閑話:ロード・オブ・ザ・リアル(4)(前編)
――これは、ログアウトへの道を探して世界を旅した、ちっぽけな冒険者たちの記録である。
妖精大陸――。
大妖精の黒い森から東へ延びるトンネルを抜けると、東海岸へと出る。
そこから海岸沿いに南下していくと、やがて大きな鋼鉄の船が見えてきた。
船といっても、海に浮かんでいるわけではない。
その巨大な船体は、地上に半ば埋もれていた。
鋼鉄の表面には、無数のリベットが規則正しく打ち込まれている。その外見はまるで戦艦のようだが――実はここが、ノームの地下都市『アルギュレア』への入口だった。
船体の横に設けられたタラップを上り、小さな入口を抜ける。
すると今度は、地下へと続く狭い階段が延々と伸びていた。
「うへー。一回上がったのに、また降りるのかあ」
ぼやきながら階段を下りていくのは、ハーフリングのププン。
「さすがに最小種族のノームの街だね。僕らでも狭いよ」
その後に続くのが、リーダーのプラムである。
「ここに細工師がいるんだよな?」
ナムが後ろを振り返って尋ねた。
「ああ。注文ノートには、セレノス冒険者ギルドの例の鏡も載ってた。鏡職人のミラーに聞いたら、最終工程はここで額装するらしい」
最後尾で慎重に歩を進めるベリーが答える。
四人とも、ハーフリングの里『グリンダル』の出身。
全員がシーフで構成された、探索に特化したチームである。
ドワーフの拠点『ノクタリム』で鏡の注文ノートを手に入れた彼らは、次なる手がかりを求めて、この地を訪れていた。
「あの鏡には、額の部分に鍵穴があったんだ。細工師なら、何か知っているはずだ」
四人は鏡の製作過程を追い、ノームの地下都市アルギュレアへとたどり着いたのであった。
* * *
ププンが下りた段数を数えるのを諦めた頃、トンネル状だった階段は、広い空洞へと抜けた。
石段は空洞の壁に張り付くように、そのまま下方へと続いている。
はるか下には、小さな建物と、不思議な形をした機械がびっしりと並んでいた。
そのあちこちから、白い蒸気が絶え間なく立ち上っている。
「うわあ、なんか蒸し蒸しすんね……」
下から上がってくる蒸気を見つめ、ププンが嫌そうな顔をする。
「EOFでも随一の機械文明都市だからな」
ベリーが空洞の下を見渡しながら説明した。
「機械はみんな、蒸気機関で動いてるんだ」
「あの自動車みたいなのも?」
「そうだ。煙突が付いてるだろ」
狭い通路を埋めるように、ミニチュアめいた車が渋滞していた。
それぞれのボンネットから伸びた煙突が、白い煙を吐き出している。
その間を縫うように走る二輪車にも、荷台の部分に小さな煙突が付いていた。
やがて四人は、階段の終点へとたどり着く。
階段を下りた先には、警備隊の詰所があった。
ノームは中立種族なので、むやみにハーフリングたちを攻撃してくることはない。
そうとは知っていても、煌びやかな鎧に身を包んだ高レベルのガードたちを目の前にすると、さすがに緊張を隠せなかった。
「こ、こんにちは〜。いい天気ですね」
「おい、ププン。地下都市で天気は分からんだろ」
ナムがすかさず突っ込む。
「いやいや、いい蒸気ですなあ」
そのガードは暇だったのか、話に乗ってくれた。
「そ、そうですね。綺麗でいい街ですね〜」
「そうなんだ。地下なのに、害虫も害獣も少なくて清潔なんだぞ。特にネズミは、ここ一年でめっきり減った」
「へえー。セレノスなんて、酒場の中をネズミがチョロチョロしてたのに、すごいね」
「そうであろう、そうであろう」
気をよくしたのか、そのガードはにこやかに告げた。
「ハーフリングの諸君、アルギュレアにようこそ!」
* * *
階段の先を進むと、ちょっとした広場になっていた。
中央には小さな噴水があり、水の代わりに白い蒸気を噴き上げている。
「うへえ、噴水まで蒸気だよ……」
ププンが目を丸くした。
「さて、細工師の工房はどこかな?」
プラムは地図を広げ、その場で眺め始める。
「人に聞いた方が早いよ」
ププンは辺りを見回すと、噴水の向こうに見えた人影へ手を振った。
* * *
「なんじゃ、お主らか」
ププンが声をかけた相手は、見知った顔だった。
