第六十六話:神様に一番近い島(後編)
――前編のあらすじ。
濡れ衣でケロック王国を追放され、ローズティア湖の底で暮らしていた黒騎士カレウス。
天空城への鍵を求めて訪れたケンタたちは、戦う意思のない彼を仲間に加え、木星上空に浮かぶ島々へ向かった。
天空の審問では、ケンタのミスから十二体のハーピーとの戦闘が発生。
かつての宮廷魔導士エールカを思い出しながら、カレウスは錆びた剣を振るい、一行を窮地から救ったのだった。
* * *
第四の浮島は、これまでの島よりも少し広かった。
その中央には、白いローブをまとった大きな影が佇んでいる。
オーガだ。
「私、なんか嫌な予感がしてきた……」
「まあ、今度は慎重にいくさ……」
ケンタはゆっくりと近づき、オーガの審問官へ声をかけた。
「やあ、審問官さん」
すると――。
『汝は、審判を望むか? 審判を望むか?』
「よーし、ここは慎重に……あれっ?」
「おいおい。どっちも審判じゃねえか」
「何かの間違いだろう。もう一度だ」
ケンタは、改めて声をかける。
「やあ、審問官さん」
『汝は、審判を望むか? 審判を望むか?』
「えっと、他にない?」
オーガはニカッと牙を見せると、さらに続けた。
『汝は、審判を望むか? 審判を望むか? あるいは、審判を望むか?』
「バグってるのか? えっと、ひとつ目は?」
オーガの頭上に、金色の『?』マークが浮かんだ。
――――――――――――――――――――――――
【第四の浮島】
依頼者:審問官エンガ
依頼内容:汝の力を証明せよ。
難易度:★★★★★
報酬:天空城の鍵
――――――――――――――――――――――――
「やっぱ、なしなし! 二つ目は?」
オーガの頭上に、金色の『?』マークが浮かび直した。
――――――――――――――――――――――――
【第四の浮島】
依頼者:審問官エンガ
依頼内容:汝の力を証明せよ。
難易度:★★★★★★
報酬:天空城の鍵
――――――――――――――――――――――――
「★増えてるじゃん! なしなし! 三つ目は?」
オーガの頭上に、再び金色の『?』マークが浮かび直した。
――――――――――――――――――――――――
【第四の浮島】
依頼者:審問官エンガ
依頼内容:汝の力を証明せよ。
難易度:★★★★★★★
報酬:天空城の鍵
――――――――――――――――――――――――
「また★増えてるじゃん! どうすんだ、これ?」
「審問を望むって言っちゃえばいいんじゃない?」
「おお、それだ!」
ケンタがポンと手を打つ。
だが――。
『時間切れだ。ご武運を祈る』
白いローブをまとったオーガは、ニカッと牙を見せると掻き消えた。
「おい、待って……受諾されちゃったのか?」
「よりによって、★七つのを受けるのかよ」
「いったい、何が出てくるんかね?」
一行が身構えた、そのとき。
頭上から降り注ぐ光が遮られ、浮島全体が暗く沈んだ。
巨大な影が、一行の上へ覆い被さっている。
影は、ひとつ。
だが――その禍々しい姿を見上げた瞬間、全員が言葉を失った。
* * *
「まじかよ……本当に★七つ級のボスじゃん……」
ケンタが思わずつぶやく。
山のような巨体を持つ怪物は、長い首をもたげ、真っ赤な眼でケンタを睨みつけた。
別の首が、結へ向けられる。
ただ睨まれているだけなのに、恐怖で身体が竦んだ。
さらに複数の首が動き、それぞれ他の仲間たちへ向けられていく。
そう。
その怪物には、一行の人数と同じ七つの首と、七つの尾があった。
