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第六十五話:神様に一番近い島(前編)

 カエル族のカレウスは、水底で夢を見ていた。


 王国を追放された日の夢だ。


 罪状は、公金横領。


 もちろん、濡れ衣だった。


 いや――誰かの策略であったに違いない。


 友であった聖騎士ケラウは、最後までカレウスを弁護してくれた。


 だが、次々と提出される証拠を前に、その言葉はあまりにも無力だった。


 横領を示す帳簿。


 金を受け取ったという商人の証言。


 隠し場所から発見された金貨。


 あまりにも都合よく出てくる偽の証拠が、馬鹿馬鹿しくて仕方がなかった。


 だから、カレウスは笑った。


「御前での哄笑、無礼であろう!」


 大臣のひとりが声を上げた。


 それを皮切りに、文官たちの意見は瞬く間に有罪一色へと染まっていった。


 その結果、カレウスは王国を追われ、この湖の底に身を潜めることになった。


 咎が及ぶことを恐れ、愛した女とも別れた。


 別れ際、彼女が手渡してくれたお守りだけは、今も身につけている。


 聖剣は奪われた。


 聖騎士の資格も失った。


 水底で錆びついた剣を振るい続けるうちに、いつしかカレウスは黒騎士と呼ばれるようになっていた。


 黒い肌に、黄色い流線。


 身につけているのは、布の腰巻きだけ。


 手にしているのは、刃の錆びついた剣。


 騎士を名乗るには、あまりにも粗末な姿だった。


 カレウスは自嘲気味に口を歪め、水の中で剣を突き出す。


 銀色の細長い魚が身をよじり、逃れようとした。


 だが、錆びた剣は踊るような曲線を描き、その身を正確に貫いた。


 今日の夕食は、少し豪華になりそうだ。


 カレウスは得意げに水中で輪を描くと、獲物を手に、水底を泳ぎ去っていった。


* * *


 その頃、ケンタたちは南エリス草原を南へ向かっていた。


 目指すは、ローズティア湖。


 クレリック叙事詩クエストの続きである。


――――――――――――――――――――――――

【天空への道筋】【クレリック叙事詩クエストⅡ】

依頼者:デルフィーネ

依頼内容:

純潔たる聖職者の証を得た聖職者よ。

湖に向かい、天空への鍵を得なさい。

その後、天空の審問に答えるのです。

難易度:★★★★★

報酬:聡明なる聖職者の証

――――――――――――――――――――――――


「湖にいるカエルが、鍵を持ってるんだ」


 子どもアバターのまま、ケンタが訳知り顔で説明する。


「大丈夫なの? ケンタって、生カエルの親密度が最低じゃなかった?」


 結が心配そうに確認する。


「なーに、倒しちゃってもドロップするはずだ」


「おいおい。倒したら、俺たちも生カエルの親密度が落ちちまうんじゃねえのか?」


 タクヤが驚いたように口を挟んだ。


「あいつはカエル王国から追放されてるから、問題ない」


「そんなこと言って、またまるっと想定外だったとか言うんじゃないんかね?」


 シャチョーが疑わしげに目を細める。


「そうドワ。こないだも全然、目的地に着けなかったドワ」


 ガン鉄も大きくうなずいた。


「チームワーク、バッラバラね……大丈夫?」


 最後尾を走るナナが、呆れたように声を上げる。


 珍しく、今回は彼女も『トーチ』のパーティに紛れ込んでいた。


 ここから先の叙事詩クエストには、ウィザードが不可欠だからだ。


 というわけで、ログ爺はお留守番である。


 もっとも本人は不満を漏らすどころか、嬉々として研究室に籠もってしまった。


 今頃、ろくでもない発明に取りかかっているかもしれない。


 やがて、前方にローズティア湖へ続くゾーン境界が見えてきた。


* * *


「で、このだだっ広い湖で、どうやって探すんかね?」


 ローズティア湖を見渡しながら、シャチョーが尋ねる。


「当然……追跡(トラッキング)スキルだ。結、頼む」


「はいはい……」


 結が湖へ目を向け、追跡スキルを発動する。


――――――――――――――――――――――――

:::