「あ! 『トーチ』の爺さん! なんでこんなとこに?」
「そりゃ、こっちのセリフじゃわい。ここはわしの故郷だぞい」
噴水の向こうにいたのは、ギルド『トーチ』のノーム――ログ爺だった。
「ログ爺さん、こんにちは。セレノスに引っ越したんだと思ってましたよ」
プラムが挨拶する。
「ちと暇になったのでな。こっちの家に戻るところじゃ」
「ねえ、爺さん。細工師の工房がどこにあるか知らない?」
「もちろん知ってるぞい。わしの家の隣じゃ」
「おお、それはバッタリに風呂だ!」
ププンがさらに両手を合わせる。
「ついでに、おいしい飯屋も教えて!」
「ほっほっほっ、ええぞい。でも、まずは荷物を置いてきてもよいかの?」
こうして、ハーフリング四人組にログ爺を加えた一行は、彼の家を目指すことになった。
* * *
「うへえ、すごい蜘蛛の巣だらけじゃない」
「爺さん、どんだけ帰ってないんだよ」
ログ爺の家の入口を覗き込み、ププンとナムが呆れた声を上げた。
「かれこれ一年になるかのお」
「僕たちが出口を探し始めてからも、そんぐらい経つんだな……」
プラムが感慨深げにつぶやく。
「てか、尋常じゃないぞ、この蜘蛛の巣」
入口を真っ白に覆う糸を見て、ベリーが顔をしかめた。
「困ったのお。これでは入れんわい。でっかい蜘蛛でも住み着いたかのお……」
ログ爺は杖の先で蜘蛛の巣を払おうとする。
だが、白い糸はびくともしなかった。
「先に細工屋さんへ行こうよ。蜘蛛についても何か知ってるかもしれないし」
ププンが隣の建物を指さした。
こちらは間口が広く、きちんと清掃が行き届いている。
中から響く金属を叩く音が、細工師がいることを告げていた。
* * *
細工師の工房は、入口を抜けると広い土間になっていた。
奥には小上がりがあり、数人のノームが小さなハンマーでタガネを叩いている。
そのうちの一人がこちらの気配に気づき、顔を上げた。
「爺さん! 生きてたのかい」
どうやら、この工房の主人らしい。
赤いチョッキに、緑の三角帽子をかぶっている。
「やあ、ティンク。久しぶりじゃのお。元気じゃったか?」
「見ての通り、僕らは相変わらず、トンテンカン♪の毎日さ」
ティンクはそう言うと、細工用のハンマーを軽く振ってみせた。
そして、突然歌い始める。
「トンテンカン♪ トンテンカン♪ 僕らは毎日、トンテンカン♪」
小上がりの職人たちも、それに続いた。
「トンテンカン♪ ミリも違わず、仕様書どおり♪」
「トンテンカン♪ 模様が違えば、やり直し♪」
「要求どおりでも、僕らの責任、トンテンカン♪」
「今日も僕らは、トンテンカン♪」
思わぬ合唱に、ププンはすっかり乗せられていた。
「わあ、楽しそうだね! トンテンカン♪」
「ちょっと歌詞がしんどそうだけどな」
ナムが冷静に突っ込む。
「でも、突然なんでミュージカル?」
プラムは目を丸くした。
「つらい労働には、歌の力が必要なんじゃよ」
「ますますしんどいだろ!」
ナムが思わず叫んだ。
* * *
「鏡の額装かい? ミラーさんからはよく注文があるけど、ほとんどはカタログどおりに作ってるだけだよ」
ティンクは、注文ノートを書き写したリストを眺めながら答えた。
しかし、問題のセレノスの鏡が記された箇所で、その指が止まる。
「あれ? おかしいな。これにはカタログ番号が書いてないや」
ティンクはほかの職人たちにも確認したが、誰も覚えていないという。
「まいったな。ここで鏡の調査もどんつきかあ」
プラムはため息をつき、リストを作業机の上へ放り出した。
「じゃあさ、とりあえずご飯にしようよ!」
ププンが、最高のアイデアを思いついたような顔で声を上げる。
「ちょっと待て……」
ベリーが、作業机の上に置かれたリストを睨んだ。
「こっちにも番号がない。これはどこに納品した?」
ベリーは、リストの別の行を指でトントンと叩いた。
「ええっと……発注番号はAS0013。ASで始まってるから、アシダリアですね」
「ダークエルフの拠点か……」
潰えたかに思われた鏡の手がかり。
だが、カタログ番号のない特注品が、アシダリアにも納品されていた。
細い糸が、かろうじてちっぽけな冒険者たちの進む道を示していた。
* * *
