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明日は桃香の風が吹く  作者: うきわ
変化編
40/43

動きと必然



「....では、気を付けて帰りなさい」



二十人ほどが着席出来る規模の、議会場の様な重厚な会議室には、明日香たちのクラスの担任と隣のクラスの担任、そして学年主任の教師、数人の事務員、学長と副学長まで揃っていた。


明日香たち盗撮被害に遭った四人に話されたのは、「すでにネットに出回っていたため、個人のフォルダに入れられたらどうしようもないが、サイトやSNS上に載せられたその殆どを削除済みだ」、「また、写真が印刷され一部の学校の生徒同士に金で取り引きされていたが、全て回収済みである」、「今学期が終わるまであと数日は裏口から入り駐車場に車を停めてから車外に出るように」、「すでに各家に連絡をしてある」、「今後についての対策を迅速に固めている」ということであった。


それらを一気に話されると、案外早く四人は解放され、冒頭に戻る。


「失礼致します」


四人同時に礼をすると、すぐに身を翻してマナー通りの動きで順に会議室を出た。


流石、教師等がこの学生たちの多忙さを考慮し、話を最低限まで減らしてくれたのは冬の廊下の明るさを見れば分かった。

まだ十分に昼間の太陽が見える。



「....ふうー......緊張したねえー」


廊下に出て真っ先に口を開いたのは隆也だった。真面目な彼は、外面に出さずとも、学長らを前にして、かなり張り詰めていたらしい。

一方、明日香や俊介は(図太さ故か)普段通りで特に変わった所は見られず、対して天宮は少し考え込んでいる様だった。


隅まで敷き詰められたカーペットの廊下を歩き、階段を下り──会議室は3階にあった──、本館を出るまで、四人は盗撮写真が案外広まっていた事について、驚きを言葉にしていた。

本館を出ると、二つの教室棟と平行に伸びそのまま真っ直ぐ資料館の真ん中を突き抜け正門まで繋がる中央の白く舗道された道がある。其処をゆっくりと歩きながら、四人はそれぞれの携帯で、待機している車の運転手に連絡した。

この様な事態が起こっては、寄り道する事も出来ない。例え、それがどんなに些細なことであったとしても、自分の口から報告する義務がある。



校舎側から見て正門の手前の資料館に差し掛かった時、恭二が顎に手を添えながら、小さく首を傾げた。


「....それにしても、家に連絡されていたのは困る。うちの家族は大袈裟だからな」


変わった人達だから、どんな反応をするかわからない、そう呟いたのだが、すぐに「君も十分変わってるよ」という隆也の言葉が被せられた。


「明日香こそ、困るんじゃない?写真は全部明日香を狙って撮られたんでしょう?」

「絵のモデルというのも知られたら拙くないか?」


隆也と恭二が明日香を窺い見た。次いで、鈍い俊介も思考が繋がったのか、隣の明日香を見る。


七原朝日の絵は現実に鋭い描写をもって描き込まれている。つまり、現実を描く画風は非常にリアルで細部まで描いてある。明日香の独特な雰囲気まで描写できるのだ。

それは、初対面で13歳の隆也が言い当てられたことからも明白である。

写真が、世間に出回れば、明日香が確定に近い憶測を受けるのは確実だ。


拙いか拙くないかと訊かれたら、拙い。非常に拙い。

父の職業にも影響が出る上、父は放任主義なようでいて──端から見ればその通りなのだが──案外過保護なのである。特に、明日香がそのある意味人外染みた外見の所為で、自分の絵以外の所で騒がれるのを嫌う。また、明日香自身に危険が及ぶ事も恐れている。更に言えば、明日香が傷付く事も。


「父親に連絡されたのは拙いけど。別に絵のモデルだって知られることに関しては僕が生きている内は仕方の無いことだし、個人情報に関わるから公にしないだけで、知っている人は案外いると思うよ。流れた情報は学校に消してもらえる様だし」


