反撃
小柄な成人男性ほどもあるシルエットは、類人猿のそれに酷似しているが……。
全身は毛皮の代わりに光沢ある鱗で覆われており、頭部は大型爬虫類のそれと瓜二つだ。
だが、五指を備えた両手はいかにも器用そうであり、胴体とほぼ同等の長さがあるしなやかな尾の先には、骨が進化し変形したのだろう大鎌のごとき刃が備わっている。
名も知らぬ、おそらくはネクロムの固有種であろう魔物……。
群れを成して……俺の女たちへ襲いかかったこいつらは、一匹一匹が先日のコクデンヒツジと同等かそれ以上の強敵であろう。
長年の冒険者生活を経て、一撃必殺の領域にまで高めたと思っていた俺の――ギロチン魔術。
それがまさか、致命傷に至らないどころか、外皮を裂くことすらできないとはな。
ちっとばかり……プライドってやつが傷ついた気分である。
驚異的なのは、その防御力だけではない。
両手に備えた短剣じみた鋭い爪も、尾に備えた特徴的な鎌も……目を凝らせば凶悪な魔力を秘めていることがうかがえる。
おそらくは、リタたちが構える武具にも匹敵しうる切れ味であるに違いない。
「――――――――――ッ!」
ガラスを引っかいたような不快極まりない雄叫びを上げながら、そいつらが次から次へと跳びかかってくる。
器用な指先を備えた四肢に加え、長く自在に動く尾まで備えているのだ。
それらを駆使しての超立体的な樹上移動は、これまでの戦闘経験にない脅威である!
……だが、その判断は誤りだ。
こいつらにとっての正解は、俺という未知の戦力が敵に加わった時点で、ただちに撤退することだった。
恐れを知らずただ襲いかかるだけなど――冒険者なり立ての小僧にすら劣る!
「――弱点は知れているぞ!」
トカゲ共が動くと同時、俺はただちに指先を上空に向けた。
そこから放たれるのは、青白き光弾……軽口を交わしながらも発動準備をしていた、氷魔術である。
だが、先までのギロチン魔術と異なり、これは直接にトカゲ共を狙ったわけではない。
その証拠に、光弾は何者もいない上空に向けて突き進み……ちょうどトカゲたちが真下に来たタイミングで、弾け飛んだのだ!
「あらー面白い技だねー」
その効果を見やったアラダが、手斧を構えながら笑みを漏らす。
弾け飛んだ光弾は、その瞬間に無数の細氷をまき散らし……。
日の光に照らされ、樹海の中をきらきらと輝かせる!
「すごーい! きれい!」
ロナがはしゃぐ通り、俺たちにとっては非常に寒いだけで、美しく幻想的ですらある光景……。
だが、これは相対するトカゲたちからすれば……悪夢のごとき光景でしかない!
「――――――――――ッ!?」
「――――――――――ッ!?」
何かの攻撃を受けたわけでもないというのに……。
トカゲたちが、見るからに動きをにぶらせていく……。
見れば、全身を覆う鱗からは光沢というものが完全に失せていた。
「魔術って、こんなこともできるんだ……」
「さすがは……ランス様……です」
ウルズがぼう然とした表情でつぶやき、ヘルテが俺を褒めながらも弓を構え――矢を放つ!
先ほどまでは、ギロチン魔術と同様、強固な鱗に阻まれていた攻撃……。
しかし、今度のそれはトカゲが備えた鱗を貫き、その身に深々と突き刺さったのである!
「おオ! 効いているゾ!」
リタが、歓喜の声を上げた。
「やはり、超低温が弱点だったようだな……。
連中、どうやら体が冬眠したがっているようだぞ!」
目論見通りに魔術が作用した俺も、ぐっと拳を握りこむ。
これなるは、俺が最も得意とする魔術の一つ……。
氷魔術の基本形である、生鮮食品長期保存に扱う術である。
何事も、応用……。
使い方次第で、これまでにない強敵を制することすら可能ということだ。
「みんナ! いくゾ!」
「うん!」
「言われるまでもないわよ!」
「私もーはりきっちゃおうかなー!」
リタが号令の下……。
近接武器を備えた少女たちが、次々とトカゲへ襲いかかる!
