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探偵は事件に興味がない  作者: 茅@王命の意味コミカライズ開始
第二章 死の興行

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9/13

そして兄貴しかいなくなる…

 ハリソン先輩に忠告されたものの、俺の中にはまだ迷いがあった。

 本当に何もしなくていいのか。

 何かできることはないのか。

 勤務中もふとした瞬間に意識がそちらへ持っていかれてしまう。

 モヤモヤした気持ちを抱えて帰宅すれば、兄貴が見覚えのある名前が書かれたチケットを出してきた。

 日焼けや力仕事とは無縁の人生を送っているので、先日仕事で会った貴婦人よりも白くて細い指だ。


「取引先の出版社からもらったんだ。関係者用の招待券で使えるのは初日だけなんだけど、この日は非番だよね。ボクは行けないからあげるよ」


 家で仕事をしている兄貴は、家事も率先してやってくれている。

 たぶん外に出れないことへの負い目もあるんだろう。

 兄貴は体が弱い。というか、心臓に先天性の不具合がある。

 生後間もなく大人になるまで生きるのは難しいと診断され、今も立って歩いているのが奇跡と言われている。

 現代の医療技術では治療不可能らしく、臓器の負担を減らして、心臓の動きを補助する薬を飲むくらいしかできない。


 だから外に出る必要のある買い出しや、洗濯のような力仕事は俺で、掃除と料理は兄貴という分担になっていた。

 有り難いことに我が家には洗濯機があるんだけど、あれは桶に洗う物と水と洗剤を入れたら手でハンドルを回して中身を撹拌する。

 そして洗い終わったら、水を含んで重くなった衣類を引っ張り出してローラーに挟んで脱水しなきゃいけないので地味に腕力と体力が要求されるので、兄貴には無理だ。

 あ、でもアイロン掛けと畳むのは兄貴がしてくれるから「洗濯は俺がしてる」って言い切るのはダメだな。俺は洗って干してるだけ。


「……ありがと」

「え? 行くの?」


 目を丸くされて、俺は戸惑った。

 今「あげる」って言ったよな。え???


「いつもなら『兄貴を置いて、俺だけ行けないよ』って言うじゃん」

「あっ――」


 表情を保ちつつも声を震わせる兄貴を見て、しまったと思った。

 どうやら俺は間違えたらしい。


「ええっと……」


 困った。

 幼い頃からベッドの住人だった兄貴には友達がいない。

 仕事で関わる人とは書面でやり取りしているので、両親が亡くなってからは、話相手といえば俺と主治医の先生くらいだ。

 往診は月に一回だし、俺は外に働きに出ている。

 俺が就職した頃から、ちょっと面倒な感じになりつつあるけど、たぶん寂しいんだと思う。


「ごめん、兄貴。ただでさえ仕事で家を空けがちなんだから、休みの日くらいな兄貴と過ごすべきだったよな」と頭を下げるのが正解なんだろう。

 でも今回は難しい。

 だって俺はサーカスに行きたい。

 ただの客としてあそこに行って、アンジェリーナの様子を確認したい。


 兄貴が気にしているのは、俺が兄貴を置いて遊びに行くことだ。

 仕事がある日は兄貴が弁当を用意してくれるので、俺の勤務時間は把握されている。

 このチケットを受け取らず、後日こっそり観に行ったところでバレてこじれるのは必定。

 兄貴は俺よりも頭が良い。というか世の中の大半は俺より頭が良い気がする。

 そんな相手に完全に隠しきる自信はない。

 あと純粋にチケットが勿体ない。

 今は小康状態の兄貴だけど、いつ容態が悪化するかわからないんだ。

 症状が悪くなったら翻訳の仕事なんてできないだろうし、治療費も跳ね上がる。蓄えはあればあるほど良い。


「ごめん、兄貴。……今回は行きたいんだ。たぶん行かないと、ずっと後悔する」

「うん、わかった。楽しんできて」

「えっ」

「いやいやサーカス観に行くのに、そんな悲壮な顔しないでよ。オリヴァーももう18歳だし、一緒に出掛けたい人がいてもおかしくないというか、それが当たり前だよね」

「ん?」

「友達? 恋人? どちらにせよ一度家につれておいで」


 あっさり許してもらえたのはありがたいけど、なんか勘違いされてるな。


「病気持ちで同居必須な兄がいることを、隠して付き合うような不誠実な真似をオリヴァーはしないでしょ。話を聞くだけじゃ実感わかないだろうし、どのくらい手がかかるのか不安にもなると思うんだ。一度顔を合わせればわかってもらえると思うんだよね」

「ああ、うん……」

「俺はいつも家にいるから、いつ連れてきても良いよ。あ、でも食事の用意があるから前日までに教えてね」


 きっとそこらの料理人よりも美味しくて、一般家庭では用意できないような手の込んだ料理でもてなすつもりなんだろう。

 俺は乾いた笑いで了承した。


 体は弱いけど、優しくて良い兄貴だ。

 だがこの流れで上手く行った試しがないのも事実。

 男女関係なく兄貴に引き合わせると、もれなく俺より兄貴の方を好きになってしまう。

 それで俺とは気まずくなり、だからといって兄貴と親しくなるかと言えばノーだ。


 兄貴は弟の友達だから、弟のガールフレンドだから仲良くしようとしただけなので、俺をぞんざいに扱った相手を許さない。

 結果、俺とも兄貴ともバイバイして終わりというのがいつものパターン。

 だからといって兄貴が言ったように、家族のことを隠して付き合うなんてことができるはずもなく。だっていずれ知るし。いつかは会うし。

 目移りするような相手が悪いのか。

 そんな人ばかり選んでしまう俺に、人を見る目がないのか。

 どちらにせよ兄貴は悪くない。

 いつも申し訳なさそうに謝られて、こっちこそごめんとなる。

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