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レインハルト

「グラスコック2000ピール、グラスミリペーデ1500ピール、センチペーデ1000ピール、ってところかな」

 受付の女性が、ふてぶてしくカウンターに足を乗せ、気怠そうにそう言った。タンクトップから覗く浅黒い肌……の胸元がちょっと目立つ……ような気がしたが、リンが冷たい視線を送りそうなので、必死に見まいとする。この人、黙っていれば結構美人な気もするが。

「大丈夫かい?旅人さん。死んだってウチは責任取らねーぜ?」

 受付嬢が、アルの姿を見て、そう言った。受付に訪れる厳つい男達に比べると、アルは温和に見えるのだろうか。決して線が細いわけではないはずだが。

「あはは、大丈夫ですよ」

 アルは一言それだけ言って、受付を離れた。


 

 ホボリから歩いて三日後、『レインハルト』に辿り着いたアル達は、まず資金を調達すべく、『クエスト斡旋所』に向かっていた。

 何せここは『領地レインハルト』。

 領主による『秩序』と『法』によって成り立っている街である以上、無一文の旅人がふらふらできる場所ではない。

 ただし、レインハルトの人間もそれは想定していて、街の入り口には『クエスト斡旋所』を構えている。旅で資金を切らし、無一文で辿り着く人間に対して、仕事を与えようというものだ。仕事は主に町の清掃や魔物退治などの雑務だが、少しでも糧が欲しい旅人にとっては願ったり叶ったりで、旅人と街、お互いにとって利益になる仕組みになっている。


 数あるクエストの中で、アルは魔物退治を選んだ。


 レインハルトの付近で出没する魔物が増殖し、街に危害を与える前に駆除をする、というのが目的らしい。時間無制限の歩合制で、一番効率よく資金を稼げる。また自分の腕を磨く目的もある。アルにとっては、自分の竜を殺す腕を。



「とは言っても、ちょっと可哀想かな」

 リンを連れて魔物出没スポットに向かう途中、アルは呟いた。

「何で?」

 リンは聞き返す。

「いや、魔物を殺すっていうのも、人間側の都合だからね。いくら魔物って言ったって、まだ害を及ぼしていないやつを殺すっていうのは、少し可哀想かな、と思ったんだ。向こうにとっては金目当てで殺されるだけだし」

「…………ふうん」

 リンは相変わらず無関心そうに返事をする。

「ま、とはいっても、人間に害を及ぼしてからじゃ遅いし、仕方ないんだろうけどね。あ、そろそろ目的地か……」

 少し小高い丘を登り、アル達は受付から渡された地図が示す場所周辺へとたどり着いた。

 最初にアルの目に映ったのは、蠢く黒い物体だった。

 それはゴソゴソ音を立て、物体は微妙に動きや動きを変え、蠢いているように見えた。

 が、しかし、目を凝らすとそれは一つの物体のものではないことが分かる。

 何十、何百匹という、節足動物の群れ。それは一般的には、「ムカデ」とか、あと名前を言うのも憚られる「G」さん、といったものだった。

 それらは一体一体が異常に大きく、本来のサイズの20倍くらいあった。ムカデは40インチ(1メートル)級、「G」は19インチ(50センチ)級のものだ。 おまけにそいつらは、ウサギかなにかの動物の死骸を貪っているところだった。

 アルの背中に一瞬にして鳥肌が立った。

「……リン、下がってて。今日は結構な収入になりそうだ」

「え……うん、頑張って。あとでお風呂入ろうね」

 リンも顔を引きつらせながら返事をした。


……………………………………………………


「大変だったね、お風呂入ろうか」

「……うん」

 大金を手にした一方で、アルは何か大切なものを失ってしまったような気がした。

 大量の魔物の死骸を斡旋所に持って帰って、アルを迎えたのは称賛どころか、他の旅人のが送る、ゴミを見るような視線だった。

「マジか。お前さん、大したものだな」

 受付嬢はそう言ったが、ドロドロになったアルを見て、すぐに目を逸らした。ああ……勘弁してください。道理で「魔物退治」は賃金が高いはずだった。

 

 「仕事」を終えてアルとリンは、今夜泊まれるような宿を探した。途中、小奇麗な宿が見つかったので、そこに決めた。宿の主人はアル達を快く迎えたが、つい1時間前までやっていたことを見られていたら、きっと断られるに違いなかった。

 

 部屋に着いたアルは、真っ先に風呂に入り、体を洗った。その後どろどろになった服を桶に詰めて洗い、外に干し、ベッドに腰掛けて一息ついた。


 リンは男装をすでに解いていて、ぼーっと外を眺めている途中だった。窓際に立つと、長い髪が風になびいていた。ホボリにいた時には考えられないことだったが、こういったことが無防備にできるのも、この地域の治安あってのものなんだろう、と思う。

