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閑話:エールカの旅立ち(後編)

――前編あらすじ。


 カレウスの失脚から一年。


 宮廷魔導士エールカは、事件の黒幕がミカエルであることを突き止める。


 だが、カレウスはすでに行方知れずとなっていた。


 エールカは潔白の証明ではなく、彼を追うことを決意する。


 一方、王宮では聖剣ソルドボルグの継承者選抜が行われていた。


 そこへ、亡者の大群を引き連れた冒険者たちが迷い込んでくる。


* * *


 ケロック下層に冒険者たちが侵入することは、さほど珍しくない。


 ケラウも、巡回中にその姿を見かけることが多かった。


 王国に敵対的でなければ、咎め立てすることはない。


 だが、稀に未熟な冒険者が亡者どもを引き連れ、騒動を起こすことがある。


 ケラウは、目を細めた。


「あれは……デスロード・ラーケウ!?」


 最悪だった。


 ケラウは以前、デスロードに挑んだことがある。


 結果は散々だった。


 デスロードの二刀と召喚術によって、敗北寸前まで追い詰められたのである。


 結局、そのときデスロードを倒したのは、乱入してきたハイエルフの聖騎士であって、ケラウではない。


 だが、王や貴族たちが一斉に会したこの場所で、退くわけにはいかなかった。


「こんな時、カレウスが居れば……」


 ケラウは聖剣ソルクラウスを抜き放つと、亡者の群れへ斬り込んでいった。


* * *


 混乱の最中。


 壁に架けられたソルドボルグへ、手を伸ばす者がいた。


 ミカエルである。


「チャンスだ。僕の真の力を王国に、エールカに示す時だ!」


 ぐっと、滑り止めの革が巻かれた柄を握る。


 何の革なのだろうか。


 なめらかで、心地よい手触りだった。


 それでいて、しっかりとグリップできて滑らない。


 だが。


 触れた瞬間、何かが身体から抜き取られていくような感覚があった。


 ミカエルには、それが何なのか分からなかった。


 ――ソウルである。


 ソルドボルグの真価を発揮するには、膨大なソウルが必要なのだ。


「うっ……」


 ミカエルは、その場にぺたりとしゃがみ込んだ。


 ソルドボルグを持ち上げるどころか、まともに握り続けることさえできなかった。


 そこへ、マギタイプの亡者から火球が飛んでくる。


「ひいぃー!」


 腰が抜け、立ち上がることもできない。


 ミカエルは四つん這いになり、必死に逃げた。


「えーい、情けない!」


 叱咤する声が飛ぶ。


 ミカエルの父、エルグラント大公である。


 エルグラントはソルドボルグを握ると、近づいてきた亡者の戦士を斬りつけた。


 だが、そこまでだった。


 大公もまた、文官である。


 みるみるうちにソウルを吸い取られ、ソルドボルグを取り落とした。


 ガラン、と。


 ことのほか大きな音を立てて、ソルドボルグが床へ落ちる。


 それを見た迎賓の間の貴族たちは、血相を変えて逃げ始めた。


* * *


 オーレクは、床に落ちたソルドボルグをじっと見つめていた。


 先王である父は、武人だった。


 ケロック王国の誇りである二振りの聖剣。


 そのどちらをも、父は使うことができた。


 だが、文人畑を歩んできたオーレクには無理だろう。


 あれを拾ったところで、ミカエルの二の舞である。


 聖騎士ケラウは、二刀を操るデスロードに苦戦している。


 無理もない。変わり果てた姿となっても、偉大なる先王――ラーケウの力は衰えていないのだ。


 ふと、もう一人の聖騎士の姿が脳裏に浮かんだ。


 ソルドボルグを振るうには、ソルクラウスをも上回るソウル量を要求される。


 灼熱の太陽にも匹敵する熱量を生み出すためだ。


 オーレクは、逃げ惑う貴族の子弟たちへ目を向けた。


 先ほどまで、継承者に名乗りを上げていた者たち。


 だが、その中に一人として、戦おうとする者はいなかった。


「父上、不死の呪いを断ち切ることは未だ叶いそうにありません……」

 

