ちっぽけな冒険者たちの記録である。
妖精島西部、港の近くにある迷路のような谷の奥に、小さいが精緻な彫刻で飾られた門があった。
ドワーフの拠点、迷宮都市『ノクタリム』の入口である。
門を抜けると、広大な地下空間が広がっていた。
そこには地面を埋めるように、無骨なレンガ積みの建物が立ち並んでいる。どの建物にも小さな煙突があり、黒煙や白煙を吐いていた。
その光景を前に、ハーフリングの四人組は思わず足を止めた。
全員がシーフの探索パーティだ。
煮炊きの煙はごくわずかで、ほとんどが鍛冶の煙だ。煙は天井に削られた溝へ吸い込まれるように流れ、煤で黒く染まった天井へ消えていく。
「同じ小型種族の街なのにえらい違いだね」
プラムが目を丸くして、煙の筋を見上げた。
「うへえ、煙いし、鉄の匂いしかしないね」
ププンが鼻をヒクヒクさせて、顔をしかめる。
「いい武器がありそうだけど、飯は期待できないな」
ナムが黒い煙を眺めて言った。
「えー! それじゃ旅の楽しみ半減じゃん」
ププンがさらに顔をしかめる。
「飯じゃなくて、鏡を探しに来たんだろ」
ベリーが呆れたように言って歩き出す。
「まずは鏡の工房を探すんだ」
「えー! 宿屋でご飯が先じゃないのー」
文句を言いながら、ププンはその後を追いかけた。
* * *
「まいったな。完全に迷子だ」
プラムが困り顔で地図をひっくり返している。
「同じような建物ばっかりだからな」
ナムが周りを見回して、肩をすくめた。
「えーどうすんの? おいらお腹減って死にそうだよ」
「このゲーム、空腹で死んだやつはいないらしいぜ」
ベリーがププンの背中をぺしんと叩いて告げる。
「迷ったら、聞き込みがゲームの基本だ」
「あ! あそこに髭のないドワーフがいるよ」
「ドワーフは女も髭を生やしてるはずだけど……」
ベリーが訝しげに、ププンの指さす先を見た。
たしかに身長はドワーフっぽい。だが、髭はない。
ピンクゴールドの鎧を着込んだ女の子だった。戦士だろうか。背中には、自分の身長より長い剣を背負っている。
「ありゃ、彼女はハーフリングだよ。クルミだ」
プラムが驚いたように声を上げた。
それが聞こえたのか、その女性――クルミは、ぱっとこちらを向くと駆け寄ってきた。
「プラムさんたち、お久しぶりっす」
ぺこりと頭を下げる。その拍子に、背負った剣の柄がププンの鼻先をかすめた。
「あっぶな! 気をつけろよー」
『ワガハイ、ゴメンナサイ』
「変な声出すなよー」
「いや、私じゃないっす」
クルミは背中から器用に長剣を抜き放った。
「わわわ! ごめん、斬らないで〜」
ププンが慌ててナムの背後に隠れる。
「斬らないっすよー、これっす」
クルミが剣を掲げて見せる。
黒光りする両手剣だった。
『ワガハイ、まケン。シツレイイタシまシタ』
「けけけ、剣が喋った!」
ププンが目を丸くする。
「インテリジェンス・ウェポンか? 初めて見るな」
ベリーが興味深げに、その黒光りする両手剣――『ワガハイ』を観察した。
「私の相棒っす」
クルミはにかっと笑い、またぺこりと頭を下げた。
* * *
結局、四人にクルミを加えたハーフリング五人はププンの主張に負けて、先に昼食を摂ることになった。
「迷ったときこそ腹ごしらえだよ! お腹減ってたら鏡だって見つからないって!」
「たぶん関係ないけどな」
ベリーが呆れたように言った。
そんなやり取りをしていると、ププンがぴたりと足を止めた。
「あっ! あれ!」
指さした先、建物の壁から突き出た看板には、フォークとナイフが交差した図案が描かれていた。黒い鉄板に白抜きの文字で、店名が記されている。
『黒鉄亭』
「食器専門の鍛冶屋じゃなくてよかったな」
壁に貼られた食事メニューを眺め、ナムが胸を撫で下ろす。
「私、あれにするっす、『黒鉄カレー』!」
クルミが目を輝かせて言った。