「どうかした?」

「ううん、なんでも」

 リンの問いに、アルはそう答えた。



『ホボリ』から歩いて約三日後。アルとリンは『レインハルト』に辿り着いた。

 夜中を待って出発したアル達だったが、ホボリの出入り口はすでにヤシロの兵によって塞がれていて、出入りする者は一人残らず監視されている状態だった。

 立ち並ぶ家々の一角に外へと通じる抜け道を見つけ、アルとリンは街を出た。振り返れば質屋の店主の言う通り、本当に、『入り口からまっすぐ抜けたところ』に抜け道はあったのだ。ホボリを抜けたアル達は、レインハルトへの道を急いだ。


 辿り着いたここ、『レインハルト』は領主『ルーク』によって治められている地域だ。

 領地であるから、当然そこには法律、秩序があり、街の治安は『憲兵』によって維持されている。

 従って、ヤシロ村の兵士がいきなり自分達を襲ってくることもできないはずだ。

(高跳びしてる犯罪者の気持ちってこんなんか……)

 そんなことすら思う。


 そして、今度は自分自身の問題だ。


 自分はいったい何者なのか。どこから来たのか。どうして記憶がないのか。時々見せる、この世界のものではない奇妙な習慣は何なのか。

 分かっているのは、自分は基本的な知識や言語能力は所持しているようだが、この世界『そのもの』に違和感を覚えるということだ。

 生活事態は普通に出来るが、この世界の街並みや風俗など、目に見えるものはほとんど馴染みがない。

 ……まずは情報収集が必要だな。

 アルはそう思った。


「明日はどうするの?」

 風呂から上がったリンが、濡れた髪を拭きながら尋ねる。アルは目を逸らして言う。

「まずは情報収集だね。この世界、それと竜やマスターの事についてよく知って、その上で対策を立てたい。そのために、まずは図書館とかあれば、そこに行きたいと思ってる」

「図書館……?」

 リンは不思議そうに首を傾げた。それを見てアルは一抹の不安を覚える。

「もしかして、図書館って……知らないの?」

「ううん。……聞いた事はあるけど、見たことはないかな」

 リンは、何故かどことなく寂しそうにそう言った。

 どうやら『図書館』自体はこの世界にも存在しているようだった、よかった、と胸を撫で下ろす。そうでなければ、また奇妙な空想物が増えるところだった。

「そうか。じゃ、明日の朝一番に、この街の図書館に行こう」

「うん」

 アルの提案に、リンは素直に頷いた。


 ――レインハルトの治安はいいと言っても、自分たちにそう時間は無い。

 現に、レインハルトに辿り着くまでの道中、追ってくるヤシロの兵士をすでに二人、切っている。

 ここは比較的安全とはいえ、あまり時間はないのだ。


 ところで。

 アルは少し引っかかっていた。図書館を『聞いた事はあるが見たことはない』。

 それは、リンの生まれ育った所には図書館は無かったってことだろうか。というと、結構田舎で育ったのだろうか。ヤシロではないと言っていたし。

 というより、リンの生まれ育った場所ってどんなところだろう。どんなところでどんな風に彼女は育ったのだろうか。アルは単純に、彼女に興味を持ち始めていた。

「ところで、リンはどこに住んでたの?」

「え、どうしたの急に」

 リンは不思議そうに聞き返す。そして少し間を開けて答えた。

「『プエラリカ』。……普通のところだよ。ここからちょっと遠いけど」

「どの辺にあるの?」

「分からない」

「分からない?」

 不思議に思い、アルは聞き返した。

「うん。分かってるのは、『海の向こうのどこかにある』ってことだけ。……小さい頃だったし、自分の足でここまで来たわけじゃないからさ」

「ふーん……」

 故郷のことを話すリンは、故郷を懐かしむような、しかし同時に、どこか悲しそうな顔にも見えた。

 その故郷はどんなところか。詳しく聞きたかったが、しかしそれ以上聞くのはためらわれた。まだそれ以上踏み込んではいけない気がした。リンがどんな感情を抱いているか、アルには図りきれない。

「帰りたいと思う?」

「え?」

 アルの質問にリンは虚を突かれたように声を上げる。

「そりゃ、帰りたいけど……でも」

 リンは困ったような笑顔を作った。帰りたいけど、現実的じゃない。そう言っているような顔。

「多分遠いよ。それにどこにあるかも分からない。きっと……」

「それじゃ、旅の途中で、そこにも寄ろう。竜を倒す前でも後でも、さ」

 アルが笑ってそう言うと、リンはまた、悲しそうに笑う。

「でも、大変だよ?どこにあるか分からないし、景色だってうろ覚えだしさ。何年掛かるか……それに」

 リンは顔を背ける。

「何が起こるかだって分からない。アルを巻き込めないよ」

 最後の一言だけ、冷たく言い放った。いわゆる『クールなリン』モードだ。

 だがもう、慣れた。

「まあ、俺だって『竜を殺す』なんて旅に付き合わせちゃってるんだしさ。別にそのくらい全然問題ないよ」

 アルは笑って言う。これで新しい旅の目的が、一つ出来た。

「行こう、リン」

 やがてリンはおずおずと振り向いた。そしてまだ、固いままの笑顔で、一言だけ言った。

「……うん」


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