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リタの決断

「みんなーどうするー?

 旦那さん……ううんーランスさんはーこう言ってるけどー?」


 自己紹介の時、リタは自分のことを集落の長だと言っていたが……。

 そこはやはり年長者の貫禄(かんろく)ということか、アラダが全員に問いかける。

 俺はと言えば、いまだ頭を付したままでおり、彼女らの表情をうかがう(すべ)はなかった。


「お兄ちゃんは、ロナたちのことが嫌いなの?」


「さっきの話からするとーそういうわけじゃなくてー……。

 私たちのことも嫌いじゃないけどーもっと大切な人たちとー居場所があるってことかなー?」


「ともかく……お顔をお上げください……」


 ヘルテにうながされ……。

 俺は三つ指をついた姿勢は崩さず、しかし、顔だけは上げることとなった。

 そうして目にした、各人の表情は様々で……。


 アラダは、ところどころがピンとはねた赤茶色の髪をなでながら、困ったような顔をしており……。

 ウルズは、眉を寄せながらこちらをじっとにらみ据えている……。

 ヘルテは目を閉じ、両手を組みながら神に祈りを捧げており……。

 ロナは周囲の少女らを見やりながら、ただただ困惑した表情を浮かべていた。


 そして、リタは……。


「……そんなに、申し訳なさそうな顔をしないでくレ」


 目尻に涙を浮かべながら、俺にそう言ってくれたのである。

 なんとか毅然(きぜん)とした表情を作ろうとしているが、しかし、それは上手くいかず……。

 どうにもぎこちない、泣き笑いのような表情となっていた。


 年若くとも長を自認する少女の言葉に、他のアマゾネスたちも姿勢を正し、じっと耳を傾ける。


「ランスの気持ち……ワタシも分かったつもりダ。

 誤解しないで欲しいが……ワタシたちも別に、無理矢理に子作りを要求しようというつもりはなイ。

 愛し、愛される……それが、アマゾネスにおける夫婦の在り方なんダ」


 そこで言葉を切ったリタは、しばしの瞑目(めいもく)を挟み……続く言葉をしぼり出した。


「ヘルテも言っていたガ……。

 これまで、女神様の託宣で選ばれた男が、氏族の夫となることを拒んだ例はなくてナ……。

 だから、ランスの気持ちも聞かず、勝手に決め込んでしまっていタ。

 お前は、ワタシたちを愛してくれるト……。

 ワタシたちの夫になれたことを喜んでいると、ナ……」


 リタの視線と俺の視線が、交差する。


「だから、昨晩のことは……その……気にしないで欲しイ……。

 きちんと気持ちの確認をせずに、舞い上がったワタシの方が悪いんだからナ!」


 リタが、にかりと快活な笑みを浮かべてみせる。

 だが、それはどう見てもカラ元気を出し尽くして作ったものであり……。

 俺の胸に、かつて英雄種のゴブリンに魔剣で切られた時よりも、深い痛みを覚えさせた。


「リタちゃんはーそれでいいんだねー?」


 アラダが、リタに確認の言葉を投げかける。

 それにリタは、深く……そしてしっかりとうなずいてみせた。


「あア!

 集落の長として、ここに告げル!

 ……ランス、お前は自由ダ」


「……まあ、リタがいいんなら、いいんじゃない?

