まるっとお見通しだ
そして現在――
(どどどどうすればいいんだ!?)
あっさり看破されて動揺したが、下手に取り繕っても仕方がない――というか取り繕い方がわからないので、いっそのこと開き直ることにした。
「はい、そうです!」
「……まさか簡単に認めるとは。周りに正直過ぎると言われないか」
「言われるのは、素直の方です」
「どちらにせよ警察官としては、致命的だな」
「でもクビになってないので大丈夫です! バレたついでにお願いしちゃいますが、容疑者とするには微妙なラインなので、捜査に同行してくれませんか?」
適性がなければ採用されないし、使い物にならないと判断されたら転属させられるはず。だからまだ大丈夫だ!
「……そうか。しかし何とも妙な提案だな」
「ええと、実は手詰まりなんです。その推理力に期待したいなぁと」
「二十歳前後の君に一般人を捜査に参加させる権限があるとは思えないが」
「上司の発案です」
「ああ。任意同行を求めるには住所と名前がネックだから『張り付いてボロを出したら連行しろ』とでも命じられたのか」
「うっ。お仕事で忙しかったりしますか?」
「いや。今抱えているのは論文の翻訳だけなので時間はある」
平日の昼に家にいるので、働いていないものと思ったが違うようだ。
「翻訳の仕事って、こんな豪邸に住めるほど儲かるんですか?」
兄が同業だからわかるが、そんなに実入りの良い仕事ではない。
「論文の他にも色々訳しているからな」
「小説とかですか?」
ベストセラーを訳して売り上げの一部が入ってきたとか?
俺の想像力だとそのくらいしか思いつかない。
「情緒的な表現は苦手なので文学は専門外だ。独語、仏語、西語、蘭語が多いが、自由貿易主義のおかげで最近は清との契約書が増えたな」
「嘘つくのやめてくれます?」
その言葉を信じるなら、目の前の男は少なくとも六ヶ国語を自在に操れることになる。
しかも論文や契約書などは、専門知識が必要な分野だ。
(何だよその『ぼくがかんがえたさいきょうの翻訳家』は)
頭から否定されたヴィクトルは軽く顔を顰めた。
「嘘もなにも正直に言ったまでだが」
本当なら天才じゃないか。
「じゃあ正直ついでにお聞きしますが、ファミリーネームのブラッドリーは公爵家と関係があるんですか?」
「公爵家の長男だったが、適性がないので廃嫡された。この家は手切れ金のようなものだな」
「……マジか」
つい気が緩んで敬語が取れてしまったが、ヴィクトルが気にする様子はなかった。
ちなみに彼はもっと早い段階でタメ口になっている。
「ああ。どうやら僕は言わなくて良いことを言い、言うべきことを言わず。人の神経を逆なでするらしい」
「後半はともかく、前半は当たっていますね」
しなくていい推理を披露して容疑者になり、貴族家の内情を暴露している。たしかに彼が当主になったら余計なトラブルを起こしそうだ。
「仕方ない。捨て駒に同情して協力してやるか」
「捨て駒と書いて君と呼ぶの止めてください。まあ、付き合ってくれるのはありがたいですけど」
しかしながら茶番みが凄いな。
これやる意味ある?
