表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/80

閑話:ロード・オブ・ザ・リアル(3)(前編)

 ――これは、ログアウトへの道を探して世界を旅した、ちっぽけな冒険者たちの記録である。


 妖精島西部、港の近くにある迷路のような谷の奥に、小さいが精緻な彫刻で飾られた門があった。


 ドワーフの拠点、迷宮都市『ノクタリム』の入口である。


 門を抜けると、広大な地下空間が広がっていた。


 そこには地面を埋めるように、無骨なレンガ積みの建物が立ち並んでいる。どの建物にも小さな煙突があり、黒煙や白煙を吐いていた。


 その光景を前に、ハーフリングの四人組は思わず足を止めた。

 全員がシーフの探索パーティだ。


 煮炊きの煙はごくわずかで、ほとんどが鍛冶の煙だ。煙は天井に削られた溝へ吸い込まれるように流れ、煤で黒く染まった天井へ消えていく。


「同じ小型種族の街なのにえらい違いだね」


 プラムが目を丸くして、煙の筋を見上げた。


「うへえ、煙いし、鉄の匂いしかしないね」


 ププンが鼻をヒクヒクさせて、顔をしかめる。


「いい武器がありそうだけど、飯は期待できないな」


 ナムが黒い煙を眺めて言った。


「えー! それじゃ旅の楽しみ半減じゃん」


 ププンがさらに顔をしかめる。


「飯じゃなくて、鏡を探しに来たんだろ」


 ベリーが呆れたように言って歩き出す。


「まずは鏡の工房を探すんだ」


「えー! 宿屋でご飯が先じゃないのー」


 文句を言いながら、ププンはその後を追いかけた。


* * *


「まいったな。完全に迷子だ」


 プラムが困り顔で地図をひっくり返している。


「同じような建物ばっかりだからな」


 ナムが周りを見回して、肩をすくめた。


「えーどうすんの? おいらお腹減って死にそうだよ」


「このゲーム、空腹で死んだやつはいないらしいぜ」


 ベリーがププンの背中をぺしんと叩いて告げる。


「迷ったら、聞き込みがゲームの基本だ」


「あ! あそこに髭のないドワーフがいるよ」


「ドワーフは女も髭を生やしてるはずだけど……」


 ベリーが訝しげに、ププンの指さす先を見た。


 たしかに身長はドワーフっぽい。だが、髭はない。


 ピンクゴールドの鎧を着込んだ女の子だった。戦士だろうか。背中には、自分の身長より長い剣を背負っている。


「ありゃ、彼女はハーフリングだよ。クルミだ」


 プラムが驚いたように声を上げた。


 それが聞こえたのか、その女性――クルミは、ぱっとこちらを向くと駆け寄ってきた。


「プラムさんたち、お久しぶりっす」


 ぺこりと頭を下げる。その拍子に、背負った剣の柄がププンの鼻先をかすめた。


「あっぶな! 気をつけろよー」


『ワガハイ、ゴメンナサイ』


「変な声出すなよー」


「いや、私じゃないっす」


 クルミは背中から器用に長剣を抜き放った。


「わわわ! ごめん、斬らないで〜」


 ププンが慌ててナムの背後に隠れる。


「斬らないっすよー、これっす」


 クルミが剣を掲げて見せる。


 黒光りする両手剣だった。


『ワガハイ、まケン。シツレイイタシまシタ』


「けけけ、剣が喋った!」


 ププンが目を丸くする。


「インテリジェンス・ウェポンか? 初めて見るな」


 ベリーが興味深げに、その黒光りする両手剣――『ワガハイ』を観察した。


「私の相棒っす」


 クルミはにかっと笑い、またぺこりと頭を下げた。


* * *


 結局、四人にクルミを加えたハーフリング五人はププンの主張に負けて、先に昼食を摂ることになった。


「迷ったときこそ腹ごしらえだよ! お腹減ってたら鏡だって見つからないって!」


「たぶん関係ないけどな」

 ベリーが呆れたように言った。


 そんなやり取りをしていると、ププンがぴたりと足を止めた。


「あっ! あれ!」


 指さした先、建物の壁から突き出た看板には、フォークとナイフが交差した図案が描かれていた。黒い鉄板に白抜きの文字で、店名が記されている。


『黒鉄亭』


「食器専門の鍛冶屋じゃなくてよかったな」


 壁に貼られた食事メニューを眺め、ナムが胸を撫で下ろす。