ただ、と明日香は僅かに表情を曇らせた。


「気持ち悪い」


明日香の気持ちは個人として至極当然なことであるが、本人は潔癖症という訳でもないので上流階級の他の友人達よりは反応が薄いと言っていい。絵のモデルなだけあり、自分を写したもの──父の絵などが他人の目に晒されるのに慣れていた。それでも不快に思う気持ちは変わらないが。


「そうだよねえ。わざわざ登下校時の明日香を狙って待ち構えてたんだし、もはや盗撮だけじゃなくてストーカーみたいだよ」

「撮るだけではなく、ネットに広めたり写真を販売したりするのは悪質すぎないか?この学校の関係者でないことは確実だ。そもそも関係者であれば校門前で待ち受ける必要が無いからな」


隆也と恭二がそれぞれ口に出す一方、俊介はいまだに明日香の横顔を見ていた。


「明日香、気分が悪いなら一度家に帰ってお父さんと話してから、うちに来ない?みんなも。うちが今度オープンさせる温泉施設を貸し切りに出来るよ。嫌なことは忘れようよ。学校が動いてるし、もう写真の問題は僕達がどうこう出来る事じゃないと思うんだ」


そう言ったのは俊介だ。普段の発言からすると、俊介のあまりに常識的でまともな口調に明日香が返事よりも瞬きをするのはもっともである。

ただし、入学前からパーティーなどで多少親交があった隆也にしてみれば、真面目な時の"スイッチが入った俊介"というだけだ。

それに、口調が変わっても言っている内容は大して変わっていない。いつもより理性的に話しているため、トーンの低さと理由が付け足されただけである。


「.....無理そうだったら連絡するよ」


珍しく冷静で話し易そうな俊介に、いっそこのままで元に戻らなければ良いのに、と明日香はぼんやり思いながら返事をした。


恐らく、断ることになるだろうけれど。

この日の夜、父とアトリエに篭るはずだった上に、この盗撮事件だ。明日香に責任は無い為、叱られることはないだろうが、確実に不機嫌になる父を宥めすかしてひたすらモデルをして絵を描かせ続ける羽目になりそうである。


「えっ!?本当、明日香!明日香のことだから絶対断ると思ってたよ」


次の瞬間には既にいつもの俊介が戻って来ていた。


「まだ確定してない」

「俊介、明日香が返事に間を置く時はほぼ断られるよ」

「というか東野はそんな事業もやってたんだな」


四人が校門を出ると、すぐにそれぞれの家の迎え車が目に入った。

軽く別れの挨拶を終え、明日香はさっさと車に乗り込んだのだった。







「ただいま」

「おかえりなさいませ。...明日香さま、旦那さまがアトリエでお待ちです」


出迎えたのは、いつも通り冬子だ。秋子はこの時間、来客のもてなしか夕食の仕込みをしている。


「やっぱりかあ.....」


学校指定の皮鞄を冬子に預け、明日香はそのまま玄関を出て屋敷から少しばかり離れたアトリエに向かった。


石造りのアトリエの周りには木が密集し、ちょっとした林のようになっている。否、事実、屋敷の敷地を囲うようにして森が形成されているので、林どころの話ではない。

冬の今でこそ、葉が散って寒々しく見える──それはそれで風流だが──アトリエ周辺だが、夏などは百日紅の花が咲き、濃緑が風に揺れ、木漏れ日を零す。白い石造りのアトリエにぴったりな、まるでヨーロッパの田舎町の家の如き美しさであるのだ。



木の質感を活かした焦げ茶の扉の金属の取っ手を掴み、手前に引くと、途端に油絵の具の香りが溢れてくる。

明日香は迷うことなく部屋の中へ進み、後ろ手に扉を閉めた。


アトリエの中は案外広く、二階建てで一家族が暮らすとしても充分な面積がある。

しかし、幾つかある部屋の殆どは完成作品や練習作品、途中で放置されたものまでが詰め込まれた物置と化し、そのため父・朝日が実際に作品を製作する場所は一般にリビングと呼ばれるスペースであった。


