第六十九話:泪の海峡航路(前編)
中央大陸の東海岸に位置する自由都市、『ヘスペリア』。
今でこそ、カオス陣営の種族も自由に闊歩できる『自由都市』であるが、以前はそうではなかった。
もともとはオーダー系の拠点であり、カオス系種族にとっては少々肩身の狭い街だったのだ。
とはいえ、ヘスペリアは広大で複雑な大都市である。
シーフやネクロマンサーのギルドは地下に潜っているし、表通りから外れればスラム街も存在する。
そして、ガードが守る正規の門を避け、それらの街区へたどり着くための、カオス系種族専用とも言える道があった。
――下水道網である。
今やカオス系種族も、気兼ねなく正規の門を出入りできる。
だが、その下水道の先には、今でもひとつだけ重要な設備が残されていた。
「うー、狭いゾー!」
薄暗い下水路に、大きな声が響く。
窮屈そうに通路を進んでいるのは、大柄なオーガが四人。
――オオオニ組である。
「我慢しねえか。ここでドワブーツを使うと、逆にカオス系NPCに襲われるぞ」
先頭を歩くのは、クミチョーことビシャモン。
後ろから聞こえるぼやきを振り返りもせずにたしなめる。
「ま、セレノスの下水に比べたら広いもんやわ」
そう言ってなだめるのは、関西のおばちゃんヒロミである。
中央大陸の東側には、もともとカオス系の拠点も多い。
オーガやトロールといった大型種族の拠点も近いため、下水道の設備も、その体格にある程度配慮されているのだろう。
そんな一行の後ろで――
オーガ姿の吟遊詩人、ジークがリュートの弦をポロンとかき鳴らした。
「狭いよ、臭いよ、僕らの交通インフラ♪」
* * *
下水路をさらに進んでいくと、少しずつ通路が広がってきた。
やがて、鼻につく下水の悪臭が、潮の匂いに上書きされ始める。
そこで、オオオニ組は足を止めた。
通路の先に、二人の人物が待っていたのだ。
「よお、遅かったな」
「また、迷ってたんじゃないの?」
ギルド『トーチ』のカオス系種族コンビ――タクヤとカグラである。
タクヤは、元の大きなトロールの姿。
対するカグラは、小柄なダークエルフの姿だった。
「待たせたな。ログ爺の地図が簡素すぎてな……」
「ああ、なるほどね……」
カグラは、妙に納得したような顔でうなずいた。
「セレノスの下水の地図なら、コーサク印がお勧めなんだがな……悪魔も驚嘆したって細かさだぜ」
「そら、ええなあ。コーサクさんはヘスペリア来る予定はないん?」
ヒロミが二人に飴ちゃんを配りながら尋ねる。
「ねえだろうなあ。街から出たって話は、あまり聞かないしな」
タクヤは肩をすくめた。
「それより、もう船は来てるぜ」
そう言って、タクヤが先を指し示す。
通路の向こうには水面が広がり、そこへ桟橋が伸びていた。
その脇には、大型の帆船が寄り添うように停泊している。
こここそが、カオス系種族専用の地下港湾設備――
『ヘスペリアの隠し桟橋』であった。
* * *
『ヘスペリアの隠し桟橋』から出る定期船は、一隻だけである。
『泪の海峡』を渡り、妖精大陸へ至る定期船。
しかし、今回の目的地は妖精大陸ではない。
――『泪の孤島』。
航路の途中に位置する寄港地である。
妖精大陸からの帰りの便は航路が異なるため、この島には寄港しない。
ここで船を降りれば、次に迎えが来るのは定期便が一往復したあとになる。
そのため、わざわざ『泪の孤島』で下船する者はほとんどいない。
だが、カオス系プレイヤーにとっては、大事なクエストの舞台なのであった。
――――――――――――――――――――――――
【泪の海峡航路】【南の扉Ⅲ】
依頼者:隠し桟橋管理局長
依頼内容:
過日、セレノスで南の大陸への航路が開通した。
泪の孤島で、紛失された南の大陸への海図を探し出してほしい。
そうすれば、カオス系種族のための航路も開けるだろう。
難易度:★★★★★
報酬:定期便開通
――――――――――――――――――――――――
