表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
101/107

第六十六話:神様に一番近い島(後編)

――前編のあらすじ。


 濡れ衣でケロック王国を追放され、ローズティア湖の底で暮らしていた黒騎士カレウス。


 天空城への鍵を求めて訪れたケンタたちは、戦う意思のない彼を仲間に加え、木星上空に浮かぶ島々へ向かった。


 天空の審問では、ケンタのミスから十二体のハーピーとの戦闘が発生。


 かつての宮廷魔導士エールカを思い出しながら、カレウスは錆びた剣を振るい、一行を窮地から救ったのだった。


* * *


 第四の浮島は、これまでの島よりも少し広かった。


 その中央には、白いローブをまとった大きな影が佇んでいる。


 オーガだ。


「私、なんか嫌な予感がしてきた……」


「まあ、今度は慎重にいくさ……」


 ケンタはゆっくりと近づき、オーガの審問官へ声をかけた。


「やあ、審問官さん」


 すると――。


『汝は、審判を望むか? 審判を望むか?』


「よーし、ここは慎重に……あれっ?」


「おいおい。どっちも審判じゃねえか」


「何かの間違いだろう。もう一度だ」


 ケンタは、改めて声をかける。


「やあ、審問官さん」


『汝は、審判を望むか? 審判を望むか?』


「えっと、他にない?」


 オーガはニカッと牙を見せると、さらに続けた。


『汝は、審判を望むか? 審判を望むか? あるいは、審判を望むか?』


「バグってるのか? えっと、ひとつ目は?」


 オーガの頭上に、金色の『?』マークが浮かんだ。


――――――――――――――――――――――――

【第四の浮島】

依頼者:審問官エンガ

依頼内容:汝の力を証明せよ。

難易度:★★★★★

報酬:天空城の鍵

――――――――――――――――――――――――


「やっぱ、なしなし! 二つ目は?」


 オーガの頭上に、金色の『?』マークが浮かび直した。


――――――――――――――――――――――――

【第四の浮島】

依頼者:審問官エンガ

依頼内容:汝の力を証明せよ。

難易度:★★★★★★

報酬:天空城の鍵

――――――――――――――――――――――――


「★増えてるじゃん! なしなし! 三つ目は?」


 オーガの頭上に、再び金色の『?』マークが浮かび直した。


――――――――――――――――――――――――

【第四の浮島】

依頼者:審問官エンガ

依頼内容:汝の力を証明せよ。

難易度:★★★★★★★

報酬:天空城の鍵

――――――――――――――――――――――――


「また★増えてるじゃん! どうすんだ、これ?」


「審問を望むって言っちゃえばいいんじゃない?」


「おお、それだ!」


 ケンタがポンと手を打つ。


 だが――。


『時間切れだ。ご武運を祈る』


 白いローブをまとったオーガは、ニカッと牙を見せると掻き消えた。


「おい、待って……受諾されちゃったのか?」


「よりによって、★七つのを受けるのかよ」


「いったい、何が出てくるんかね?」


 一行が身構えた、そのとき。


 頭上から降り注ぐ光が遮られ、浮島全体が暗く沈んだ。


 巨大な影が、一行の上へ覆い被さっている。


 影は、ひとつ。


 だが――その禍々しい姿を見上げた瞬間、全員が言葉を失った。


* * *


「まじかよ……本当に★七つ級のボスじゃん……」


 ケンタが思わずつぶやく。


 山のような巨体を持つ怪物は、長い首をもたげ、真っ赤な眼でケンタを睨みつけた。


 別の首が、結へ向けられる。


 ただ睨まれているだけなのに、恐怖で身体が竦んだ。


 さらに複数の首が動き、それぞれ他の仲間たちへ向けられていく。


 そう。


 その怪物には、一行の人数と同じ七つの首と、七つの尾があった。


 神話の怪物を思わせる姿。


 その名を――『七岐大蛇(ナナマタノオロチ)』という。


「オロチかよ……やれるか?」


「先生がおるなら、なんとかなるんじゃないかね」


 シャチョーが、カレウスを振り返る。


