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逃走

 夜が明けた。


 いつの間にか、竜はどこかに消え去っていた。

 あちこちが焦げる匂いに鼻が慣れる。目の前には身を縮こめたリン。寝ているようだが、目は茫然と開いている。

「マスター!マスター!」

 外から、自分を呼ぶ声。俺は建物の影から声がする方向を覗く。そこにはココを先頭に、村の人間が数人、隊を成して歩いてくるのが見えた。

「マスター!」

 そう、村人達が呼ぶ声にリンも覚醒したのか、こちらをじっと見る。

「ちょっと行ってくる」

 俺は自分の剣をリンに渡す。

「これはあげる。もし野を下るなら、これを売って資金にするといい」

 頷くでもなく、虚ろな目をするリン。俺はそんなリンの返答を待たず、村人達の前に出た。


 案内されたのは夜宴を行った屋敷だった。

 屋敷はかろうじて形を保っていたが、ところどころ焼けていて、内部には焦げる匂いが立ち込めていた。

「あ、ちょっと」

 屋敷内に入る前に、側近の兵士に止められる。

「この場では、剣の持ち込みはご遠慮ください。手持ちの剣はこちらにお預けください」

 俺は持っていた錆かけの剣を、兵士に渡す。

「他に手持ちは?」

「……ありません」

 兵士が俺を扱う態度は丁重だったが、そこには明らかな警戒の態度が見て取れた。


 案内されたのは最初に通されたのと同じ、最も奥の部屋。またも村長を中心に、謁見の形を見せる。

 ただし両脇の兵士からは殺気が放たれ、最初の謁見とは明らかに違う空気が漂っていた。

 ココが威厳を持った態度で、俺に話しかける。

「ご案内したのは、夕べの一件です。夕べの竜は、あなたが召喚したものに、間違いありませんね」

 問い掛けに対して、俺は狼狽える。「分かりません」。当然、竜の召喚は自分の意思ではないし、第一伝説自体、本物かどうか分からない。そんな状況でYESなんて言う訳がなかった。そんな俺の様子に構わず、ココは続けた。

「夕べ一晩で実に多くの被害が出ました。村人は分かっているだけで数百人。家屋は八割以上。実を言うと、私の息子コルムも、まだ見つかっていない」

 ココは俺を静かな瞳で、俺を見据える。

「あなたに一つだけ確認したいことがあります。あの竜は、あなたの意志で操り、村を襲ったのではないのですね」

 俺は迷わず、「はい」と答えた。

「自分の意志で止めることはできなかった?」

「はい」

 当然ながら、俺に村を襲うつもりも、またそうする動機も、全くなかった。

「……分かりました」

 ココは静かに頷いた。

「実は、あなたの答え何如ではその後の対応は変わっていました。あなたの意志で竜を動かしていたのではない。それさえ分かれば、結構です」

 ココは椅子から立ち上がり、部屋の脇に立つ本棚を撫でた。

「ご心配なく。伝説によると、召喚されたばかりのマスターは、竜をうまく操れないこともあるそうです。竜と意思の疎通が測れず、時には指示を全く無視するなど。これらは数々の伝記に記載され、珍しい事ではないことが分かっています」

 ココは本棚から離れ、コツコツと靴の音をさせながら、自分の椅子に戻る。

「同時に、竜の伝説には、こんな言い伝えがあります。『竜のマスターはある日突然現れ、突然消える』そして、『消える時には必ず、竜も一緒に消えている』、と。これは数々の伝記に加え、実際に各地で目撃されていることです。……つまり」

 ココは厳かに目を見開く。

「マスターが消えれば、竜もまた、消えるということ。マスター。あなたには今ここで、死んでもらいます」

 背中に強い殺気を感じ、俺は振り向いた。同時に、ひゅっと音を立て、何かが俺の頬を掠める。

 振り向いた視線の先には、弓を構えた射手。続いて、両脇からいくつもの金属が擦れる音がした。両脇の兵士達が次々に剣を引き抜いた。

「竜を止められないのなら生かす価値は無い。……殺れ。四肢を捥ぎ、俺の前に差し出した上でな」

 声色の変わった、ココの声。同時に、先頭の兵士が振りかぶって俺に襲いかかってきた。

 俺は反射的に、先頭の兵士の懐に飛び込んだ。

 振り下ろされる剣の柄を押さえ、そのまま兵士の体を背負うように体をねじ込ませた。その兵士の体を盾にして他の兵士の剣から身を守り、投げ飛ばすと同時に剣を奪い取る。

 兵士の陣形と出口を確認。俺は威嚇がてら剣を振り回し、繰り出される剣を受け流し、出口へ走る。

「逃がすなあ!」

 ココの絶叫が走る。同時に押し寄せる兵士達。

 剣を受け流し続け、そして、それが限界だと悟った俺は、自らの剣で兵士を薙ぎ払った。

「…………!」

 鮮血が跳ね、俺の頬に当たる。決して多い量ではなかったが、傷を負った兵士は「お……お……」と呻き、後ろによろめいて倒れた。

 俺はますます速度を上げて走った。

 時には同時に二本、三本の剣を受け止め、流し、時にはまた斬りつける。

 途中、先ほどの射手が次の矢を装填するのが見えた。

 俺はまっさきにそいつに駆け寄り、弓ごと斬った。射手の体はほとんど真っ二つになり、血を噴き出す。

「追え!逃がすな!」

 兵士達の怒号。だが田舎でろくに訓練していない兵は、みすみす出口を俺に譲り渡す結果となった。


 ひゅんっ、と矢が大地に突き刺さった。

 振り向くとまたも射手。しかし、農民だからか、次の矢を装填するのに手間取っている。

 俺は一瞬だけ考えた後、そいつに向かって剣を投げつける。「ぎゃあっ」と短い声。俺は振り向かず、全力で草原を駆け抜けた。

「待てえっ!」

 足並みの揃った、幾人もの兵士の足音が、背後から聞こえてくる。

 同時に襲ってくる、凄まじい殺気。

 何人もの兵士が、血相を変え、俺を追いかけてきた。


 ――――またか。


 俺は思った。そして思った。

 『また』?

 俺は兵士達の追走を振り切り、なんとか村の出口を抜ける事に成功した。


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