アメリカザリガニ

【カレウス】

タニシ

:::

――――――――――――――――――――――――


「いた……かも? 多分、これだね……」


「うん、確かそんな名前だったと思う」


 ケンタが、結の前に開かれた追跡リストの窓を覗き込む。


「タクヤ、ナナさん、EBを頼む」


 EBとは、水中呼吸魔法『エンデューリング・ブレス』の略称である。


「あ、私はいいよ。これがあるから」


 結は自分の耳に手を当てた。


 そこに煌めくのは、小魚をかたどったイヤリング。


 水中呼吸効果を持つ『水魚の耳飾り』だ。


「よし、行くぞ!」


 結を先頭に、一行は湖へ飛び込んだ。


「ひゃあ、でらひゃっこいがね」


 水の中は、潜るほどに薄暗くなり、水温も下がっていく。


「ねえ、ここには神殿とかないの?」


 結が周囲を見回しながら尋ねる。


 前回は、妖精大陸の湖に沈む水中神殿で、ひどい目に遭ったのだ。


「旧EOFでは、特に何もなかったな」


 ケンタはそう答えると、前方に目を凝らした。


「もうすぐ湖底だ。近くにいるぞ!」


 冷たい水の底で、クレリック叙事詩クエストの第二章が始まろうとしていた。


* * *


 カレウスが住処へ戻り、獲ってきた魚を捌き始めたときだった。


 突然、頭の中へ司令文が流れ込んできた。


――――――――――――――――――――――――

【PROMPT FOR KAREUS】

 あなたはカエル族の黒騎士カレウスです。

 王国を追放されてから、幾星霜。

 最果ての湖に流れ着いたあなたは、憎悪と憤怒の化身となりつつある。

 あなたを訪ねてくる者たちの目的は、あなたの大切なアイテムを奪うことです。

 守り抜きなさい。大切なものを。

――――――――――――――――――――――――


「ケロッ?」


 普通のNPCであれば、疑問も疑いも抱かず、司令のままにその役を演じただろう。


 だが、王国を追放された時点で、カレウスは自由だった。


 好きに生き、好きに泳ぎ、好きに死ぬ。


 ある意味、彼は壊れていた。


「憎悪? 憤怒?」


 カレウスは首をかしげる。


 長いあいだ、ただ一匹のカエルとして自然のままに暮らし続けた結果、その言葉は彼の心にひとつも引っかからなかった。


 まるで他人宛ての手紙を読んでしまったかのような、ばつの悪さだけが残る。


「ふん。まずは飯だ……」


 カレウスは司令文を放り出すように意識の外へ追いやると、まな板へ向き直った。


* * *


「この辺なんだが、よく見えないな……」


 湖底は、ヒューマンの目には暗すぎた。


「ナナさん、明かりをお願いします」


「まっかせなさい」


 緋色の祭服をまとった魔女は、高らかに詠唱した。


「エターナル・ライト!」


 水中に小さな太陽が生まれ、辺りを明るく照らし出す。


「ありゃ、なんだがね?」


 光の中に浮かび上がったのは、湖底に張りつくように建つ小さな小屋だった。


「あんなもの、旧EOFにはなかったぞ……」


「なんか、ちょっと可愛くない?」


 小屋は、鮮やかな赤いレンガで組まれていた。


 木材では浮いてしまうからだろう。


 意外にも外観は凝っており、小さな丸い出窓が特徴的だった。


 扉だけは木製のようだが、ツタが絡み合うような彫刻が、優美な線を描いている。


 扉の横には郵便受けが立っており、『カレウス』と書かれた札が、水の流れに揺れていた。


「ま、間違いはないようだね……」


