心からの言葉
やはり、オウカ料理の力は偉大だ……。
どうやら、肉野菜炒めの味に満足してくれたらしい少女たちを見ながら、俺は師とも第二の父とも仰ぐリシュウ先生へ心中感謝を捧げる。
本格的な調理には火魔術の習熟が必須であるし、あまり辛い味付けをすると好き嫌いは出てくるが……。
俺はこれまで、先生から教わったオウカ料理を嫌いだと言う人間には出くわしたことがない。
間違いなく、今日に至るまでの冒険者生活を支えてくれたのはこの調理技術であろう。
そう、今日にいたるまで、だ……。
俺はまだ、冒険者として生きる生活を捨てる気はない。
みなで苦楽を共にしながら『運び』の仕事に従事し、道中で俺が作った料理を囲みながら笑い合う……。
あれは、他では得られぬ充実した日々である。
食事を終え、歓談する少女たちを見やった。
アラダも、リタも、ウルズも、ヘルテも……まあ、ロナも。
それぞれがそれぞれに魅力的な容姿であり、彼女らに無条件でかしずかれるならば、諸手を挙げて歓迎する男はさぞ多いだろうと思わせられる。
だが、俺はそうじゃない。
男として、これまで積み上げてきたもの……。
そして、これからさらに積み上げられるであろうものを失うのは、到底受け入れられなかった。
覚悟を決め、腹に力を入れる。
大丈夫……。
――いざとなったら、自爆するだけなんだから!
……そう、俺は食事をしながらもすでに魔術の発動準備を終えていた。
いざこれを解き放ったならば、たちまち我が肉体は内から四散し、だいたい千八百くらいの無惨なポップコーンと化して飛び散ることであろう……。
ポップコーン、何度か食べたことあるけど美味しかったな。味もなかなかだが、調理過程が楽しいんだ。
かなうならば、冒険者として海都に戻りもう一度あれを食べたいものだが……さて。
パンを食べるレオの頭をなでながら談笑していたリタが、そういえばという顔でこちらに向き直る。
「ところで、ランス。
今夜は誰と寝るんダ?」
――来た。
緊張する俺に、一同の視線が突き刺さった。
アラダは、年齢にそぐわぬ妖艶な眼差しで……。
リタは、昨晩のことを思い出したのか頬を少し上気させながら……。
ヘルテは、両手を組んで神ならぬ俺へ祈りを捧げるように……。
ロナは……好奇心いっぱいという感じで、意味分かってるんだろうか、この子?
「あたしは、絶っ対イヤだからねッッッ!」
唯一、ウルズだけはきつい眼差しと共にそう吐き捨ててくれる。
やはり、君だけは俺の味方だな! 信じていたぞ!
「すぅー…………………………」
目を閉じ、大きく深呼吸。
そして目を開き、はっきりとこう宣言した。
「いや、それは遠慮させてほしい」
「ハ?」
その返事は、予想していなかったらしい……。
リタが目をぱちくりさせながら、首をかしげた。
「ああー……」
そこでアラダが、納得したという風にぽんと手を打つ。
「ほらー旦那さんもーここに来たばかりでー色々と疲れてるだろうからー」
「出るに……出ない体調というのならば……致し方のないことかと……」
ちょっと待て。
……お前たち、俺の言葉をどのように解釈した?
「えー? 出ないって何が?」
「どうせ、昨日リタが張り切り過ぎたんでしょ?
弓矢と同じよ、矢がないと出ないの」
顔を赤らめながら、ロナに説明するウルズである。
そんな顔するくらいなら、最初から言わないのが一番だと思うぞ?
「まあ、確かに昨日はその、なんダ……。
アレだったからナ! ナハハ!」
「お兄ちゃんって、弓矢と同じなの?」
「うんーまあー男の人はーそうらしいよー?」
こいつら、子供の教育に悪すぎるな……。
ともあれ、おかしな方向に向かっている話を軌道修正するべく咳払いしてみせる。
そして、静かな……しかし、自分の感情をしっかり乗せた声音で語りかけた。
「まず、いかなる形であれど……女子をこの腕に抱いて責任を取らぬというのが、無責任な話であることは重々承知している」
最初に、困惑するリタの目を見据えながらそう語る。
正直、これが一番申し訳なく思っていることだ……。
「そして、戦女神からもたらされる託宣が、君たちにとってどれだけ重い物であるか……多少は理解できているつもりだ」
次に、ヘルテの表情にとぼしい顔を見ながらそう語りかけた。
年若いながら、あれだけ高度な奇跡を行使してみせた彼女である。
その信仰心たるや、俺ごとき不信神者の想像が及ぶところではあるまい。
「正直、ここは良い集落だと思う。
新しく切り開いたばかりの地に、あれだけ立派な畑を作るなど、なまかなことではなかっただろう……」
続いて見やるのは、アラダの顔だ。
おっとりとした顔をしている彼女であるが、その瞳に満ちているのは理知の光であり……俺の心中を推し量っていることがうかがえた。
「また、俺を慕い、調理を手伝ってくれたこと……本当に嬉しく思った。
できれば、この先も教えてやりたいという気持ちはある」
ロナは……本当に、俺の言っていることが理解できていないという顔で……。
ただただ、無垢な眼差しを俺に向けていた。
「だが、自分の意思で選んだわけではない婚姻がまっぴらご免だというのは、俺にとっても偽りなき本心だ」
最後に見るのは、ウルズだ。
てっきり、俺の言葉を喜んでくれると思ったのだが……その表情はどこまでも複雑であり、俺のような鈍感男でも、面白く思っていないのだろうと察することはできる。
それでも、これから吐き出す言葉を飲み込むことはできない。
俺は姿勢を正し、三つ指をつき、深々と頭を下げる。
東洋で言うところの土下座であり、俺が知る限り……申し訳ない気持ちを表す最上位の姿勢であった。
「――頼む! 俺を外の世界に……元の暮らしへと帰してくれ!
俺には、今日こうしたように食事を共にすべき仲間たちがいる。
自分の居場所が、ある。
どうかそれを、奪わないで欲しい……!」
そのまま、心の底から湧き出した言葉を告げる。
このために、好感を稼ぐべく惜しみなく調理技術を披露した。
また、それは俺にとって同じ光景を共にしてきた仲間たちがいることを知ってもらうための行為でもあったのである。
「それハ……」
リタの、震える声が頭上に降り注ぐ。
頭を下げているため、彼女が今、どのような表情を浮かべているかは分からなかった。
「それはー今日だけ抱かないとかじゃなくてー。
そもそもー私たちの旦那さんになりたくないってーことかなー?」
言葉を続けられぬリタに代わって、アラダがそう告げる。
「でも……前例がないよ……?
今まで……女神様が選んだ男性は……みんな必ず……氏族の夫となることを受け入れてくれた……」
「前例があってもなくても、ここまでしながら言ってるんだから、心底そう思ってるってことでしょ?
……ま、あたしもせいせいするけどね」
うろたえた声を漏らすヘルテに、ウルズがバッサリとそう言い放つ。
「え? お兄ちゃん、集落にいたくないの?
……ロナたちと一緒にいるの、嫌なの?」
ロナの言葉が、下げた俺の頭に突き刺さる。
それきり、誰も何も口にせず……。
「――キキ!」
おかわりのパンでも要求したいのか、レオの鳴き声だけが響き渡った……。




