表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/79

第四十九話:地中の太陽(後編)

――前編あらすじ。


 エレネのパラディン叙事詩クエストのため、ケンタたちはカエル族の王国『ケロック』へ突入。生者の兵士がひしめく上層を突破し、アンデッドの蠢く下層へ辿り着く。

 狙いは、カエル族の聖騎士ケラウと『デスロード』をぶつけ、その隙に漁夫の利を得ること。だが、王の叱責を受けたケラウは想定を超える猛攻で護衛を一掃し、『デスロード』相手にすら互角以上の戦いを繰り広げる。

 太陽の聖剣『ソルクラウス』が閃き、地下墳墓の最奥で聖と死が激突する。決着は、まだつかない――。


* * *

 

「そろそろ行かない?」


 エレネが、わずかに鎧を震わせた。

 視線は片時も、室内の戦いから逸れていない。


「いや、まだだ。アイツのHPゲージは一本だけど、20%も減ってない……」


 ケンタが低く答える。


 カエル族の聖騎士のHPゲージは、80%。


 そして、デスロードのHPゲージも、割合でいえば80%。


 拮抗していた。


「でも、カエル騎士がやられちゃったら元も子もないのでしょう?」


 エレネが食い下がる。


「そうなんだけど、半分くらいまでは待ちたいな」


 ケンタは腕を組み、戦況を睨んだまま言う。


「これ、失敗したらどうなるの?」


 今度はカグラが問う。


「アイツがリポップするまで待って再挑戦かな」


「どのくらい待つの?」


「一週間くらいかなあ?」


「めんどくさいわね……もうやっちゃいましょうよ」


 カグラが露骨に嫌そうな顔をした。


 その横で、ホネキチも同意するように首の骨をケタケタと鳴らす。


 ケンタは苦笑しつつ、二人と一体をなだめるように答えた。


「もうちょっとだけだ。アイツの癖も掴みたい」


「わかったわ……」


 エレネは小さく息を吐く。


 それでもなお、震える右手を剣の柄に添えたまま、室内で繰り広げられる戦いを、じっと見つめ続けた。


* * *


 再生した左腕は、先ほどよりも明らかに膂力を増していた。


 振るわれる大太刀の斬撃が、重い。


 しかも、そこへ脇差しが異なる軌道から絡みつくように迫ってくる。


 重く、軽く、速く、緩く、無秩序に――。


 二刀はまるで意志を持つ別々の獣のように、ケラウへ襲いかかった。


 防戦に回ったケラウは、背に負っていた丸い盾を前面へと構える。


 その中心に刻まれた太陽の紋章が、かっと輝いた。


 次の瞬間、盾そのものが武器のように突き出される。


 ――バッシュである。


 一瞬。


 ほんの一瞬だけ、デスロードの動きが止まった。


 その隙を、ケラウは見逃さない。


 ソルクラウスの一撃が差し込まれ、亡者の乾いた皮膚を灼いた。


 デスロードは後退しようとする。


 だが、追撃はそこで終わらなかった。


 あろうことか、カエル族の至宝たる聖剣そのものが投擲されたのである。


「グ……ゲコッ?」


 デスロードは、初めて驚きの声を上げた。


 白い光を引くソルクラウスは、そのままデスロードの腹を貫く。


 次の瞬間、腹を穿った聖剣がすうっと引き戻された。


 それを引いていたのは、ケラウの伸びた舌だった。


「忘れたか? 我もカエル族なるぞ! ケロッ」


 そう言って、ケラウは自慢げに宙返りを決める。


 デスロードのHPゲージが、また一本吹き飛んだ。


 残りは三本。


 だが、ケラウのHPもすでに半分近くまで削られていた。


「思ったよりしぶとい……ケロッ」


 じわり、とこめかみに油汗が滲む。


 人間は『ガマの油』を妙薬と言うらしい。

 だが、ケラウの傷は少しも塞がらない。


 そんなことを考えた、その時だった。