いやまあ、命令無視するつもりはないし、機転を利かせて回避するなんてこともできないからやるんだけどさ。
これで本当は犯人だったら、俺はもう何も信じられないぞ。
「あとブラッドリーさん。お願いですから今後情報提供する時は、推理ではなく事実だけを話してくださいね」
今回はたまたま当たってたけど迷惑なんで。本当に。
*
ロンドンから出航する定期船に乗った俺たちは、ウィンザーを経てイートンに到着した。
市民の足として旅行や仕事で使われている船なので、昼間の乗船客はまばらだった。
船着き場からイートン警察署までは大して離れていないので、乗合馬車は使わずに歩いた。
元とはいえ公爵家の血筋。ヴィクトルの身分を考えれば歩かせるべきではないのだろうが、馬車に乗ってしまうと姿が見えなくなる。
これほど目立つ男なら、月日が経っていようと住民は覚えているだろう。
しかし道行く人々の反応を観察したが、滅多にお目にかかれない美形に視線が集まる程度で、特別変わった反応をする人物はいなかった。
地元の警察署で俺たち二人を出迎えたのは、定年間近といった様子の巡査部長だった。
「わざわざロンドンからお越しいただき恐縮です。これが遺体の似顔絵ですか……」
老眼なのか手にした紙を近づけたり、遠ざけたり。かと思えば、自分が仰け反ったりと忙しない。
「橋から落ちたのは、彼でしょうか?」
「実を言いますと目撃者は遠目に見ただけなので、誰が落ちたのかハッキリしていないんです」
町の住民かもしれないし、用があってイートンにやってきた余所者かもしれない――と、ハンカチで額に浮いた汗を拭きながら続けた。
「どんな様子で落ちたかわかりますか?」
「目撃したのは新聞配達員です。明け方に欄干にもたれかかっていたので、酔っ払いがいると思った次の瞬間には頭から落ちていたと」
「付近に人影がなかったのなら、突き落とされたわけじゃなさそうですね」
そう言って背後に立つヴィクトル・ブラッドリーの様子をうかがったが、動じる気配は無かった。
「この黒子。……断言はできませんが、ハリーかな」
初老の警官は顎をさすりながら「近頃顔を見てない気がする」と続けた。
「決め手が欲しいんですが、そのハリーさんの職場を教えてもらえますか?」
「アイツに職場なんてありゃしません。あえて言うなら女の家ってところです」
俺が反応に困っていると、ヴィクトルが「ジゴロか」と言った。
「ええ、そうです。ヒモとかスケコマシとか色々言い方はありますが、女の家に転がり込んで寄生する輩と言えばわかりやすいですかね。かなりの美男子だったもんで昔は選り好みしていたようですが、いつまでも若いままじゃいられません。年を取ってからは、上手くいっていない様子でした」
言われてみれば、若い頃はモテただろうなという相貌の遺体だった。
「随分詳しいですね」
「小さな町ですから。その気が無くても噂話で住民の近況が耳に入ってくるんです」
「なるほど」
俺は生まれも育ちもロンドンだが、なんとなく理解できる。
「あっ! ハリーを養っているわけではなさそうですが、懇ろにしている女がいました。彼女に聞けば本人か分かるでしょう」
「養っているわけではない――つまり同棲しているわけではない。ならば、どうやって深い仲だと判断したんだ?」
「え?」
「何か根拠があるはずだ」
先ほどまで大人しく話を聞いていたヴィクトルにいきなり詰め寄られて、巡査部長はたじろいだ。
「足繁く店に通って口説いてるのは皆の知るところだし、マリアの方も満更じゃなさそうだったから……」
「口説いている=一方的な求愛行動だ。客商売だから拒否できなかった可能性は? これで男女の仲だと邪推するのは短絡的だと思うが」
(たしかに)
ヴィクトルの指摘は理に適っている。犯罪捜査をする立場でありながら、そういうものかと流してしまった未熟さを恥じた。
(でも、言い方ってものがあるだろ)
一言余計だ。思ったことを言っただけなのだろうが、最後の台詞は完全に喧嘩を売っている。
「数日前にハリーの捜索願を出そうとしたんだ。身内じゃないから受理されなかったが、言い寄られて迷惑していたならそんなことはしないだろう!」
案の定ヴィクトルの言い草に腹が立ったようで、禿げ上がった額まで顔を赤くして反論した。
「なるほど。それなら親しいと判断するのも無理はない」
自分が怒らせたという自覚がないのか、それとも他人の感情なんて知ったことではないというスタンスなのか、ヴィクトルは涼しい顔のままだった。
お前が後継から外されたの、多分そういうとこだぞ。
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