泪の海峡の海は、その名の通り、静かにゆるやかに流れていた。
乗船した六人は、舳先の向こうに広がる水平線を眺める。
海岸に打ち寄せる波の音は遠くなったが、潮の匂いはそれほどでもなかった。
船は、ゆるやかな海流に乗って東へ進んでいった。
* * *
「お客さんたち、本当に降りるんですか?」
『泪の孤島』の桟橋で、もやい綱を解きながら船員NPCが目を丸くした。
ここで降りる乗客が、よほど珍しいのだろう。
「おう、野暮用があってな」
ビシャモンは船員に手を振ると、そのまま桟橋を歩いていく。
その背中に向かって、船員が声を張り上げた。
「お客さん〜、この島には巨人が出るで、気をつけなさいよお〜」
それを聞いたジークが、小太鼓を叩く。
「おう、野暮用♪ なに、する用♪ やな、情報♪」
「うっせえ!」
ビシャモンは振り向きもせず、後ろを歩くジークにゲンコツを落とした。
「巨人か……ケンタの情報通りだな」
タクヤが呟きながら、ビシャモンのあとを追う。
「アイツの情報、最近はハズレが多いから、あてにしない方がいいわよ」
「そうは言っても、他に手がかりはねえしなあ……やれやれだぜ」
* * *
「そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない――って、言いてえとこだが、問題山積みじゃの」
ビシャモンは苦笑いを浮かべた。
オオオニ組とタクヤは、桃太郎のバロルグ襲撃イベントで、一度すべての武装を破壊されている。
装備の再取得はある程度まで進んでいるが、強力な武具ほどレアドロップである。
完全復旧には、まだ時間が必要だった。
「あの伝説の巨人族――サイクロプスを相手にするには、ちーと心許ないのお」
ビシャモンは、一つ目の巨人が住むという、前方の山を睨むように見つめた。
* * *
「ひい、はあ、きついゾー」
「まだ、てっぺんつかへんの?」
「もう、森林限界超えてるわよ……」
カグラが言うように、高い木はすでに姿を消し、地を這うように生えている低木もまばらになってきた。
「もうすぐだ」
タクヤが指し示す先では、空へ向かって続いていた斜面が途切れ、空の青さがやけにのっぺりと稜線に貼り付いている。
そこは頂上というより、お椀の縁だった。
「こいつは……噴火口か?」
「そうだが、今は休火山で、下はカルデラ湖になってるはずだ」
タクヤの言う通り、眼下には光る水面が見えた。
「思ったより広いわね」
向こう側の湖岸は霧に覆われ、まったく様子がわからない。
「降りられそうなところを探すぞ」
一行は、お椀の縁を時計回りに進み始めた。
* * *
カーン! カーン!
霧に包まれた湖岸に、槌の音が響く。
槌を振るっているのは、禿頭の巨人だった。
真っ赤に焼けた槌を、鉄の手袋で握っている。
ふと、何者かの気配を感じ、槌を止める。
耳を澄まし、ただ一つの目で辺りを窺う。
その瞬間、頭の中に指令が流れ込んだ。
――――――――――――――――――――――――
【PROMPT FOR GIGANTIMOUS】
あなたはサイクロプス族の最後の生き残り、ギガンティモスです。
鍛冶の神の加護を受けたあなたは、生涯を究極の武具の製作に賭けて、孤島に流れ着きました。
しかし、あなたを殺しにくる追っ手が、もうすぐやって来ます。
守り抜きなさい。大切なものを。
――――――――――――――――――――――――
一方的な指令に、天邪鬼が頭をもたげる。
「何もかも失った俺に、大切なものなどあるのか?」
自らへの返答のように、再び槌を振り上げる。
カーン!
「命か?」
カーン!
「少し生き延びたとて……」
カーン!
「滅びゆく運命は変えられないだろうに……」
カーン!
最後の一打ちを終え、ギガンティモスは立ち上がる。
「だが、ただ殺されるのも癪ではあるな……」
ギガンティモスは住処の洞窟から、大きな骨の棍棒を持ち出し、片手で振るった。
ブオンッ!
