もう一人のマスター
夜が明けてきたのだろう。暗いながらも、周囲が明るくなっていくのが分かった。
同時に、爽やかな風が私の頬を撫でるのが分かった。
「へぶしっ!さむっ!」
…………。
不本意ながらも中断された眠り。わたしは、寝ぼけている頭をボリボリ掻きながら、半身を起こした。
…………どこだ、ここ。
今、私のいる場所が、やたら見晴らしがよく、また、やたら風通しがいい場所だということが分かる。いや、本来そんな場所で寝る事なんてないと思うんだけど。
あれ?でも、だったら本来、わたしはどこにいるべきなんだっけ。……よく分からない。
わたしのお尻の下には、牧草が敷き詰められていた。でも大部分が焦げていて、とても牛とかの餌には使えないだろう。見渡せばわずかに残っている壁なんかも焦げていた。推測するにここは、火事かなにかで燃えた牛舎の跡とかなのだろうか。
わたしの着ている服を見る。中心で別れていて、縁には何やらギザギザが付いている。取っ手らしきものを引っ張ると、服が開いたり閉じたり。不思議な服だ。
左胸には白く、四角く、縁取っていて、何やら書かれている。
『葉山 莉嘉』
…………読めない。
恐らく文字だと思うんだけど、そして多分、見覚えもあるのだと思うけど、わたしにはさっぱり読めなかった。この位置にあるとすれば、私の名前か、その服の製作者的な名前かと思うのだが、さっぱり読めない。
……あれ、っていうか、そもそもわたしの名前って何だっけ?
未だ寝ぼけていて冴えない頭のまま、わたしは一人立ち上がり、歩き出した。
少し歩いてみると、そこはどうやら、山、らしかった。
私のいた建物から一歩出て見えた景色は、抜群によく、見晴らす遥か遠くには、山や川、村々も見える。(どうりで寒いはずだ)
しかし、周囲を見渡すと、私のいた小屋を始め、ほとんどの家屋が焼けて、原型をとどめていなかった。中には、家の壁や屋根がすっかり焼失し、敷地の跡だけが残っている家なんかもあった。
ほとんど土がむき出しになったここも、もともとは草が生い茂っていたのか、黒く焦げた根っこだけ残っていたりしていた。
少し離れたところに、他の家に比べ、比較的原型を留めている大きな屋敷があったので、そこへ向かうことにした。
「ごめんくださーい……」
誰もいないことを証明するように、声が響いた。屋敷の中は暗く、人の気配がまるでない。
それでも私は、他に立ち寄る場所も無かったので、その屋敷の中を進んでいく。
しかし、しばらく進んでいっても、やはり人の気配が無かった。
しかたなく帰ろうとしたけど、途中で一つ、気になるものを見つけた。本だ。
屋敷の奥にはやたら広い部屋が一つあって、その部屋は特に大きく壊れている部分はないようだった。そこには壁に一つだけ、ポツンと本棚があって、私は、なんとなくその中から一冊を手に取り、それを読んだ。少しでも『人』に触れたかったのかもしれない。
やたら『勇者』とか『マスター』とか『ドラゴン』とか書いてある本が並ぶ中、数ページの、ほとんど紙みたいな、一番薄い本を選んで、捲る。テキトーに開いたページには、こう書いてあった。
『突然現れた者が『マスター』の特徴を兼ね備え、かつ自分の名前を記憶していない場合、下記のアルファベットから頭文字を取り、名付ける、もしくは名乗らせること』
「行行しいなあ……」
わたしは、その文を見ながら、そう思った。
その文章の下には確かにアルファベットが並んでいて、aから続くほとんどの文字に×が着けられていた。O,P,Q,R,S……。×の行列が途切れたのは、「U」の部分になる。
「Uから選べ、ってこと……?」
『マスター』が何かは知らないけど、わたしも自分の名前が分からなかったので、そこから仮に名前を借りることにした。「U」から始まる、名前……なるべくかわいく……。
「ユイ」
ポン、となんか出た。かわいいっぽいので、とりあえずその名前を付けとくことにする。ユー、だからユイ。うん。いい名だ。