「私、あれにするっす、『黒鉄カレー』!」


 クルミが目を輝かせて言った。


「俺もそうするかな。店名の付いてるメニューはお勧めだろうしな」


 ベリーが同調する。


「おいらも! カレー!」


 ププンが即座に叫び、結局、みんな『黒鉄カレー』を頼むことになった。


「あ、すまないっすが、この子に生大根もお願いするっす」


 クルミが、椅子に立て掛けた『ワガハイ』を指して注文を追加する。


 店員は一瞬だけ無表情になったが、ノクタリムでは珍しくないのか、特に突っ込まずに奥へ引っ込んでいった。


 やがて、料理が運ばれてくる。


 鋼のように硬い、鋼鉄芋。

 錆びた鉄のように赤い、錆色ニンジン。

 叩かれた鉄のように鋭利な、鉄片玉ねぎ。

 鉄骨のように頑丈な、鉄筋肉。


 それらを、熱く溶けた鉄のようなルウがどろりと包み込んでいた。


「うへえ……表現が全部鉄じゃん……」


 ププンが顔をしかめる。


「鋭利とか頑丈とか食べ物の表現じゃないだろ」


 ベリーがスプーンで具をつつきながら言った。


「まさか本当に鉄ってわけじゃないでしょ……」


 ププンは恐る恐るひとくち口に運び、


「硬っ!」


 と叫んだ。


「いや、硬いけど美味いぞ!」


 ナムが目を見開く。


「硬さはともかく、味は長靴いっぱい食べたいレベルだね」


 プラムが感心したように頷く。


「ほんとっす! 結構辛くていけるっす」


 クルミもぱくぱく食べ進めている。


「クルミは小さいくせに大食いだからなあ」


 プラムはスプーンを立てて笑った。


「みんなも小さいのになにいってんすか」


 クルミがすかさず言い返す。


 テーブルは、すっかり賑やかな昼食になっていた。


 その食卓の下で、『ワガハイ』がかすかに光を漏らす。


「ワガハイモ、ダイコンカレーガ、ヨカツタ」


* * *


「鏡職人っすか?」


 クルミが首をかしげた。


「うん。この街にしか居ないって聞いたんだ」


 プラムが、今回の訪問の目的を明かす。


「だから、ここで注文履歴を確認すれば、全世界の鏡の所在が分かるはずだと思ってね」


「すまないっす。私も師匠のお使いで来ただけで、そんなに詳しくないんっす」


 クルミが申し訳なさそうに告げた。


「いいよ、いいよ、美味しいものがある街ならゆっくり探すよ!」


 ププンが膨らんだお腹を満足げにさすりながら、にへらと笑う。


「おまえは食べ歩きがしたいだけだろうが!」


 ナムが鋭く指摘した。


「わ、バレたかー」


 その返事に、どっと笑い声があふれる。


 ちょうどそのときだった。


「鏡職人を探してるドワか?」


 不意に声がかかった。


 一同が振り向く。


 そこに立っていたのは、ドワーフのクレリックだった。


 ドワーフといえば斧を振るう戦士の印象が強い。だが、賢さのステータス『WIS』が高めなこともあり、意外とクレリックやパラディンの適性も高い。


 男は胸を張って名乗った。


「ワシは『Magic of Seraphic Code』のガストン。ちぃと用があって声をかけたドワ」


「あ、ルビー・アイのときの」

 プラムが思い出したように声を上げる。


「あー! エレネ様たちと一緒にいたドワーフさんだ!」

 ププンも遅れて声を弾ませた。


「ご無沙汰ドワん。で、鏡職人の工房まで案内するから、そいつの出すクエストを手伝って欲しいんドワ」


 ガストンが、いかにも話は早いと言わんばかりに提案した。


「クエストの内容にもよるな」


 ベリーが、無条件には受けられないと釘を刺す。


「もちろん、内容を見てからでいいドワ」


 ガストンは髭の奥の口をゆるめた。


「君らの目的にも、きっと必要なクエストであるドワ」


 意味深な一言を残し、くるりと踵を返して店の出口へ向かう。


「さあ、行くドワ!」


* * *


 ガストンに案内された工房の奥で、鏡職人ミラーが差し出してきたクエストウィンドウには、こう記されていた。


―――――――――――――――――

【注文ノートの探索】

依頼者:鏡職人 ミラー

目的地:SHOGUN BOARD

依頼内容:

大変だ!注文ノートをなくしてしまった!

