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第六十八話:氷獄に灯る炎(後編)

――前編あらすじ。


 聖剣『シルヴァノール』の炎を取り戻すため、『吹雪の谷』を訪れたエレネたち。


 氷獄の奥で出会ったのは、全ての魔法職の始祖と呼ばれる不死魔導士、ジ・オリジンだった。


 彼の課す試練を受けることになった一行は、指を鳴らす音とともに、それぞれ別の場所へと飛ばされてしまう。


* * *


「……ここは?」


 夜だ。


 空には、星が満ちていた。


 星々は瞬きもせず、じっとエレネを見つめているようだった。


 辺りは、しんと静まり返っている。


 足下は灰色の砂と、砕けた岩石に覆われていた。


 地平線は、やけにくっきりとして近い。


 その時、エレネははっとした。


 地平線の向こうに、青い惑星の姿が見えたのだ。


「地球……」


 瞳は青い星を映し、知らずに溢れた涙が、その美しさを揺らした。


 だが、感傷に浸っている暇はなかった。


 背後に、砂礫を踏み締める気配。


 音はない。


 だが、エレネは背筋を走る悪寒に振り向いた。


 盾と剣を構える。


 相手もまた、同じように臨戦態勢に入ったようだ。


 敵は、銀の鎧。


 銀の盾。


 そして、燃え盛る白銀の聖剣。


 だが、その姿はどこか影のように揺らめいている。


「そんな……私?」


 対峙したのは、エレネと瓜二つの騎士だった。


 ただ、ひとつだけ違う。


 剣の纏う炎。


 未だ復活の途上にある『シルヴァノール』は、炎を宿していない。


 音のない世界で、影の騎士は炎の聖剣を振り上げた。


* * *


 アンは目を瞬いた。


 眼前には、岩の壁。


 どこまでも高く伸びている。


「ものすごい崖ですー」


 こんな奇観は、現実の地球はおろか、仮想の火星でも見たことがない。


 崖の上端を見上げると、夜空には巨大な青白い円盤が浮かんでいた。


 星であることはなんとなく分かったが、天体に詳しくないアンには、それが天王星だとは分からなかった。


 その円盤の中に、黒い影が生まれた。


 ゆっくりと降りてくる。


「あらあら、私がもう一人?!」


 目を丸くしたアンの前に降り立ったのは、若草色のローブをまとった少女。


 掲げる杖には、金と銀の二重螺旋が渦巻いている。


 アルケミストのエピック武器である。


「ふむふむ、私にも試練ってわけですかー」


 アンは事態が分かっているのかいないのか、のんびりした声でつぶやいた。


「たいへんですねー」


* * *


 地表は真っ白に凍っている。


 所々にあるクレバスから水蒸気が勢いよく吹き出し、結の視界を狭めていた。


 地平線の上に浮かぶ巨大な茶褐色の天体は、麦わら帽子のつばのような幅広の輪を持つ特徴的な姿。


 土星である。


 水蒸気を切り裂くように、重い矢が飛んでくる。


「あっぶな!」


 足下の氷を砕いて、矢が突き立つ。


 とても、自分と同じ姿の女子が放った矢とは思えない。


 そう、ここでも対峙するのは、結と同じ姿の影。


 その手には、ハンターエピック弓『雷笙動(らいしょうどう)』。


「なんで、あんな強そうな弓を軽々引いてるのよ!」


 結はすっかり御冠である。


「ずるくない? いや、ぜったいずるい!」


 結はクレバスを飛び越えると見せて、その縁を蹴った。


 急に反転した動きについていけず、結の影はクレバスの向こうへ矢を放った。


 矢はすぐには番えられない。


 放ってしまうと、最大の隙になってしまうのだ。


 遠距離から一方的に攻撃するなら、それでも間に合ったであろう。


 だが、相手も弓を構えた結である。


「正射必中!」


 結の矢は狙い違わず、影を貫いた。


* * *


 カグラは、星空に浮かぶ赤茶色の天体を見上げていた。


「あれって、やっぱり冥王星よね……」


 ということは、自分がいるのは、その衛星ということになる。


 ここでも、カグラと瓜二つの影が現れ、襲ってきた。


 強力なエピック武器を所持していたようだ。


 だが、コピーは不完全だった。


 ワールドユニーク。


 世界にひとつだけしか存在を許されない『指輪の魔王』だけは、複製できなかったようなのだ。


 つまり、それは圧倒的な戦力差を意味した。


 冥王星の衛星、カロンは金色のスケルトンで埋め尽くされていた。


「さて、お迎えはいつ来るのかしら?」


 気分は、迎えを待つかぐや姫である。


* * *


 白桃色の氷原。


 夜空には、薄青色の大きな星が浮かんでいる。


 表面では白い雲が渦を巻き、ゆっくりと流れていた。

 

