第六十五話:神様に一番近い島(前編)
カエル族のカレウスは、水底で夢を見ていた。
王国を追放された日の夢だ。
罪状は、公金横領。
もちろん、濡れ衣だった。
いや――誰かの策略であったに違いない。
友であった聖騎士ケラウは、最後までカレウスを弁護してくれた。
だが、次々と提出される証拠を前に、その言葉はあまりにも無力だった。
横領を示す帳簿。
金を受け取ったという商人の証言。
隠し場所から発見された金貨。
あまりにも都合よく出てくる偽の証拠が、馬鹿馬鹿しくて仕方がなかった。
だから、カレウスは笑った。
「御前での哄笑、無礼であろう!」
大臣のひとりが声を上げた。
それを皮切りに、文官たちの意見は瞬く間に有罪一色へと染まっていった。
その結果、カレウスは王国を追われ、この湖の底に身を潜めることになった。
咎が及ぶことを恐れ、愛した女とも別れた。
別れ際、彼女が手渡してくれたお守りだけは、今も身につけている。
聖剣は奪われた。
聖騎士の資格も失った。
水底で錆びついた剣を振るい続けるうちに、いつしかカレウスは黒騎士と呼ばれるようになっていた。
黒い肌に、黄色い流線。
身につけているのは、布の腰巻きだけ。
手にしているのは、刃の錆びついた剣。
騎士を名乗るには、あまりにも粗末な姿だった。
カレウスは自嘲気味に口を歪め、水の中で剣を突き出す。
銀色の細長い魚が身をよじり、逃れようとした。
だが、錆びた剣は踊るような曲線を描き、その身を正確に貫いた。
今日の夕食は、少し豪華になりそうだ。
カレウスは得意げに水中で輪を描くと、獲物を手に、水底を泳ぎ去っていった。
* * *
その頃、ケンタたちは南エリス草原を南へ向かっていた。
目指すは、ローズティア湖。
クレリック叙事詩クエストの続きである。
――――――――――――――――――――――――
【天空への道筋】【クレリック叙事詩クエストⅡ】
依頼者:デルフィーネ
依頼内容:
純潔たる聖職者の証を得た聖職者よ。
湖に向かい、天空への鍵を得なさい。
その後、天空の審問に答えるのです。
難易度:★★★★★
報酬:聡明なる聖職者の証
――――――――――――――――――――――――
「湖にいるカエルが、鍵を持ってるんだ」
子どもアバターのまま、ケンタが訳知り顔で説明する。
「大丈夫なの? ケンタって、生カエルの親密度が最低じゃなかった?」
結が心配そうに確認する。
「なーに、倒しちゃってもドロップするはずだ」
「おいおい。倒したら、俺たちも生カエルの親密度が落ちちまうんじゃねえのか?」
タクヤが驚いたように口を挟んだ。
「あいつはカエル王国から追放されてるから、問題ない」
「そんなこと言って、またまるっと想定外だったとか言うんじゃないんかね?」
シャチョーが疑わしげに目を細める。
「そうドワ。こないだも全然、目的地に着けなかったドワ」
ガン鉄も大きくうなずいた。
「チームワーク、バッラバラね……大丈夫?」
最後尾を走るナナが、呆れたように声を上げる。
珍しく、今回は彼女も『トーチ』のパーティに紛れ込んでいた。
ここから先の叙事詩クエストには、ウィザードが不可欠だからだ。
というわけで、ログ爺はお留守番である。
もっとも本人は不満を漏らすどころか、嬉々として研究室に籠もってしまった。
今頃、ろくでもない発明に取りかかっているかもしれない。
やがて、前方にローズティア湖へ続くゾーン境界が見えてきた。
* * *