「それはともかく、飯をおごるから、蜘蛛の巣の掃除を手伝ってくれんかのお」
「マジ? おごってくれるの? やるやる!」
ププンが即座に食いついた。
「でも、あれはただ事じゃないぜ」
一行は、ログ爺の家の入口へ戻った。
しかし、ベリーの警告どおり、蜘蛛の糸はナイフの刃を当ててもまったく切れなかった。
「くっ。この業物、『アサシンズ・ダガー』でも切れねえとは……」
ナムが暗緑色の短剣を突き立て、刃を引いて切断しようとする。
だが、糸は伸びるばかりで、一向に切れる気配がない。
「水でもかけたら、溶けないかな?」
ププンの提案で水筒の水をかけてみるが、水は弾かれ、玉になって転げ落ちるだけだった。
「酸か、アルカリ性の溶液ではどうだ?」
ベリーが提案する。
「酸で家まで溶けるのは困るのお」
「じゃあ、アルカリ性だ」
「そんなもの、どこにあるんじゃ?」
「アンモニアでいいだろ」
「アンモニアって、まさか……」
「五人分あれば足りるだろ」
「却下! そんなもの、却下に決まっておろう!」
「じゃあ、どうするんだよ」
一行は、途方に暮れるばかりであった。
* * *
「ねえ、これって本当に蜘蛛の巣なの?」
「そうだね。ちょっと大きすぎるかな?」
ププンの疑問に、プラムがうなずいた。
「でっかい蜘蛛だったりしてな」
「うえー! 怖いこと言わないでよ」
「いや、あり得るぞ。この巣は普通じゃない」
「えーっ!? こんな街中に? 蒸気ばっかで、餌なんていないでしょ」
見物についてきたティンクが、そこでポンと手を打った。
「そういえば、最近ドブネズミが減ってきて助かるって、商工ギルドの会長が喜んでましたよ……」
「まさか……?」
一同は顔を見合わせた。
「僕たち、けっこう巣を揺らしたよね?」
プラムが確認するように言った。
「……獲物だと思われてないかな?」
そのとき、入口を覆う白い糸が、ゆらゆらと揺れ始めた。
あれだけ頑丈だった糸の幕が、ゆっくりと左右へ開いていく。
その向こうで、大きな影が蠢いていた。
* * *
一年前――。
ログ爺は、自宅の地下工房の床からタイルを剥がし、地殻貫通バグを利用してセレノスへとワープした。
当然、地下工房の床には、黒々とした穴が開いたままである。
やがて、その穴から一匹の小さな蜘蛛が入ってきた。
はじめは、恐る恐る。
だが、部屋に誰の気配もないと分かると、蜘蛛は部屋中に糸を張り巡らせていった。
ほどなくして、机の上に置かれた、蓋の開いたままの薬瓶を見つける。
茶色い瓶の中には、紫色の液体が入っていた。
加熱されているわけでもないのに、瓶の底からグツグツと泡が上り、液面で弾けている。
蜘蛛が糸を放ち、瓶へ登ろうとしたところ、その薬瓶が倒れた。
紫色の液体が、ドロリと机の上へ広がっていく。
蜘蛛はそれが怪しいものとも知らず、嬉々として液体を舐めた。
そこで、蜘蛛の記憶は途絶えた。
* * *
糸の幕の向こうから、白い糸が勢いよく飛び出した。
「わわわっ!」
「なんじゃ、なんじゃ!?」
糸は強力な粘着力でププンとログ爺を絡め取ると、二人を家の中へ引きずり込んだ。
「やべえ! 追うぞ!」
ナムが慌てて二人を追いかける。
プラムとベリーも、その後に続いた。
家の前には、ティンクだけが残された。
「爺さんたち、大変だあ! 冒険者ギルドに知らせないと!」
ティンクも慌てて走り出す。
「大変! 大変! トンテンカン♪」
* * *
アルギュレアの冒険者ギルドは、広場の端にあった。
ティンクが中へ駆け込むと、カウンターの向こうにいたノームの受付嬢が、にこやかに声をかけてきた。
「あら、ティンクさん。また素材採取のご依頼ですか?」
ティンクは息を切らしながら、蜘蛛の巣の件を説明する。
「……というわけで、蜘蛛をなんとかして!」
「分かりました。害虫駆除のご依頼ですね」
受付嬢は依頼書を書き上げると、羽ペンを添えてティンクへ差し出した。
「ここにサインをお願いします。でも、ご存じのとおり、すぐに受注されるのは難しいと思いますよ……」
中央大陸から海を渡った先にある、妖精大陸。
その東の端に位置するノームの都市アルギュレアは、小型種族でなければ入ることができない。