 あたしとしても、最初から男なんていらないって言ってるしね」


 リタの決断に、肩をすくめながらウルズが同意を表す。


「寄り添うことはかないませんでしたが……この出会いそのものに……女神様の意図が存在するのでしょう……」


 ヘルテは目を閉じ祈りを捧げたまま、そうつぶやく。

 巫女である彼女にとっては、その辺りが神託を解釈する上での妥協点なのだろう……。


「ロナは少し寂しいけど……でも、お兄ちゃんの気持ちを、その……。

 ――そんちょーするよ!」


 一生懸命に難しい言葉を口にするロナであるが、今ばかりはそのほほえましさに笑うことができなかった。


 俺はただ……再び深々と頭を下げる。


「……すまない」


 どうにか口にできたのは、ありきたりな詫びの言葉だけであった。




--




 それから、食後の片づけを済ませ……。

 話し合いの結果、俺は翌朝を迎えると共にゾマーノ川主流付近へと送り届けられることになった。

 そこで彼女たちと別れ、俺自身は河川を行き交う商船のいずれかと交渉し、海都まで乗せて行ってもらうという算段である。


 運賃に関しては、それに見合うだけの品を用意するとリタが言ってくれたが……あえて固辞することにした。

 幸い、いざという時に備え、懐にはそれなりの金を用意してあるので、謝礼に困るということはあるまい。


「ふう……」


 出立のためまとめた荷を確認し、一人ため息をつく。

 俺が今夜を明かすのは、氏族の夫――つまりは俺のために用意されたあの小屋である。

 床にはリタの家にあったものと同じ獣の皮が用意されており、どうやら夜の寒さに震えながら眠る心配はいらないようであった。


「ふう……」


 また、ため息。

 何もかもが、望む通りに決定したというのに……どうにも気が晴れない。

 だが、こればかりは致し方あるまい。

 かつての青春時代……何度か味わったものと同じ痛みであり、生涯をかけて背負い続けなければならない痛みだ。

 何しろ、俺が相手に与えた痛みはこれ以上のものであるはずなのだから……。


 早く眠るべきだというのに、そんな思考にふけっていたその時である。


 ――コン、コン。


 ……と、入り口の戸を叩く音が響いた。


「ランス、今、ちょっといいカ?」


「ああ、構わないよ」


 同時に戸の向こうから響いたリタの声へ、やや緊張しながらそう返す。

 そうすると、ばつが悪そうな顔をしたリタが小屋の中へと入ってきた。

 が、すぐにその顔が驚きの色に染まる。


「これは、魔術で明かりを作ってるのカ?」


「ああ、これか? まあ、そうだよ。

 初歩的な魔術さ」


 リタが驚いたのは、俺が室内に浮かべている光球であった。

 光魔術のごくごく初級……光球を浮かべて操り、明かりとする魔術。

 つけるも消すも自由自在。不始末で火事を起こす心配もない便利な術である。

 囲炉裏で燃やすための(たきぎ)は用意してくれたのだが、彼女らの物資をむやみに消費したくなかったのだ。


「そうか……やっぱり、ランスはすごいんだナ」


「こんなのは、魔術師なら使える者はそれこそ数えきれないさ。

 それで、こんな時間になんの用だ?」


 サンダルを脱いで上がりこみ、囲炉裏を挟む形で座り込んだリタへ尋ねる。


「ああ……いや……難しい話じゃないんダ……。

 ただ、レオのことでナ……」


「ああ……」


 背中にでも隠れていたのだろうか……。

 そう言われると同時に、リタの肩から顔を出した盗っ人猿を見て自分の不明を悟った。

 そういえば、こいつのことを忘れていたな……。


「その、ランスさえ問題なければなんだガ……。

 できれば、このままレオを使い魔として集落に置いておいてくれないカ?

 負担になるようなら、無理にとは言わないガ……。

 お前との、思い出が欲しいんダ」


「ふむ……」


 そう言われ、しばし考え込む。

 負担になると言えば、なる。

 用もない場所に使い魔を配置し続けるなど、少量とはいえ魔力の無駄使いに他ならないからだ。


 だが、少量は少量だ。

 心の痛みと同じ……俺が背負うべき負担であるだろう。


「……分かった。

 レオ一人を使い魔として維持し続けるのは、そう難しい話じゃない。

 一度使い魔にしてしまえば、どれほどの距離が離れようと関係はないしな……。

 それでリタの気が少しでも晴れるならば、レオをここへ置き続けよう」


 俺の言葉に、リタの顔がパアッと明るくなる。


「ありがとウ! レオのことは、しっかりと面倒を見るからナ!」


「――キキ!」


 そう言いながら自分を見やったリタに、レオが元気に鳴き声を返す。

 どうやら、使い魔として俺が命じたのとはまた別に……レオ自身も彼女へなつきつつあるのかもしれない。


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