「俺もそうするかな。店名の付いてるメニューはお勧めだろうしな」
ベリーが同調する。
「おいらも! カレー!」
ププンが即座に叫び、結局、みんな『黒鉄カレー』を頼むことになった。
「あ、すまないっすが、この子に生大根もお願いするっす」
クルミが、椅子に立て掛けた『ワガハイ』を指して注文を追加する。
店員は一瞬だけ無表情になったが、ノクタリムでは珍しくないのか、特に突っ込まずに奥へ引っ込んでいった。
やがて、料理が運ばれてくる。
鋼のように硬い、鋼鉄芋。
錆びた鉄のように赤い、錆色ニンジン。
叩かれた鉄のように鋭利な、鉄片玉ねぎ。
鉄骨のように頑丈な、鉄筋肉。
それらを、熱く溶けた鉄のようなルウがどろりと包み込んでいた。
「うへえ……表現が全部鉄じゃん……」
ププンが顔をしかめる。
「鋭利とか頑丈とか食べ物の表現じゃないだろ」
ベリーがスプーンで具をつつきながら言った。
「まさか本当に鉄ってわけじゃないでしょ……」
ププンは恐る恐るひとくち口に運び、
「硬っ!」
と叫んだ。
「いや、硬いけど美味いぞ!」
ナムが目を見開く。
「硬さはともかく、味は長靴いっぱい食べたいレベルだね」
プラムが感心したように頷く。
「ほんとっす! 結構辛くていけるっす」
クルミもぱくぱく食べ進めている。
「クルミは小さいくせに大食いだからなあ」
プラムはスプーンを立てて笑った。
「みんなも小さいのになにいってんすか」
クルミがすかさず言い返す。
テーブルは、すっかり賑やかな昼食になっていた。
その食卓の下で、『ワガハイ』がかすかに光を漏らす。
「ワガハイモ、ダイコンカレーガ、ヨカツタ」
* * *
「鏡職人っすか?」
クルミが首をかしげた。
「うん。この街にしか居ないって聞いたんだ」
プラムが、今回の訪問の目的を明かす。
「だから、ここで注文履歴を確認すれば、全世界の鏡の所在が分かるはずだと思ってね」
「すまないっす。私も師匠のお使いで来ただけで、そんなに詳しくないんっす」
クルミが申し訳なさそうに告げた。
「いいよ、いいよ、美味しいものがある街ならゆっくり探すよ!」
ププンが膨らんだお腹を満足げにさすりながら、にへらと笑う。
「おまえは食べ歩きがしたいだけだろうが!」
ナムが鋭く指摘した。
「わ、バレたかー」
その返事に、どっと笑い声があふれる。
ちょうどそのときだった。
「鏡職人を探してるドワか?」
不意に声がかかった。
一同が振り向く。
そこに立っていたのは、ドワーフのクレリックだった。
ドワーフといえば斧を振るう戦士の印象が強い。だが、賢さのステータス『WIS』が高めなこともあり、意外とクレリックやパラディンの適性も高い。
男は胸を張って名乗った。
「ワシは『Magic of Seraphic Code』のガストン。ちぃと用があって声をかけたドワ」
「あ、ルビー・アイのときの」
プラムが思い出したように声を上げる。
「あー! エレネ様たちと一緒にいたドワーフさんだ!」
ププンも遅れて声を弾ませた。
「ご無沙汰ドワん。で、鏡職人の工房まで案内するから、そいつの出すクエストを手伝って欲しいんドワ」
ガストンが、いかにも話は早いと言わんばかりに提案した。
「クエストの内容にもよるな」
ベリーが、無条件には受けられないと釘を刺す。
「もちろん、内容を見てからでいいドワ」
ガストンは髭の奥の口をゆるめた。
「君らの目的にも、きっと必要なクエストであるドワ」
意味深な一言を残し、くるりと踵を返して店の出口へ向かう。
「さあ、行くドワ!」
* * *
ガストンに案内された工房の奥で、鏡職人ミラーが差し出してきたクエストウィンドウには、こう記されていた。
―――――――――――――――――
【注文ノートの探索】
依頼者:鏡職人 ミラー
目的地:SHOGUN BOARD
依頼内容:
大変だ!注文ノートをなくしてしまった!