* * *


 ケラウは、デスロードと斬り結ぶだけで精一杯だった。


 だが、幸いなことに、あれだけ大量に雪崩れ込んできた亡者たちは、思ったよりもおとなしい。


 特に、シャーマンタイプの亡者からデスロードへ回復魔法が飛んでこないのは、ありがたかった。


 マギタイプも混ざっていたはずだが、攻撃魔法も止んでいる。


 不思議に思い、辺りを見回す。


 すると、その答えが飛び跳ねていた。


 宮廷魔導士の赤い制式ローブ。


 HPの少ないマギタイプと回復役は、一気に屠ったらしい。


「果てなき世界樹の『ルート』! ケロッ!」


 さらに、戦士タイプの亡者たちも、床に縛りつけられている。


「太陽の業火に、その身を捧げなさい、『ピラー・オブ・ザ・プロミネンス』! ケロッ!」


 炎が、亡者たちを焼き尽くす。


 ――ルートも含めて。


 以前はこれで敵の拘束が外れる失敗があった。


 だが、雑魚相手なら、一瞬の拘束で十分だった。


 特に亡者たちは乾き切っていて、よく燃える。


 炎の魔導士、エールカの独壇場だった。


「もう一人、頼りになるやつを忘れていたケロ」


 ケラウは激しい戦いの最中にもかかわらず、込み上げてくる笑いを抑えられなかった。


* * *


 雑魚を片付けたエールカは、ケラウの援護へ回った。


 デスロードへ杖を向ける。


「燃え上がれ! 第二、第三の太陽! 『ツイン・ファイヤーボール』! ケロッ!」


 二つの火球が、絡み合うようにデスロードへ飛んでいく。


「…………」


 デスロードは、左手の大太刀と右手の脇差しを振るった。


 二振りの刃が、飛来した火球を弾き返す。


「ひいっ……」


 壁際まで逃げ延びていたミカエルの目の前へ、そのうちの一つが着弾した。


 ミカエルは白目をむき、その場にひっくり返った。


 もう一つの火球は、エールカの足元へ戻ってくる。


 エールカは杖を振り、火球を横へ逸らした。


「やるですの……さすがお爺様ですケロ」


 残る敵は、デスロードのみ。


 だが、まだ問題があった。


 ――回復役の不在である。


 ケラウは聖騎士なので、多少の回復はできる。


 だが、エールカは魔導士だ。


 回復魔法は何一つ使えない。


 あまり長い時間をかけるわけにはいかなかった。


* * *


「ケラウ! 火力を上げるケロ!」


 魔導士が火力アップを宣言するのには、理由がある。


 EOFのようなMMORPGでは、敵モンスターなどが攻撃対象を決める際に、ヘイト値という隠しパラメーターを使っている。


 詳しい仕様は不明だが、相手をより怒らせればヘイト値は溜まり、ヘイトリストの上位になれば攻撃対象となる。


 急激な火力アップは、敵のヘイト値も急激に上昇させる。


 つまり、火力を上げるには、壁役のヘイト管理が先立って必要なのである。


「簡単に言ってくれるケロ」


 ケラウはそう呟きつつ、ヘイトを稼ぐためにデスロードへ突っ込んだ。


 エールカの方にも、目算がないわけではない。


 研究中の魔法の組み合わせがある。


「天高く、飛べ! 舞え! 『グラビティ・キャノン』! ケロッ!」


 グラビティ・キャノンは、敵を打ち上げ、落下ダメージを与える魔法である。


 プレイヤーたちはレビテーションと組み合わせ、高所へ昇るための裏技用と認識しているが、本来はこうして使う攻撃魔法である。


 直接ダメージを与えるわけではないので、比較的ヘイト値は抑えられる。


 デスロードが、勢いよく打ち上げられた。


 そこへ――。


「焼き尽くせ! 灼熱の壁に! 『ファイヤー・ウォール』! ケロッ!」


 炎の壁が立ち上がる。


「どうケロよ! 『落ちてきたところが、燃えてても、誰に怒ったらいいのかわからない作戦』ですケロッ!」


 だが、その作戦には、ある前提が欠けていた。


「ここは地下ケロよ……」


 ケラウは天井を見上げてつぶやいた。


* * *


「え? 落ちてこないケロ?」


 エールカは、デスロードの行方を追って天井を見上げた。


 デスロードは、天井にぺたりと張り付いていた。