 だが――。


 そこにいたのは、身体を硬直させ、油汗を流す一匹のカエルだった。


「どうしたんかね、先生?」


「ヘビは無理ケロ……身体が動かないケロッ」


「おいおい、どうすんだよ……」


* * *


 ケンタは、オロチの姿を改めて確認した。


 攻略の第一歩は、敵を知り、己を知ることだ。


 七つの蛇の首と、七つの尾。


 その巨体に、手足は一本もない。


 苔むした胴体には、樹木まで生えている。


 まるで、動く森だ。


 その背からは、黒い羽根も広がっていた。


 とてもその巨体を支えられるようには見えないが、何か魔法的な効果を持つ設定なのかもしれない。


 頭上には、七本のHPゲージとネームタグが浮かんでいる。


七岐大蛇(ナナマタノオロチ)


 元となった怪物より、首がひとつ少ないのは救いだろうか。


 さらに、HPゲージの下には、いくつかの四角いアイコンが並んでいた。


 現在かかっているバフやデバフを示すものだ。


『レイズストレングス』


『チャーム』


『レディアント・ヴィサージュ』


『レビテーション』


「バフてんこ盛りだな……あれ? チャーム?」


「誰かに操られてるってこと?」


「あの白ローブの連中ドワん?」


「とにかく、解除を試してみっか?」


 タクヤが杖を構えながら尋ねる。


「そうだな。頼む」


「よし、解呪の祝詞!」


 タクヤは、『キャンセル・マジック』と同じ効果を持つシャーマンの呪法を連発した。


「お、わりと剥がれやすいぜ」


 アイコンが、ひとつずつ消えていく。


 そして、最後の『レビテーション』が解除された瞬間、オロチの巨体が浮島の上へ落下した。


 凄まじい衝撃が浮島全体を揺らす。


 その重みに押され、島そのものが高度を下げたのが、ケンタにもはっきりと感じられた。


「ひゃあ、落ちるかと思ったがね」


 もうもうと立ち上る土煙の向こうで、七対の眼が動いている。


 その真っ赤な眼は、変わらずケンタたちを凝視していた。


 だが、ネームタグの色が示す親密度は黄色へと変わっている。


 嫌われてはいるものの、すぐさま襲われる状態ではなくなったようだ。


「こん狭い浮島の中で睨まれてると、落ち着かないがね」


「私は餌として見られている気がするケロ……」


 カレウスは相変わらず油汗を垂らしながら、その場で硬直していた。


* * *


 オロチの首がひとつ、またひとつと、視線を一点へ集中させていく。


 その先にいるのは、黒いカエル。


 蛇種にとってのご馳走だ。


 チャームが解けたことで、七つの首は統制を失っていた。


 先を争うように、一斉に餌へ殺到する。


 しかし、互いの首が絡み合い、大きな混乱が生まれた。


 それでも、獲物は動けない。


 捕食者と餌という関係は、何ひとつ変わっていないのだ。


 オロチは絡み合った首をゆっくりと解きながら、巨体をカレウスの方へ進めていった。


 二股に分かれた細い舌が伸び、カレウスの顔を舐める。


 どうやら順番を決めたらしい。


 中央の首が、大きく口を開いた。


「無念……ケロッ」


 カレウスが目をぎゅっと閉じ、運命を受け入れようとした、そのときだった。


「ルート!」


 地面を突き破って伸びた植物の根が、オロチの巨体へ絡みつく。


 ウィザードの戦術の要をなす拘束魔法だ。


 七つの首が、一斉に術者へ向けられた。


 緋色の祭服をまとったウィザード。


 ナナである。


「おいおい、敵対魔法を打ち込んだら……」


「あらら、口が滑っちゃったわ」


 不敵に笑うナナの目には、【七岐大蛇(ナナマタノオロチ)】のネームタグが真っ赤に染まって見えていた。


『Kill on Sight』


 目視即攻撃を意味する、最悪の敵対関係である。


「その自信はどこから湧いてくるんかね?」


 さすがのシャチョーも、顔を引きつらせる。


 カレウスは恐る恐る、薄く開いた目でその姿を見た。


 緋色の祭服が、風にはためいている。


 ウィザードは杖を構え、真っ直ぐに敵を睨んでいた。


(まったく、マギというものは……)


