窮地
「今日は―このままーみんなで狩りに行っちゃおうかー?
お姉さんーたまには腕っぷしも強いとこー見せちゃうよー!」
夫になるべきと女神様に定められた男――ランス。
彼と別れ、いつも以上の速度で樹から樹へと移動している中、不意にアラダがそんな提案をした。
「良い……提案だと……思うよ」
「そうね! せっかく出てきたんだし、たまにはそんな日があったっていいんじゃない?」
アラダの言葉に、ヘルテとウルズも次々に参道の言葉を重ねる。
明らかに、リタの心中をおもんばかっての言葉であった。
彼女ら自身も、アマゾネスの伝統を否定するかのような今回の出来事へ思うところがあるだろうに……。
知らずレオの頭をなでてやりながら、くすりと笑みをこぼす。
仲間らの心づかいが、嬉しかった。
――新たな氏族を結成し、さらに森林を切り開くべし!
……との神託を各集落の巫女が受け、この五人が選抜されてから一年余り……。
まだまだ、お互いに知らぬところもあるが……。
リタにとって彼女らは、もはや離れがたい家族たちである。
「やったー! アラダお姉ちゃんも一緒に、みんなで狩りだ!」
枝から枝へと飛び移りつつ、両腕を上げて喜びを表すロナの姿がほほえましい……。
一瞬だけ瞑目し、シェア氏族の長として決断を下す。
「――よシ!
今日はこのまま、みんなで狩りに行くゾ!」
「りょうかいー」
「分かったわ!」
「……はい」
「はーい!」
それぞれが、それぞれなりの言葉で返事をする。
レオの頭から手を放し、そっと自分の肌をなでる。
男女の世界というものを知って、すでに丸一日以上……。
いまだに肌は火照って、あの時のぬくもりを残していた。
狩りの享楽に身を投じれば、少しはこの熱もおさまるかもしれない……。
--
だが、不測の事態というものは、往々にしてこのようなうわついた心理状態の時にこそ発生するものである。
そやつらは、ネクロム大森林地帯の奥部……いまだ危険な魔物の掃討が終わっておらぬ、アマゾネスにとっての狩り場へ踏み入ると同時に襲いかかってきた。
全身のシルエットこそ、類人猿のそれに酷似している。
だが、毛皮の代わりに全身を光沢ある鱗が覆っており、頭部も大型爬虫類のそれと瓜二つであった。
五指を備えたいかにも器用そうな指先からは、ちょっとした短剣ほどもある鋭い爪が伸びており……。
胴体とほぼ同等の長さがあるしなやかな尾の先には、骨が進化し変形した大鎌のごとき刃が備わっている。
――クビカリトカゲ。
トカゲと名付け呼んではいるが、その実態は竜の一種であると、出身集落の年配者たちから伝えられていた。
神々との戦いに敗れ、その遺体を河川へと変じさせた龍神――ゾマーノの怨念をふんだんに受けた魔物たち……。
……稀に見る、強敵だ。
しかもそれが、三十匹近い群れを成して襲いかかってきたのである!
「こいつら、こんな浅い所に現れるなんて!」
一早く腰の鉈剣を引き抜き、トカゲの尾と切り結んだウルズがそう叫ぶ。
確かに、これは異常な事態である。
クビカリトカゲのような強力な魔物は、狩り場としている領域のもっと奥地に潜んでいるはずであった。
「私たちにー対抗してー……。
――攻めてきたってことかなー!?」
二匹がかりで襲いかかってきたトカゲの爪を樹上で回避しながら、アラダが推測の言葉を口にする。
怪魚の牙を研磨して作った手斧を握る彼女であるが、無理に攻勢へ転じることはしない。
農耕を得意とするコウ氏族出身とは思えぬ実力者の彼女であるが、やはり、戦闘は本分じゃないのだ。
「……手強いっ!」
開戦と同時、素早く後方へ跳びすさり距離を置いていたヘルテのつぶやきを、アマゾネスの鋭い聴覚が捉える。
支援のため、彼女が打ち放つ矢は――狙いあやまたず、いずれもがトカゲ共へと命中していく。
……いや。
これは、あえて受けているというのが実情だろう。
何しろ、命中した矢は頑強極まりない鱗にはじかれ、いずれも有効な傷を与えられていないのである。
――吐息はない。
――翼もない。
しかし、その実力はやはり――竜の一種!