そのため、冒険者ギルドの中も閑散としていた。
「緊急でしたら、警備隊に頼んではどうですか?」
「そ、そうだね。そっちにも頼んでみるよ」
ティンクは署名を終えると、受付嬢へ頭を下げ、ギルドを飛び出した。
次に向かうのは、階段の横にある警備隊の詰所である。
* * *
「蜘蛛だと? 我らは街の防衛が専門である。衛生関連なら、町役場に行くがよい」
「はあ……そうですか」
ティンクは肩を落とし、今度は町役場へと足を向けた。
「グルグル♪ クルクル♪ 回って回る〜予感〜♪」
* * *
「衛生関連でしたら、保健所ですね。役場の裏にありますよ」
「はあ……」
* * *
「蜘蛛の巣被害でしたら、清掃局ですな」
「はあ……」
* * *
「うちはゴミの回収だけが業務なんだよ。自宅の掃除は、民間業者に頼んでおくれ」
「はあ……」
* * *
「我が社は家政婦の派遣業でして……巣の清掃くらいでしたら請け負えますが……」
「ぜ、ぜひお願いします!」
「では、こちらの契約書に目を通していただいて、サインをお願いいたします」
びっしりと細かい文字で埋め尽くされた三枚の契約書が、ティンクの前に差し出された。
「グルグル♪ クルクル♪ 今度は目が回る〜♪」
* * *
ティンクが家政婦を連れて戻ってくると、ログ爺の家の入口は、再び蜘蛛の糸で覆われていた。
「へえ、この家かい」
何人か人手を募りたかったのだが、今すぐ対応できるのは、ミルクルという家政婦だけだった。
もちろん、ノームのおばさんである。
「こりゃまた、丈夫そうな糸だねえ……」
「そうなんです。ナイフでも切れなくって……」
ティンクが不安そうに事情を説明する。
「水をかけても無駄でした」
「バカだねえ。雨が降ったくらいで溶けたら、蜘蛛も困るだろうさ」
そう言って、ミルクルは細長い棒を二本取り出した。
それほど長いものではない。
ティンクの前腕ほどの長さだ。
「杖で叩いても無駄でしたよ」
「あはは。叩いたりしないさ」
そう言うと、ミルクルは入口の下の方を調べ始めた。
「ここらでよさそうだねえ」
ミルクルは取っ手のついた器具に二本の棒をセットすると、クルクルと回し始めた。
すると――。
みるみるうちに、蜘蛛の糸が棒へ巻き取られていく。
棒が糸で丸々と太くなり、巻き取りにくくなると、ミルクルは新しい棒へ取り替えた。
「糸はこうやって巻き取るんだよ」
そう言って、ミルクルは微笑んだ。
「上等なスパイダーシルクが取れそうだね」
* * *
ようやく、入口を塞いでいた蜘蛛の糸が取り除かれた。
ティンクは恐る恐る、家の中へ足を踏み入れる。
「爺さん、おじゃましますよお……」
その後ろから、ミルクルも興味深げについてきた。
入口ほどではないものの、家の中にもあちこちに蜘蛛の糸が張り巡らされている。
廊下を進んでいると、足元の床がギイィと鳴った。
「ひいいっ!」
ティンクは、自分で立てた音に飛び上がる。
「なんだい、そんな大声を出して……」
「いや、だって大きな蜘蛛がいるかもしれないんですよ……」
「だったら、なおのこと静かにおし。その大蜘蛛に見つかっちまうよ?」
「は、はい〜」
ティンクは音を立てないよう、慎重に廊下を進んでいった。
「抜き足、差し足、忍び足、シーッ、シーッ♪」
(つづく)
――閑話:ロード・オブ・ザ・リアル(4)(前編) あとがき
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
アルギュレアの細工師、ティンクです。
後編は、この後すぐに公開予定だそうです。
つづきも読んでいただけると嬉しいです。
もし少しでも楽しんでいただけたのなら、ブクマや★で応援だけでもしてくれると励みになります。
それにしても、行政手続きって大変なんですねえ。
僕の工房は前の親方からそのまま引き継いだので、あんなにいろんなところを回るなんて知りませんでした。
グルグル♪ クルクル♪ たらい回し♪
最後は頼れそうな人が来てくれて、本当によかったです。
でも……。
コンコン♪ 何の音?
カンカン♪ 風の音?
抜き足、差し足、イヤな予感♪
後編、僕はイヤな予感♪
――ティンク