森の奥のSHOGUN BOARDで落としたに違いない。
探し出してもらえないだろうか?
クエストアイテム:注文ノート
制限時間:なし
難易度:★★★★
報酬:鏡の盾
―――――――――――――――――
クエストウィンドウを覗き込んだベリーは、低くうめいた。
「どうしてNPCって、すぐにものを落とすんかね」
ガストンがニヤリと笑う。
「おぬしらは注文履歴が目的なんドワろ?」
「なるほど、このクエストをクリアしないと、それも叶わないってことなんだね」
プラムが唸る。
「ねえねえ、SHOGUN BOARDってどんなとこ?」
ププンがミラーに質問をぶつける。
「森の奥の広場に、木製の盤が敷かれた場所があるんドワ。そこでは、あるゲームができるんドワが、そこで落としたに違いないドワ」
「あれか……」とベリー。
「あれだな」とナム。
「あれだねえ」とプラム。
「あれっすね」とクルミ。
「え? なになに?」
さっぱりわからない顔のププンが首をかしげる。
「ワガハイモ、ナニナニ?デアル」
クルミの背で、『ワガハイ』もやはり事情が飲み込めていない声を漏らした。
「わしは『鏡の盾』が欲しい、お主らは注文ノートが見たい……悪くない取り引きドワん?」
確かに、とププンと『ワガハイ』以外は頷いた。
* * *
『ノクタリム』を出発し、迷路谷を北に抜けると、小さな森が見えてきた。
多種多様な樹木が絡み合う森の中、一行は木の根を踏み越え、枝をくぐり抜け、下草をかき分けながら進んでいく。
『ワガハイ、ヤクニタツ!』
先頭に立ったクルミが、左手を柄頭にあて、右手でクロスガードの片側を握る。そのまま『ワガハイ』を横向きに構え、行く手の下草をざくざくと薙いでいった。
「草刈り機みたいだね」
後ろからププンが茶化す。
『ワガハイ、まケン、クサカリキチガウ』
途端に切れ味が鈍り、さっきまで気持ちよく払えていた草が、へにゃりと曲がるだけになる。
「おいおい、からかうな。落ち込んじゃったぞ」
ナムがププンの頭にげんこつを落とした。
横から、プラムが声を張る。
「『ワガハイ』助かるよ! 伝説の草薙の剣みたいだよ」
『ワガハイ、デンセツ?』
「そうそう、よっ伝説の魔剣! 草薙の魔剣!」
さっきまで茶化していたププンが、今度は慌てて持ち上げまくる。
『ワガハイ、クサナギ? ガンバル!』
『ワガハイ』の刀身がほのかに光り、みるみるうちに切れ味が戻っていく。いや、戻るどころか、先ほどよりも鋭く草を裂くようになった。
「単純で助かるな……」
ベリーが呆れ半分、感心半分で呟いた。
やがて、一行は木立が途切れた先で、ぽっかりと開けた広場状の場所へ出た。
「ここだな、間違いない」
プラムが足を止める。
広場の中央には、木製の四角いデッキのようなものが設置されていた。
そのデッキには等間隔にマス目が刻まれている。
縦長の長方形で、縦横ともに九マスずつ、きっちり均等に区切られていた。
全部で八十一マス。
しかも、一部のマスの上には、これまた木製の駒のようなものが並んでいる。
「あー、わかった! 将棋だ! これ将棋盤だよね?」
ププンがようやく気づいて、ぱっと顔を輝かせた。
『ワガハイ、ショウギ、ナニナニ?』
『ワガハイ』だけが、この場所の意味をまったく理解できていなかった。
* * *
「注文ノートはどこだろう?」
プラムのひとことで、みんなが広場のあちこちへ散って探し始めた。
だが、落ち葉の下にも、盤のまわりにも、木の根元にも、それらしいものは見当たらない。
「おかしいな……ここで間違いないはずなんだけど」
プラムが頭を掻きながらぼやく。
「ねえねえ、遊んでる最中に無くしたんじゃないの?」