いや、強固な鱗を鎧とし、アマゾネスのそれにも匹敵する身のこなしで樹木を利用した立体的な攻撃をしかけ、しかもそれが群れを成しているのだ。
ある意味において……大型竜種のそれよりも厄介なところが存在する相手だ。
「くそっ!? 固いっ!」
見れば、ウルズの鉈剣も有効な傷を与えられていない……。
ならばここは……。
「ロナ! ワタシとお前でどうにかするゾ!」
先端に鎌が備わった尾のなぎ払いを、すんでのところで回避し……。
反撃に槍を振るい、鱗をものともせずトカゲの喉元を切り裂きながらそう叫ぶ。
「うん! ……だけどっ!」
だが、普段ならいかなる狩りにおいても天真爛漫さを崩さない少女の返答は……かんばしいものではない。
ロナは樹上という足場の不安定さをものともせず、大剣を振るう。
シェア氏族……いや、全アマゾネスでも最強の威力を誇るだろうその斬撃は、直撃すればクビカリトカゲと言えど一刀両断するに違いない。
しかし――これが当たらない!
大剣という武器種の宿命として、一つ一つの斬撃はどうしても大振りなものとならざるを得ない。
それは、四肢のみならず長くしなやかな尾をも使って動き回るクビカリトカゲからすれば、見切るに容易な代物なのだ。
「――なら!」
だが、トカゲ共よ……ダガ氏族に生まれた天才少女の戦闘勘をあなどるものではない。
「――ええいっ!」
ロナが、大剣を投げ槍のようにかつぐと――これを投てきする!
放物線すら描かず一直線に突き進んだそれは、トカゲの一匹を串刺しにし、背後の樹木へ貼りつけたのだ!
「……こっちで相手するよ!」
愛用の得物を手放したロナが、狩人の心得として腰に差している短剣を引き抜く。
大振りにならざるを得ない大剣よりは、間合いが短くなろうとも短剣の方が戦いやすいという判断だ。
それは事実であり、得物を失ったのが好機と見て襲いかかった一匹の爪が、ロナの振るった短剣を受けて切り飛ばされた!
「いいゾ! ロナ!」
また一匹の喉元へ槍を突き立て、素早くそれを引き抜きながら叫ぶ。
叫びながら、しかし、リタの胸中を支配していたのは焦燥であった。
大剣にくらべ格段に戦いやすくなったロナであるが、やはり間合いが短い短剣ではなかなか致命の一撃を与えられない。
アラダは防戦するのがやっとであり、ヘルテとウルズの攻撃は有効打とならぬ。
ならばここは、最も相性の良い自分がなんとかせねば!
そのような使命感にかられ、あえて自らトカゲ共の中心へ躍り出て一心不乱に槍を振るう。
トカゲ共も、リタが最も厄介な相手であると理解しているのだろう。
前後左右……のみならず上下!
樹木を利用した立体的な攻撃により、あらゆる方向からリタを攻め立てる!
「――リタちゃん!?」
「……リタ!?」
「……このバカ!」
「――お姉ちゃん!」
仲間たちの声を無視し、とにかくトカゲらの攻撃をいなし、回避し、反撃の槍を繰り出す!
一匹……二匹……三匹……四匹……!
次々と、クビカリトカゲはその数を減らしたが……。
そのような戦い方をすれば、やがて確実に限界は訪れる。
「――クッ!?」
背後から、長き尾に備わった鎌が迫りくるのを察知した。
察知したが……前からは二匹ものトカゲが爪を突き出してきており、回避することがかなわぬ!
これは――必至の形だ!
(……ランスッ!)
脳裏で、想い人の名を叫ぶ。
はるか遠方から打ち放たれた光の刃が、背後のトカゲに直撃し、リタへ迫る致命の攻撃を防いだのはその時であった。




