テオテル村の恐るべき嫁・後編
俺とウルズラの『イーゴンを射止めよう大作戦』が始まり、まずやったのは隣村の婚約者とやらの足止めだ。
カララン村の婚約者殿はやはり親の口約束で決まったイーゴンとの結婚に乗り気では無かったらしい。俺がそれを大げさに隣村村長三男に伝え、彼女に色々なカララン村の男と話すきっかけを作って貰ったらあっというまに両想いの相手が出来たらしい。これでこっちはよし。
後は『ウルズラ女の子計画』だ。
ウルズラ本人はどうやったらイーゴンを落とせるかばかり気にしていたようだが、そんなのは後回しだ。
とりあえず、所作は王都からテオテル村に嫁いできた物好きな娘さん(フィデリオの上の兄の嫁さん)を見習わせたり、外で暴れまわっていて傷んでいた髪はカララン油でケアを勧めたり、積極的に村娘と交流を図るようにアドバイスをした。
そうしていく内に最初は訝しんでいたウルズラもどんどん変わっていき(俺にとっては意外だったが)誰もが振り向くような美人に育っていった。そのウルズラがしきりに俺の所へ助言を求めたり報告に行ったりした事でテオテル村では俺とウルズラについての良くない噂も流れた……が、噂は一瞬で立ち消えた。
どう見てもどう考えても、お互い眼中にないのが丸分かりだったからだ。
だが、一番身近に居るはずのイーゴンとエルゼが噂を真に受け、普段はしない嫉妬を見せて、俺達を改めてノックアウトしたのはいい思い出だ。
「エルゼを泣かしちゃダメだよー!」と俺の足にしがみついて泣いていた妹のアティカも可愛かった。ちなみにフィデリオはそんな俺達を見ていつものように笑っていた。
その後も俺らと外で活動したり、時には村の女達に混ざったり、どちらも行き来しながら育ったウルズラは美しく、逞しく育っていった。
そう『逞しく』。
冷静に考えたらやつは最初に俺を呼び出した場所からしておかしかった。
あそこがなぜ『子供達の秘密の遊び場』と呼ばれるのか、それは大人が止めるほどの険しい場所にあったからだ。あそこまで行くのか中々大変で、十数年に一度くらいは死人も出るらしい。
当時は何も考えていなかったが、あんな場所で普通に遊んでいたらそりゃ体力も付くよな。
少しずつ自信と実績を付けていっても、ウルズラはイーゴンに夢中だった。ウルズラの外見に惹かれた男達が一瞬で引く程度には。
結局ウルズラの猛アタックに折れる形となったイーゴンには村の男達からの羨望と同情の視線が注がれた。
だが……。イーゴンのプロポーズに友人代表として立ち会った俺とフィデリオ、そしてウルズラの父親以外は知らないんだよな。
ウルズラと作戦を練ってから数年。俺もウルズラともめでたく想い人と結婚する事が出来た。
村長としての仕事を終え、家に帰った俺は、入れ違いに外へ出かける用が出来た妻に頼まれて、煮込み中の鍋を見ていた。
「懐かしい事を思い出していたな」とぼんやり考えると、いきなりドゴッと音がした。音がした玄関を見ると、血抜きのされた雌のニイ鹿がいる。
ニイ鹿とはラウニ山脈でよく見られる鹿だ。元の世界の鹿と同じような種だという確証はないが、見た目はあっちでも馴染みのある鹿”っぽい”。首周りにやけにふさふさと毛が生えているが。
どうみても100キログラムはあるだろうニイ鹿を運んできた奴を見る。
クマ槍を持った長身の美女。ウルズラだ。
イーゴンの事になると途端に自信を失くすウルズラは、あろうことか結婚式前日に俺の所に相談に来た。
流石に今後も友人のあれやこれを聞かされるのは嫌だったので、「お前に教える事はもう無い。これからは恥じらいを残しつつ、イーゴンを好きな気持ちのまま、イーゴンといい夫婦になれよ」と適当な事を言っておいた。ウルズラは潤んだ目で何度も頷いて帰って行った。
それ以来ウルズラは「世話になったお礼だ」と言っては彼女独特の価値観で合格ラインを超えた狩りの獲物を、今は村長宅と呼ばれている俺の家へと持ってくる。
有難いが……、お礼の仕方がちょっと野性的すぎないか?
「あー、有難う。とにかく中へ入れよ」
「ああ」
既婚者二人が密室にいるという醜聞を回避するため、ドアは開けたままにする。獣臭さにエルゼの具合が悪くなったら大問題だしな!