 そのまま天井から壁へと移動し、床へ降り立つ。


 腐ってもカエル族。


 手先の吸盤は健在だった。


 だが、両手に持っていた刀は取り落としている。


「無手とは重畳。失敗は成功の素ケロ」


 ケラウは、これ幸いとデスロードへ突進した。


「スラッシュ・オブ・ザ・ソルフレイム! ケロッ!」


 振り下ろしたソルクラウスが、硬い何かにぶつかった。


 弾き返される。


「なんと……ケロ?」


 ――デスロード・ラーケウ。


 その手の中で、真っ赤に輝くものがあった。


 ソルドボルグ。


 ――灼熱の聖剣であった。


* * *


 デスロードは、何も言わなかった。


 ソルドボルグを大上段に構える。


 天へ向けられた灼熱の聖剣が、真っ赤に輝き始めた。


 その刀身から、凄まじい熱波が放たれる。


 少し距離を取ったケラウのもとにまで、その熱は届いていた。


「なんとも、凄まじいケロ」


 驚嘆の声を上げる。


 だが、恐れているわけではない。


「カレウスよ、喜べ。ソルドボルグには、まだ上があったケロ」


 王国の危機である。


 ここで負ければ、ケロック王国全域が亡者の国となってしまうだろう。


 それにもかかわらず、ケラウは楽しくてたまらなかった。


 強者と戦い、強さというものを学ぶ。


 自分が強くなるほど、そんな機会は少なくなっていく。


 聖剣で、聖剣と。


 命を懸けて相まみえる。


 千載一遇の機会に、心が震えた。


「参るケロ!」


 ケラウはソルクラウスへソウルを注ぎ込んだ。


 白い光が、聖剣の刀身から溢れ出す。


 そして、ソルクラウスを真っ直ぐ前へ突き出した。


* * *


「ソル・スパイラルエッジ! ケロッ」


 ケラウは縦横に回転しながら、宙へ跳び上がった。


 ソルクラウスから放たれる白光が、不規則な曲線を描いてデスロードへ襲いかかる。


 だが、デスロードは難解な軌道で飛来する光を、ことごとくソルドボルグで打ち落としていった。


 最後の一撃も、ガキン、と弾き返される。


 ケラウはその勢いに押され、後退した。


「剣は互角……決め手に欠けてるケロ……」


「ふふん、決め手なら、エールカにおまかせですのケロ」


 その背後に、赤い影が立っていた。


「なにをする気ケロ?」


「ここで長年の研究成果ケロ! ペタリと付与っぽい謎の火炎魔法ですのケロ!」


「っぽい? 謎? それ、ちゃんとテストしたケロか?」


 エールカは、そっと目を逸らした。


 そして、まくし立てる。


「テストなんて工数の無駄ケロ! さあ、またさっきのクルクル技を出すのですケロッ!」


 押し問答をしても無駄だと悟ったのか。


 ケラウは素直にソルクラウスを構えた。


 『ソル・スパイラルエッジ』の予備動作である。


 そこへ、エールカの詠唱が重なった。


「遠き彼方の蒼星よ! ペタリペタペタ、まどいせん! 『オブジェクト(ペタ)・フロム・シリウス』! ケロッ!」


 なんじゃそりゃ?


 ケラウはそんな顔をしたが、もはや技のモーションは止められない。


「ソル・スパイラルエッジ! ケロッ」


 再び、ケラウの身体が宙へ舞った。


* * *


 先ほどと同じく、ソルクラウスの切っ先が不規則な軌道を描いた。


 ただし、今度は青白く輝く光の尾を引いている。


 青い炎が、刀身を覆っていた。


 その炎は回転の遠心力によって、辺りへ飛沫となって撒き散らされる。


 床が。


 壁が。


 天井が。


 ぺったりと貼り付く、粘度の高い炎の飛沫を浴びた。


 迎撃態勢を取っていたデスロードも、まともにそれを浴びる。


 そして、それは室内にいる者たちも例外ではなかった。


「な、何事じゃ! 服が燃える!」


 エルグラント大公が、慌てて服に付いた炎を消そうとする。


「アチっ! アチチ! なんか焦げくさいケロ……」


 ミカエルも飛び起きた。


「全員、退避じゃ! 部屋の外に出よ!」


 オーレク王が指示を飛ばした、その時だった。


 ガキン!