* * *


「スマイト!」


 ケンタの攻撃魔法が、右端の首を叩いた。


「おっと、俺も口が滑った」


「正射必中!」


 結の放った矢が、左端の首を射抜く。


「えっと、弓が滑っちゃった……かも?」


 続いて、シャチョーが投げナイフを別の首へ命中させた。


「手が滑ったでよ!」


 ガン鉄も足元から拾い上げた石を投げ、さらに別の首へ的中させる。


「石が滑ったドワん!」


「やれやれ、仕方ねえな……」


 最後に、タクヤがオロチへ呪いを飛ばした。


「鈍重化!」


 カレウスは目を丸くした。


「仲間でもない私を救って、何の得があるケロ?」


 ナナが振り返る。


「ばっかねえ。もうとっくに仲間でしょうが」


 そのやり取りにうなずきながら、ケンタはオロチを見上げた。


「さて、聡明なるソリューションの時間だ」


* * *


「で、どうしたらええんかね?」


「それは、これから考える!」


「ちょっと頼りないドワん……」


「ルートは、そんなに長く持たないわよ」


「分かってる……」


 ケンタは、これまでの出来事を思い返した。


 絶対に、切り抜けるためのヒントがあるはずだ。


『聡明なる聖職者の証』


 ハーピーは十二体。


 七岐大蛇は一体だが、頭は七つ。


 HPゲージも七本。


 飛行も敵対行動も、バフによって与えられていた。


 バフは消した。


 敵対状態も解除された。


 飛行もできなくなった。


 カレウスは捕食対象。


 七つの首が一斉に殺到し、互いに絡み合った。


 だが、やがて順番を決め、再び捕食行動へ移った。


 そこを、ナナが足止めした。


 さらに、パーティ全員が攻撃を加え、ヘイトを分担している。


 ケンタは、ハッと顔を上げた。


「そうか……頭が七つあるのは弱点だ!」


「いっぱいあった方が強そうだけど?」


 結が、不思議そうな顔をする。


「兵は多い方がいい。けど、指揮系統がバラバラじゃ駄目なのさ。『船頭多くして船山に登る』って言うだろ?」


 ケンタは、メイスを指揮棒のように振りながら指示を出し始めた。


「ガン鉄、そこを左から右へ走れ!」


「シャチョーは、そっちを右から左へ! そこでジャンプだ!」


「結は、右奥へ向かって一直線に走れ!」


「タクヤは、左のその辺に立っててくれ!」


「俺だけ雑じゃねえか!」


「ナナさんは、その場で連続ジャンプ!」


 はあ、はあと息を切らしながらも、全員が指示に従った。


「これに――」


 ぴょん。


「何の――」


 ぴょん。


「意味が――」


 ぴょん。


「――あんの?」


 飛び跳ねながら、ナナが疑問の声を上げる。


 だが、その理由はすぐに明らかとなった。


 全員がバラバラに動いた結果、それぞれを追いかけたオロチの首が、複雑に絡み合ったのだ。


 先ほど一瞬だけ絡み合ったときとは、比べものにならない。


 七つの首は強固に結びつき、身動きが取れなくなっていた。


「名付けて、セブンス・フィッシャーマンズ・ノット大作戦だ!」


「フィッシャーマンというより、スパゲッティって感じだがね」


「スパゲッティというネーミングは、技術者にもダメージを与えるから自重した」


 ケンタは、なんとも嫌そうな顔で告げた。


「首は伸ばせなくなったみたいだけど、次はどうするの?」


「ルートがそろそろ切れるから、掛け直すわ」


 ナナは杖を構えた。


「ルート!」


【『ルート』は七岐大蛇によってレジストされました】