神話の怪物を思わせる姿。
その名を――『七岐大蛇』という。
「オロチかよ……やれるか?」
「先生がおるなら、なんとかなるんじゃないかね」
シャチョーが、カレウスを振り返る。
だが――。
そこにいたのは、身体を硬直させ、油汗を流す一匹のカエルだった。
「どうしたんかね、先生?」
「ヘビは無理ケロ……身体が動かないケロッ」
「おいおい、どうすんだよ……」
* * *
ケンタは、オロチの姿を改めて確認した。
攻略の第一歩は、敵を知り、己を知ることだ。
七つの蛇の首と、七つの尾。
その巨体に、手足は一本もない。
苔むした胴体には、樹木まで生えている。
まるで、動く森だ。
その背からは、黒い羽根も広がっていた。
とてもその巨体を支えられるようには見えないが、何か魔法的な効果を持つ設定なのかもしれない。
頭上には、七本のHPゲージとネームタグが浮かんでいる。
【七岐大蛇】
元となった怪物より、首がひとつ少ないのは救いだろうか。
さらに、HPゲージの下には、いくつかの四角いアイコンが並んでいた。
現在かかっているバフやデバフを示すものだ。
『レイズストレングス』
『チャーム』
『レディアント・ヴィサージュ』
『レビテーション』
「バフてんこ盛りだな……あれ? チャーム?」
「誰かに操られてるってこと?」
「あの白ローブの連中ドワん?」
「とにかく、解除を試してみっか?」
タクヤが杖を構えながら尋ねる。
「そうだな。頼む」
「よし、解呪の祝詞!」
タクヤは、『キャンセル・マジック』と同じ効果を持つシャーマンの呪法を連発した。
「お、わりと剥がれやすいぜ」
アイコンが、ひとつずつ消えていく。
そして、最後の『レビテーション』が解除された瞬間、オロチの巨体が浮島の上へ落下した。
凄まじい衝撃が浮島全体を揺らす。
その重みに押され、島そのものが高度を下げたのが、ケンタにもはっきりと感じられた。
「ひゃあ、落ちるかと思ったがね」
もうもうと立ち上る土煙の向こうで、七対の眼が動いている。
その真っ赤な眼は、変わらずケンタたちを凝視していた。
だが、ネームタグの色が示す親密度は黄色へと変わっている。
嫌われてはいるものの、すぐさま襲われる状態ではなくなったようだ。
「こん狭い浮島の中で睨まれてると、落ち着かないがね」
「私は餌として見られている気がするケロ……」
カレウスは相変わらず油汗を垂らしながら、その場で硬直していた。
* * *
オロチの首がひとつ、またひとつと、視線を一点へ集中させていく。
その先にいるのは、黒いカエル。
蛇種にとってのご馳走だ。
チャームが解けたことで、七つの首は統制を失っていた。
先を争うように、一斉に餌へ殺到する。
しかし、互いの首が絡み合い、大きな混乱が生まれた。
それでも、獲物は動けない。
捕食者と餌という関係は、何ひとつ変わっていないのだ。
オロチは絡み合った首をゆっくりと解きながら、巨体をカレウスの方へ進めていった。
二股に分かれた細い舌が伸び、カレウスの顔を舐める。
どうやら順番を決めたらしい。
中央の首が、大きく口を開いた。
「無念……ケロッ」
カレウスが目をぎゅっと閉じ、運命を受け入れようとした、そのときだった。
「ルート!」
地面を突き破って伸びた植物の根が、オロチの巨体へ絡みつく。
ウィザードの戦術の要をなす拘束魔法だ。
七つの首が、一斉に術者へ向けられた。
緋色の祭服をまとったウィザード。
ナナである。
「おいおい、敵対魔法を打ち込んだら……」
