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明日は桃香の風が吹く  作者: うきわ
変化編
41/43

関係者二人

朝、麻里子が必ずする最も重要な事の一つは、念入りに外見を整える事である。

元のパーツも充分整っている麻里子が、まだ学生のうちからそこまで気を使う必要は無いのかもしれない。だが、麻里子には譲れない目標があった。



──「金持ちと結婚すること」


上流階級ならではの縛られる生活に嫌気がさしているのも事実だ。しかし、母子家庭で周りより貧しい生活を強いられていた少女が、急に、一般に"お嬢様"と言われるような立場になるのだ。金の力を痛感せざるを得ない。更に麻里子には、本物の上流階級というものを見せつける明日香という存在も有った。

幾ら、「人間は心が大事」と言ったとて、その心もある程度の生活が保証されていなければ育たない。育つどころか、荒む。人間は余裕が無ければ、醜くなるのだ。

そうならない為にも、麻里子は一度手に入れたこの生活を手放してはいけないと考えている。その為の、外見磨きなのだ。女は、美しければ美しい程、より上の男と生活を手に入れられる。

自分が社会に出て働き、成功するよりはよっぽど現実的である。



しかし、もう既に、目標の半分は達成していると言える。

母の再婚相手、つまり麻里子の義父は七原財閥系の会社を経営する男であったからだ。家族仲は冷え切っているものの、結婚当初、母にべた惚れだった義父は盛大に結婚披露宴を開き、七原家の親戚、友人、思いつく限りの人々を招待した。夫婦として上手く行かなくなった今でも、あれだけ派手に開いた結婚式の所為で外聞を気にして離婚出来ないのだ。

それに今は、義理とはいえ娘の麻里子が本家の七原明日香と仲良くしている。義父としては何としても繋ぎとめておきたい本家とのコネクションな筈だ。このまま手元に置き、良家の子息と結婚させ、より広く交流関係を持つことが最善策と言えよう。




ややクセのある長い黒髪を、メイドに頼んでコテで巻いてもらう。髪にボリュームを持たせ、より見た目を華やかにするのだ。冬なので暑苦しくもならないだろう。しかし、ボリュームがあり過ぎると野暮ったく見えるのでそこは注意すべき点だ。その次に化粧台に座り、鏡を見ながら下地やファンデーションを塗り、派手過ぎないよう注意深くアイメイクを施す。眉もなるべく自然に仕上げなければ見た目がキツくなってしまう。チークで薄っすらと頬に赤みを出し、赤いリップで口を彩れば終わりだ。


学校に行く時であっても、気を抜かない麻里子の格好は、いつの間にか女子校の同級生達の羨望の的となっていた。





麻里子が久しぶりに登校し──成金やそこそこの社長令嬢などが集まる学校故、ずる休みしつつも親のコネで単位を取れるのは普通のことだった──、教室に入ると、いつもは真っ先に自分にすり寄ってくる少女達が、教室の中央に集まって何やら大騒ぎしている。


女の大騒ぎというのには幾つか種類があるが、この色めいた甲高く黄色い声は、そう、まるで手の届かないアイドルに向けるかのようなものであった。


「ちょっと、どうしたのよ?」


麻里子が声をかけると漸くその存在に気付いたように振り返った。


「あ、麻里子さん!おはよう!丁度良いところに!」


丁度良いところ、とは何なのだろう。取り敢えず、彼女達がある一つのことに夢中になっていることは分かる。


「あ、ちょっと!ダメよ、そんなに引っ張ったら破けちゃう!!」

「まだちゃんと見てないのよ、良いじゃない。そっちこそずっと手元にキープしてるんだから!」


彼女達の手元を覗き込むと、そこには回されてシワが寄っているカラーポスターのようなものがあった。

麻里子はますます怪訝に思い、彼女達が口喧嘩に夢中になっている隙にその手元から取り上げてシワを伸ばす。


「............え?」




──つい数日前、テスト最終日だった明日香といつもの様にカフェに集合し、ケーキをつついていた時だ。

「あ、そうだ」と、おもむろに明日香が鞄から取り出したのは、明日香が所属する学校の合唱団のコンサートポスターであった。主な出演者の顔写真と名前が印刷されている。


「これ、渡しておく。僕がソリストなんだ。暇だったら来てよ」


その時は軽い口調であった明日香に倣って、麻里子も軽くあしらうように雑な対応をしたのだが、明日香はクスクス笑ってこう言ったのだ。


「出演者の家族くらいにしか配られないポスターなのに。酷いね」──



つまり、今、ここの少女達の手元にポスターがあるというのはおかしい。この学校に昕桐の関係者は居ない筈なのだから。

例え、まだ昕桐に入学していないものの合唱団には入団している少年達がいるといっても、その彼等も将来的には昕桐に入学することを目指している、言わば候補生なのである。そんな超上流階級の子息と、こんな金さえ積めば入れる女子校の生徒に関わりがある訳が無い。