おそらくは、魔具によりある程度守られているのだろうが……。
この超低温下で彼女らの筋肉も委縮し、やや動きが悪くなっているようだ。
だがそれは、トカゲ共のそれに比べれば、微々たる差に過ぎぬ!
「えーいー!」
のんびりした声音とは対照的な鋭い動きで、アラダが手斧を振るう。
それは防ごうとしたトカゲの両腕を切り飛ばし、悲鳴を上げながらわめくそいつの頭を続く一撃がかち割った。
「あいつのおかげで有利に戦えるのは、気にくわないけ――ど!」
毒づきながらも、ウルズが獣の牙をノコギリ状に並べた鉈剣を振るう。
膂力においてはリタやロナに劣る彼女であるが、剣閃の鋭さや身のこなしに関しては全く引けを取らない。
氷魔術の影響で動きがにぶり、自慢の鱗も強固さを失ったトカゲたちなど、もはや相手にはならなかった。
「――ふっ!」
鋭く呼気を発しながらウルズが剣を振るえば、一匹、また一匹とトカゲ共が血しぶきを上げ、樹海の下へ墜落していく……。
「やっちゃうからねー!」
そのそばでかわいらしい声を上げながら戦うロナであるが、戦い方は微塵もかわいらしくない。
あえて大剣を手放した彼女の武器は、予備武器たる短剣のみではなかった。
一見すれば、ほっそりとした少女のものにしか見えない手足……。
その全てを駆使し、時には拳を! また時には蹴りを! トカゲ共の爪や尾をかいくぐりながら、次々と叩き込んでいくのだ!
恐るべきは、それら徒手空拳での攻撃が炸裂するたびに、トカゲ共の鱗や肉がえぐれ、飛び散っていくことだろう……。
いくら氷魔術の影響で防御力が落ちているとはいえ、なんという――剛力!
今また、顔面に蹴りを受けた一体が頭蓋を陥没させ、哀れにも樹海の底へ落ちていった……。
「見ててくレ! ランス!」
そして、誰よりも多くのトカゲを狩っているのが――リタだ。
――一突一殺!
トカゲ共のスキを見逃さず繰り出された槍は、そのたびに致命の一撃を与え、敵の数を減らしていく……。
特徴的なのは、心臓や喉元、脳髄など……一撃かつ最小の動作で命を奪える箇所を、的確に貫いていく点であろう。
一切の無駄なく、洗練されたその動きは、まさしく狩人の完成形であり……。
おそらくは、アマゾネスという民族にとって理想の戦い方を体現しているのだと思えた。
「俺も、負けてはいられないな……!」
援護射撃を傍らのヘルテに任せ、練り上げていた魔力……!
それを用い、必殺の魔術を構築する!
「――いやっ!」
放った術の動きをひと言で表すならば、東洋のサムライが使うという……居合い!
刀剣を持たず、無手で振り抜いた手刀の軌跡から、これまでにも増して長大な氷の刃が生み出され、それは猛烈な速度でトカゲの一匹に迫ると――これを縦一文字に切り裂く!
「これだけ魔力を練り上げて、ようやく一匹か……。
俺もまだまだ、修行が足りないな」
傷口の凍結により、血しぶきすら上げず落下していくそいつの死体を見ながら、自嘲の笑みを漏らす。
まあ、敵を弱らせて嫁さんたちの戦いを支援することはできたのだから、良しとしよう。
そんなことをしている内に、五人の少女たちがトカゲ共をことごとく討ち果たし……ついにリタが、最後の一匹へ槍を突き立てる!
「やったゾ! ランス!」
崩れ落ちるトカゲを背にしながら、リタが快活な笑みでこちらに手を振った。
うん、俺の嫁さんたちは……強い!