「あらら、口が滑っちゃったわ」
不敵に笑うナナの目には、【七岐大蛇】のネームタグが真っ赤に染まって見えていた。
『Kill on Sight』
目視即攻撃を意味する、最悪の敵対関係である。
「その自信はどこから湧いてくるんかね?」
さすがのシャチョーも、顔を引きつらせる。
カレウスは恐る恐る、薄く開いた目でその姿を見た。
緋色の祭服が、風にはためいている。
ウィザードは杖を構え、真っ直ぐに敵を睨んでいた。
(まったく、マギというものは……)
* * *
「スマイト!」
ケンタの攻撃魔法が、右端の首を叩いた。
「おっと、俺も口が滑った」
「正射必中!」
結の放った矢が、左端の首を射抜く。
「えっと、弓が滑っちゃった……かも?」
続いて、シャチョーが投げナイフを別の首へ命中させた。
「手が滑ったでよ!」
ガン鉄も足元から拾い上げた石を投げ、さらに別の首へ的中させる。
「石が滑ったドワん!」
「やれやれ、仕方ねえな……」
最後に、タクヤがオロチへ呪いを飛ばした。
「鈍重化!」
カレウスは目を丸くした。
「仲間でもない私を救って、何の得があるケロ?」
ナナが振り返る。
「ばっかねえ。もうとっくに仲間でしょうが」
そのやり取りにうなずきながら、ケンタはオロチを見上げた。
「さて、聡明なるソリューションの時間だ」
* * *
「で、どうしたらええんかね?」
「それは、これから考える!」
「ちょっと頼りないドワん……」
「ルートは、そんなに長く持たないわよ」
「分かってる……」
ケンタは、これまでの出来事を思い返した。
絶対に、切り抜けるためのヒントがあるはずだ。
『聡明なる聖職者の証』
ハーピーは十二体。
七岐大蛇は一体だが、頭は七つ。
HPゲージも七本。
飛行も敵対行動も、バフによって与えられていた。
バフは消した。
敵対状態も解除された。
飛行もできなくなった。
カレウスは捕食対象。
七つの首が一斉に殺到し、互いに絡み合った。
だが、やがて順番を決め、再び捕食行動へ移った。
そこを、ナナが足止めした。
さらに、パーティ全員が攻撃を加え、ヘイトを分担している。
ケンタは、ハッと顔を上げた。
「そうか……頭が七つあるのは弱点だ!」
「いっぱいあった方が強そうだけど?」
結が、不思議そうな顔をする。
「兵は多い方がいい。けど、指揮系統がバラバラじゃ駄目なのさ。『船頭多くして船山に登る』って言うだろ?」
ケンタは、メイスを指揮棒のように振りながら指示を出し始めた。
「ガン鉄、そこを左から右へ走れ!」
「シャチョーは、そっちを右から左へ! そこでジャンプだ!」
「結は、右奥へ向かって一直線に走れ!」
「タクヤは、左のその辺に立っててくれ!」
「俺だけ雑じゃねえか!」
「ナナさんは、その場で連続ジャンプ!」
はあ、はあと息を切らしながらも、全員が指示に従った。
「これに――」
ぴょん。
「何の――」
ぴょん。
「意味が――」
ぴょん。
「――あんの?」
飛び跳ねながら、ナナが疑問の声を上げる。
だが、その理由はすぐに明らかとなった。
全員がバラバラに動いた結果、それぞれを追いかけたオロチの首が、複雑に絡み合ったのだ。
先ほど一瞬だけ絡み合ったときとは、比べものにならない。
七つの首は強固に結びつき、身動きが取れなくなっていた。
「名付けて、セブンス・フィッシャーマンズ・ノット大作戦だ!」
「フィッシャーマンというより、スパゲッティって感じだがね」
「スパゲッティというネーミングは、技術者にもダメージを与えるから自重した」