「父さん、ただいま」


絨毯をひいておらず、ワックスさえかけていない板張りの床に、革靴の音が僅かに響いた。


「おう、おかえり。明日香」


てっきり父が不機嫌な顔で振り向くと思っていた明日香は、僅かに片眉を上げた。予想に反し、いつも通りの父であったからだ。


「なんだ、まだ着替えてないのか。二階に美津子さんが居るから着替えと飲み物でも貰ってこい」


いつも通りすぎる。安堵を通り越して、何か裏があるのでは、と緊張さえ覚える穏やかさだ。


「........学校から聞いたんじゃないの?」

「まあな」

「何か言うことは?」

「.....いや?特に無いな。だってお前、気付いてなかったんだろう。盗撮犯と対応が遅い学校に不満はあっても、お前に対して言うことは何もない。どうにもならないからな」

「....そう。でも、僕が絵のモデルだって知られてるかもしれないよ?」

「写真が手に渡った奴らがいくら騒ごうと、問題ないさ。騒いだところで、そいつらが盗撮写真を一度でも手に持っていたというのがバレるだけだ。第一、証拠を示そうにも盗撮写真だから出すだけ捕まる」


それもそうだ。それに、モデルの少年の写真が出てきたところで、所詮は非合法。話題になり、父の絵の価値が下がることは、社会が盗撮を認めてしまうという事になるためまず無いと考えていい。しかも、そのような方法で入手した写真に惑わされる程の安い人間が買い手についている訳ではない。

というより、もしそういった盗撮事件が無かったとしても公的な写真から話題になれば「絵の通りの美少年だ」とモデルの少年の実在が確認されたことで、以前より価値が上がる可能性さえあった。



「今日、俊介に温泉施設、貸切で誘われてるからモデルは今度でいい?」


肩の力を抜いた明日香は父との会話の後、すぐにアトリエの二階へ上がり、着替えと温かい飲み物を貰うと、すばやくまた一階に戻って来て言った。


「珍しいな、お前が先約がある日に友達の誘いを断らないなんて。......ああ、温泉だからか?」

「まあね」


クスリと明日香が笑う。


「ん、たまには楽しんで来い。ついでに終業式まで学校なんぞ休んでも構わないぞ」


確かに、一応登校日になっているが、テストの答案はもう返された上、何か重要な授業が入っている訳でもない。良い案だ。


「やった。じゃあ泊りがけで行ってきていいんだね」



珍しく僅かに弾んだ息子の声に、朝日はフ、と小さく笑いを零した。


「おい、手土産を持ってくんだぞ!.....」


キャンバスから再度振り返ると、もう息子はいつの間にか扉を開け放っていたところだった。


「わかってるよ。行ってきます!」

「おう、東野さんによろしくな」



テスト返却で気が抜けたのか、それとも例の事件が思ったほどの大事にならなかった事に安堵したのか、明日香にしては珍しく久しぶりに年相応の無邪気さを見せた。


思えば、幼い頃からあまり積極的に幼稚園に行きたがらず、たった5歳で自分から"やめたい"と意思を示してからは、朝日が海外を連れ回したりしていた。

朝日自身に用事が入り、面倒を見れない時は友人などに預けていた為、明日香の周りには大人しか居なかったのだ。



「.........あんなに、普通の子供みたいにする様になったんだな」


否、容姿や雰囲気を抜きにしても「普通の子供」と言うにはあまりに冷静で、落ち着いていて、聞き分けも良く、時に魔性を発揮したが、それでも昔から見ている朝日にすれば、今の一瞬は充分に子供らしい、微笑むべき姿なのだった。




さて、とばかりに朝日はアトリエの隅にある年季の入った黒電話の前に立った。


「ああ、政武か?.....ん、いや、ちょっとな。...明日香が盗撮された。......で、お前ならそういうツテがあると思ってな。頼んだぞ」




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