「どうだ? 結婚生活は?」
香草茶を出しながら聞いた俺の言葉に、ウルズラはニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべる。
一気に聞きたく無くなった。
下世話な事だと思うが、ウルズラが俺に最後の助言を求めて来たのは初夜の事だったのを思い出したのだ。
とりあえず恥じらいを捨てるななど、元の世界ではありふれたアドバイスをしておいた。
イーゴンの反応は予想以上に良かったようで、昼間とは別の顔を見せるウルズラにどんどんのめり込んでいったようだ。
報告(いらないっつーの!)と同時に「何故そんなに詳しかった? お前はエルゼを裏切ったのか?」と責められたがお得意の「精霊が教えてくれた」で逃げた。
人間の性風俗に詳しい精霊が居たら嫌だがな!
本当にこいつには手が焼けた。ほとんどの判断は自分で出来るのに、イーゴンの事になるとからっきしだったからな。
「ディルク」
またまた思い出していたら凛とした声で呼ばれた。
視線を向けるとウルズラが真剣な顔でこちらを向いている。
「お前には感謝している。お前が居なかったら私はどうなっていたんだろうな」
「いや、お前だったら俺が居なくてもイーゴンをしとめ……、いや射止めていたんじゃないか?」
……ってか、お前以外にイーゴンに惚れるヤツなんて思い浮かばないんだが。
「それでも私は感謝している。お前には分からないだろうがな」
そう言って華やかに笑うウルズラにかつての貧相なガキの面影は見当たらない。
出る所はしっかりと出ながらも引き締まった体つき。もともと濃かった顔は、女らしい丸みを帯びたお陰で華やかな美貌と形容してもいいようになった。
腰まで伸びた波打つ髪は育つに連れて鮮やかな赤色に変わり、今ではカラランの果実ではなくラクシュ湖の畔に咲く大輪の花ラスームに例えられ、その顔立ちに華を添えている。正直良い女になったと思う。……エルゼとは別のベクトルで!
女らしくなったウルズラは、今では村の女達のまとめ役だ。老若男女問わず村人から信頼されている。
エルゼやアティカにはどんなフィルターがかかっているのか、ウルズラについて語る時はいつも「格好良い」や「素敵!」という(俺に対してはなかなか言わない)形容詞が付く、いや、エルゼ達だけではなく、村中の女が口を揃えて言うだろう。
こいつの成長記録を撮っていたらさぞかし面白いものが出来ただろうと思うが、悲しいかなこの世界には写真は無いし、俺が苦労して創りあげた精霊の記録球はフィデリオに『村を守る目的以外で使用しない』と念書を書かされている。理由は聞かないでくれ。
あのウルズラが、なあ……。
感慨深く見つめる俺に気付いたのか、ウルズラが「どうした?」と視線で問うたので何でも無いと首を降る。
どんなに外見が変わっても、自分の事を「おれ」から「私」と言うようになっても、俺にとってのウルズラはあの時の貧相で縋るような目で俺を見ていたガキのままだった。
だが……、一度その認識が大きく覆った時があった。
イーゴンがウルズラにプロポーズした時だ。
真っ赤な顔をくしゃくしゃにして、泣きながら頷くウルズラは長年傍に居た俺らが驚くくらい『女』だった。
ふと開けっ放しの扉を見ると愛しい妻がこちらへ向かっているのが見えた。エルゼは俺の姿を見付けると嬉しそうに小さく手を振った。
「お、エルゼが帰ってきた。……っておい! なんで隣にイーゴンがいるんだよ!」
同じように手を振り返す俺を横切って、ウルズラが「イーゴン!」と叫びながら外へと駆けて行った。
ウルズラの猛突進を受けたイーゴンからグエッと蛙の潰れたような声がしたのは気のせいだろう。気のせいだからエルゼも心配そうに奴を見るなよ。
何年経っても変わらない友人夫婦に、俺は思わず笑ってから彼らに呼びかけた。
「おーい! お前らも夕飯食っていけよ!」
エルゼもにこにこと頷いていた。
村内外では女傑で知られるウルズラが生真面目で素直でまっすぐで可愛い奴と言うのはイーゴンを含む彼女の家族と俺、そしてフィデリオしか知らない秘密だ。
そして、そのウルズラに射止められたイーゴンがなんだかんだ言っても幸せなのは、テオテル村の公然の秘密なのだ。
これにて、ディルクの主要幼馴染みは全員揃いました。
ディルク唯一の女友達、ウルズラ。
ここからイーゴンの子分やフィデリオの兄やその友人、ディルクの信奉者やら村の聖《日知り》のじーさまばーさまやらエルゼ達の女友達やらが加わって広がっていく感じです。
あ、あと本編のフィデリオの設定を次男から三男に変えました。
アティカ目線をする時にこっちの方がいいかなと思いましたので。
どうぞ宜しくお願いします。