ケンタは、なんとも嫌そうな顔で告げた。
「首は伸ばせなくなったみたいだけど、次はどうするの?」
「ルートがそろそろ切れるから、掛け直すわ」
ナナは杖を構えた。
「ルート!」
【『ルート』は七岐大蛇によってレジストされました】
「しまっ――」
次の瞬間、ルートの効果が切れた。
自由を取り戻した七岐大蛇は、七つの首を団子状に絡ませたまま、浮島の上を暴走し始める。
その正面に立っていたナナが、巨体に弾き飛ばされた。
浮島の端は、すぐそこだった。
ナナの身体が宙へ放り出される。
「――きゃあ!」
* * *
「ケロッ!?」
カレウスの目の前を横切り、ナナが浮島の外へ弾き飛ばされた。
人間は飛べない。
カエル族も飛べない。
だが、跳躍ならできる。
気がついたときには、すでに跳んでいた。
ナナを追い、浮島の外へ飛び出す。
カレウスは空中で手を伸ばし、緋色の祭服を掴んだ。
「カレウス!? 一緒に落ちるぞ!」
背後から、ケンタの声が響く。
カレウスはナナを抱えたまま、空中で器用に身体を回転させ、ケンタの姿を捉えた。
そして落下し始めた瞬間、その舌を勢いよく撃ち出す。
カエル族の強靱な舌は長く伸び、ケンタの腰へ巻きついた。
あとは、引き戻すだけだ。
カレウスが力を込めて舌を縮める。
「わっ! とっと――」
子どもアバターの小さな身体では踏ん張れず、ケンタは浮島の端へ引きずられていく。
「危ない!」
結が、ケンタの右腕を掴んだ。
「止めるドワん!」
ガン鉄が、その左脚を掴む。
さらにシャチョーとタクヤも飛びつき、どうにかケンタの身体を浮島の上へ繋ぎ止めた。
カレウスとナナは、彼らをアンカーとして、無事に浮島へ帰還する。
「ふう、助かったケロ」
「いや、チビな俺じゃなくて、シャチョーかタクヤの方がよかっただろ」
ケンタがぼやく。
「すまぬ。白いものしか目に入らなかったケロ」
「でも、カレウスさん、動けるようになったんだね」
結に言われ、カレウスは自分の身体を見下ろした。
「そういえば……ケロ?」
ケンタは浮島の上を転がり続ける七岐大蛇を見ながら告げた。
「首が絡まって塊になったから、形状認識がバグったんだな……」
そう言って、団子状になった七岐大蛇を指さす。
「次は、あいつを落とそう! もう飛べないんだから、浮島の外へ押し出せば勝ちだ!」
「なるほどケロ」
気を失ったナナを地面へ横たえながら、カレウスが感心したようにうなずく。
「何言ってんだ。先生も出番だぞ!」
カレウスは目を瞬いた。
王国を追われてから、ずっとひとりだった。
言葉を交わす相手といえば、近所に棲むザリガニやタニシくらいのものだった。
そんな彼を、彼らは仲間と呼んだ。
そして、実際に手を差し伸べてくれた。
「そうケロな……」
カレウスは錆びた剣を抜き、その腹を正面へ向けて、目の前に掲げた。
「騎士カレウスが誓う。必ずや、諸君らと共に道を開こうケロッ!」
* * *
たとえ火星から遠く離れた木星の上空だとしても、変わらぬものがある。
遠くはなったが、燃え立つ輝きは変わらない。
カエル族が信仰する太陽だ。
カレウスは、その熱を背中に感じながら祈った。
「我らが守護神、ソルフレイム・プロム様……もし許されるなら、今一度……ただ一度だけ……その力をお貸しくださいケロ……」
錆びた剣を、天へ向かって振り上げる。
睨む先には、巨大な球状の塊。
カレウスは跳んだ。
真っ直ぐに。
高く、高く。
「インパクト・オブ・ザ・プロム! ケロッ!」
ドンッ!