 海王星だ。


「絶景だがね!」


 シャチョーが手を叩く。


「バックスタブ!」


「わ! っとっと!? 危ないがね!」


 背後から襲ってきた影の一撃を、シャチョーはかろうじてかわした。


 振り向いた先にいたのは、シャチョーと変わらぬ姿の影。


 違うのは、手にした武器だけだった。


 右手には毒々しい緑のダガー。


 左手には、どす黒い暗赤色のダガー。


 影は再び突進してくる。


 ガキン!


 二本のダガーによる連続攻撃。


 だが、それは軽くいなされた。


 影の顔に、信じられないとでも言いたげな表情が浮かぶ。


 受け止めたのは、三叉の矛を小型にしたような刺突武器。


 混乱したように、影が距離を取る。


「おんなじモン持っとるはずなのに、見つからんかね?」


 いつの間にか、シャチョーは影の背後に回っていた。


「バックスタブ×3だがね!」


 通常の三倍のダメージに、影のシャチョーが顔を歪める。


 どこか納得のいかない表情を浮かべたまま、光の粒子となって消え去った。


「やっぱり、刺突にはこれが一番だがね」


 シャチョーはドヤ顔で、手の中の武器をクルクルと回す。


 海王星に相応しい、ポセイドンの三叉の矛(トライデント)……ではなく、ただの『錆びたフォーク』である。


* * *


「また、木星か……」


 ケンタは黒い空を見上げていた。


 頭上に見えるのは、白や茶褐色の縞模様が美しい、太陽系最大の惑星。


 渦巻く大赤斑が、こちらを見下ろしているようだ。


「また、天空城ってわけじゃなさそうだな」


 足下は、岩盤のような氷。


 木星の見え方からして、ここは衛星のどれかだろう。


「スマイト!」


 いきなり攻撃魔法が飛んでくる。


 ――しかし。


【『スマイト』をレジストしました】


「レベル最大で、それなりの装備のプレイヤーに、それは効かないぜ?」


 ケンタが自嘲気味に語る。


「でもクレリックには、生身対象の攻撃魔法ってしょぼいのしかないもんな」


 影もそれにはうなずくと、武器を構えた。


 神々しい金の光を放つ錫杖。


「結局、殴り合いか……」


 ケンタも『聖鉄のメイス』を構える。


 殴る。


 殴り返す。


 離れて――回復。


 一進一退の殴り合いと回復が続く。


「ヒーラーに殴り合いさせて、なんの意味があんだ?」


 そうぼやくと、相手の影もうなずいた。


 そして、どこからともなく声が響く。


『言われてみればそうだね……少し趣向を変えようか』


 ジ・オリジンだ。


「こんな退屈な戦いを見てたのかよ……」


 パチン。


 指を鳴らす音が響いて、ケンタの姿は再びかき消えた。


 影もまた、一緒に消えていた。


* * *


「ホリゾンタル・スラッシュ!」


 横一閃、銀の剣が走る。


「ホリゾンタル・スラッシュ!」


 影もまた、同じ技を重ねてきた。


 同じ技なら、武器の優劣がそのまま生きてくる、ということだろう。


 実際、HPゲージの減りは、エレネの方が若干早い。


 このままでは、じり貧である。


「ならば!」


 大技を先に当てて体勢を崩せば、技を重ねることはできない。


 そう考えた。


「スラッシュ・オブ・ザ・ディヴァイン・ライト!」


 しかし、相手は乗ってこなかった。


「ホリゾンタル・スラッシュ!」


 後の先。


 軽い横薙ぎが先にヒットする。


 大技のモーションに入っていたエレネは、カウンターでまともに食らい、そのまま弾き飛ばされた。


 初級技とはいえ、大きなクリティカルダメージ。


 エレネのHPゲージが急激に縮み、残り10%を切った。


 明滅を始めた残りゲージを目の端で確認しつつ、盾と剣を構え直す。


「失敗しちゃったわね……」


 大技で決めようなどと、慢心だった。


 そう猛省するものの、時間も結果も戻らない。


 ここぞとばかりに畳み掛けてくる影のエレネへ盾を向け、慎重に攻撃を捌く。