「しまっ――」


 次の瞬間、ルートの効果が切れた。


 自由を取り戻した七岐大蛇は、七つの首を団子状に絡ませたまま、浮島の上を暴走し始める。


 その正面に立っていたナナが、巨体に弾き飛ばされた。


 浮島の端は、すぐそこだった。


 ナナの身体が宙へ放り出される。


「――きゃあ!」


* * *


「ケロッ!?」


 カレウスの目の前を横切り、ナナが浮島の外へ弾き飛ばされた。


 人間は飛べない。


 カエル族も飛べない。


 だが、跳躍ならできる。


 気がついたときには、すでに跳んでいた。


 ナナを追い、浮島の外へ飛び出す。


 カレウスは空中で手を伸ばし、緋色の祭服を掴んだ。


「カレウス!? 一緒に落ちるぞ!」


 背後から、ケンタの声が響く。


 カレウスはナナを抱えたまま、空中で器用に身体を回転させ、ケンタの姿を捉えた。


 そして落下し始めた瞬間、その舌を勢いよく撃ち出す。


 カエル族の強靱な舌は長く伸び、ケンタの腰へ巻きついた。


 あとは、引き戻すだけだ。


 カレウスが力を込めて舌を縮める。


「わっ! とっと――」


 子どもアバターの小さな身体では踏ん張れず、ケンタは浮島の端へ引きずられていく。


「危ない!」


 結が、ケンタの右腕を掴んだ。


「止めるドワん!」


 ガン鉄が、その左脚を掴む。


 さらにシャチョーとタクヤも飛びつき、どうにかケンタの身体を浮島の上へ繋ぎ止めた。


 カレウスとナナは、彼らをアンカーとして、無事に浮島へ帰還する。


「ふう、助かったケロ」


「いや、チビな俺じゃなくて、シャチョーかタクヤの方がよかっただろ」


 ケンタがぼやく。


「すまぬ。白いものしか目に入らなかったケロ」


「でも、カレウスさん、動けるようになったんだね」


 結に言われ、カレウスは自分の身体を見下ろした。


「そういえば……ケロ?」


 ケンタは浮島の上を転がり続ける七岐大蛇を見ながら告げた。


「首が絡まって塊になったから、形状認識がバグったんだな……」


 そう言って、団子状になった七岐大蛇を指さす。


「次は、あいつを落とそう! もう飛べないんだから、浮島の外へ押し出せば勝ちだ!」


「なるほどケロ」


 気を失ったナナを地面へ横たえながら、カレウスが感心したようにうなずく。


「何言ってんだ。先生も出番だぞ!」


 カレウスは目を瞬いた。


 王国を追われてから、ずっとひとりだった。


 言葉を交わす相手といえば、近所に棲むザリガニやタニシくらいのものだった。


 そんな彼を、彼らは仲間と呼んだ。


 そして、実際に手を差し伸べてくれた。


「そうケロな……」


 カレウスは錆びた剣を抜き、その腹を正面へ向けて、目の前に掲げた。


「騎士カレウスが誓う。必ずや、諸君らと共に道を開こうケロッ!」


* * *


 たとえ火星から遠く離れた木星の上空だとしても、変わらぬものがある。


 遠くはなったが、燃え立つ輝きは変わらない。


 カエル族が信仰する太陽だ。


 カレウスは、その熱を背中に感じながら祈った。


「我らが守護神、ソルフレイム・プロム様……もし許されるなら、今一度……ただ一度だけ……その力をお貸しくださいケロ……」


 錆びた剣を、天へ向かって振り上げる。


 睨む先には、巨大な球状の塊。


 カレウスは跳んだ。


 真っ直ぐに。


 高く、高く。


「インパクト・オブ・ザ・プロム! ケロッ!」


 ドンッ!