 デスロードが、低く詠唱を始める。


 止めるには、一瞬、出遅れた。


 黒い瘴気が床の上で渦を巻き、デスロードの前に三体のスケルトンが召喚される。


 三体とも、カエルの骨であった。


「また多勢に無勢……ケロか……」


 ケラウはそう呟きながら、剣と盾を構え直した。


* * *


 再びの敗北。


 その屈辱を予見して、ケラウは喉を震わせた。


「ケロ……ケロロロロ……」


 喉奥から漏れたその音は、弱気の震えに近かった。


(何を弱気な……)


 自らを叱咤するように、ケラウは前へ出る。


 まず左の骨を盾で叩いた。


 真ん中の骨には剣先を向け、牽制する。


 そうして返した剣の腹で、右の骨を叩き潰す。


 骨には斬撃も刺突も通りが悪い。ならば砕くしかない。


 一体。


 潰した。


 安堵したわけではない。だが、次にどれを落とすか、その一瞬だけ迷いが生まれた。


 その隙だった。


 背後から、脇差しが突き出される。


 ぬらりと伸びた刃が、ケラウの腹を貫いた。


「ふ、不覚……ケロッ」


 ケラウは膝をつく。


 HPゲージが、10%を切る。


 わずかに残った赤が、明滅していた。


 視界が揺れる。目が霞む。


 脳裏に浮かんだのは、キングの哀しげな顔であった。


「せめて……此奴らを道連れに……」


 腹に力を込める。


 最後の力を振り絞り、脚を跳ね上げた。


 宙空に、くるりと輪を描く。


 そして、眼下のデスロードへ――ソルクラウスを叩きつけるように振り下ろす。


 脇差しを奪い取られたデスロードは、残った大太刀でそれを受けた。


 だが、白き一閃は、その刃すら叩き折る。


 砕けた黒刃が、室内に散った。


 しかし。


 後退したデスロード本体には、届かない。


 デスロードが、折れ残った大太刀を振りかぶる。


「無念……ケロッ……」


 ぺたり、と床に伏したケラウは、覚悟を決めた。


* * *


「レイ・オン・ハンズ!」


 聖なる光が、ケラウの身体を包み込んだ。


 聖騎士固有スキル。

 一週間に一度だけ許された、奇跡の全回復。


「ケロッ?!」


 だが、それを発動したのはケラウではない。


 ぺたりと床に伏したまま、ケラウは辺りを窺う。


 飛び出たカエルの目は、全方位を見渡すことができた。


 その視界の先。

 部屋の入口に、光の残滓をまとったハイエルフの女がいた。


 そして次の瞬間、その横を別の女がすり抜けてくる。


「あーあ、作戦台無しじゃない……」


 ダークエルフだ。


 その背後にはスケルトンが従っていた。


 スケルトンは、そのままデスロードの召喚したペットへとぶつけられる。


「罪深き魂の救済! デッドマン・チャーム」


 さらにもう一体。


 ダークエルフが、デスロードのペットを魅了(チャーム)する。


 自らのペットを奪われ、逆にけしかけられたデスロードは、煙たそうに一歩退いた。


 そこへ。


 銀色の風が突進する。


 『癒しの光』を使ったハイエルフの聖騎士だ。


 巨大で分厚いタワー型の盾が、真正面からデスロードへ突きつけられる。


 デスロードも、折れ残った大太刀を振るい反撃を試みた。


 短くなった刃ではある。

 だが、まとわりつく瘴気は少しも衰えておらず、攻撃力だけはそのまま保っていた。


 瘴気の飛沫が、女の頬をかすめる。


 HPが削れる。


「セレスティアル・ヒーリング!」


 だが、間髪入れず、後方から回復魔法が飛んだ。


 入口には、小柄な白い影。


 あの時の、人の子だ。


「折角削ったのに、しょうがないなぁ」


 そんなふうにぼやきながらも、その表情はどこか楽しげだった。


(異なる光の聖騎士……此奴らか?)