巻き起こった風が、辺りの霧を晴らした。
晴れた霧の隙間を通して、ギガンティモスのたった一つの目に、湖岸を歩く冒険者たちの影が映った。
「そう簡単に、滅びると思うなよ……」
悲しいことに、それは滅びを受け入れた言葉でもあった。
* * *
湖面は鏡のように凪いでいた。
だが、突然、風が巻き起こり、水面を揺らす。
その上を覆っていた霧も流れ去っていく。
「なんかいるよお♪ おっきな人♪」
「そのおっきな人を探しに来てんだろうが」
またジークの頭に、ビシャモンの拳が落ちる。
「あれで間違いなさそうね。一つ目だわ」
「カグラちゃん、目がええんやね。おばちゃんには顔まで見えへんわ」
『遠見の魔法があるんですよー』
カグラのフードから、黒い羽根のウサ耳小妖精が顔を出した。
「ピコ? 勝手について来たの?」
『すいません。フードの中で寝てたら、こんなとこに……』
ピコは少しも反省していなさそうに、舌を出してウィンクした。
「それより、アイツが霧を晴らしたようだぜ……」
「あの棍棒か?」
「ああ、サイズは違うが、同じような物を見たことがある――『トルネード・ボーン・クラッシャー』だ」
「風属性の棍棒か? やっかいそうだの」
「骨には骨だ。カグラ、骨軍団を出しておいてくれ」
「え? この前、冥王星で触媒を全部使っちゃったから、出せないわよ」
「……頼むから補充しといてくれ」
「でも、必要ないかもしれないわ。あの子のネームタグは赤くないわよ」
カグラの目には、『ギガンティモス』という白いネームタグが見えていた。
* * *
ギガンティモスは目がいい。
たった一つしかないその目は、遠くをはっきりと見通せる。
その視界に捉えた冒険者たちを見て、ギガンティモスに戸惑いが生まれた。
「大鬼族? 同類か?」
冒険者たちの大半が、オーガだったのだ。
急速に敵対心が萎んでいく。
(話を聞いてやってもいい。いや、話したい)
ずっと一人で暮らしてきたギガンティモスに、初めての欲求が生まれていた。
他人と言葉を交わしたいという、ささやかな欲求。
そして、それは自分がここにいて、まだ生きていることの証明でもあった。
ギガンティモスは、骨の棍棒を地面に下ろした。
冒険者たちも敵対心が消えたのを察したのか、武器を手にせずに近づいてくる。
やがて冒険者たちは、ギガンティモスの影がかかる位置まで来て、足を止めた。
先頭のオーガが口を開いた。
「話がある。戦う気がないなら聞いてくれるか?」
ギガンティモスは、じっとそのオーガを見下ろした。
「俺を殺しに来たのでなければ、聞こう」
ギガンティモスは口の端を上げて続けた。
「俺は鍛冶師で、戦士でも兵士でもないからな」
一つしかない目を瞬く。
――ウィンクのつもりらしい。
* * *
「海図?」
「そうだ。南の大陸への海図なんだが、心当たりはないか?」
タクヤの問いに、ギガンティモスは考え込んだ。
「少し前に、ノームの商人が武具と交換に紙切れを差し出してきたことがあったな……」
おおっと、一同がどよめく。
「その紙切れは、今どこに?」
ひとつしかない目をパチクリさせるギガンティモス。
「我が作品を、紙切れと交換するわけがないだろ? 追い返したぞ」
「そのノームって、どんなやつだ?」
「ちっこいやつだったぞ」
「ノームはみんなちっこいわさ」
思わず突っ込むヒロミおばちゃん。
「マッペタとかなんとか名乗っていたぞ」
「マッペタ? 知らねえな……」
一同が黙り込む。
ふと、カグラが声を上げた。
「ねえ、そいつは海図と武具を交換できると思ってたわけでしょう? サイクロプスにとってはただの紙切れなのに、どうして?」
それには、ギガンティモスが答えた。
「今、海図と聞いて思い当たったぞ。俺たちサイクロプスは、元々は南の大陸に住んでいたんだ」
「なるほど、サイクロプスなら欲しがると踏んだわけね……」
「仕方ねえ。そのノームを追うしかないか……」
タクヤは少し考え、ギガンティモスに聞いた。
「名前以外に手がかりはないか?」
「異国風の装束を着た、人間の女を連れていたな」
「異国?」
「あれは東方の民族衣装だな」
「マジか? 東の拡張はまだまだ無理ゲーだぞ」
「それと、ここには小舟で来ていたな」
「小舟?」
言われてみれば、湖には小さな桟橋がある。
向こう岸にも桟橋があり、どちらも小舟が繋いであった。
「俺には乗れないが、たまに取引に来る奴らが、真っ直ぐここに来るのに使っている」
「なるほど、何か手がかりがあるかもしれないな」
一行は小舟で湖を渡ってみることにした。
* * *
「湖を渡るなら、アクアゴブリンに気をつけるがよい」
「アクアゴブリン? こんなところにいるの?」