マスターの特徴を兼ね備え……の件はよく分からないけど、読んでみると馬小屋から生まれたり、という部分は被っていたので、念のため「U」に×を付ける。……まあ、人の持ち物に勝手に、っていうのは気が引けるけど、誰かと名前が被ったりしたら、やだしなぁ。
屋敷を出て、山を歩く。やっぱり記憶を辿る手がかりは何もないので、仕方なく、山を下りようとした時だった。
山に、何やら人の手で作られたらしい、石の造形物があるのが見えた。
周囲の景色に対して違和感。山はほとんど焼野原になっているのに、その石だけは残り、また、その一帯だけ樹木がごっそり残っていた。
何故かは知らないけど、やたらそこが気になったので、私は少しの間寄り道して、それを見に行ってみることにした。
近づいてみると、かすかに湿気を含んでいて、そこだけ空気が違った。なんていうか、神聖?っていうか。
石に刻んである文字を見ようと目を凝らす。それでもかなり古い時代に作られたものなのか、刻んである文字はよく読めなかった。静かにたたずむそれの文字を、なんとか読もうと更に近づき、目を細めた。
唐突に、奥の森に浮かぶ、何かを見つけた。
アーモンドをもっと細くしたような形、それが二つ。中央には黄色くて丸い何かが挟まっていて、それがこちらをしっかりと向いている。
目だ。
私が気付くと、途端に「それ」の形状が浮き彫りになっていく。
「ひっ」
声がひゅっと出て、わたしは反射的に一歩下がった。
すらっとした流線形の頭部、長い首にとは対照的に胴は太くどっしりしていて、背中には二対の翼――。
――――――ドラゴンだ。
わたしは思った。ドラゴンなんて、実際に見たこともないのに。
しかし目の前にいるそれは、あまりにその特徴を備えすぎていた。
ドラゴンはその細い目で私を見据える。碧色の皮膚は葉っぱと保護色になっていて、近くに寄るまで気付かなかった。大きさは、40フィート(12メートル)くらいか――かなり大きい。
ドラゴンは、そのほっそりした綺麗な目で、わたしを見つめる。琥珀色とも言える、美しい瞳。ドラゴンはそのまま、わたしにどんどん顔を寄せている。その純粋、無垢といった目がわたしを見つめている――。
「…………や、やあ……」
わたしは、なんとなく、挨拶してみた。
目の前にいるのは40フィート級の竜だ。分かってる。
でも、どうしてか、こんなに大きいのに、あまり怖い感じがしなかった。
目の前の竜はもの静かで、なんとなくだけど、雰囲気が今のわたしと同じな気持ちのような気もした。
挨拶をしたわたしをじっと見つめるドラゴン。そのまま静かに顔を寄せてきて――わたしに頭を差し出した。わたしはそのまま竜の頭を撫でる。
「えへへ、かわいいな、コイツぅー」
わたしが頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細め、ゴロゴロ喉を鳴らす。
ドラゴンはしばらく撫でられたあと、満足げな顔をして頭を上げ、そしてお礼とばかりに空に向けて一つ、息を吐いた。ドラゴンの吐き出した息は、ひゅうっと音を立て、空中に渦を巻いた。
「すごい、そんなこともできるの?」
わたしがはしゃぐと、ドラゴンも嬉しそうに澄ました態度をとった。
十分ドラゴンと戯れたあと、わたしは出発しようと、下山に足を向ける。振り返ってドラゴンを見ると、その場で佇んでいた。表面上はすましているけど、なんとなく寂しそうなのが、わたしには分かった。
「よかったら、一緒に来る?」
わたしが一言言うと、ドラゴンは嬉しそうに、キュッ、と小さく鳴き、羽を一度だけ羽ばたかせ、わたしの元に寄って来た。
「あはは」
わたしは寄って来たドラゴンをよしよしと撫でる。山を下りて、町を探したら、どうやってこの子を宿に泊めようかな、なんて悩む。ま、それはあとで考えますか。
「まずは名前を決めようかね……何がいいかな」
わたしはそのドラゴンをじっと見つめて、決めた!
「……レティス!そう、君の名前は、今日からレティスだ!」
名前を決めると、気に入ったのか、ドラゴン……レティスはクエ、っと一言鳴いた。