 ケラウは、ふらつきながらも、ゆっくりと立ち上がる。


 癒えた身体を、確かめるように。


 そして、見定めるように。


 彼らの戦いを、じっと眺めるのであった。


* * *


「ホリゾンタル・スラッシュ!」


 エレネの放った横薙ぎの一閃が、漆黒の軌跡を残して走る。


 デスロードを牽制するように刃を払うと、エレネはすぐさま一時後退した。


 そこへ、駆け寄ってきたケンタが眉をひそめる。


「折角いい感じで削れたのに……意味ないだろ」


 作戦を帳消しにした上、貴重な固有スキルまで切ったエレネに、あからさまに口をとがらせた。


「いいの……多分これが私の中の正解……」


 エレネは短くそう答える。


 その声音に迷いはなかった。


「なら、しょうがないわね。うふふ」


 杖を構えたまま、カグラがわずかに口許を緩めた。


「そっか、正解なら仕方ないな……」


 ケンタも、すっと肩の力を抜いたような顔で苦笑する。


 その横で、骨同士の格闘を続けていたホネキチも、顎骨をケタケタと鳴らした。


 そして――


「行きます!」


「「おう!」」


 再び大盾を掲げ、エレネが突進する。


 その背を、ケンタとカグラが支える。


「天空の神々の名を以って命じます!」


 エレネが高らかに祝詞を上げた。


「月影の女神――セレネ・エテルナ!」


「灼熱の太陽神――ソルフレイム・プロム!」


 漆黒の剣が天を衝く。


 その刀身へ、二つの光が同時に宿った。


「変身なしでも、それ使えるの? ってか、部屋の中で?!」


 ケンタが素っ頓狂な声を上げる。


 次の瞬間には、顔色を変えていた。


「カグラ! 撤退だ! 一時撤退!」


「あらあら、確かにこれは……ホネキチ引くわよ」


 カグラも即座に踵を返す。


 ホネキチもそれに従い、途中でまだ足元の覚束ないカエル騎士をひょいと抱え上げると、そのまま部屋の外へと滑り出した。


 同時に――


 白銀の炎が立ち上る。


 うねり、渦巻き、室内の空気そのものを焼くように膨れ上がった。


「インパクト・オブ・ザ・ソル・ブレイカー!」


 振り下ろされた炎の渦が、部屋の隅々に至るまでを呑み込む。


 デスロードの姿はない。


 ペットの蛙スケルトンたちの姿もない。


 焦げ、煙を上げる絨毯の上に、折れた大太刀だけがぽつりと取り残されていた。


 その中心――。


 白銀の聖騎士は、気だるげに、光の残滓を明滅させる剣を降ろした。


* * *


 部屋の入口に、小柄な影が揺れた。


 カエル族の聖騎士、ケラウである。


 振り向いたエレネは、じっと彼を見つめた。


 ケラウは、ぽつりと告げる。


「弱った敵を狙うのは、聖騎士に相応しくないケロ……」


 一歩、進む。


「我が削れるのを待っていたか? ケロッ」


 さらに一歩。


「相応しくない者は葬らねばならぬケロ」


 そう言って、ソルクラウスを目の高さへと掲げた。


 白い刀身が、しんと冷えた空気の中でかすかに光を揺らす。


「だが、何故『癒しの光』を使った? ケロッ」


 問われたエレネは、剣先を見つめた。


 そして、静かに答える。


「聖騎士だから……それが騎士道だから……」


 ケラウは黙って、エレネを見返した。


 まばたきのない丸い目が、その答えの奥まで見通そうとするように、じっと動かない。


 やがて。


「そうか……」


 満足げに、ケラウはうなずいた。


「我が名はケラウ、誇り高きカエル族の聖騎士ケロ」

 

 ケラウは剣の腹を正面に向けて、切先を天に向ける。

 