ププンがふと思いついたように言った。
「そうか! あのでっかい駒の下かも……」
ベリーが声を上げる。
一行はぞろぞろと盤の上へ乗り込み、並んだ駒の裏を覗こうとした。だが、木製の駒はどれも地面に根を張ったみたいにびくともしない。
「動かすには条件がありそうだな」
ベリーが駒を押しながら眉をひそめる。
「普通にゲームを開始すれば動かせるじゃない?」
ププンがもっともらしく言う。
「どうやって開始すればいいんだ?」
ナムが両手を広げ、盤の周囲を見回した。
ププンがわざとらしく胸を張り、おどけた声を張り上げる。
「誰か将棋に詳しい人居ませんか〜?」
(沈黙)
森の葉擦れだけが、さわさわと返事をした。
「このクエストに誘ったのにガストンさんも知らないのー?」
ププンがじとっとした目を向ける。
「うむ、わしはボードゲームは苦手なんドワ」
ガストンは咳払いして、目を逸らした。
「あのー、少しなら分かるっす」
そこで、クルミが遠慮がちに小さく手を上げた。
「師匠の対戦相手を、たまにするっす」
「おおっ!」
ププンがぱっと顔を明るくする。
「歩を五枚振って、表が多ければ振った人が先手、裏だと対戦相手が先手っす」
「歩って前衛に並んでるこれか?」
ナムが盤の手前にずらりと並ぶ駒を見た。
「それも動かせなかったけどなー」
ベリーが肩をすくめる。
「あ! この駒、足跡が付いてるようだよ」
真ん中あたりの歩をしゃがみ込んで見ていたプラムが、ぱっと顔を上げた。
「なるほど、乗って操作するのかも……よし、まずは五人で歩に乗るぞ!」
クルミを残し、五人はそれぞれ真ん中の歩五枚へ飛び乗った。
その瞬間、視界の端に、半透明の表示がふわりと浮かび上がる。
――――――――――――――――――――――――
【コマンドを選択してください】
1.振り駒
0.閉じる
――――――――――――――――――――――――
「メニューが出たぞ!」
「おいらが振る〜」
ププンが嬉々としてメニューを操作する。
すると、五人が乗った歩が、ふわりと浮き上がった。
「うわっ!?」
そのまま駒は盤の真ん中へすうっと滑るように移動し、次の瞬間、くるくると回り始める。
「わっ、わっ、落ちる〜」
慌てて五人は飛び降りた。
主を失った五枚の歩は、なおも空中で混ざり合うように回転を続ける。やがて、ひときわ高く跳ね上がると、ぱらぱらと盤上に散らばった。
「ひい、ふう、みい……表が三枚、こっちが先手っすね」
クルミが目を凝らして数える。
すると、振られた駒が自動的にすうっと持ち上がり、何事もなかったかのように前衛の位置へ戻っていった。
同時に、盤の上へ新たな表示が浮かび上がる。
――――――――――――――――――――――――
【対局を開始します】
先手:プレイヤー
後手:COM
――――――――――――――――――――――――
(つづく)
――閑話:ロード・オブ・ザ・リアル(3)(前編)あとがき
最後まで読んでくれてありがとー!
おいら、ププンだよ!
後編はこのあとすぐ投稿予定なんだって。
つづきも読んでくれたら嬉しいなー。
もし少しでも楽しかったら、ブクマとか★とか、ぽちっとしてもらえると励みになるよ!
いやー、それにしても煙い街だったね!
でも、あの硬いカレーはンまかった!
最初は歯が欠けるかと思ったけど、ガリガリ噛み砕くのがクセになる食感だったよ。
クルミにも久々に会ったけど、生意気にでっかい剣を背負っててびっくりしたなー。
しかもあの剣、喋るし……ちょっと怖いよね。
最後は将棋?
おいら、頭を使うゲームはあんまり得意じゃないけど、身体を動かすのは得意なんだ!
見ててよ、次回! 『ププン覚醒!』……かも?
――ププン