 灼熱の一撃が、七岐大蛇を真っ二つに断ち割った。


 衝撃によって左右へ押し返された半球は、それぞれ浮島の端を越え、遥か下方へ転がり落ちていく。


 やがて熱気が去り、辺りは静寂に包まれた。


「やったがね! さすが先生だでよ!」


「これ、落とさなくても勝てたんじゃない?」


 結は浮島の端から下を覗き込んだ。


 しかし、すでに七岐大蛇の影さえ見えない。


 一方、勝者である騎士カレウスはというと――。


 目の前でのたうつ、尻尾の先端らしきものを見つめたまま、固まっていた。


 再び全身から油汗を垂らしている。


 構えたままの錆びた剣は、刀身の半ばから折れていた。


「なんだがね。こんな尻尾の先でも、長いものは怖いんかね……」


 シャチョーは苦笑し、その尻尾を浮島の外へ蹴り出そうとした。


 だが、うまくいかない。


 まるで意思でもあるかのように、尻尾はのらりくらりと足をかわす。


「なら、これでどうだがね!」


 シャチョーは尻尾を強く踏みつけた。


「おろ? なんか固いものが入っとるがね……」


「な、なんだって!?」


 なぜか、ケンタが物凄い勢いでその言葉へ食いついた。


* * *


『ようやったな! ガハハ!』


 再び現れた審問官エンガが、大声で笑いながら金色の鍵を差し出した。


『ここだけの話、落とすだけだったら不合格だったぞ。落第じゃ! なんてな! ガハハ!』


 しかし、ケンタたちの反応は薄い。


 エンガは少し間を置くと、もう一度繰り返した。


『ほれ、「落第」と「大蛇」が掛かっておるのだぞ。落大蛇! 遠慮なく笑うがよい! ガハハ!』


 ケンタは無言で金色の鍵をタップした。


 これが『天空城の鍵』。


 いよいよゴールである。


* * *


 転送された先は、これまでで最も広い浮島だった。


 島の地面は深い草に覆われ、広大な草原のように見える。


 その中央には、いくつもの尖塔が天へ向かって伸びていた。


 尖塔群を高い城壁が取り囲み、その外側には堀が巡らされている。


 どこから湧き出しているのか、堀の水は滔々と流れ、浮島の端から瀑布となって遥か下方へ落ちていた。


 こちら側に面した城壁の中央には、大きな城門がある。


 その前の堀には、跳ね橋が架けられていた。


 ケンタたちは跳ね橋を渡り、城内へ足を踏み入れた。


 出迎える者はいなかった。


 それどころか、人の気配がまったくない。


「うわー!」


 結が思わず感嘆の声を上げた。


 城壁に囲まれた庭は、色とりどりの花で埋め尽くされている。


 その中に、小さな池があった。


 カレウスは池へ近づき、静かに水面を眺めた。


 水面には蓮の葉が浮かび、所々で薄紅色の花が花弁を広げている。


「ここは、カエル族にとって特別な場所ケロ……」


 カレウスが、独り言のようにつぶやいた。


「太陽神ソルフレイム・プロム様は、この池で我らカエル族の祖先を創造されたと伝わっているケロ」


「へえ。建国の地というわけか」


 ケンタが興味深そうに蓮の花を眺める。


「彼女と……エールカと二人で、ここへ来る約束をしていたケロ……」


「えー! そんな特別な場所に二人でってことは……?」


 結が、自分のことのように盛り上がる。


「所帯を持ちたかった。だが、もうそれも叶わないケロ……」


 そう告げると、カレウスは首から下げていたお守り袋を外し、池へ投げ入れた。


「いいのか?」


 ケンタが尋ねる。


「いいんだ。このために、ここへ来たケロ」


 ケンタには、カエルの顔から表情を読み取るのは難しい。


 それでも、その顔は清々しく笑っているように見えた。


 ただ、その奥には、哀しみが池の底のように静かに沈んでいた。


 一行は池のほとりに建つ、小さな礼拝堂へ入った。


 左右に並ぶ長椅子の間を進み、祭壇の前へ出る。


 その向こうには、白いローブをまとった女性が一人、静かに待っていた。


* * *


 その女性は、ケンタたちもよく知る人物だった。


「デルフィーネさん!?」


 セレノス神殿の神託の巫女にして、月の女神に仕える聖騎士、デルフィーネである。


 考えてみれば、この叙事詩クエストの依頼者なのだ。


