振り向きて
それから……。
リタと入れ替わる形で支流を背にした俺は、アマゾネスの少女たちと向き合っていた。
俺の願いは聞き届けられ……。
今こそ、別れの時である。
「それじゃあーだん……ランスさんもー元気にねー」
完全武装しようとも、身にまとったおだやかな空気までは変わらず……。
ところどころがピンとはねた赤茶色の髪をいじりながら、真っ先にアラダが餞別の言葉を告げた。
「こっからは一人で行ってもらうけど、まあ、魔物が出てくるとしても弱っちいのしかいないし?
あんた一人でもなんとかなるでしょ」
こちらを見ず、ひらひらと手を振りながらウルズがそう告げる。
「このような形での……別離となりましたが……。
ランス様は女神様に選ばれ……一度は夫と仰いだお方……。
外の世界でも……栄達なされることを……及ばずながら……お祈りさせていただきます……」
有言実行ということか……。
さっそくにも両手を組み、目をつむって天に祈りを捧げながら、ヘルテが言葉をつむいだ。
「お兄ちゃん……ロナは……ロナは行ってほしくないよ?
本当に、行かなきゃダメなの?」
こちらを見上げるロナの目尻には、涙が浮かんでいた。
どうしたものかとわずかに悩み……膝をつき、少女と目線を合わせる。
「すまない……どうしても、俺は行きたいんだ」
「うん……ごめんね、困らせて……」
分かってくれた、というよりは、理解してくれたのだろう……。
ロナは両目をごしごしとこすり、どうにかそうしぼり出してくれた。
最後に、リタを……望まずとはいえ一夜を共にし、この腕で抱いた少女を見やる。
「ランス! 元気でナ!
レオのことは家族として大事に世話するから、心配するナ!」
「――キキ!」
そこを定位置と決めたのか、道中ずっとリタの肩に乗っていたレオが力強く鳴く。
「ああ、レオには、みんなの言うことを聞くようにとだけ命令してある……。
だから、後はただ人になつっこいだけの魔物として振る舞うだろう……」
あえて、余計なこと言わず……。
さっぱりとした別れの言葉のみを告げたのは、リタという少女の優しさであるに違いない。
俺はその事実にちくりと胸を痛めながら、レオに関する補足をした。
「……それじゃあ」
これ以上、情を増すべきではあるまい……。
俺は荷物をかつぎ直し、支流の上流――ゾマーノ川本流に向けて身をひるがえす。
――ザン!
……という、五つ分の足音が響いたのはその時だ。
思わず、背後を振り返る。
すると、そこにはもう少女たちの姿はなく……。
ただただ、ネクロムの森林風景のみが広がっていたのであった。
おそらく、狩りに挑む時と同様……。
その身体能力でもって枝から枝へと飛び移り、ほぼ一瞬の内に姿を消したに違いない。
こうしてみると、何かの魔物に化かされたみたいだな……。
そんなことを考え、頭を振る。
都合の良いことを考えてはならない……。
あの夜の出来事も、昨日一日の出来事も確かにあったことであり、俺が五人……ウルズを除けば四人もの少女を傷つけたのは、疑いようのない事実なのだから。
「……行くか」
自分に発破をかけるため、あえてそう独り言を口にし、再び上流の方を見やる。
そして一歩……また一歩と、俺は元いた暮らしへの道を歩み始めるのであった。
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ネクロム大森林地帯を構成する樹木は、一本一本が他の森ではまず目にかかれぬ、巨木と言って良い立派さであり……。
それらの枝や葉が風にざわめく音は、ちょっとした小楽団の演奏を思わせる。
そんな自然の音楽を身に浴びながら、俺はゾマーノ川本流へ向けてノロノロと歩んでいた。
はたから見たならば、今の俺はスキだらけに見えることだろう。
だが、真実はそうじゃない。
周囲には、使い魔の術を応用した探知網を張り巡らし……。
利き手には即座に発動可能な魔術を用意してある。
もしも魔物と接敵したなら、即、真っ二つにしてやる構えであった。
当然、二つもの魔術を同時行使するのは負担が大きい。
特に探知網は、それのみに集中した場合と比べ範囲が大きく狭まっている。
また、魔術に集中しながらでは当然ながら歩みも遅くなるのだが……今、そうなっているのは何もそれだけが原因ではないだろう。
「はあ……」
いけないことだと分かりながら、ため息を漏らす。
我が心ながら、どうにもその動きが掴み切れなかった。
ただ一つ確かなのは、俺は今――正しい選択をしているということ。
それだけは、疑いようがない。
これまで積み上げてきた冒険者としての経歴は、俺にとって、何物にも代えがたい宝であるのだから……。
「はあ……」
またも、ため息。
呼吸を整えるなど、戦闘者として初歩以前の技術であるはずなのだが……心のみならず、肉体においてすら制御が行き届いていないようである。
「いっそ、適当な魔物でも襲ってきてくれれば気晴らしになるんだがな……」
我ながら、物騒な発想をしながら探知網を意識した。
実の所、少女たちと別れてからここまで……魔物が皆無だったかと言えば、そうではない。
が、ウルズが太鼓判を押しただけのことはあり……。
探知にかかるのは、昨日、リタたちが狩っていた魔物らとは比べ物にならない……俺にとっても既知の、弱小種族ばかりだったのである。
しかも、それらはいずれもが自ら人を襲うような種族ではなく、結果として、俺はいささかの危険にも晒されることなく、支流沿いに森の中を歩み続けていたのであった。
「しっかりしろ、俺……こんなトロトロ歩いてたら、日が暮れちまうぞ」
自分に言い聞かせながら、歩調を早める。
いかにゾマーノ川本流を用いた河川輸送が盛んであろうと、当然ながら四六時中商船が航行しているわけではない。
早いところ到着して張り込まなければ、本流付近で野営をする羽目になるだろう……。
「――む!?」
と、そこで歩みを止める。
探知網に危険な魔物が入り込んできたわけでは――ない。
足を止めた理由は、ここまで歩いてきた後方……すなわち、ネクロム大森林地帯の奥部にあった。
――キキッ!
頭の中に、盗っ人猿の鳴き声が響き渡る。
同時に脳裏をかすめるのは、人語のように明瞭ではない……しかしながら、はっきりと危機を伝えてくる意思!
俺が使い魔とした盗っ人猿――レオからの伝心であった。
「これは……」
意識を集中し、レオの視界と自らのそれを同調させる。
時間も距離も、関係なく……。
使い魔とした盗っ人猿の視界は、たった今見ているままの光景を俺に伝えてきた。
「……くっ!」
振り向こうとして、ためらう。
俺は彼女たちに、望まず連れ去られ……子孫繁栄のため、種馬扱いをされそうになっていた。
そして、それを断り、今こうして元いた生活への道を歩んでいる。
だからもう、彼女たちと俺とは……なんの関係もないはずなのだ。
だが、今ここで引き返したならば、それは自分の意思である。
自分で選び、少女たちとの……アマゾネスとの関係継続を望んだことになるのだ。
「ああ……くそっ!」
首を振り、重い足を動かし――振り向く。
同時に探知網も攻撃魔術も解除し、代わって全身を爆圧的な風で包み込んだ。
風魔術を応用した――高速飛翔術!
攻城兵器から放たれた矢弾もかくやという速度で、俺の体がネクロムの森林を突き進む!