「で、このだだっ広い湖で、どうやって探すんかね?」
ローズティア湖を見渡しながら、シャチョーが尋ねる。
「当然……追跡スキルだ。結、頼む」
「はいはい……」
結が湖へ目を向け、追跡スキルを発動する。
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:::
アメリカザリガニ
【カレウス】
タニシ
:::
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「いた……かも? 多分、これだね……」
「うん、確かそんな名前だったと思う」
ケンタが、結の前に開かれた追跡リストの窓を覗き込む。
「タクヤ、ナナさん、EBを頼む」
EBとは、水中呼吸魔法『エンデューリング・ブレス』の略称である。
「あ、私はいいよ。これがあるから」
結は自分の耳に手を当てた。
そこに煌めくのは、小魚をかたどったイヤリング。
水中呼吸効果を持つ『水魚の耳飾り』だ。
「よし、行くぞ!」
結を先頭に、一行は湖へ飛び込んだ。
「ひゃあ、でらひゃっこいがね」
水の中は、潜るほどに薄暗くなり、水温も下がっていく。
「ねえ、ここには神殿とかないの?」
結が周囲を見回しながら尋ねる。
前回は、妖精大陸の湖に沈む水中神殿で、ひどい目に遭ったのだ。
「旧EOFでは、特に何もなかったな」
ケンタはそう答えると、前方に目を凝らした。
「もうすぐ湖底だ。近くにいるぞ!」
冷たい水の底で、クレリック叙事詩クエストの第二章が始まろうとしていた。
* * *
カレウスが住処へ戻り、獲ってきた魚を捌き始めたときだった。
突然、頭の中へ司令文が流れ込んできた。
――――――――――――――――――――――――
【PROMPT FOR KAREUS】
あなたはカエル族の黒騎士カレウスです。
王国を追放されてから、幾星霜。
最果ての湖に流れ着いたあなたは、憎悪と憤怒の化身となりつつある。
あなたを訪ねてくる者たちの目的は、あなたの大切なアイテムを奪うことです。
守り抜きなさい。大切なものを。
――――――――――――――――――――――――
「ケロッ?」
普通のNPCであれば、疑問も疑いも抱かず、司令のままにその役を演じただろう。
だが、王国を追放された時点で、カレウスは自由だった。
好きに生き、好きに泳ぎ、好きに死ぬ。
ある意味、彼は壊れていた。
「憎悪? 憤怒?」
カレウスは首をかしげる。
長いあいだ、ただ一匹のカエルとして自然のままに暮らし続けた結果、その言葉は彼の心にひとつも引っかからなかった。
まるで他人宛ての手紙を読んでしまったかのような、ばつの悪さだけが残る。
「ふん。まずは飯だ……」
カレウスは司令文を放り出すように意識の外へ追いやると、まな板へ向き直った。
* * *
「この辺なんだが、よく見えないな……」
湖底は、ヒューマンの目には暗すぎた。
「ナナさん、明かりをお願いします」
「まっかせなさい」
緋色の祭服をまとった魔女は、高らかに詠唱した。
「エターナル・ライト!」
水中に小さな太陽が生まれ、辺りを明るく照らし出す。
「ありゃ、なんだがね?」
光の中に浮かび上がったのは、湖底に張りつくように建つ小さな小屋だった。
「あんなもの、旧EOFにはなかったぞ……」
「なんか、ちょっと可愛くない?」
小屋は、鮮やかな赤いレンガで組まれていた。
木材では浮いてしまうからだろう。
