『肉野菜炒め』
調理道具を片づけ、敷き物の上で輪になる。
それぞれが手にした木皿には『肉野菜炒め』なる謎の料理が盛り付けられており、その上にはアラダの焼いたパンが乗せられていた。
「さて、見慣れない料理だと思うが、舌に合うかな?」
挑発的とも言える視線を一同へ向けるランスであるが、その表情からは絶対の自信を感じられる。
「いっただきまーす!」
シェア氏族で最も幼く、食欲旺盛なロナが真っ先にそれへ挑みかかった。
まずは、焼いて間もないパンへかぶりつき、これを味わう。
平たい楕円形に焼いたパンをほおばる仕草はなんとも言えず愛らしく、木の実を頬袋に貯めこんだリスのようにも思える。
「やっぱり、焼き立てだと美味しいね!
……こっちのは、どうかな?」
「変わった料理だよねー外の人はみんなこういうの食べるのー?」
「……まあ、アラダの野菜を使ってるんだから毒ってことはないけど、ずいぶんと油っぽそうね」
「でも……野菜も肉も……艶めいていて綺麗……」
「ともかく、食べてみよウ!」
何も言わないままみんなを見つめるランスの視線へ応じるべく、木製のフォークを手に取る。
そして、ヘルテが言うように、油をまとい宝石のようなきらめきを放つ具材へ突き刺し……これを口に放った。
「――んム!?」
口にし、まずはその食感へ驚く。
――シャキリ!
……と、軽快な音を立てて、歯がからし菜の葉を噛み切る。
あれだけの油を用いて調理したというのに、なんというみずみずしさであろうか!
からし菜も玉ねぎも火を通したとは思えないほどシャキリとした歯応えで、これは今まで味わったことのない食感であった。
下手をしたなら……いや、間違いなく生のままかじったよりも上であろう。
しかもこれは、アラダが丹精込めて育て上げることで葉と実の内に秘めた甘さが、いささかも損なわれていない!
いや、損なうどころではない……。
これは――引き出されている!?
完璧な加減で火を通された玉ねぎもからし菜も、大地から吸い取った滋養が舌一杯に広がる味わいだ。
これが、魚醤を主体にニンニクも混ぜられたタレと絡むことで、力強さと見たこともない海の旨味が渾然一体となり、スゴ味すらともなって脳髄を貫く。
そして、からし菜特有のピリリとした辛みが味のアクセントとなり、次なる一口への原動力となるのだ。
無論、本日の狩猟における成果たる、コクデンヒツジの肉も見事な美味さである。
派手な鍋さばきで、直接火をくぐらせたりした成果か……その身には肉汁が余すことなく閉じ込められており、噛めば噛むほどに肉のうま味が広がっていく……。
羊肉特有の独特な臭みはタレのニンニクによって打ち消され、加熱することで香り立つ魚醤が絡むことでよりハッキリと、そして力強く肉の味を感じることができた。
――美味い!
――美味すぎる!
なんの変哲もないと言い放った料理の、なんというすさまじさか!?
「おいしー! お兄ちゃん! すっごく美味しいよ!」
味のひとかけらたりとも逃さぬとばかりに、力強く咀嚼し続けたロナが、ようやくこれを飲み込んで目を輝かせる。
「あア! なんの変哲もないなんて、謙遜もいいところダ!
……これは、今まで味わったことがないご馳走だゾ!」
「本当ー私ーちょっと自信なくしちゃうかもー」
「……ふん、まあ、美味しいのは認めてあげるわよ」
「これほどの美味に昇華させるとは……望外の獲物へ導いてくれた女神様も……きっと満足しておいででしょう……」
今朝の串焼きにしてもそうだが……。
どうにもへそ曲がりなところがある、ウルズからすら賞賛の言葉を吐き出させるとは……やはり、ランスの調理技術はモノが違う。
いや、これはもしかしたら……。
「さっき、アラダ姉も言っていたガ……。
外の世界では、みんなこんなに美味しいものを食べているのカ!?」
「いや、そういうわけではない……」
自身も『肉野菜炒め』を味わい、出来栄えに満足しうなずいていたランスが首を振る。
「これは、俺に料理や魔術を教えてくれた先生の出身国――オウカという、海を隔てた帝国の料理だ。
普通の王国料理っていうのは、多分、君らが食べてるのとそんなに変わらないさ。
こう……適当に煮たり焼いたりって感じだ」
「オウカかー。
その国の名前ー本で読んだことがあるよー。
確かーヒイヅルっていう国とのー間にあるんだっけー?」
ランスの言葉に、アラダが飛びつく。
シェア氏族で最年長の彼女は、コウ氏族出身者らしく畑仕事を得意とするだけでなく、どこからか手に入れた書物を愛読していた。
どうやら、それらの一冊には、海を隔てた東方世界について詳しく書かれたものがあったらしく……。
すっかり東方にあこがれたアラダは、少々無理をしてゾマーノを行く交易船から米や大豆の苗といった、東方世界にまつわる品を手に入れたりしているのである。
「詳しいじゃないか?
そう、そのヒイヅルから海を隔てて……まあ、招かれたのが俺の母であり、先生は同じような流れでオウカから招かれた人物だ」
「へえー! お兄ちゃん、海のずっと向こう側の血が流れているんだね!」
「まあ、どこの血が流れてようがあたしには関係ないけど、この料理だけは認めてあげてもいいわ」
「海を隔てた世界の血と……料理の知識を新たな氏族に招く……女神様のまこと慧眼さです……」
特に苦い物は入っていないはずだが……。
ヘルテの言葉に、なぜか苦虫を噛みつぶしたような顔をするランスである。
「あ……」
そうこうしてるうち、あれだけよく噛んでいるというのに、一番の早さでロナが自分の『肉野菜炒め』を食べ尽くし……。
「ほら、レオを通じて見ていたぞ?
トドメの一撃を与えた者へのご褒美だ」
悲しそうに空の木皿を眺める彼女へ、ランスが自分の分を少し分けてやっていた。
料理が美味いだけでなく、自分も腹が減ってるだろうに、最も幼い妻への心配りすらしてみせる。
そんな夫の姿へ、リタはますます惚れ込んでしまうのであった。