灼熱の一撃が、七岐大蛇を真っ二つに断ち割った。
衝撃によって左右へ押し返された半球は、それぞれ浮島の端を越え、遥か下方へ転がり落ちていく。
やがて熱気が去り、辺りは静寂に包まれた。
「やったがね! さすが先生だでよ!」
「これ、落とさなくても勝てたんじゃない?」
結は浮島の端から下を覗き込んだ。
しかし、すでに七岐大蛇の影さえ見えない。
一方、勝者である騎士カレウスはというと――。
目の前でのたうつ、尻尾の先端らしきものを見つめたまま、固まっていた。
再び全身から油汗を垂らしている。
構えたままの錆びた剣は、刀身の半ばから折れていた。
「なんだがね。こんな尻尾の先でも、長いものは怖いんかね……」
シャチョーは苦笑し、その尻尾を浮島の外へ蹴り出そうとした。
だが、うまくいかない。
まるで意思でもあるかのように、尻尾はのらりくらりと足をかわす。
「なら、これでどうだがね!」
シャチョーは尻尾を強く踏みつけた。
「おろ? なんか固いものが入っとるがね……」
「な、なんだって!?」
なぜか、ケンタが物凄い勢いでその言葉へ食いついた。
* * *
『ようやったな! ガハハ!』
再び現れた審問官エンガが、大声で笑いながら金色の鍵を差し出した。
『ここだけの話、落とすだけだったら不合格だったぞ。落第じゃ! なんてな! ガハハ!』
しかし、ケンタたちの反応は薄い。
エンガは少し間を置くと、もう一度繰り返した。
『ほれ、「落第」と「大蛇」が掛かっておるのだぞ。落大蛇! 遠慮なく笑うがよい! ガハハ!』
ケンタは無言で金色の鍵をタップした。
これが『天空城の鍵』。
いよいよゴールである。
* * *
転送された先は、これまでで最も広い浮島だった。
島の地面は深い草に覆われ、広大な草原のように見える。
その中央には、いくつもの尖塔が天へ向かって伸びていた。
尖塔群を高い城壁が取り囲み、その外側には堀が巡らされている。
どこから湧き出しているのか、堀の水は滔々と流れ、浮島の端から瀑布となって遥か下方へ落ちていた。
こちら側に面した城壁の中央には、大きな城門がある。
その前の堀には、跳ね橋が架けられていた。
ケンタたちは跳ね橋を渡り、城内へ足を踏み入れた。
出迎える者はいなかった。
それどころか、人の気配がまったくない。
「うわー!」
結が思わず感嘆の声を上げた。
城壁に囲まれた庭は、色とりどりの花で埋め尽くされている。
その中に、小さな池があった。
カレウスは池へ近づき、静かに水面を眺めた。
水面には蓮の葉が浮かび、所々で薄紅色の花が花弁を広げている。
「ここは、カエル族にとって特別な場所ケロ……」
カレウスが、独り言のようにつぶやいた。
「太陽神ソルフレイム・プロム様は、この池で我らカエル族の祖先を創造されたと伝わっているケロ」
「へえ。建国の地というわけか」
ケンタが興味深そうに蓮の花を眺める。
「彼女と……エールカと二人で、ここへ来る約束をしていたケロ……」
「えー! そんな特別な場所に二人でってことは……?」
結が、自分のことのように盛り上がる。
「所帯を持ちたかった。だが、もうそれも叶わないケロ……」
そう告げると、カレウスは首から下げていたお守り袋を外し、池へ投げ入れた。
「いいのか?」
ケンタが尋ねる。
「いいんだ。このために、ここへ来たケロ」
ケンタには、カエルの顔から表情を読み取るのは難しい。
それでも、その顔は清々しく笑っているように見えた。
ただ、その奥には、哀しみが池の底のように静かに沈んでいた。
一行は池のほとりに建つ、小さな礼拝堂へ入った。
左右に並ぶ長椅子の間を進み、祭壇の前へ出る。
その向こうには、白いローブをまとった女性が一人、静かに待っていた。
* * *
その女性は、ケンタたちもよく知る人物だった。
「デルフィーネさん!?」
セレノス神殿の神託の巫女にして、月の女神に仕える聖騎士、デルフィーネである。