意外にも外観は凝っており、小さな丸い出窓が特徴的だった。
扉だけは木製のようだが、ツタが絡み合うような彫刻が、優美な線を描いている。
扉の横には郵便受けが立っており、『カレウス』と書かれた札が、水の流れに揺れていた。
「ま、間違いはないようだね……」
「ボスさん、意外と文化的に暮らしてるんだね」
結は目を丸くしながら、郵便受けを眺めた。
* * *
扉には、カエルをかたどったノッカーが取りつけられていた。
「どうも調子が狂うな……」
とてもボス部屋へ挑む冒険者一行という雰囲気ではない。
「いちいち可愛らしいわね」
ナナは、ノッカーを興味深げに観察する。
「叩くと、ケロケロって鳴くんじゃないかしら?」
そう言って、ノッカーへ手を伸ばした。
「おい、待て――」
タクヤが止める間もなく、ノッカーが扉を叩く。
ケロ、ケ〜ロ♪
「ほんとに鳴いた!」
結が目を丸くする。
「それより、構えろ! 出てくるぞ!」
タクヤの警告に応えるように、扉がゆっくりと隙間を開けた。
やがて――。
「どちら様ケロ?」
扉の隙間から、誰何する声が聞こえた。
「新聞なら間に合ってるケロッ」
扉がバタンと閉まる。
「どうも調子が狂うな……」
* * *
「もう一度呼び出して、やるか?」
タクヤの言葉に、ケンタは考え込んだ。
「ちょっと待ってくれ。何かおかしい……」
「そうだね。あの人……あのカエル、戦う気ゼロだったよ」
結も、郵便受けにぶら下がる名札を見ながらつぶやく。
「よし、話してみよう」
ケンタは再びノッカーを叩いた。
ケロ、ケ〜ロ♪
間もなく、カレウスが再び扉の隙間から顔を出す。
「しつこいなあ。間に合ってるって言ったケロよ」
「すまないが、俺たちは新聞屋じゃない」
その一言に、カレウスはケンタたちを順番に眺め直した。
その視線が、ある女性のところで一瞬止まる。
しかし、何事もなかったかのようにカレウスは告げた。
「ふむ。外の水は冷たい。話は中で聞こう」
扉が大きく開かれた。
* * *
「水中なので飲み物はお出しできないが、新鮮な刺身などどうケロ?」
テーブルの上に置かれたのは、白身魚の刺身だった。
「お、お構いなく」
ケンタは即座に辞退する。
しかし、横からひょいと手が伸びた。
「ん、美味しいじゃない。お酒が欲しくなるわ」
ナナである。
カレウスは、その緋色の祭服をじっと眺め、目を細めた。
「エールカにそっくりケロ……」
「え、なに?」
「なんでもないケロ……」
カレウスは目を瞬かせると、告げた。
「天空城の鍵を求めて来たと言ったケロな?」
ケンタがうなずくと、カレウスもうなずいた。
「譲ってもよいが、ひとつお願いがあるケロ」
「交換条件か? なんだ?」
「……私も天空城へ連れていってほしいケロ」
* * *
「わかった。同行してくれて構わない」
ケンタが了承すると、カレウスは首から下げた古びたお守り袋から、折りたたまれた羊皮紙を取り出し、ナナの前へ差し出した。
「これが『グループゲート:天空城』のスクロールであるケロ」
ナナの目が輝く。
「おおっ! これが噂のレア魔法!」
「エールカと同じウィザードなら、使えるはずケロ」
「エールカって誰よ?」
「カエル族の宮廷魔導士で、昔の知己ケロ……」
「ふーん……まあ、いいわ」
ナナは残った刺身を平らげると、勢いよく立ち上がった。
「行きましょう! 天空城へ!」
カレウスはその緋色の祭服に目を細めながら、腹を押さえた。
ぐううぅ〜!