 それでも、抜けてくる剣先がエレネの肌とHPを削っていく。


 聖騎士はクレリックほどではないが、回復魔法を使用できる。


 隙を見て『ヒール』を唱えるが、焼け石に水である。


 徐々に、エレネは追い詰められつつあった。


* * *


 銀の火の粉が舞う。


 斬撃を受け止めた盾が軋んだ。


 銀の炎が、鉄の塊のようだった大盾を歪める。


 もう一度は耐えられないだろう。


 攻めても競り負ける。


 受けても耐え切れない。


 追い詰められた。


 だが――。


 エレネは諦めない。


 諦める理由がない。


 諦めたら死ぬ世界だ。


 倒れる瞬間まで、諦めない。


「積んでる本も、ゲームもいっぱいあるのよね……」


 炎を宿す剣を、盾の表面で滑らせるようにしていなす。


「まだよ! まだまだ、やりたいことがいっぱいあるのよ!」


 影の剣が勢い余って、灰色の地面へ突き刺さる。


 その隙を待っていた。


「スラッシュ・オブ・ザ・ホーリーフレイム!」


 スキルによって、一瞬だけ『シルヴァノール』が白銀の炎を纏う。


 白銀の剣尖が尾を引き、影の鎧を切り裂いた。


 影のHPゲージも滑るように減少し、10%を切る。


「勝負はここからよ!」


 そう宣言した時だった――。


 どこからともなく声が響く。


『盛り上がってきたところに悪いけど、ちょっとだけルールを変更するね』


 ジ・オリジンの声だ。


「いまさら、何を?」


 エレネが怪訝な顔で辺りを見回す。


『安心して。変更は公平だから、ね』


 その間に、影のエレネが立ち上がっていた。


 エレネが睨んだ先で、影のエレネのHPゲージが一気に全回復する。


 一方で、エレネのHPゲージは10%を切ったままである。


「どこが公平なのよ?」


* * *


 影のエレネの向こう側。


 金の錫杖が、淡く光っていた。


「もう一人?」


 公平という言葉を問いただそうと思った、その時だった。


「コンプリート・ヒール!」


 背後から詠唱の声が響く。


 エレネは思わず身構え、振り向いた。


 だが――。


 エレネのHPゲージも、なめらかに伸びていく。


 やがて上限まで、生命力を示す赤で満たされた。


「ケンタ!?」


 白いローブが揺れる。


 少年の姿をしたクレリックが、親指を立てた。


『うん、単なる壁役の削り合いも面白くないと思ってね』


 ジ・オリジンの声が、荒涼とした灰色の大地に響く。


『ここからは、連携プレイを見せてよ』


「公平って言ってたな?」


 ケンタがエレネの横に立ち、影のエレネと影のケンタを見やる。


『なんだい? まだ不満かい? エピック武器は試練だから変えられないよ?』


「いや……」


 ケンタは右手の人差し指を立て、左右に振った。


「俺たちを連携させたら、そこの偽物どもじゃ相手にならないぜ?」


 そして、続けざまにエレネと自分へ強化バフを掛けていく。


「イージスシールド・オーバーレヴ!」


「ホーリーシンボル・オーバーレヴ!」


「レイズストレングス・オーバーレヴ!」


 影には、存在すら知り得ない仕様外の強化魔法。


 さらに――。


 婚姻システムの象徴、ソウルリンク。


「ソウル・エンゲージメント!」


 ケンタとエレネ。


 二人のソウルゲージが連結し、白く輝く。


「さあ、勝負はここからだ!」


* * *


 影のエレネが動いた。


 剣尖の狙いは、ケンタ。


 ヒーラーから片付けるつもりなのだろう。


 だが、ケンタは動かない。


 キンッ!


 エレネの剣が、影の剣を弾き返した。


 そのまま、体勢を崩した影のエレネに向けて、剣を押し込む。


 影のエレネが膝をつき、そのHPゲージもガクンと減った。


 その背後で、影のケンタが金の錫杖を振るい、回復魔法を唱えようとする。


「スタン!」


 気絶効果の魔法が、回復魔法の詠唱を中断させた。


 そこへ、さらに剣が襲いかかる。


悪く思わないでね(ヌ・マン・ヴー・パ)


