第四十九話:地中の太陽(後編)
――前編あらすじ。
エレネのパラディン叙事詩クエストのため、ケンタたちはカエル族の王国『ケロック』へ突入。生者の兵士がひしめく上層を突破し、アンデッドの蠢く下層へ辿り着く。
狙いは、カエル族の聖騎士ケラウと『デスロード』をぶつけ、その隙に漁夫の利を得ること。だが、王の叱責を受けたケラウは想定を超える猛攻で護衛を一掃し、『デスロード』相手にすら互角以上の戦いを繰り広げる。
太陽の聖剣『ソルクラウス』が閃き、地下墳墓の最奥で聖と死が激突する。決着は、まだつかない――。
* * *
「そろそろ行かない?」
エレネが、わずかに鎧を震わせた。
視線は片時も、室内の戦いから逸れていない。
「いや、まだだ。アイツのHPゲージは一本だけど、20%も減ってない……」
ケンタが低く答える。
カエル族の聖騎士のHPゲージは、80%。
そして、デスロードのHPゲージも、割合でいえば80%。
拮抗していた。
「でも、カエル騎士がやられちゃったら元も子もないのでしょう?」
エレネが食い下がる。
「そうなんだけど、半分くらいまでは待ちたいな」
ケンタは腕を組み、戦況を睨んだまま言う。
「これ、失敗したらどうなるの?」
今度はカグラが問う。
「アイツがリポップするまで待って再挑戦かな」
「どのくらい待つの?」
「一週間くらいかなあ?」
「めんどくさいわね……もうやっちゃいましょうよ」
カグラが露骨に嫌そうな顔をした。
その横で、ホネキチも同意するように首の骨をケタケタと鳴らす。
ケンタは苦笑しつつ、二人と一体をなだめるように答えた。
「もうちょっとだけだ。アイツの癖も掴みたい」
「わかったわ……」
エレネは小さく息を吐く。
それでもなお、震える右手を剣の柄に添えたまま、室内で繰り広げられる戦いを、じっと見つめ続けた。
* * *
再生した左腕は、先ほどよりも明らかに膂力を増していた。
振るわれる大太刀の斬撃が、重い。
しかも、そこへ脇差しが異なる軌道から絡みつくように迫ってくる。
重く、軽く、速く、緩く、無秩序に――。
二刀はまるで意志を持つ別々の獣のように、ケラウへ襲いかかった。
防戦に回ったケラウは、背に負っていた丸い盾を前面へと構える。
その中心に刻まれた太陽の紋章が、かっと輝いた。
次の瞬間、盾そのものが武器のように突き出される。
――バッシュである。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、デスロードの動きが止まった。
その隙を、ケラウは見逃さない。
ソルクラウスの一撃が差し込まれ、亡者の乾いた皮膚を灼いた。
デスロードは後退しようとする。
だが、追撃はそこで終わらなかった。
あろうことか、カエル族の至宝たる聖剣そのものが投擲されたのである。
「グ……ゲコッ?」
デスロードは、初めて驚きの声を上げた。
白い光を引くソルクラウスは、そのままデスロードの腹を貫く。
次の瞬間、腹を穿った聖剣がすうっと引き戻された。
それを引いていたのは、ケラウの伸びた舌だった。
「忘れたか? 我もカエル族なるぞ! ケロッ」
そう言って、ケラウは自慢げに宙返りを決める。
デスロードのHPゲージが、また一本吹き飛んだ。
残りは三本。
だが、ケラウのHPもすでに半分近くまで削られていた。
「思ったよりしぶとい……ケロッ」
じわり、とこめかみに油汗が滲む。
人間は『ガマの油』を妙薬と言うらしい。
だが、ケラウの傷は少しも塞がらない。
そんなことを考えた、その時だった。
デスロードが、低く詠唱を始める。
止めるには、一瞬、出遅れた。
黒い瘴気が床の上で渦を巻き、デスロードの前に三体のスケルトンが召喚される。
三体とも、カエルの骨であった。
「また多勢に無勢……ケロか……」
ケラウはそう呟きながら、剣と盾を構え直した。
* * *
再びの敗北。
その屈辱を予見して、ケラウは喉を震わせた。
「ケロ……ケロロロロ……」
喉奥から漏れたその音は、弱気の震えに近かった。
(何を弱気な……)
自らを叱咤するように、ケラウは前へ出る。
まず左の骨を盾で叩いた。
真ん中の骨には剣先を向け、牽制する。
そうして返した剣の腹で、右の骨を叩き潰す。
骨には斬撃も刺突も通りが悪い。ならば砕くしかない。
一体。
潰した。
安堵したわけではない。だが、次にどれを落とすか、その一瞬だけ迷いが生まれた。
その隙だった。
背後から、脇差しが突き出される。
ぬらりと伸びた刃が、ケラウの腹を貫いた。
「ふ、不覚……ケロッ」
ケラウは膝をつく。
HPゲージが、10%を切る。
