Report33:ELIN(エリン)02/検査
会議室は静まり返っていた。攻撃がぶつかった後の音と光が消え、小澤と橋本が状況を確認すると山河が剣をふるい続けているのを見た。佐原が展開しているバリアは割れていない状態であり、山河の剣から生み出された斬撃は消えることなく残っている。
「小澤さん、あれは?」
「ソード・トゥ・ディスセクトです。以前、突発的にできたこと、【斬撃の痕が消えずに残る斬撃】を再現しました。たくさんの電子情報が必要ですが、ヴァンさんが大技として使っている技です。」
「彼、ずっと切りかかり続けているけど…。」
「この技は剣から電子情報を放出し続けている限り、切り続ける方がいいです。斬撃の痕はしばらく消えないですけど、電子情報の放出が終わってから数分は攻撃も防御もデバイスを介した全ての行動ができないからです。」
「残念ね。彼には悪いけど、時間がかかるみたい。」
「え?」
「佐原のバリアは1枚じゃないの。」
「は、橋本さん。どういう意味でしょうか?」
「佐原を包んでいる空間全体が特別な配列で組まれた電子情報で満たされているの。バリアは境界というよりも領域かな。今、斬撃の痕がバリアの内部に到達していないから、もし、今の技で佐原にダメージを与えるとするなら、あと20分位は続けないとダメな気がする。あれは割るというよりも、掘るような攻撃じゃないとバリアを破るのに時間がかかるから。」
「そ、そんな。ヴァンさんの攻撃はあと1分程で終わるのに…。」
切り続けている山河は動きながら、小澤と橋本の会話を聞いている。そして、勝ち目のない状況だと冷静に把握した。
(アイツを倒す以外でこの状況を終わらせる条件があるってことか…。)
「ヴァン、勢いがなくなっている。もう終わりか。終わってもこの会議室からは出られないぞ。」
「は?」
「条件を満たすと判断できるまではこの部屋から出さない。」
「あの…、条件って?」
佐原の発言に対して、唖然とした山河は攻撃を止め、条件の内容を尋ねた。そして、ソード・トゥ・ディスセクトの制限時間がゼロになり、彼が現実化していた武装が解除される。その直後、小澤は自らのデバイスを捜査して、山河が少しでも早く戦えるように調整をしていく。
「条件は俺を超えるか、俺と同等になればいい。」
「あの、それってどうすれば?」
「教えたら意味がない。」
「はぁ…。入口は塞がれているから逃げられないし、多分、あっちの女性に攻撃しても意味はない。だから、めんどくせぇけど、戦うしかない。あのオレンジ色のバリア内部には電子情報が溜められているから大技が通じにくい、貫通しにくい。衝撃吸収材に攻撃しているようなもんだ。バリアの内側へ行くには現実化を解除すればいい。でも、解除状態で攻撃しても条件は満たさないだろうし、かと言って内側に入って、再度現実化をしてから攻撃をしても、その場で攻撃を吸収される。吸収というか、打消し、無効化、分解…。その類の何かで消される。さて、ソード・トゥ・ディスセクトは通じないとなると凌駕攻撃、加速弾、放出剣の3つで使えそうなのは、イクシード。でも、吸収で電子情報を貯めるのに時間がかかる。レディエイトを使うには情報量が足りない。長引かせたくはないし、どうする…。」
佐原が言った条件を教えてもらえなかった山河。彼は一人で喋りながら、策を考える。新しくプログラムコードを組み込むには余裕がない。仮にプログラムを組めたとしても、テスト無しの本番。さらにはプログラムの案自体が思いつかない。武装が解除されたままの状況で彼は右手を顎にあてながら考え続ける。山河が考えてから、およそ2分後、佐原が山河へ話しかけた。
「もし、条件をクリアできないと俺が判断した場合、ヴァンたちからデバイスを取り上げる。」
「なっ!?」
「え、ど、どういうことですか、佐原さん、橋本さん。どうして私たちからデバイスを取り上げるんですか?」
「佐原、彼女に説明していい?」
「許可できない。橋本、彼女への対応を頼む。」
「はい。」
慌てている小澤を落ち着かせるように佐原から頼まれた橋本は彼女に話をする。彼女たちの会話は聞こえている山河だが、反応することなく、考えることに集中していた。彼にしては珍しく、黙ったまま。喋らずに脳内で自問自答をはじめる。
「俺がやった行動といえば、銃撃、斬撃、ソード・トゥ・ディスセクト。結果、全部、通用しない。アクセル、イクシード、レディエイトのどれを使ったとしても、通用しない。それはディスセクトがダメな時点でわかってる。佐原さんのオレンジ色の防御武装は簡単に壊せるものではないのもわかった。ふぅ…、使う色には自分が現れるならオレンジ色が佐原さんを表しているのか…。ん、色?」
山河は考えていく間に何かの違和感を覚えた。それを確かめるために彼はデバイスのスイレンをビームモードで起動。佐原に向けて数発を撃ち込んだあとに現実化を解除した。そして、彼はまた、黙ったままで考えはじめる。
「色々な当て方をした。防がれるのは変わらない。ただ、当てた後、その箇所の色が濁ったものになることがあった。なぜだ?染まっている色が濁るのはあり得るのか?…って、わからないことを考えても仕方がない。それよりも考えろ、俺。色の無い攻撃、つまり、色の無い電子情報は色のあるものより弱い。色は個性を表現していて、色の濃さは気持ちの度合い、つまり感情的になっていればなっている程、濃くなる。色の濃さが濃ければ濃いほどその色で構成された情報は他の干渉を受けにくい。さて、どうする…。」