森の奥のSHOGUN BOARDで落としたに違いない。

探し出してもらえないだろうか?

クエストアイテム:注文ノート

制限時間:なし

難易度:★★★★

報酬:鏡の盾

―――――――――――――――――


 クエストウィンドウを覗き込んだベリーは、低くうめいた。


「どうしてNPCって、すぐにものを落とすんかね」


 ガストンがニヤリと笑う。


「おぬしらは注文履歴が目的なんドワろ?」


「なるほど、このクエストをクリアしないと、それも叶わないってことなんだね」

 プラムが唸る。


「ねえねえ、SHOGUN BOARDってどんなとこ?」

 ププンがミラーに質問をぶつける。


「森の奥の広場に、木製の盤が敷かれた場所があるんドワ。そこでは、あるゲームができるんドワが、そこで落としたに違いないドワ」


「あれか……」とベリー。

「あれだな」とナム。

「あれだねえ」とプラム。

「あれっすね」とクルミ。


「え? なになに?」

 さっぱりわからない顔のププンが首をかしげる。


「ワガハイモ、ナニナニ?デアル」

 クルミの背で、『ワガハイ』もやはり事情が飲み込めていない声を漏らした。


「わしは『鏡の盾』が欲しい、お主らは注文ノートが見たい……悪くない取り引きドワん?」


 確かに、とププンと『ワガハイ』以外は頷いた。


* * *


 『ノクタリム』を出発し、迷路谷を北に抜けると、小さな森が見えてきた。


 多種多様な樹木が絡み合う森の中、一行は木の根を踏み越え、枝をくぐり抜け、下草をかき分けながら進んでいく。


『ワガハイ、ヤクニタツ!』


 先頭に立ったクルミが、左手を柄頭にあて、右手でクロスガードの片側を握る。そのまま『ワガハイ』を横向きに構え、行く手の下草をざくざくと薙いでいった。


「草刈り機みたいだね」


 後ろからププンが茶化す。


『ワガハイ、まケン、クサカリキチガウ』


 途端に切れ味が鈍り、さっきまで気持ちよく払えていた草が、へにゃりと曲がるだけになる。


「おいおい、からかうな。落ち込んじゃったぞ」


 ナムがププンの頭にげんこつを落とした。


 横から、プラムが声を張る。


「『ワガハイ』助かるよ! 伝説の草薙の剣みたいだよ」


『ワガハイ、デンセツ?』


「そうそう、よっ伝説の魔剣! 草薙の魔剣!」


 さっきまで茶化していたププンが、今度は慌てて持ち上げまくる。


『ワガハイ、クサナギ? ガンバル!』


 『ワガハイ』の刀身がほのかに光り、みるみるうちに切れ味が戻っていく。いや、戻るどころか、先ほどよりも鋭く草を裂くようになった。


「単純で助かるな……」


 ベリーが呆れ半分、感心半分で呟いた。


 やがて、一行は木立が途切れた先で、ぽっかりと開けた広場状の場所へ出た。


「ここだな、間違いない」


 プラムが足を止める。


 広場の中央には、木製の四角いデッキのようなものが設置されていた。


 そのデッキには等間隔にマス目が刻まれている。


 縦長の長方形で、縦横ともに九マスずつ、きっちり均等に区切られていた。


 全部で八十一マス。


 しかも、一部のマスの上には、これまた木製の駒のようなものが並んでいる。


「あー、わかった! 将棋だ! これ将棋盤だよね?」


 ププンがようやく気づいて、ぱっと顔を輝かせた。


『ワガハイ、ショウギ、ナニナニ?』


 『ワガハイ』だけが、この場所の意味をまったく理解できていなかった。


* * *


「注文ノートはどこだろう?」


 プラムのひとことで、みんなが広場のあちこちへ散って探し始めた。


 だが、落ち葉の下にも、盤のまわりにも、木の根元にも、それらしいものは見当たらない。


「おかしいな……ここで間違いないはずなんだけど」


 プラムが頭を掻きながらぼやく。


「ねえねえ、遊んでる最中に無くしたんじゃないの?」


 ププンがふと思いついたように言った。


「そうか! あのでっかい駒の下かも……」