腹の音が、部屋の水を震わせる。
(騎士は食わねど高楊枝ケロ……)
* * *
天空の島は、想像していたよりも遥か上空に浮かんでいた。
無数の星が空を埋め尽くし、辺りは大気圏外を思わせる様相を呈している。
惑星と宇宙の境目が、彼方に弧を描いて見えた。
そこから眼下へ目を向ければ、茶色や褐色の雲が幾重もの縞模様を成している。
その縞模様の一角では、大きな赤い斑点が渦を巻いていた。
「うへえ、こんなところで息できるんかね?」
「EBがあるから、できてるだろ?」
「ねえ、ここ本当に火星なの?」
結が、赤く渦巻く大気を眺めながら尋ねる。
どう見ても、テラフォーミングされた火星の様相ではない。
「実はここ、木星上空だって言われてる」
ケンタはそう言いつつ、首を振った。
「『バグ活』の未検証情報だけどな……」
「木星って、どれだけ離れてるの?」
「転移魔法に距離は関係ないのよ」
ナナはドヤッと腰に手を当て、胸を張った。
その緋色の祭服をじっと眺めながら、カレウスが愉快そうに口元を緩める。
「エールカとおんなじこと言ってるケロ」
「あ、またその名前! カレウスさんの奥さん?」
結が興味深げに食いついた。
ここが火星ではないことより、重要な問題らしい。
「彼女は私の……いや、今はケラウと同じ、ただの幼馴染ケロ」
ケラウの名が出た途端、ケンタの眉が上がった。
カレウスはそれを見逃さなかったが、続く結の言葉で、その反応はうやむやになってしまう。
「今はって、あーやしー! 絶対、彼女さんでしょ?」
「……彼女は彼女だが?」
カレウスはきょとんとした。
「それより、天空城への道はまだ遠いぞ」
一同が見上げた先には、小さな浮島が点々と上空へ連なっていた。
* * *
島の中央には、白いローブをまとった青年が佇んでいた。
一行が近づくと、青年は静かに問いかける。
『汝は、審問を望むか? 審判を望むか?』
「審問を望む」
ケンタが答えると、青年の頭上に金色の『?』マークが浮かんだ。
――――――――――――――――――――――――
【第一の浮島】
依頼者:審問官マイケル
依頼内容:汝の清廉を証明せよ。
難易度:★
報酬:第二の浮島の鍵
――――――――――――――――――――――――
「ここで間違えると、レイドイベントが発生するから要注意だ」
「なに、その罠……」
「どうやって証明するんだがね?」
「そりゃ、俺は見た目だけで清廉だし……」
「「「どこが?」」」
三つほどの声が重なった。
ケンタは肩をすくめると、青年へ告げる。
「僕は、僕が清廉であると誓う」
それを聞いた青年はひとつうなずき、頭上のクエストマークを、完了を示す『!』へと変えた。
『次なる審問官のもとへ進むがよい』
青年が両手のひらを上へ向けて差し出すと、その間に金色の小さな鍵が浮かび上がった。
鍵はゆっくりと宙を漂い、ケンタのもとへ近づいてくる。
「なーんだ、自己申告でいいんだ」
「★ひとつのわけだがね」
「何ひとつ証明できてない気がするわね」
「うっさいわ。次行くぞ!」
カレウスは誰へとなくつぶやいた。
「清廉は自分自身で証明すべき……か」
* * *
金色の鍵をタップすると、一行は次の浮島へ転送された。
島の中央には、白いローブをまとった老ドワーフが佇んでいる。
『汝は、審問を望むか? 審判を望むか?』
お決まりの問いだった。
「審問を望む」
こちらも、お決まりの答えである。
老ドワーフの頭上に、金色の『?』マークが浮かんだ。
――――――――――――――――――――――――
【第二の浮島】
依頼者:審問官ドワエル
依頼内容:
汝は鉄のような固い意志を持つか?