考えてみれば、この叙事詩クエストの依頼者なのだ。
最後に彼女が待っているのは、当然なのかもしれない。
「私の坊や。よくここまで辿り着きました」
デルフィーネの視線が、カレウスへ向けられる。
「あなたは……カエル族の……?」
「まずい!? 待って、フィーネお姉さん!」
ケンタは慌てて、デルフィーネのローブを掴んだ。
前回、デルフィーネはケロック王国で、カエル族の聖騎士ケラウを宿敵と呼び、大乱闘を繰り広げている。
最終的には、ケンタとのコンビでケラウを倒したのだ。
このままでは、カレウスも同じ目に遭うかもしれない。
だが――。
「ありがとう。坊やの試練を助けてくれたようね」
デルフィーネは、カレウスへ微笑みかけた。
「もう聖騎士ではないようですし、見逃しますわ」
片目をつぶると、カレウスが背負った白い剣へ目を向ける。
「ソルドボルグはどうしたの?」
「あれは、もう私のものではないケロ」
カレウスは、今はこれがあるとばかりに白い剣を抜き、その腹を正面へ向けて捧げ持った。
残された七岐大蛇の尻尾から出てきた剣である。
刀身は限りなく薄く、透けるように白い。
切っ先は鋭く、真っ直ぐに伸びていた。
柄のすぐ上にあたる刀身には、魚の背骨を思わせる意匠が施されている。
満場一致で、カレウスへの報酬ということになった剣だ。
しかし、本人はひたすら固辞した。
それでも、ナナの放った「受け取らないなら捨てるわよ」という一言に押され、渋々手にすることになったのである。
「では、預かるだけにするケロ」
そう言って、カレウスは魚の背骨のような意匠を指で撫でた。
「魚を獲るのに便利そうケロ」
それを聞いたケンタは、なんとも微妙な顔をした。
「伝説の剣『ムラクモ』で漁業ですか。そうですか……」
先ほどのそんなやり取りを思い返していると、デルフィーネの声が礼拝堂に響いた。
「それでは、坊や……」
最後には、いったいどんな恐ろしい試練が待ち受けているのか。
一同が身構えた、そのときだった。
「じゃ〜ん! これがお待ちかねの『聡明なる聖職者の証』でーす!」
デルフィーネはケンタの頭を撫でると、一巻の巻物を手渡した。
ついでに頬擦りし、柔らかな頬へ口づける。
「これで完了かね? どえりゃあ拍子抜けだがね」
* * *
「これから、どうするんだ?」
ローズティア湖の湖畔で、ケンタはカレウスに問いかけた。
「この湖には世話になったが、旅に出ようと思うケロ」
「そうなんだ〜。でも、またどこかで一緒に冒険しようよ」
結がカレウスの手を取り、ぶんぶんと振る。
「ヘビ以外なら歓迎ケロ」
カレウスは、器用に片目をつぶった。
「遠くへ行くの? ちょっとだけ寂しいわね」
ナナの言葉に、カレウスはおどけて答える。
「なーに。騎士たるもの、お呼びとあれば即参上いたしますケロ」
そう言って、カレウスは皆に手を振ると、湖へ飛び込んだ。
泳ぎ去る彼の背には、白く輝く一振りの剣。
いずれ嵐を呼ぶ、伝説の剣である。
カレウスは最後に振り返り、湖畔に佇む緋色の祭服をしばらく見つめた。
(ありがとうケロ。太陽のように真っ赤で、眩しいマギ殿)
(おわり)
――第六十六話 あとがき
最後まで読んでくれて、ありがとうケロ。
湖底の黒騎士、カレウスだケロよ。
次回の『マジチー』は、今週金曜日のお昼頃に閑話を投稿予定ケロ。
そちらも読んでもらえたら、うれしいケロ。
もし少しでも楽しんでもらえたなら、ブクマや★で応援をしてくれると励みになるケロ。
あの湖底に住み始めてから、かなりの時が経ったケロ。
飲み物を出せないことを除けば、それほど不自由はなかったケロよ。
新聞も届くケロ。
今回の旅では、あの赤いマギ殿や、白い坊やたちに世話になったケロ。
それに、あの白い剣。
とても薄くて、魚を三枚におろすのに最適ケロよ。
こんな素敵なオマケを貰えるのなら――。
三か月くらいは、新聞を取ってあげてもよかったケロね。
――カレウス