わずかに残った赤が、明滅していた。
視界が揺れる。目が霞む。
脳裏に浮かんだのは、キングの哀しげな顔であった。
「せめて……此奴らを道連れに……」
腹に力を込める。
最後の力を振り絞り、脚を跳ね上げた。
宙空に、くるりと輪を描く。
そして、眼下のデスロードへ――ソルクラウスを叩きつけるように振り下ろす。
脇差しを奪い取られたデスロードは、残った大太刀でそれを受けた。
だが、白き一閃は、その刃すら叩き折る。
砕けた黒刃が、室内に散った。
しかし。
後退したデスロード本体には、届かない。
デスロードが、折れ残った大太刀を振りかぶる。
「無念……ケロッ……」
ぺたり、と床に伏したケラウは、覚悟を決めた。
* * *
「レイ・オン・ハンズ!」
聖なる光が、ケラウの身体を包み込んだ。
聖騎士固有スキル。
一週間に一度だけ許された、奇跡の全回復。
「ケロッ?!」
だが、それを発動したのはケラウではない。
ぺたりと床に伏したまま、ケラウは辺りを窺う。
飛び出たカエルの目は、全方位を見渡すことができた。
その視界の先。
部屋の入口に、光の残滓をまとったハイエルフの女がいた。
そして次の瞬間、その横を別の女がすり抜けてくる。
「あーあ、作戦台無しじゃない……」
ダークエルフだ。
その背後にはスケルトンが従っていた。
スケルトンは、そのままデスロードの召喚したペットへとぶつけられる。
「罪深き魂の救済! デッドマン・チャーム」
さらにもう一体。
ダークエルフが、デスロードのペットを魅了する。
自らのペットを奪われ、逆にけしかけられたデスロードは、煙たそうに一歩退いた。
そこへ。
銀色の風が突進する。
『癒しの光』を使ったハイエルフの聖騎士だ。
巨大で分厚いタワー型の盾が、真正面からデスロードへ突きつけられる。
デスロードも、折れ残った大太刀を振るい反撃を試みた。
短くなった刃ではある。
だが、まとわりつく瘴気は少しも衰えておらず、攻撃力だけはそのまま保っていた。
瘴気の飛沫が、女の頬をかすめる。
HPが削れる。
「セレスティアル・ヒーリング!」
だが、間髪入れず、後方から回復魔法が飛んだ。
入口には、小柄な白い影。
あの時の、人の子だ。
「折角削ったのに、しょうがないなぁ」
そんなふうにぼやきながらも、その表情はどこか楽しげだった。
(異なる光の聖騎士……此奴らか?)
ケラウは、ふらつきながらも、ゆっくりと立ち上がる。
癒えた身体を、確かめるように。
そして、見定めるように。
彼らの戦いを、じっと眺めるのであった。
* * *
「ホリゾンタル・スラッシュ!」
エレネの放った横薙ぎの一閃が、漆黒の軌跡を残して走る。
デスロードを牽制するように刃を払うと、エレネはすぐさま一時後退した。
そこへ、駆け寄ってきたケンタが眉をひそめる。
「折角いい感じで削れたのに……意味ないだろ」
作戦を帳消しにした上、貴重な固有スキルまで切ったエレネに、あからさまに口をとがらせた。
「いいの……多分これが私の中の正解……」
エレネは短くそう答える。
その声音に迷いはなかった。
「なら、しょうがないわね。うふふ」
杖を構えたまま、カグラがわずかに口許を緩めた。
「そっか、正解なら仕方ないな……」
ケンタも、すっと肩の力を抜いたような顔で苦笑する。
その横で、骨同士の格闘を続けていたホネキチも、顎骨をケタケタと鳴らした。
そして――
「行きます!」
「「おう!」」
再び大盾を掲げ、エレネが突進する。
その背を、ケンタとカグラが支える。
「天空の神々の名を以って命じます!」
エレネが高らかに祝詞を上げた。
「月影の女神――セレネ・エテルナ!」
「灼熱の太陽神――ソルフレイム・プロム!」
漆黒の剣が天を衝く。
その刀身へ、二つの光が同時に宿った。
「変身なしでも、それ使えるの? ってか、部屋の中で?!」
ケンタが素っ頓狂な声を上げる。
次の瞬間には、顔色を変えていた。
「カグラ! 撤退だ! 一時撤退!」
「あらあら、確かにこれは……ホネキチ引くわよ」
カグラも即座に踵を返す。
ホネキチもそれに従い、途中でまだ足元の覚束ないカエル騎士をひょいと抱え上げると、そのまま部屋の外へと滑り出した。
同時に――
白銀の炎が立ち上る。
うねり、渦巻き、室内の空気そのものを焼くように膨れ上がった。
「インパクト・オブ・ザ・ソル・ブレイカー!」
振り下ろされた炎の渦が、部屋の隅々に至るまでを呑み込む。
デスロードの姿はない。
ペットの蛙スケルトンたちの姿もない。
焦げ、煙を上げる絨毯の上に、折れた大太刀だけがぽつりと取り残されていた。
その中心――。