「ボスさん、意外と文化的に暮らしてるんだね」


 結は目を丸くしながら、郵便受けを眺めた。


* * *


 扉には、カエルをかたどったノッカーが取りつけられていた。


「どうも調子が狂うな……」


 とてもボス部屋へ挑む冒険者一行という雰囲気ではない。


「いちいち可愛らしいわね」


 ナナは、ノッカーを興味深げに観察する。


「叩くと、ケロケロって鳴くんじゃないかしら?」


 そう言って、ノッカーへ手を伸ばした。


「おい、待て――」


 タクヤが止める間もなく、ノッカーが扉を叩く。


 ケロ、ケ〜ロ♪


「ほんとに鳴いた!」


 結が目を丸くする。


「それより、構えろ! 出てくるぞ!」


 タクヤの警告に応えるように、扉がゆっくりと隙間を開けた。


 やがて――。


「どちら様ケロ?」


 扉の隙間から、誰何する声が聞こえた。


「新聞なら間に合ってるケロッ」


 扉がバタンと閉まる。


「どうも調子が狂うな……」


* * *


「もう一度呼び出して、やるか?」


 タクヤの言葉に、ケンタは考え込んだ。


「ちょっと待ってくれ。何かおかしい……」


「そうだね。あの人……あのカエル、戦う気ゼロだったよ」


 結も、郵便受けにぶら下がる名札を見ながらつぶやく。


「よし、話してみよう」


 ケンタは再びノッカーを叩いた。


 ケロ、ケ〜ロ♪


 間もなく、カレウスが再び扉の隙間から顔を出す。


「しつこいなあ。間に合ってるって言ったケロよ」


「すまないが、俺たちは新聞屋じゃない」


 その一言に、カレウスはケンタたちを順番に眺め直した。


 その視線が、ある女性のところで一瞬止まる。


 しかし、何事もなかったかのようにカレウスは告げた。


「ふむ。外の水は冷たい。話は中で聞こう」


 扉が大きく開かれた。


* * *


「水中なので飲み物はお出しできないが、新鮮な刺身などどうケロ?」


 テーブルの上に置かれたのは、白身魚の刺身だった。


「お、お構いなく」


 ケンタは即座に辞退する。


 しかし、横からひょいと手が伸びた。


「ん、美味しいじゃない。お酒が欲しくなるわ」


 ナナである。


 カレウスは、その緋色の祭服をじっと眺め、目を細めた。


「エールカにそっくりケロ……」


「え、なに?」


「なんでもないケロ……」


 カレウスは目を瞬かせると、告げた。


「天空城の鍵を求めて来たと言ったケロな?」


 ケンタがうなずくと、カレウスもうなずいた。


「譲ってもよいが、ひとつお願いがあるケロ」


「交換条件か? なんだ?」


「……私も天空城へ連れていってほしいケロ」


* * *


「わかった。同行してくれて構わない」


 ケンタが了承すると、カレウスは首から下げた古びたお守り袋から、折りたたまれた羊皮紙を取り出し、ナナの前へ差し出した。


「これが『グループゲート:天空城』のスクロールであるケロ」


 ナナの目が輝く。


「おおっ! これが噂のレア魔法!」


「エールカと同じウィザードなら、使えるはずケロ」


「エールカって誰よ?」


「カエル族の宮廷魔導士で、昔の知己ケロ……」


「ふーん……まあ、いいわ」


 ナナは残った刺身を平らげると、勢いよく立ち上がった。


「行きましょう! 天空城へ!」


 カレウスはその緋色の祭服に目を細めながら、腹を押さえた。


 ぐううぅ〜!


 腹の音が、部屋の水を震わせる。


(騎士は食わねど高楊枝ケロ……)