証明せよ。
難易度:★
報酬:第三の浮島の鍵
――――――――――――――――――――――――
「僕は、僕が鉄の意志を持つと確信している」
老ドワーフはうなずくと、金色の鍵を差し出した。
「簡単すぎるがね!」
「はい、次ー」
ケンタは即座に鍵をタップした。
* * *
第三の浮島には、白いローブをまとったハイエルフの女性が立っていた。
もはや、流れ作業である。
『汝は、審判を望むか? 審問を望むか?』
お決まりの問いだと思った。
「審判を望む」
お決まりの答えのはずだった。
ハイエルフの頭上に、金色の『?』マークが浮かぶ。
――――――――――――――――――――――――
【第三の浮島】
依頼者:審問官アリエス
依頼内容:汝の力を証明せよ。
難易度:★★★★★
報酬:第四の浮島の鍵
――――――――――――――――――――――――
「はいはい、ポチッとな……あれ?」
「おい、一瞬、★がいっぱい見えたぞ?」
「ケンタ、審判って答えてたでよ」
「審問と審判が逆だったよ……」
「まずい、罠だ!」
白いローブのハイエルフは、にっこりと笑って掻き消えた。
代わりに、浮島の端から宙へ浮かび上がったのは、半人半鳥の女性型魔獣が十二体。
「ハーピーじゃねえか!」
「囲まれたわね」
「逃げ場がないドワワ」
「気をつけろ! チャームを使ってくるぞ!」
「ケンタは鉄の意志でレジストすればいいがね」
「シャチョーこそ、女性型に騙されるなよ」
「はいはい、ケンカはあとでね」
ハーピーたちは、そんな一行を嘲笑うかのように、浮島の周囲を時計回りに旋回し始めた。
* * *
「ドワドワ〜、美人の鳥さんドワ〜」
「どえりゃあ、べっぴんさんだがね〜」
「はわー、パタパタ可愛い〜」
『ギャース、ギャース!』
ハーピーたちが、ほくそ笑む。
「ちくしょー、なんて魅力的なモモ肉なんだ。塩振りてえ……」
『ピイィ!?』
最後のひと言だけは、ハーピーにも精神的なダメージを与えたようだが、早くもパーティは半壊していた。
「もうー、みんな目を覚ましなさい!」
見かねたナナが、味方を巻き込んでAE魔法を放つ。
その詠唱は、ささやくように小さかった。
「……ティアーズ・オブ・トゥールース……」
電撃が辺りを走り、一行の身体を軽く焦がした。
「ドワワん! 痺れるドワん!」
「はっ! 俺は何を……」
「怪物に恋するところだったがね……」
「可愛い……くないのに、なんで私……」
「ああ、タレもいいなあ」
『ピイィ!?』
「数が多いんだよ。チャームが重なって襲ってくる」
ケンタが仲間たちのHPを回復しながら、ぼやいた。
「攻撃力は大したことないんだがなあ」
相手は飛行生物であるため、近接攻撃がほとんど届かない。
結とナナの遠距離攻撃だけが頼りだが、壁役がヘイトを引き受けられないため、一気に数を減らすこともできなかった。
万が一、彼女たちに攻撃が集中すれば、頑丈な壁役とは違い、回復が間に合わなくなるだろう。
「まずいな……」
どうにか戦線は維持していたが、数の差によって、ケンタたちは徐々に押し込まれつつあった。
* * *
「力を示せばいいケロ?」
カレウスは錆びた剣をすらりと抜き放ち、前へ出た。
強靱な足腰が、その身体を高々と跳ね上げる。
「ソル・スパイラルエッジ! ケロッ!」
宙へ飛び上がったカレウスは、身体ごと無秩序に回転させながら剣を振るった。
『ギョエッ!?』
二体のハーピーが渦のような剣技に巻き込まれ、光の粒子と化して消滅する。
くるりと宙返りを決めて着地したカレウスは、残るハーピーたちを睨みつけると、順番に舌を撃ち出して命中させた。
文字どおり舐められたハーピーたちが、怒りに任せてカレウスへ殺到する。
しかし、今度はひらりとかわされ、錆びた剣の刃で浅く斬りつけられた。
切れ味の鈍った刃は、かえって傷口を引きちぎり、痛みを増幅させる。
そして、壁役に夢中になったハーピーたちは、背後から強烈な攻撃を受けた。