 ベリーが声を上げる。


 一行はぞろぞろと盤の上へ乗り込み、並んだ駒の裏を覗こうとした。だが、木製の駒はどれも地面に根を張ったみたいにびくともしない。


「動かすには条件がありそうだな」


 ベリーが駒を押しながら眉をひそめる。


「普通にゲームを開始すれば動かせるじゃない?」


 ププンがもっともらしく言う。


「どうやって開始すればいいんだ?」


 ナムが両手を広げ、盤の周囲を見回した。


 ププンがわざとらしく胸を張り、おどけた声を張り上げる。


「誰か将棋に詳しい人居ませんか〜?」


(沈黙)


 森の葉擦れだけが、さわさわと返事をした。


「このクエストに誘ったのにガストンさんも知らないのー?」


 ププンがじとっとした目を向ける。


「うむ、わしはボードゲームは苦手なんドワ」


 ガストンは咳払いして、目を逸らした。


「あのー、少しなら分かるっす」


 そこで、クルミが遠慮がちに小さく手を上げた。


「師匠の対戦相手を、たまにするっす」


「おおっ!」


 ププンがぱっと顔を明るくする。


「歩を五枚振って、表が多ければ振った人が先手、裏だと対戦相手が先手っす」


「歩って前衛に並んでるこれか?」


 ナムが盤の手前にずらりと並ぶ駒を見た。


「それも動かせなかったけどなー」


 ベリーが肩をすくめる。


「あ! この駒、足跡が付いてるようだよ」


 真ん中あたりの歩をしゃがみ込んで見ていたプラムが、ぱっと顔を上げた。


「なるほど、乗って操作するのかも……よし、まずは五人で歩に乗るぞ!」


 クルミを残し、五人はそれぞれ真ん中の歩五枚へ飛び乗った。


 その瞬間、視界の端に、半透明の表示がふわりと浮かび上がる。


――――――――――――――――――――――――

【コマンドを選択してください】

1.振り駒

0.閉じる

――――――――――――――――――――――――


「メニューが出たぞ!」


「おいらが振る〜」


 ププンが嬉々としてメニューを操作する。


 すると、五人が乗った歩が、ふわりと浮き上がった。


「うわっ!?」


 そのまま駒は盤の真ん中へすうっと滑るように移動し、次の瞬間、くるくると回り始める。


「わっ、わっ、落ちる〜」


 慌てて五人は飛び降りた。


 主を失った五枚の歩は、なおも空中で混ざり合うように回転を続ける。やがて、ひときわ高く跳ね上がると、ぱらぱらと盤上に散らばった。


「ひい、ふう、みい……表が三枚、こっちが先手っすね」


 クルミが目を凝らして数える。


 すると、振られた駒が自動的にすうっと持ち上がり、何事もなかったかのように前衛の位置へ戻っていった。


 同時に、盤の上へ新たな表示が浮かび上がる。


――――――――――――――――――――――――

【対局を開始します】

先手:プレイヤー

後手:COM

――――――――――――――――――――――――


(つづく)


――閑話:ロード・オブ・ザ・リアル(3)(前編)あとがき


 最後まで読んでくれてありがとー!

 おいら、ププンだよ!


 後編はこのあとすぐ投稿予定なんだって。

 つづきも読んでくれたら嬉しいなー。


 もし少しでも楽しかったら、ブクマとか★とか、ぽちっとしてもらえると励みになるよ!


 いやー、それにしても煙い街だったね!

 でも、あの硬いカレーはンまかった!

 最初は歯が欠けるかと思ったけど、ガリガリ噛み砕くのがクセになる食感だったよ。


 クルミにも久々に会ったけど、生意気にでっかい剣を背負っててびっくりしたなー。

 しかもあの剣、喋るし……ちょっと怖いよね。


 最後は将棋?

 おいら、頭を使うゲームはあんまり得意じゃないけど、身体を動かすのは得意なんだ!

 見ててよ、次回! 『ププン覚醒!』……かも?


――ププン


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