* * *


 天空の島は、想像していたよりも遥か上空に浮かんでいた。


 無数の星が空を埋め尽くし、辺りは大気圏外を思わせる様相を呈している。


 惑星と宇宙の境目が、彼方に弧を描いて見えた。


 そこから眼下へ目を向ければ、茶色や褐色の雲が幾重もの縞模様を成している。


 その縞模様の一角では、大きな赤い斑点が渦を巻いていた。


「うへえ、こんなところで息できるんかね?」


「EBがあるから、できてるだろ?」


「ねえ、ここ本当に火星なの?」


 結が、赤く渦巻く大気を眺めながら尋ねる。


 どう見ても、テラフォーミングされた火星の様相ではない。


「実はここ、木星上空だって言われてる」


 ケンタはそう言いつつ、首を振った。


「『バグ活』の未検証情報だけどな……」


「木星って、どれだけ離れてるの?」


「転移魔法に距離は関係ないのよ」


 ナナはドヤッと腰に手を当て、胸を張った。


 その緋色の祭服をじっと眺めながら、カレウスが愉快そうに口元を緩める。


「エールカとおんなじこと言ってるケロ」


「あ、またその名前! カレウスさんの奥さん?」


 結が興味深げに食いついた。


 ここが火星ではないことより、重要な問題らしい。


「彼女は私の……いや、今はケラウと同じ、ただの幼馴染ケロ」


 ケラウの名が出た途端、ケンタの眉が上がった。


 カレウスはそれを見逃さなかったが、続く結の言葉で、その反応はうやむやになってしまう。


「今はって、あーやしー! 絶対、彼女さんでしょ?」


「……彼女は彼女だが?」


 カレウスはきょとんとした。


「それより、天空城への道はまだ遠いぞ」


 一同が見上げた先には、小さな浮島が点々と上空へ連なっていた。


* * *


 島の中央には、白いローブをまとった青年が佇んでいた。


 一行が近づくと、青年は静かに問いかける。


『汝は、審問を望むか? 審判を望むか?』


「審問を望む」


 ケンタが答えると、青年の頭上に金色の『?』マークが浮かんだ。


――――――――――――――――――――――――

【第一の浮島】

依頼者:審問官マイケル

依頼内容:汝の清廉を証明せよ。

難易度:★

報酬:第二の浮島の鍵

――――――――――――――――――――――――


「ここで間違えると、レイドイベントが発生するから要注意だ」


「なに、その罠……」


「どうやって証明するんだがね?」


「そりゃ、俺は見た目だけで清廉だし……」


「「「どこが?」」」


 三つほどの声が重なった。


 ケンタは肩をすくめると、青年へ告げる。


「僕は、僕が清廉であると誓う」


 それを聞いた青年はひとつうなずき、頭上のクエストマークを、完了を示す『!』へと変えた。


『次なる審問官のもとへ進むがよい』


 青年が両手のひらを上へ向けて差し出すと、その間に金色の小さな鍵が浮かび上がった。


 鍵はゆっくりと宙を漂い、ケンタのもとへ近づいてくる。


「なーんだ、自己申告でいいんだ」


「★ひとつのわけだがね」


「何ひとつ証明できてない気がするわね」


「うっさいわ。次行くぞ!」


 カレウスは誰へとなくつぶやいた。


「清廉は自分自身で証明すべき……か」

 

* * *


 金色の鍵をタップすると、一行は次の浮島へ転送された。


 島の中央には、白いローブをまとった老ドワーフが佇んでいる。


『汝は、審問を望むか? 審判を望むか?』


 お決まりの問いだった。


「審問を望む」


 こちらも、お決まりの答えである。


 老ドワーフの頭上に、金色の『?』マークが浮かんだ。


――――――――――――――――――――――――

【第二の浮島】

依頼者:審問官ドワエル

依頼内容:

汝は鉄のような固い意志を持つか?