「バックスタブ!」
「アイシクル・コメット!」
「正射必中!」
瞬く間に、三体のハーピーが消え去る。
さらにもう一体を、カレウスが投げ放った剣が貫いた。
胸を穿たれたハーピーが、光の粒子となって消滅する。
投げられた剣は、いつの間にか伸びたカレウスの舌に絡め取られ、その手元へ戻っていた。
残るハーピーは半数。
戦局は、大きく逆へ傾きつつあった。
* * *
一度傾いた力の天秤は、さらに傾きを増し、二度と元の均衡を取り戻すことはなかった。
最後の一体となったハーピーが恐慌状態に陥り、逃走を図る。
「逃がさないわよ。パラライジング・エアロ!」
渦巻く風が、最後のハーピーの身体を空中へ縫い止めた。
懸命に羽ばたいても、その翼はいつものように風を捉えられない。両脚の鋭い爪も、むなしく空を切るばかりだった。
ナナは拘束魔法の効果を確認すると、カレウスを振り返って告げる。
「さあ、先生。やっちゃってください!」
カレウスは目を見開いた。
またしても、昔の記憶を刺激されたからだ。
錆びた剣を構えながら、カレウスは思わず笑みをこぼす。
(まったく、マギというものは……)
* * *
カエル族は、オーダー陣営にもカオス陣営にも属さない中立種族である。
同じ沼地で利害が対立しやすい『バロルグ』の者たちとは、決して仲が良いとは言えない。
それでも、戦闘にまで発展することは稀だった。
しかし、オーダー種族の中には、カエル族をその見た目だけでモンスター扱いする者が一定数存在する。
かつて、そんな独善的な集団が、カエル族の王国『ケロック』を襲ったことがあった。
銀の鎧に、青い薔薇の紋章を掲げた騎馬軍団。
急襲の知らせを受け、沼地へ飛び出したのは、聖騎士ケラウとカレウスだった。
ともに、太陽神ソルフレイム・プロムから下されたという聖剣を手にした、王国の双璧である。
ひとつは、聖剣ソルクラウス。
もうひとつは、聖剣ソルドボルグ。
二振りの聖剣は太陽のエネルギーを宿し、押し寄せる敵兵を次々と押し返した。
「ええい、引くな! 進むのじゃ!」
敵兵の中から、叱咤の声が上がる。
声の主は、長身の人間の女性だった。
カレウスには人間の顔の区別がつきにくかったが、青い石が随所にはめ込まれた鎧は、他の騎士たちのものとは明らかに異なっている。
一目で、この騎馬軍団の長だと分かった。
「ケラウ! 頭をやるケロッ!」
カレウスは返事を待たず、敵将へ向かって突進した。
距離を詰めるにつれて、ソルドボルグが真っ赤に発光し、灼熱の熱を帯びていく。
縦一閃。
振り下ろされた灼熱の一撃は、騎馬ごと敵将を両断したかに見えた。
だが――。
「ウェイブ・オブ・ザ・ブルー!」
敵将の青い細剣が波打ち、カレウスへ襲いかかった。
ソルドボルグで受け止めても、しなった剣先がその守りをすり抜け、黒い肌を傷つける。
「ぐぬぬ〜、ケロッ!」
カレウスが後退する。
その横合いから、ケラウのソルクラウスが白い光を走らせた。
「スラッシュ・オブ・ザ・ソルフレイム! ケロッ!」
しかし、その一撃さえも、ねじくれた剣技によってかわされる。
「ウェイブ・オブ・ザ・コバルト!」
波打つ刃に弾かれ、ケラウの身体が後方へ吹き飛ばされた。
「ケロケロロッ……」
王国の双璧さえ敵わない。
その光景に、ケロックの兵士たちは絶望の淵へ立たされた。
ただ一人、彼女を除いては。
* * *
「果てなき世界樹の『ルート』! ケロッ!」
太い植物の根が地面を突き破って伸び、女騎士の両脚へ絡みついた。
「ぬ? マギタイプか? ちょこざいな!」
女騎士は青い細剣を振るい、根を断ち切ろうとする。
だが、切り払っても、切り払っても、次から次へと新たな根が伸びてきた。
「ふふん♪ 無駄ですわケロ。私の研究の成果、持続可能な拘束魔法は無敵なのですわケロ!」
声の主は、『ケロック』の入り口に立つカエル族だった。
赤い肌に、流麗な黒い縞模様。