「……そなたの名を聞いてもよいケロか?」


「エレネです」


「では、聖騎士エレネよ!立ち合おう、騎士として! ケロッ」


 ソルクラウスが、ふっと輝きを強める。


「おう!」


 エレネもまた、漆黒の剣を再び上げた。


 刀身には淡い光が宿っている。


 白と黒。


 二振りの剣が、静かに向き合った。


 そして、互いに振り上げた剣が打ち合わされる。


 一合。


 二合。


 三合。


 四合――。


 静寂の中で、剣と剣が触れ合う音だけが響いた。


 高く、澄んだ音。


 火花こそ散らないが、打ち合うたび、二つの刀身の間に見えぬ光が走るようだった。


 その様子を、部屋の入口から二人と骨一体が覗き込んでいる。


「アレ、本気なの?」


 カグラが眉をひそめる。


「さあ? 剣のことはよくわからんが、形稽古っぽいな」


 ケンタが首をかしげた。


「ケタケタ……ケイコ?」


「えっ! おまえ喋れんの!?」


 驚愕するケンタをよそに、部屋の中の剣戟は次第に激しさを増していく。


 白が閃き、黒が応じる。


 踏み込み、退き、また踏み込む。


 それは殺し合いではない。


 だが、互いの剣を、騎士として見定めるための、紛れもない立ち合いであった。


 ――やがて。


 ソルクラウスが一際強く輝いた。


 その光を受けたエレネの剣が、ゆっくりと色を変えていく。


 漆黒だった刀身は、まるで夜明けの空を染めるように、白銀へと姿を変えた。


 その場でくるりと宙返りし、剣を引いたケラウが告げる。


「その剣に名を授けよう――」


 厳かに、しかしどこか誇らしげに。


「白銀の聖剣『シルヴァノール』。これからはそう呼んでやるが良い……ケロッ」


 エレネは、新たな色を宿した剣を見つめた。


 そして、こくりとうなずく。


「これからも、よろしく……『シルヴァノール』」


 『シルヴァノール』は、瞬くように光を帯びた。


 応えるように、一瞬だけ明滅する。


 まるで、主の声を確かに聞き届けたとでもいうように。


 ケラウは愉快そうに喉を鳴らし、ひらりと手を振った。


「さらばケロケロ! また会おうぞ、白銀の聖騎士!」


 そう告げると、去り際にケンタへ一言だけ残す。


「小さき聖職者よ、前回の雪辱はいつかまたの機会にしておくケロッ!」


 ケンタは、ぽかんとした顔でその背を見送った。


「覚えてやがったのかよ……」


 エレネは『シルヴァノール』の腹を前面に、切先を天に向けて捧げ持った。

 

「聖騎士ケラウ、感謝します(メルスィ、メートル)……」


 遠ざかる背中が、わずかに揺れて笑ったように見えた。

 

 ともあれ、ついに聖騎士の聖剣は完成に向けて名を得た。


 聖剣『シルヴァノール』が真に目覚める時は、遠くないだろう。


(おわり)


――第四十九話 あとがき


 最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

 エレネです。


 次回の『マジチー』は、今週金曜日のお昼頃に閑話を投稿予定だそうです。

 ハーフリングさんたちが、妖精島にやってくるみたいです。

 そちらも読んでいただけると……嬉しいです。


 もし少しでも楽しんでいただけたのなら、ブクマや★で応援していただけると励みになります。


 ……それにしても。

 よく考えたら、『シルヴァノール』って、私たちの街の名前であり、ハイエルフ王家のファミリーネームでもあるのよね。

 そんな名を、私がこの剣に冠してしまってよかったのかしら……。


 そう思った瞬間、腰の剣が少しだけ熱を帯びたの……。


 ――っ……そうね。

 迷うくらいなら、背負う覚悟を決めなさいってことよね。


 その名に恥じないように。

 聖騎士ならば、なおさらよね。


――エレネ


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