証明せよ。

難易度:★

報酬:第三の浮島の鍵

――――――――――――――――――――――――


「僕は、僕が鉄の意志を持つと確信している」


 老ドワーフはうなずくと、金色の鍵を差し出した。


「簡単すぎるがね!」


「はい、次ー」


 ケンタは即座に鍵をタップした。


* * *


 第三の浮島には、白いローブをまとったハイエルフの女性が立っていた。


 もはや、流れ作業である。


『汝は、審判を望むか? 審問を望むか?』


 お決まりの問いだと思った。


「審判を望む」


 お決まりの答えのはずだった。


 ハイエルフの頭上に、金色の『?』マークが浮かぶ。


――――――――――――――――――――――――

【第三の浮島】

依頼者:審問官アリエス

依頼内容:汝の力を証明せよ。

難易度:★★★★★

報酬:第四の浮島の鍵

――――――――――――――――――――――――


「はいはい、ポチッとな……あれ?」


「おい、一瞬、★がいっぱい見えたぞ?」


「ケンタ、審判って答えてたでよ」


「審問と審判が逆だったよ……」


「まずい、罠だ!」


 白いローブのハイエルフは、にっこりと笑って掻き消えた。


 代わりに、浮島の端から宙へ浮かび上がったのは、半人半鳥の女性型魔獣が十二体。


「ハーピーじゃねえか!」


「囲まれたわね」


「逃げ場がないドワワ」


「気をつけろ! チャームを使ってくるぞ!」


「ケンタは鉄の意志でレジストすればいいがね」


「シャチョーこそ、女性型に騙されるなよ」


「はいはい、ケンカはあとでね」


 ハーピーたちは、そんな一行を嘲笑うかのように、浮島の周囲を時計回りに旋回し始めた。


* * *


「ドワドワ〜、美人の鳥さんドワ〜」


「どえりゃあ、べっぴんさんだがね〜」


「はわー、パタパタ可愛い〜」


『ギャース、ギャース!』


 ハーピーたちが、ほくそ笑む。


「ちくしょー、なんて魅力的なモモ肉なんだ。塩振りてえ……」


『ピイィ!?』


 最後のひと言だけは、ハーピーにも精神的なダメージを与えたようだが、早くもパーティは半壊していた。


「もうー、みんな目を覚ましなさい!」


 見かねたナナが、味方を巻き込んでAE魔法を放つ。


 その詠唱は、ささやくように小さかった。


「……ティアーズ・オブ・トゥールース……」


 電撃が辺りを走り、一行の身体を軽く焦がした。


「ドワワん! 痺れるドワん!」


「はっ! 俺は何を……」


「怪物に恋するところだったがね……」


「可愛い……くないのに、なんで私……」


「ああ、タレもいいなあ」


『ピイィ!?』


「数が多いんだよ。チャームが重なって襲ってくる」


 ケンタが仲間たちのHPを回復しながら、ぼやいた。


「攻撃力は大したことないんだがなあ」


 相手は飛行生物であるため、近接攻撃がほとんど届かない。


 結とナナの遠距離攻撃だけが頼りだが、壁役がヘイトを引き受けられないため、一気に数を減らすこともできなかった。


 万が一、彼女たちに攻撃が集中すれば、頑丈な壁役とは違い、回復が間に合わなくなるだろう。


「まずいな……」


 どうにか戦線は維持していたが、数の差によって、ケンタたちは徐々に押し込まれつつあった。


* * *


「力を示せばいいケロ?」


 カレウスは錆びた剣をすらりと抜き放ち、前へ出た。


 強靱な足腰が、その身体を高々と跳ね上げる。


「ソル・スパイラルエッジ! ケロッ!」


 宙へ飛び上がったカレウスは、身体ごと無秩序に回転させながら剣を振るった。


『ギョエッ!?』


 二体のハーピーが渦のような剣技に巻き込まれ、光の粒子と化して消滅する。


 くるりと宙返りを決めて着地したカレウスは、残るハーピーたちを睨みつけると、順番に舌を撃ち出して命中させた。


 文字どおり舐められたハーピーたちが、怒りに任せてカレウスへ殺到する。


 しかし、今度はひらりとかわされ、錆びた剣の刃で浅く斬りつけられた。


 切れ味の鈍った刃は、かえって傷口を引きちぎり、痛みを増幅させる。


 そして、壁役に夢中になったハーピーたちは、背後から強烈な攻撃を受けた。


「バックスタブ!」


「アイシクル・コメット!」


「正射必中!」


 瞬く間に、三体のハーピーが消え去る。


 さらにもう一体を、カレウスが投げ放った剣が貫いた。


 胸を穿たれたハーピーが、光の粒子となって消滅する。


 投げられた剣は、いつの間にか伸びたカレウスの舌に絡め取られ、その手元へ戻っていた。


 残るハーピーは半数。


 戦局は、大きく逆へ傾きつつあった。


* * *


 一度傾いた力の天秤は、さらに傾きを増し、二度と元の均衡を取り戻すことはなかった。


 最後の一体となったハーピーが恐慌状態に陥り、逃走を図る。


「逃がさないわよ。パラライジング・エアロ!」


 渦巻く風が、最後のハーピーの身体を空中へ縫い止めた。


 懸命に羽ばたいても、その翼はいつものように風を捉えられない。両脚の鋭い爪も、むなしく空を切るばかりだった。


 ナナは拘束魔法の効果を確認すると、カレウスを振り返って告げる。


「さあ、先生。やっちゃってください!」


 カレウスは目を見開いた。


 またしても、昔の記憶を刺激されたからだ。


 錆びた剣を構えながら、カレウスは思わず笑みをこぼす。


(まったく、マギというものは……)