宮廷魔導士の証である真っ赤なローブをまとい、全身を赤で染め上げている。
「我らが父なる太陽の業火! 『ピラー・オブ・ザ・プロミネンス』! ケロッ!」
女騎士の足元から、炎の柱が立ち上った。
赤いカエル族は杖を振るった勢いのまま、得意げに宙返りを披露する。
「ぐううっ! ……ぬ? 動ける!」
女騎士は炎の直撃を受けたものの、同時に、その身体を拘束していた根も燃え尽きていた。
「あわわっ! 『ルート』も燃やしてしまいましたケロ!」
女騎士は、その隙を逃さず赤いカエル族へ突進する。
「喰らえ! ウェイブ・オブ・ジ・インディゴ!」
青い細剣が波打ち、赤いローブへ迫った。
赤いカエル族は、つぶらな瞳をぎゅっと閉じ、思わず頭を抱える。
そこへ、もうひとつの『赤』が割り込んだ。
聖剣ソルドボルグ。
それを手にしたカレウスである。
今度は青い波のような剣技へ正面から立ち向かわず、ソルドボルグの刃で横へ受け流した。
「エールカ、何してるケロよ。まったく、締まらないケロ」
赤いカエル族――エールカを庇うように、カレウスが前へ立つ。
「仕方ありませんわケロ。どれほど強固な拘束魔法も、攻撃したら解けるのが運命ですわケロ」
エールカは、なぜか悟ったような遠い目をした。
「持続可能で無敵とか言ってなかったケロか?」
「掛け直せばいいんですわケロ」
誤魔化すように、エールカは慌てて杖を振るう。
「果てなき世界樹の『ルート』! 再び! ケロッ!」
地面から伸びた根が、再び女騎士の両脚へ絡みついた。
「さあ、聖騎士様。やっちゃってケロですわ!」
カレウスは苦笑するしかなかった。
だが、そのおかげで、その日、ケロックは強襲者たちの撃退に成功したのである。
* * *
カレウスは、ひとつうなずくと跳躍した。
上へ。
高く、高く。
「バーティカル・ローリング・ストーム! ケロッ!」
身体ごと縦に回転しながら、もがくハーピーへ錆びた刀身を振り下ろす。
カレウスが着地した、その背後。
ハーピーは光の粒子となって消え去った。
「うおー、どえりゃ〜カッコええがね!」
「やったな、カレウス! 助かったぜ」
シャチョーが囃し立て、ケンタが親指を立てる。
「おい、待て待て。そもそも、ケンタの失敗のせいでこうなったんだろ」
タクヤが腕を組み、ケンタを睨みつけた。
「そこはすまん! 今後は再発防止に努める」
ケンタは、ペコリと頭を下げる。
すると、浮島の中央に、白いローブをまとったハイエルフが再び現れた。
その両手の間には、金色の小さな鍵が浮かんでいる。
「ちょっと待て。そもそも、紛らわしい聞き方を――」
ケンタが文句のひとつでも言ってやろうとした、そのとき。
ハイエルフは金色の鍵をふわりとケンタのもとへ送り、にっこりと微笑んだ。
『お見事でしたわ』
そのひと言だけを残し、再び掻き消えた。
(つづく)
――第六十五話 あとがき
最後まで読んでくださって、ありがとうございますケロ。
ケロック王国宮廷魔導士、エールカですわケロ。
真っ赤なお肌に、流麗なる黒い縞模様。
この完璧な配色が、私のチャームポイントですのケロ♪
後編は、来週火曜日のお昼頃に投稿予定ですわケロ。
つづきも読んでいただけたら、とってもうれしいですのケロ。
もし少しでも楽しんでいただけましたら、ブクマや★で応援をしてくださると、大いなる研究の励みになりますわケロ!
ところで、私の研究成果はいかがでしたケロ?
『果てなき世界樹のルート』は、まだまだ進化の途中ですのケロ。
次は、炎にも負けないように――。
『燃えない鋼鉄のルート』など、どうですケロか?
……鋼鉄ですと、地面から伸びてくるイメージが、いまひとつ湧きませんわケロね。
え?
燃えないようにするより、自分で燃やすのをやめろ?
まあっ!
読者さん、あったまいい〜ケロッ!
それでは次は――。
『朽ちよ、果てよ、アシッド・レイン!』
これなら燃えませんわケロ♪
――エールカ