白銀の聖騎士は、気だるげに、光の残滓を明滅させる剣を降ろした。
* * *
部屋の入口に、小柄な影が揺れた。
カエル族の聖騎士、ケラウである。
振り向いたエレネは、じっと彼を見つめた。
ケラウは、ぽつりと告げる。
「弱った敵を狙うのは、聖騎士に相応しくないケロ……」
一歩、進む。
「我が削れるのを待っていたか? ケロッ」
さらに一歩。
「相応しくない者は葬らねばならぬケロ」
そう言って、ソルクラウスを目の高さへと掲げた。
白い刀身が、しんと冷えた空気の中でかすかに光を揺らす。
「だが、何故『癒しの光』を使った? ケロッ」
問われたエレネは、剣先を見つめた。
そして、静かに答える。
「聖騎士だから……それが騎士道だから……」
ケラウは黙って、エレネを見返した。
まばたきのない丸い目が、その答えの奥まで見通そうとするように、じっと動かない。
やがて。
「そうか……」
満足げに、ケラウはうなずいた。
「我が名はケラウ、誇り高きカエル族の聖騎士ケロ」
ケラウは剣の腹を正面に向けて、切先を天に向ける。
「……そなたの名を聞いてもよいケロか?」
「エレネです」
「では、聖騎士エレネよ!立ち合おう、騎士として! ケロッ」
ソルクラウスが、ふっと輝きを強める。
「おう!」
エレネもまた、漆黒の剣を再び上げた。
刀身には淡い光が宿っている。
白と黒。
二振りの剣が、静かに向き合った。
そして、互いに振り上げた剣が打ち合わされる。
一合。
二合。
三合。
四合――。
静寂の中で、剣と剣が触れ合う音だけが響いた。
高く、澄んだ音。
火花こそ散らないが、打ち合うたび、二つの刀身の間に見えぬ光が走るようだった。
その様子を、部屋の入口から二人と骨一体が覗き込んでいる。
「アレ、本気なの?」
カグラが眉をひそめる。
「さあ? 剣のことはよくわからんが、形稽古っぽいな」
ケンタが首をかしげた。
「ケタケタ……ケイコ?」
「えっ! おまえ喋れんの!?」
驚愕するケンタをよそに、部屋の中の剣戟は次第に激しさを増していく。
白が閃き、黒が応じる。
踏み込み、退き、また踏み込む。
それは殺し合いではない。
だが、互いの剣を、騎士として見定めるための、紛れもない立ち合いであった。
――やがて。
ソルクラウスが一際強く輝いた。
その光を受けたエレネの剣が、ゆっくりと色を変えていく。
漆黒だった刀身は、まるで夜明けの空を染めるように、白銀へと姿を変えた。
その場でくるりと宙返りし、剣を引いたケラウが告げる。
「その剣に名を授けよう――」
厳かに、しかしどこか誇らしげに。
「白銀の聖剣『シルヴァノール』。これからはそう呼んでやるが良い……ケロッ」
エレネは、新たな色を宿した剣を見つめた。
そして、こくりとうなずく。
「これからも、よろしく……『シルヴァノール』」
『シルヴァノール』は、瞬くように光を帯びた。
応えるように、一瞬だけ明滅する。
まるで、主の声を確かに聞き届けたとでもいうように。
ケラウは愉快そうに喉を鳴らし、ひらりと手を振った。
「さらばケロケロ! また会おうぞ、白銀の聖騎士!」
そう告げると、去り際にケンタへ一言だけ残す。
「小さき聖職者よ、前回の雪辱はいつかまたの機会にしておくケロッ!」
ケンタは、ぽかんとした顔でその背を見送った。
「覚えてやがったのかよ……」
エレネは『シルヴァノール』の腹を前面に、切先を天に向けて捧げ持った。
「聖騎士ケラウ、感謝します……」
遠ざかる背中が、わずかに揺れて笑ったように見えた。
ともあれ、ついに聖騎士の聖剣は完成に向けて名を得た。
聖剣『シルヴァノール』が真に目覚める時は、遠くないだろう。
(おわり)
――第四十九話 あとがき
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
エレネです。
次回の『マジチー』は、今週金曜日のお昼頃に閑話を投稿予定だそうです。
ハーフリングさんたちが、妖精島にやってくるみたいです。
そちらも読んでいただけると……嬉しいです。
もし少しでも楽しんでいただけたのなら、ブクマや★で応援していただけると励みになります。
……それにしても。
よく考えたら、『シルヴァノール』って、私たちの街の名前であり、ハイエルフ王家のファミリーネームでもあるのよね。
そんな名を、私がこの剣に冠してしまってよかったのかしら……。
そう思った瞬間、腰の剣が少しだけ熱を帯びたの……。
――っ……そうね。
迷うくらいなら、背負う覚悟を決めなさいってことよね。
その名に恥じないように。
聖騎士ならば、なおさらよね。
――エレネ