 ソルクラウスとソルドボルグが激突した。


 デスロードは、再びそれを弾き返そうとする。


 だが、その腕も炎に包まれていた。


 さらに、ソルドボルグの柄に巻かれた革まで燃え始めている。


 手の中で、柄がわずかに滑った。


 それが、鍔迫り合いの拮抗を破った。


 青白い炎に全身を包まれたまま。


 デスロード・ラーケウは、ついに崩れ落ちた。


* * *


 騒動が収まった後。


 迎賓の間は、豪奢だった調度品も含めてすべて黒焦げになり、ただの地下空洞へと戻っていた。


 消火のために撒かれた大量の水が、一晩経った今も辺りを湿らせている。


「まったく、すべて燃やし尽くしおって……」


 オーレク王と執事長のケルフレッドは、黒焦げになった元迎賓の間を通り過ぎると、地上へ向かった。


 ――沼地に開いた、ケロック王国の出入り口。


 そこでは、エールカとルルがひっそりと旅立とうとしていた。


「カレウスに会えたら、よろしく伝えてくれ」


 見送りに来たケラウは、妙に明るかった。


「ケラウ様、お別れなのにご機嫌ですケロのね」


 返すルルの方は、なぜかむくれ気味である。


「目標ができたからな。カレウスが帰るまでに、二刀流を修得してみせるケロ」


 そう宣言して、くるりと背を向ける。


 そこには、交差するように二振りの剣が背負われていた。


 白い鞘は、ソルクラウス。


 赤い鞘は、ソルドボルグ。


「ふふん、王国の守りは任せるケロ」


 エールカが手を振り、歩き出そうとした時だった。


「姫様、お待ちを」


 声をかけたのは、ケルフレッドだった。


 その背後には、フードを目深に被った影が立っている。


「お父様? いらしてくれたのですケロ?」


 お忍び姿のオーレク王であった。


「第……いくつだったかな? ……そうそう、第1897王女よ。二千余の子がいても、我が子の旅立ちは格別じゃ」


 エールカの後ろで、ケルフレッドがカンペを掲げていた。


「そなたは、卵の頃から玉のように可愛かったケロぞ」


「ふふん、照れますですわケロ」


(卵はみんな玉ですわケロ)とルルは思ったが、もちろん口には出さない。


「これを持っていくが良いケロ」


 ケルフレッドが、何かを捧げ持って進み出た。


 青い宝石が埋め込まれた、小さなティアラ。


 ――蒼玉のティアラ。


「そなたは火魔法は得意じゃが、水の扱いは今ひとつだからの。それがあれば、いつどこでも湿気には困らぬケロぞ」


(カビに要注意ケロ)とルルは思ったが、もちろん口には出さない。


「ありがとうございますケロ。お父様」


 エールカは深く頭を下げると、ぽつりと告げた。


「もう帰らぬかもしれぬ娘を、お許しくださいケロ」


「よい。二千余の姉と妹がおるのじゃ。王国の心配は不要じゃケロ」


(結局、男子には恵まれなかったケロね)とルルは思ったが、もちろん口には出さない。


 ――やがて。


 エールカとルルは名残惜しげに振り返りながら、沼地を進んでいく。


 その先に、どのような運命が待ち受けているのか。


 今はまだ、誰も知らない。


(おわり)


――閑話:エールカの旅立ち(後編) あとがき


 最後まで読んでくれて、ありがとうございますケロ。


 エールカ姫様の忠実なるメイド、ルルですケロ。


 次回の『マジチー』は、来週火曜日のお昼頃に本編を公開予定ですケロ。

 つづきも読んでもらえたら、うれしいですケロ。


 もし少しでも楽しんでもらえましたら、ブクマや★で応援をしていただけると、とっても励みになりますケロ。


 それにしても……。


 二千匹も子供がいるのに、オスが一匹も生まれないって、どういうことですケロ?


 ケロック王国の未来、本当に大丈夫ですケロか?


 次代は、女王様になるのかもしれませんケロね。


 そう考えると、意外とエールカ姫様は向いている気もしますケロ。


 もし、本当にそんなことになったら――。


 わ、私も総メイド長ですケロ!?


――ルル


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