龍神伝説
翌朝……。
どうやら普通の料理はそれなりにできるらしく、朝食はアラダが種なしパンとコクデンヒツジのスープを用意してくれた。
それを食べ終えた後、集落のアマゾネス全員と共に森の中を歩む……。
そう、昨日の狩りと違い、今回は全員での行動である。
「これでーお別れだしー」
と言ったアラダが、畑仕事などを後回しにしてまで同行を申し出たのだ。
あらためて、彼女らにとって託宣の男がどれだけ重要な存在であるかを思い知る……。
とはいえ、そのことばかりを気にしてはいられない。
俺に合わせてか、樹上を駆使した立体的な移動はせず、普通に地面の上を歩いてくれているが……。
それでも、ネクシム大森林の中を歩むアマゾネスの足は速く、旅慣れた俺ですらついていくのはなかなか大変だからであった。
「それにしても、ずいぶんと森の奥深くへ集落を作ったんだな……」
情けなくも浮かんでしまった汗をぬぐいながら、隣を行くヘルテにそう問いかける。
慣れぬ者ならばたちどころに方向感覚を失うだろう深き森の中だが、集落まで引かれた灌漑を沿うようにして歩いていることもあり、どうにか東西南北の感覚は維持できていた。
それをもとに考えたところ、ゾマーノ川の主流から南に向け、かなりの距離を歩いたところに彼女らの……シェアと名付けられた集落が存在していたのだと、推察できる。
「主流付近には……最も早くこの地へ定着した……古き氏族たちの集落がございます……」
「昨日の朝も言ったけど、ロナたちアマゾネスはね! たまに色んな氏族から代表を出して、森の切り開かれてない場所に新しい集落を作るんだよ!」
「そうやって、少しずつ少しずつ……この大森林に、アマゾネスの版図を広げてきたわけだナ!」
「なるほど、な……」
要するに、ここにいる彼女らはネクロムの大森林に対する尖兵であり、開拓者であるということだろう。
そうやって、少しずつアマゾネスという民族そのものの数を増やし、住む土地を広げてきたというわけだ。
それを踏まえれば、主流付近から離れたところに、あの新しい集落が存在したのは道理だろう。
主流近郊は王国との関係もあり、早期に危険な魔物が掃討され、入植が済まされているということだからな。
「まあ、あんたにはもう関係ないことだけどね」
「もうーウルズちゃんてばーそんなバッサリしたこと言っちゃってー」
身も蓋もないことを言うウルズを、苦笑いしながらアラダがたしなめた。
余談だが、アラダは薪拾いの時と違い、全身をビシリと魔具で固め、腰に巨大な魔物の牙を研磨して作り上げたのだろう手斧を下げている。
どうやら、これがアラダという少女が戦闘にのぞむ際の得物であるらしかった。
俺の見立てが確かならば、その切れ味はリタやウルズの武器と比べてもそん色あるまい……。
「まあ、関係ないなりに少しは気になるさ。
何しろ、この灌漑……。
君たちの身体能力が尋常じゃないのはもう思い知っているが、それでも森の中を、これだけの長さで作るのは途方もない労力だったろう?
それを思えば、わざわざあんな強力な魔物が巣食う奥地を開拓する以外にも道があるんじゃないかと思ってな」
森の中を貫くように伸びた灌漑の流れを見やりながら、そう話す。
いずこかの支流から引いているとおもしきこの灌漑であるが、これだけ歩いてもまだ水源にはたどり着けていない。
さすがにこの五人だけで工事したというわけでもなく、それぞれの出身氏族から応援もあったのだろうと推察できるが……。
開拓から得られる民族全体の利益が、これほどの労力に見合うのかとつい考えてしまうのだ。
「ゾマーノという名が……元々は神話の時代に存在した龍神を表すのは……ご存知でしょうか……?」
「いや、それは知らないな……」
俺と同じように、灌漑を見やりながらヘルテが言った言葉に、軽く首を振る。
「龍神ゾマーノは……手の付けられぬ悪神でもあり……他の神々へ戦いを挑んだと……伝えられております……」
「そして、それを戦女神様率いる神々の軍勢が討ち果たしたわけだナ!」
これは、アマゾネスにとっては常識とも言える伝承なのだろう……。
すらすらと、リタがヘルテの言葉を補足する。
「死んだ龍神の死体はね! 地上に墜落してでっかい川になったんだ!」
「それが、あんたも知ってるゾマーノ川ってわけ。
良かったわね? 少しだけ賢くなれて」
後ろ歩きとなったロナが大げさに手を振りながら解説し、ウルズがこちらを見ないままぶっきらぼうにそう告げた。
「でもねー龍神はただー死んで川になって終わりじゃーなかったんだよー」
「はい……死して巨大な川となった龍神ゾマーノですが……その怨念は……ネクロムの大森林を生み出し……そこに強大な魔物を巣食わせました……」
「そこで、戦女神様は自らの代わりにこの地を治める存在を生み出しタ!
それが、ワタシたちアマゾネスの先祖だナ!
先祖たちは戦女神様の加護で、何者にも負けない力を手に入れ、今日に至るまで魔物を退治することで龍神の怨念を祓い続けてきたわけダ!」
「でもでも! 加護のだいしょーで、アマゾネスには女の子しか生まれなくなっちゃったんだ!」
ロナの言葉で、一同に重い沈黙が立ち込める……。
続く言葉は、聞くまでもなかった。
だからこそ、外の世界から男を……俺を招く必要があったということだろう……。
「ま、気にする必要ないんじゃない?」
俺の心中を察してだろうか……。
やはり視線はこちらに向けぬまま、ウルズが気楽そうにつぶやく。
「別に、世界中で男があんただけってこともないだろうし……。
あたしは絶対に嫌だけど、リタたちが子供を残したいって言うなら、女神様がもっとふさわしい男を教えてくれるわよ」
「そうだ、な……」
しぼり出すように、同意の言葉を告げる。
その後は、会話もないままひたすらに歩き……。
「着いたゾ!」
そうしている内に、俺たちは灌漑が伸びた先――水源たるゾマーノ川支流へとたどり着いたのであった。
「この支流を沿って上流に向かえば……主流にたどり着ク。
ここまで歩いて分かっただろう通り、この辺りに危険な魔物はいなイ。
後はもう、ランス一人で大丈夫だろウ」
他の土地であれば、支流扱いなどされず立派な名を付けられるだろう川を背に、リタが振り向きながらそう告げる。
「ランス! ここでお別れダ!」
少女の浮かべる笑みが作り物であるくらい、この俺にもたやすく察せられた。