「ちょっと、これどうやって.....」


声をかけた麻里子であったが、それは少女達のキャンキャンとした声量にはどうやっても及ばなかった。


「七原明日香クンね!意外だわ。てっきり外国の留学生かと思ってた」

「何歳なのかしら?」

「ていうか、七原って苗字ってことは....!」

「ウソ、じゃあもしかして!」

「もしかしてじゃないわ!昕桐なんだから、きっと本当に七原財閥の人よ」


キャーッ、とこれまででも一際高い歓声が飛び交う。


「ああ、もう!!この前の写真みたいに没収されたらどうするのよ!」


一人の少女が──麻里子の取り巻きの一人で、クラスのまとめ役だった──キツく注意を浴びせた。

すると一同は、ハッと何かに気付いたかの様に急に声を潜めたのだ。


「........この前の写真って?」


いまいち状況が読めない麻里子はただ首を傾げる。


「あ、麻里子さんはお休みしてたから知らないのね。麻里子さんが居なかった時に、"昕桐の皇子様"の写真が出回ったの!」

「....."昕桐の王子様"?」

「あ、"王子"じゃないわよ。皇帝の"皇"で"皇子"!その方がピッタリなの。......前から噂になってたのよ、昕桐に物凄く目立つ綺麗な男の子がいるって。お付きみたいに取り巻きを連れてて、兎に角人間じゃないみたいに綺麗な子だって。それで皆さん気になっていたのだけど、この前、その子の写真を他の学校の従姉妹から買ったの!しばらくクラスで回して見ていたんだけど、つい一週間くらい前に学校側に没収されてしまったのよ。.....麻里子さんにも見てもらいたかったわあ〜」









「ふう.......」


パーティー会場の隅、観葉植物で広いフロアと仕切られているソファー席に座り足を組みつつ書類を片手に溜め息を吐いたのは、若き社長の小路政武である。


政武の溜め息の原因、それは会社の経営などではない。むしろ、そういう方面の悩みであればまだ単純な話だ。彼を悩ませているのは、数日前に友人の七原朝日に頼まれた事件の真相を調べ上げる事であった。


(.....この数日で、今まで昕桐の校門で出待ちをしていた常連見学者の顔や素性は全て調べた。あとはちらほら居る常連以外の見学者の中から探し出して報告を待つだけだな.......。いや、大体怪しい奴はわかってるか)


校門の上に取り付けられている監視カメラに、ある数日間だけ連続して現れた男が映っている。

そもそも、昕桐の名物、校門傍の大勢の見学者はその殆どが女性だ。名門男子校とは言え、見学者に入学希望の少年以外の男性が居ることは稀で、目立つ。まして、盗撮を狙っているのなら一瞬でも怪しい動きがあるものだ。

その男は明らかに怪しく、政武は男を調べ上げた秘書の報告がある前から疑っていた。そして、それは的中したのだ。


「.....社長、報告です。例の男、やはり盗撮犯のようです。ばら撒かれていた写真から撮った角度を計算してみても、完全に一致しています。間違いないでしょう」

「...やっぱりな.......」


待ち合わせの時間、少しの狂いも無く静かに寄ってきた秘書はパーティー会場の喧騒に紛れて淡々と調査の進み具合を報告してきた。

そもそも、誰が聞いているか分からない場所でこういった話をするのは、普段の政武ならば遠慮したいところだ。しかし、会社を経営している身として、付き合いには出なければならず、今の状況になっている。



「.....そこで、男の身元を調べたところ、どうも雇われた探偵のようです。一応、男に接触してみたのですが、依頼主の話は聞き出せませんでした。どうやら生活に困窮していて、そこに多額の料金を払われたため、恩を感じてか、それとも今後に支障が出るかも知れず言うに言えない、ということでしょうか」


男から依頼主の情報を無理矢理聞き出す事は不可能に近いだろう。

ここまで調べ上げても全く依頼主の情報が出てこないのはおかしい。普通に考えて、相当財力のある人物が自身に繋がる情報を揉み消している可能性が高いのだ。

そんな中、例の雇われた探偵に詰め寄れば、探偵はすぐ依頼主の元に駆け込み、報告をするだろう。そうなれば、事件の発端である依頼主に警戒され、これ以上の捜査が難しくなってくる。

何故明日香を狙い、盗撮し、更にそれを多数の金持ちの子女に売ったのか。その明確な答えを依頼主から聞き出さねばならない政武側は、如何に盗撮者と言えど、いまいち強硬な手段を使えないでいた。






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