「スラッシュ・オブ・ザ・ディヴァイン・ライト!」


 硬直して無防備な状態で大技を食らったヒーラーは、大きくHPを削られた。


 影のケンタが後退しようとする。


「おっと、逃がさないぜ」


 ケンタのメイスが、頭上から振り下ろされた。


 影のケンタは光の粒子となって消え去った。


「やっと木星の泥試合の決着がついたぜ」


 メイスを肩に乗せ、ケンタはほっと息を吐く。


 振り向くと、エレネと影のエレネが再び切り結んでいた。


 武器の違いで、少し押し込まれているようだ。


 だが、問題ない。


 こちらには、ヒーラーがついているのだから。


「セレスティアル・ヒーリング!」


 遅延ヒールを飛ばし、支援する。


 ケンタは騎士を支えるべく、足を進めた。


* * *


「天空の神々の名を以って命じます!」


 エレネが祝詞をあげる。


 大技を再び潰そうと、影のエレネが動いた。


「バーティカル・スラ――」


「スタン!」


 縦斬りを放とうとした影のエレネに、ケンタの『スタン』が衝撃を与える。


 技は途中でキャンセルされた。


「月影の女神――セレネ・エテルナ!」


 その名が呼ばれた途端、灰色の地面が淡く光を発したような気がした。


「灼熱の太陽神――ソルフレイム・プロム!」


 振り上げた『シルヴァノール』に、白銀の炎が宿る。


 そして、剣は振り下ろされた。


「インパクト・オブ・ザ・ソル・ブレイカー!」


 影のエレネも、同じ白銀の炎を宿した剣で受け止めようとする。


 だが、止められない。


 エレネが振り抜いた軌跡を追うように炎が走り、影を断ち割った。


 辺りには、灰色の砂塵(レゴリス)が舞っている。


 地面には、小さなクレーターが増えていた。


 影のエレネは、文字通り影も形もなかった。


* * *


「あのぉ……来てくれて助かったわ……」


 エレネは、炎の消え去った『シルヴァノール』を鞘に納めると、礼を言った。


「うん、危なかったな。互角にやってると思ってたのに、エレネだけ10%切ってるんで焦ったぞ」


「しょうがないわ。相手は完成したエピック武器だもの……」


「アレを使えばよかったのに」


「アレって?」


「『レイ・オン・ハンズ』だよ。アレを使えば、こっちだけHPが二倍あるようなもんじゃん」


 『レイ・オン・ハンズ』とは、パラディンの固有スキルである。


 ゲーム内時間で一週間に一回だけ、全回復の奇跡を起こせるのだ。


「あ……」


「お? さては忘れてたな?」


「わ、忘れてなんかないもん! 相手だって持ってるから一緒でしょ!」


 ケンタはニカッと笑い、人差し指を振った。


「違うんだなー、それが。ポップアップしたばかりだから、あいつらはクーリングタイムで一週間は使えないさ」


「う……し、知ってたもん! 私はアレは自分に使わない主義なの!」


 妙にムキになるエレネであった。


「それ、自白じゃん。絶対忘れてたろ」


「そ、そんなことないもん!」


 プイッと横を向くエレネ。


 再び、青い地球が目に入る。


「おー、地球じゃんか!」


 ケンタは、初めて気がついたようだ。


 二人は故郷の星を、しばらく声もなく眺めていた。


* * *


 パチン。


 再び、指を鳴らす音が聞こえた。


 気がつくと、全員が城の玄関ホールに戻っていた。


「お疲れ様。実に面白かったよ」


 迎えたのは、黒ローブの少年――ジ・オリジン。


「全部倒されるとは、思ってなかったよ」


 ケンタが一歩、前に出る。


「試練とやらは、これで合格かい?」


「そうだね。負けたから不合格とか、勝ったから合格っていう単純なものでもないんだけど、今回はほぼ合格かな」


 そう言って、ジ・オリジンは目の前に手をかざした。


 その手の上に浮かんだのは、エレネの影が振るっていた炎の剣。


 抜き身のまま、半ばで折れた刀身が燃えている。


 ジ・オリジンが両手をポンと叩く。


 すると、その剣は回転し始め、やがて小さな灰色の石へと姿を変えた。


(シルヴァノール)を抜いて……」


 エレネはひとつうなずくと、『シルヴァノール』を鞘から抜き、剣の腹を見せるようにして天へ掲げた。


 ジ・オリジンが左手を振る。


 灰色の石は一直線に飛び、エレネの前で静止した。


「最後の試練だよ。その石を斬って見せてよ」


 エレネは石とジ・オリジンを交互に見やり、やがて剣を振り上げた。


「行きます!」


 縦一閃。