* * *


 カエル族は、オーダー陣営にもカオス陣営にも属さない中立種族である。


 同じ沼地で利害が対立しやすい『バロルグ』の者たちとは、決して仲が良いとは言えない。


 それでも、戦闘にまで発展することは稀だった。


 しかし、オーダー種族の中には、カエル族をその見た目だけでモンスター扱いする者が一定数存在する。


 かつて、そんな独善的な集団が、カエル族の王国『ケロック』を襲ったことがあった。


 銀の鎧に、青い薔薇の紋章を掲げた騎馬軍団。


 急襲の知らせを受け、沼地へ飛び出したのは、聖騎士ケラウとカレウスだった。


 ともに、太陽神ソルフレイム・プロムから下されたという聖剣を手にした、王国の双璧である。


 ひとつは、聖剣ソルクラウス。


 もうひとつは、聖剣ソルドボルグ。


 二振りの聖剣は太陽のエネルギーを宿し、押し寄せる敵兵を次々と押し返した。


「ええい、引くな! 進むのじゃ!」


 敵兵の中から、叱咤の声が上がる。


 声の主は、長身の人間の女性だった。


 カレウスには人間の顔の区別がつきにくかったが、青い石が随所にはめ込まれた鎧は、他の騎士たちのものとは明らかに異なっている。


 一目で、この騎馬軍団の長だと分かった。


「ケラウ! 頭をやるケロッ!」


 カレウスは返事を待たず、敵将へ向かって突進した。


 距離を詰めるにつれて、ソルドボルグが真っ赤に発光し、灼熱の熱を帯びていく。


 縦一閃。


 振り下ろされた灼熱の一撃は、騎馬ごと敵将を両断したかに見えた。


 だが――。


「ウェイブ・オブ・ザ・ブルー!」


 敵将の青い細剣が波打ち、カレウスへ襲いかかった。


 ソルドボルグで受け止めても、しなった剣先がその守りをすり抜け、黒い肌を傷つける。


「ぐぬぬ〜、ケロッ!」


 カレウスが後退する。


 その横合いから、ケラウのソルクラウスが白い光を走らせた。


「スラッシュ・オブ・ザ・ソルフレイム! ケロッ!」


 しかし、その一撃さえも、ねじくれた剣技によってかわされる。


「ウェイブ・オブ・ザ・コバルト!」


 波打つ刃に弾かれ、ケラウの身体が後方へ吹き飛ばされた。


「ケロケロロッ……」


 王国の双璧さえ敵わない。


 その光景に、ケロックの兵士たちは絶望の淵へ立たされた。


 ただ一人、彼女を除いては。


* * *


「果てなき世界樹の『ルート』! ケロッ!」


 太い植物の根が地面を突き破って伸び、女騎士の両脚へ絡みついた。


「ぬ? マギタイプか? ちょこざいな!」


 女騎士は青い細剣を振るい、根を断ち切ろうとする。


 だが、切り払っても、切り払っても、次から次へと新たな根が伸びてきた。


「ふふん♪ 無駄ですわケロ。私の研究の成果、持続可能な拘束魔法は無敵なのですわケロ!」


 声の主は、『ケロック』の入り口に立つカエル族だった。


 赤い肌に、流麗な黒い縞模様。


 宮廷魔導士の証である真っ赤なローブをまとい、全身を赤で染め上げている。


「我らが父なる太陽の業火! 『ピラー・オブ・ザ・プロミネンス』! ケロッ!」


 女騎士の足元から、炎の柱が立ち上った。


 赤いカエル族は杖を振るった勢いのまま、得意げに宙返りを披露する。


「ぐううっ! ……ぬ? 動ける!」


 女騎士は炎の直撃を受けたものの、同時に、その身体を拘束していた根も燃え尽きていた。


「あわわっ! 『ルート』も燃やしてしまいましたケロ!」


 女騎士は、その隙を逃さず赤いカエル族へ突進する。


「喰らえ! ウェイブ・オブ・ジ・インディゴ!」


 青い細剣が波打ち、赤いローブへ迫った。