「ヴァンさん?」
小澤が呼びかけても山河は反応しない。呼びかけられた彼は立ったまま、ついには目を閉じた。ほんの数秒、考えることをやめて思考をリセットする山河。彼の様子を見て、動じていないのは佐原と橋本。彼らは観察を続けている。山河は他の3人の様子を気にすることなく、再び、頭の中で考えを巡らす。
「俺はこの状況で感情的になる、感情を高めることはできない。怒れない、泣けない、恐れない、喜ばない、楽しめない。ただ、メンドクサイ。時間の無駄。そうとしか考えられない。はぁ…、早く帰してほしい。でも…。」
「動くか。」
佐原が呟いた一言と同時に山河は目を開け、ゆっくりと動き出す。そのゆっくりとした動作を小澤と橋本はじっと見つめているだけ。話しかけられる雰囲気では無かった。一方、山河は無意識で動いていて、構えをとりつつ、自問自答を続ける。
「気持ちは高められない。ただ…、面倒だ。考えるのも、動くのも、抗うのも、偽るのもだ。ふぅー…、アイツを倒せばこの重苦しく、ダルい気持ちが消えるのか?…、わからない。ただ、この部屋から出れないのはめんどくせぇ。はぁ…。」
彼にあるのは暗い思考。赤でも、青でも、黒でもないハッキリしないようなグシャグシャしたようなもの。映像のノイズのようなもの。それが存在していることに山河自身が気づいたのは構えを取る動きが落ち着いたときだった。
「メンドクサ。」
彼はその暗い思考をはっきりと言った。そして、侍が居合切りをするような姿勢をとっていた彼は何かを喋り、力強くそして素早く、右手で刀を抜くモーションをした。その後、彼は振り抜いた姿勢のままで視線を佐原に向け、静止している。
「あれは?」
「あ、あれですか。ヴァンさんが手にしているものですよね?か、刀です。」
「そう。小澤さんは知ってるんでしょ?」
「見覚えはあります。ですが…。」
「橋本。」
「何?」
「ヴァンは何をした。」
『え?』
「解析だ。」
「武士のように斬る動作をしただけじゃないの?」
「斬ったと思われる部分だけバリアに隙間が出来ている。それも、キレイにだ。」
「どうして?」
佐原と橋本が考えはじめようと端末を使いはじめた時に、山河が姿勢を解き、刀は維持したまま2人に向けて喋りかけた。
「終わりですか?」
「まだ、終わりではない。俺に何をしたか教えてくれないか?」
「はぁ…。」
「どうした?」
「デバイスの検査をするんじゃないんですか?」
「そうだ。」
「なら、検査をとっととしましょう。検査なら面倒ですが、仕方がないので。」
「検査の一つで模擬戦をしているんだが。」
「この模擬戦、俺が面倒って言ったらデバイスを壊すんですよね。面倒なので壊してもらって構わないですよ。」
「…、ダーク。」
山河の発言に対して、しばらく沈黙があり、ようやく出た言葉は小澤のダークという単語。黒い、暗い、深い、濃いといった何かを彼の発言から連想したのだろう。それとも、彼が手にしている【紫系で鉄のような色】を発している刀を見て言ったのかは喋った本人以外にはわからない。
「わかった…。壊すぞ。」
「ふーっ。」
山河が深呼吸をしている最中に佐原は彼に手を向けて、オレンジ色の球体を2つ飛ばす。佐原と山河の距離はおよそ10メートル。球体が飛ばされた瞬間を見た山河は右手で刀を振るう。
「2つとも斬ったのか。」
「戦い方の検査ではなく、デバイス自体の検査をしてください。戦うことが必要だという本当の理由を教えて貰えるなら、話は聞きます。」
「だから、これもけ」
「デバイス壊そうとするなら、抵抗、しますので。武装を解除しない限り、抵抗、しますので。」
「人の話を聞く気はあるのか、どうな」
「そっちが理由を話す気が無いなら…。」
山河が喋りかけて黙る。彼の表情や行動を観察している橋本、彼のデバイスを見つめている小澤。佐原はバリアを展開し続けたまま、球体を8つ用意している。
「スイレンとタイムが濃い色に染まっています。」
「本当ね、あれは初めて?」
「いえ、見たことがあります。」
彼女たちが会話をはじめたと同じタイミングで佐原が攻撃をしかける。的は山河が腰につけている2つのデバイス。それらに電子情報をぶつけて、機能停止にする狙い。佐原の狙いを直感で予想した山河は回避しつつ、刀で球体を斬っていく。
「どうしたの、小澤さん?」
「い、いつもと雰囲気が違うので戸惑っています。」
「どう違うの?」
「怒っている訳ではないです。やる気がある訳でもないです。いつもなら何となくわかるのですが、どんな気持ちなのか想像できないから、いつもと違うと思うんです。」
「斬られた球の破片が消えない?斬られた球はコントロールも出来ない?」
「武装を解除してください。」
球の状態を確認した佐原は敢えて武装を解除しない。山河のデバイスがどうなっているのかを解析するためには多くの情報が必要なので、自らを犠牲にして情報を得ようとしたからである。
「はぁ…、じゃあどうすれば検査が終わるんですか、条件は?」
突然に現実化を解除した山河は、大きなため息をつく。そして、2つのデバイスを腰から取り外す。攻撃の意思が無いことを示しつつ、佐原のもとへ歩いていった。