 最後に彼女が待っているのは、当然なのかもしれない。


「私の坊や。よくここまで辿り着きました」


 デルフィーネの視線が、カレウスへ向けられる。


「あなたは……カエル族の……?」


「まずい!? 待って、フィーネお姉さん!」


 ケンタは慌てて、デルフィーネのローブを掴んだ。


 前回、デルフィーネはケロック王国で、カエル族の聖騎士ケラウを宿敵と呼び、大乱闘を繰り広げている。


 最終的には、ケンタとのコンビでケラウを倒したのだ。


 このままでは、カレウスも同じ目に遭うかもしれない。


 だが――。


「ありがとう。坊やの試練を助けてくれたようね」


 デルフィーネは、カレウスへ微笑みかけた。


「もう聖騎士ではないようですし、見逃しますわ」


 片目をつぶると、カレウスが背負った白い剣へ目を向ける。


「ソルドボルグはどうしたの?」


「あれは、もう私のものではないケロ」


 カレウスは、今はこれがあるとばかりに白い剣を抜き、その腹を正面へ向けて捧げ持った。


 残された七岐大蛇の尻尾から出てきた剣である。


 刀身は限りなく薄く、透けるように白い。


 切っ先は鋭く、真っ直ぐに伸びていた。


 柄のすぐ上にあたる刀身には、魚の背骨を思わせる意匠が施されている。


 満場一致で、カレウスへの報酬ということになった剣だ。


 しかし、本人はひたすら固辞した。


 それでも、ナナの放った「受け取らないなら捨てるわよ」という一言に押され、渋々手にすることになったのである。


「では、預かるだけにするケロ」


 そう言って、カレウスは魚の背骨のような意匠を指で撫でた。


「魚を獲るのに便利そうケロ」


 それを聞いたケンタは、なんとも微妙な顔をした。


「伝説の剣『ムラクモ』で漁業ですか。そうですか……」


 先ほどのそんなやり取りを思い返していると、デルフィーネの声が礼拝堂に響いた。


「それでは、坊や……」


 最後には、いったいどんな恐ろしい試練が待ち受けているのか。


 一同が身構えた、そのときだった。


「じゃ〜ん! これがお待ちかねの『聡明なる聖職者の証』でーす!」


 デルフィーネはケンタの頭を撫でると、一巻の巻物を手渡した。


 ついでに頬擦りし、柔らかな頬へ口づける。


「これで完了かね? どえりゃあ拍子抜けだがね」


* * *


「これから、どうするんだ?」


 ローズティア湖の湖畔で、ケンタはカレウスに問いかけた。


「この湖には世話になったが、旅に出ようと思うケロ」


「そうなんだ〜。でも、またどこかで一緒に冒険しようよ」


 結がカレウスの手を取り、ぶんぶんと振る。


「ヘビ以外なら歓迎ケロ」


 カレウスは、器用に片目をつぶった。


「遠くへ行くの? ちょっとだけ寂しいわね」


 ナナの言葉に、カレウスはおどけて答える。


「なーに。騎士たるもの、お呼びとあれば即参上いたしますケロ」


 そう言って、カレウスは皆に手を振ると、湖へ飛び込んだ。


 泳ぎ去る彼の背には、白く輝く一振りの剣。


 いずれ嵐を呼ぶ、伝説の剣である。


 カレウスは最後に振り返り、湖畔に佇む緋色の祭服をしばらく見つめた。


(ありがとうケロ。太陽のように真っ赤で、眩しいマギ殿)


(おわり)


――第六十六話 あとがき


 最後まで読んでくれて、ありがとうケロ。


 湖底の黒騎士、カレウスだケロよ。


 次回の『マジチー』は、今週金曜日のお昼頃に閑話を投稿予定ケロ。


 そちらも読んでもらえたら、うれしいケロ。


 もし少しでも楽しんでもらえたなら、ブクマや★で応援をしてくれると励みになるケロ。


 あの湖底に住み始めてから、かなりの時が経ったケロ。


 飲み物を出せないことを除けば、それほど不自由はなかったケロよ。


 新聞も届くケロ。


 今回の旅では、あの赤いマギ殿や、白い坊やたちに世話になったケロ。


 それに、あの白い剣。


 とても薄くて、魚を三枚におろすのに最適ケロよ。


 こんな素敵なオマケを貰えるのなら――。


 三か月くらいは、新聞を取ってあげてもよかったケロね。


――カレウス


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