 赤いカエル族は、つぶらな瞳をぎゅっと閉じ、思わず頭を抱える。


 そこへ、もうひとつの『赤』が割り込んだ。


 聖剣ソルドボルグ。


 それを手にしたカレウスである。


 今度は青い波のような剣技へ正面から立ち向かわず、ソルドボルグの刃で横へ受け流した。


「エールカ、何してるケロよ。まったく、締まらないケロ」


 赤いカエル族――エールカを庇うように、カレウスが前へ立つ。


「仕方ありませんわケロ。どれほど強固な拘束魔法も、攻撃したら解けるのが運命(さだめ)ですわケロ」


 エールカは、なぜか悟ったような遠い目をした。


「持続可能で無敵とか言ってなかったケロか?」


「掛け直せばいいんですわケロ」


 誤魔化すように、エールカは慌てて杖を振るう。


「果てなき世界樹の『ルート』! 再び! ケロッ!」


 地面から伸びた根が、再び女騎士の両脚へ絡みついた。


「さあ、聖騎士様。やっちゃってケロですわ!」


 カレウスは苦笑するしかなかった。


 だが、そのおかげで、その日、ケロックは強襲者たちの撃退に成功したのである。


* * *


 カレウスは、ひとつうなずくと跳躍した。


 上へ。


 高く、高く。


「バーティカル・ローリング・ストーム! ケロッ!」


 身体ごと縦に回転しながら、もがくハーピーへ錆びた刀身を振り下ろす。


 カレウスが着地した、その背後。


 ハーピーは光の粒子となって消え去った。


「うおー、どえりゃ〜カッコええがね!」


「やったな、カレウス! 助かったぜ」


 シャチョーが囃し立て、ケンタが親指を立てる。


「おい、待て待て。そもそも、ケンタの失敗のせいでこうなったんだろ」


 タクヤが腕を組み、ケンタを睨みつけた。


「そこはすまん! 今後は再発防止に努める」


 ケンタは、ペコリと頭を下げる。


 すると、浮島の中央に、白いローブをまとったハイエルフが再び現れた。


 その両手の間には、金色の小さな鍵が浮かんでいる。


「ちょっと待て。そもそも、紛らわしい聞き方を――」


 ケンタが文句のひとつでも言ってやろうとした、そのとき。


 ハイエルフは金色の鍵をふわりとケンタのもとへ送り、にっこりと微笑んだ。


『お見事でしたわ』


 そのひと言だけを残し、再び掻き消えた。


(つづく)


――第六十五話 あとがき


 最後まで読んでくださって、ありがとうございますケロ。


 ケロック王国宮廷魔導士、エールカですわケロ。


 真っ赤なお肌に、流麗なる黒い縞模様。


 この完璧な配色が、私のチャームポイントですのケロ♪


 後編は、来週火曜日のお昼頃に投稿予定ですわケロ。


 つづきも読んでいただけたら、とってもうれしいですのケロ。


 もし少しでも楽しんでいただけましたら、ブクマや★で応援をしてくださると、大いなる研究の励みになりますわケロ!


 ところで、私の研究成果はいかがでしたケロ?


 『果てなき世界樹のルート』は、まだまだ進化の途中ですのケロ。


 次は、炎にも負けないように――。


 『燃えない鋼鉄のルート』など、どうですケロか?


 ……鋼鉄ですと、地面から伸びてくるイメージが、いまひとつ湧きませんわケロね。


 え?


 燃えないようにするより、自分で燃やすのをやめろ?


 まあっ!


 読者さん、あったまいい〜ケロッ!


 それでは次は――。


 『朽ちよ、果てよ、アシッド・レイン!』


 これなら燃えませんわケロ♪


――エールカ


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