 火花を散らして、石を断ち割る。


 床すれすれで止められた切っ先。


 刀身に映り込んだ火花が、少しずつ広がっていく。


 やがてそれは、刀身を燃え上がらせる白銀の炎となった。


「おおっ! ほんとに燃え始めたがね!」


「お見事!」


 ジ・オリジンはパチパチと手を叩くと、今度は両手の間に細長い氷の棒のようなものを取り出した。


「これは鞘だ。サービスしとくよ」


 エレネに渡されたのは、氷のように透明な鞘だった。


 表面には精緻な文様が彫り込まれており、光を乱反射してきらめいている。


「氷獄の城壁と同じ材質なんだよ。普通の鞘じゃあ燃えちゃうからね」


「な、なるほど。ありがとうございます」


 エレネは深くお辞儀をすると、鞘を受け取った。


 そして、燃え盛る刀身をゆっくりと差し込んでいく。


 『シルヴァノール』の刀身は炎を宿したまま鞘に納まり、透明な氷の向こうで白銀の炎を揺らめかせていた。


 不思議なことに、氷のように見えるにもかかわらず、まったく溶ける様子がない。


「氷獄の氷は、どんな炎にさらされても決して溶けることはないんだ」


 そう告げると、ジ・オリジンは階段の方へ歩み去った。


 一度、踊り場で母子像を見つめる。


 それから振り返り、左手を振った。


「では、機会があったらまた会おう」


 そう言って、指を鳴らす。


 パチン。


 黒いローブの少年が階上に消えると、玄関ホールには誰もいなかった。


* * *


 気がつくと、ケンタたちは『吹雪の谷』に立っていた。


「どうやら、帰りもサービスしてくれたようだな」


「ところで、セレノスどっち?」


 一行は帰り道の目印を探すが、どちらを向いても白い雪景色ばかりだった。


「吹雪いてきたで、ますます分からんがね」


「仕方ない。また『センス・アンデッド』で、一旦フロストホルンに戻ろう。カグラ、頼む」


 カグラは軽く髑髏杖を振った。


「センス・アンデッド!」


 ところが、身体は回らず、ログにメッセージが表示されただけだった。


【アンデッドの気配は感じられない】


 カグラが首を振る。


「このゾーンにアンデッドはいないみたいだわ」


「おかしいな。なんでだ?」


「はい、先生!」


 結が手を上げる。


「なんだね? 結くん」


「ジ・オリジンが少年の姿になったからじゃないかな?」


「う、そうかも……」


「私、『センス・ノース』なら使えますけどー」


 アンが遠慮がちに手を上げるが――。


「うーん、北が分かってもなあ……」


「ですよねー」


「誰か、『センス・チビ』を使えないかね?」


「ぷっ、それじゃ、ケンタの方を向くだけでしょ!」


 エレネが腰の剣を撫でながら笑う。


 永遠の炎を取り戻した聖剣は、氷の鞘の中で淡く光を放っていた。


「その剣をクルクル回して、先が向いた方に行くとかどうかしら?」


 カグラが妙な提案をする。


「おー、神頼みもいいかもな。今回の戦利品だし」


 ケンタが意外にも乗り気である。


 エレネは目を瞬くと、即答した。


「いやよ! その髑髏の杖でやってよ」


「髑髏杖だと、地獄に行っちゃいそうだね」


 白い谷に、ひととき笑い声が満ちた。


(おわり)


――第六十八話 あとがき


 最後まで読んでくれてありがとう。


 僕のことは、ジ・オリジンと呼んでくれていいよ。

 人が勝手につけた設定上の名前は、あまり好きじゃないけどね。


 次回の『マジチー』は、今週金曜日のお昼頃に閑話を投稿予定だよ。

 そちらも読んでもらえたら、うれしいな。


 もし少しでも楽しんでもらえたなら、ブクマや★で応援をしてくれると励みになるよ。


 それにしても、まさかね。


 せっかく少し凝った舞台を用意したのに、あんなにあっさり突破されちゃうとは思わなかったよ。


 しかも、どいつもこいつも普通じゃない。


 天王星の衛星ミランダに飛ばした赤毛の娘なんて、会敵した途端に『チャーム』を撃って、それで終わりだもの。


 自分の影が出てきたんだから、もう少し驚いてくれてもいいと思わない?


 その点、月面に飛ばした主役の女はよかったね。


 感情はだだ漏れで、真っ直ぐで、それでいて少し抜けてる。


 なんだか、放っておけない感じがするよね。


 白い奴も、やることなすこと面白かったし。


 次に会う時が、ちょっと楽しみだよ。


――ジ・オリジン


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