「うむ。舟で渡ると、大抵何かスリ取られるぞ」
一同は顔を見合わせた。
「そんな、ベタな設定ある?」
カグラが呆れた声を上げる。
「EOFもゲームだ。某ゲームの黒猫を考えれば、ありえるぞ……」
タクヤは顔を上げて、ギガンティモスに尋ねた。
「アクアゴブリンは、盗んだ物をどこに溜め込む?」
「湖底に、奴らが住処にしている水中洞窟がある」
「わ〜お♪ 水中散歩、大決定〜♪」
「溺れないか心配だゾー」
「おばちゃんと、タクヤくんでEBかけてあげるから、心配いらへん、いらへん」
EBとは、水中呼吸魔法『エンデューリング・ブレス』の略称である。
ちなみに、ネクロマンサーにも『スイミング・デッドマン』という疑似死体化魔法がある。
死体に呼吸は必要ないということで、EB効果もついているのだが、浮遊効果もあって歩きにくく、アイコンも不気味な死神顔のドアップで不評だった。
だが、ネクロマンサーのバフ魔法は、他人にかけられるものが少ない。
そのため、多くのネクロマンサーはこれを配りまくり、顰蹙を買う。
「奴らの巣に行くのか?」
少し話しただけだが、ギガンティモスは心配そうに目を細めた。
「そんな装備で大丈夫か?」
さすが鍛冶師である。
ビシャモンとゾーキンの腰にある、ファインスチールの片手剣を指差す。
「よかったら、俺の打った武器を使うか?」
「いや、さすがにそれは……」
遠慮するビシャモンだったが、後ろから押しのけられた。
「ええのん? やったなあ、タダやで!」
ヒロミがものすごい勢いで食いついてきた。
「いいぞ。どんな武器がいい?」
ヒロミは間髪入れずに答えた。
「一番いいのを頼む――決まってるやん」
そう言って、ビシャモンの背中をバーンと叩いた。
* * *
ギガンティモスは、二種類の武器を並べた。
『ギガント・フィッシュ・ボーン・ソード』
『ギガント・フィッシュ・ボーン・ハンマー』
いずれも、巨人規格の大きさだった。
「デカすぎるゾー」
「触れてみるがよい」
ゾーキンがハンマーに触れる。
すると、そのサイズが瞬く間に縮み、ゾーキンの手にぴったりと収まった。
「魔法か?」
ビシャモンも剣を握り、掲げてみる。
剣は、金属と変わらぬ光沢で輝いていた。
だが、素材は骨なのだろう。思いのほか軽い。
「マジックアイテムを打てるのか? ガン鉄が聞いたら拗ねるな」
タクヤは、拗ねたガン鉄を思い出して笑った。
「しかし、骨で鍛冶とは珍しいわね」
「この湖には、鉄のように硬い骨の巨大魚が生息しているんだ。俺は骨専門の鍛冶師なんだ」
「それで、こんなところに住んでるんやね」
「ちょっと待って。じゃあ、骨のカケラとかある?」
突然、カグラが手を打った。
「カケラ? その辺にいくらでも転がってるぞ」
「貰っていい?」
ギガンティモスがうなずくと、カグラはその魚の骨を拾い集め始めた。
『マスター、猫まんまでも作るんですか?』
フードの中から声を上げるピコを、カグラは摘み出した。
「ピコも手伝いなさい。石と間違えないでね」
「おいおい、魚のスケルトンでも召喚する気かよ」
「湖底に行くなら、ちょうどいいでしょう」
「マジか……?」
* * *
湖に潜ると、洞窟はすぐに見つかった。
周囲を青い肌のアクアゴブリンたちが泳いでいるため、場所は丸わかりだった。
ただ、ひとつ問題があった。
洞窟の内部が、迷宮になっていたのだ。
「すぐに行き止まりで、ブツも簡単に見つかると思ったんだけどなー」
「行き止まり……のようよ」
その先には、広大な空間が広がっていた。
剥き出しの岩肌が、遠くに見える。
天井はというと、水面が見えていた。
どうやら、巨大な立坑のようだ。
上は、山腹にでもつながっているのだろうか。
「このパターンは嫌な予感しかしねえな……」
(つづく)
――第六十九話 あとがき
最後まで読んでくれてありがとう。
骨専門鍛冶師のギガンティモスだ。
後編は、来週火曜日のお昼頃に投稿予定だ。
つづきも読んでもらえるとうれしい。
もし少しでも楽しんでもらえたなら、ブクマや★で応援をしてくれると励みになる。
鍛冶師というのは、反応が返ってくるとうれしいものだからな。
ところで、骨をどうやって加工しているのか気になるか?
難しいことはない。
この槌で叩けば、骨の方が自然と、あるべき武器の姿になっていく。
カーン、カーンとな。
運がよければ、魔法まで付与されるぞ。
たとえば、ゾーキンに渡したハンマーには、強力なスタン効果が付いている。
そして、ビシャモンに渡した剣には――
『スイミング・デッドマン』の効果が付いている。
水中呼吸もできるし、浮遊もできる。
便利だろう?
……なぜ、そんな顔をする?
――ギガンティモス




