ランスのお料理
どうやら、愛する夫はレオを通じ、リタたちの帰還時刻を正確に把握していたようである。
そうと察せられたのは、集落へ近づくなり、鼻をすんすんと鳴らしたロナが、
「……パンだ! パンを焼いてるよー!」
と、はしゃいだからであった。
食べるのが大好きだから、というわけでもあるまいが……。
この少女は膂力のみならず、嗅覚においても抜きん出ている。
「あら? それなら今日は、焼き立てのパンを食べられるわね」
「きっと……ランス様が……レオを通じて焼き始めの時間を……計ってくれたんだよ……」
背後で話すウルズとヘルテの声を聞きながら、今少し前進すると……。
なるほど、リタの鼻にもなんとも香ばしい……パンの焼ける匂いが捉えられた。
「でも、どうして外で焼いてるんダ?」
同時に、疑問が口をついて出る。
狩猟時における伝統の移動法である、枝から枝への樹上移動から着地し、集落へと降り立つ。
「ほんとーにーピッタリの時間だねー。
みんなーお帰りー!」
「待っていたぞ! さっそく、肉を出してくれ!」
果たして、アラダとランスが待っていたのは……集落の中央部に存在する、空き地であったのだ。
だが、その様子は今朝と比べて大きく異なる……。
「すごい! 立派な調理場だー!」
「ちょっと! いつの間にこんなもの作ったのよ!?」
ロナとウルズが驚くのも無理はないだろう……。
そこにあったのは、故郷の集落を思わせる立派な調理場だったのだ。
地面には、皮革の端材をつなぎ合わせた敷き物が敷かれ、まな板や下ごしらえを施した野菜類が並べられている……。
そして、そのそばには……石を使ったかまどが二つも設営されていたのであった。
「しかも、こんなかまど見たことがないゾ!」
それらを一目見て、驚きの言葉を漏らす。
リタが知っているかまどというものは、大小いくつもの石を組み合わせて設営するものだ。
だが、これはどうか……。
つなぎ目も何もない真四角の石材によって、見るからに立派なかまどが造られているのである。
しかるべき石材を切り出せば、作れぬことはないであろうが……。
少なくとも、ここシェアの集落近辺でかような石材が確保できる場所はないし、あまりに設営までが早すぎた。
これでは、まるで……。
「もしかして……ランス様の魔術……ですか?」
答えにたどり着いたヘルテが、そう問いかける。
「ああ、土魔術のちょっとした応用だ。
そういえば、ウルズとヘルテの父君は魔術師なんだったな?
なら、似たようなこともできたんじゃないか?」
「……あたしたちの父さんのことは、今はどうでもいいでしょ?
それより、こんな仰々しいものを用意して何を作ろうってわけ?」
ウルズが、かまどにかけられた鍋を見ながらそう問いただす。
かまどのうち、一つはアラダが鉄板を敷き、馴染み深いパンを焼いているのだが……。
残る一つでは、確かランスの荷物にあった……薄く伸ばした鉄を丸い傘状に鍛えた鍋が火にかけられていたのである。
しかも、その中にはたっぷりの油が入れられ、なんとも香ばしい匂いをただよわせているではないか……!
リタたちが日ごろ用いる、薪を用いた火ではここまでの火力に至るまい……。
かまどの中では、今朝使っていたよりも強力な――ランスの火魔術が燃えさかっているのだ。
「そんな大したことはしない……ごくありふれた、簡単な料理さ」
ロナからコクデンヒツジの肉を受け取りながら、ランスがほがらかにそう告げる。
「いい肉だ……少し待ってな。今、こいつを美味しく調理してやる」
受け取ったのは骨から剥がしたモモ肉であり、ランスはそれをまな板の上に置くと、これも自前の包丁で手早くカットしていく。
――鮮やか!
……と、言う他にない手際である。
しかも、ただ手が早いだけでなく、肉の切れ目が崩れぬよう包丁を戻さず切り落としていた。
「へぁー、お兄ちゃんは、すっごく包丁が上手なんだね!」
しゃがみ込みながらそれを観察していたロナが、感心しながらそう告げる。
狩りにおいても力任せの斬撃を身上とする彼女であるから、なおのことその包丁さばきが美しく感じられたのだろう。
「ロナも、おんなじようにできるようになるかな!?」
「俺がロナくらいのころは、てんで駄目だったさ。
何十枚も何百枚も肉を切ってけば、自然と手が覚えるよ」
そう言いながら、これも魔術だろう……手から出した水でロナの手を洗ってやる。
そして、差し出された包丁でロナもカッティングに挑戦するほほえましい一幕を挟み……。
切り分けられた野菜が入った器を手に、ランスがかまどの前に立つ。
火にかけられた鍋の中は、油が煮え立っていた。
「ほいっと」
そして、切り分けられたからし菜が……しばしの間を置いて、同じように玉ねぎが投じられる。
「ほー、こうやって油で煮る料理なのカ?」
「いや、こいつはちょっとした下準備だ」
おたまを使って鍋の中をかき混ぜるランスが、そう告げた。
「ほいっと」
そして、まだ火が通り切っていないように見える野菜を、かたわらへ準備しておいた鉄の器に移したのである。
器と言っても、細かな穴が無数に開けられており、具材は受け止め油は下に通す作りとなっていた。
その下には油を入れる容器が設置されており、今しがた使った油が無駄になるということはない。
「油こしっていう道具だ」
と、ランスが器の名称を教えてくれた。
「ランス様……まだ……火が通っていないようですが……?」
「こっからが本番なのさ」
ヘルテに答えながら、再び火にかけた鍋へ、今度は切り分けられた肉を投じていく。
そこからが、見物だ。
「すごいねー鍋を躍らせてるみたいー」
アラダの言葉は、言い得て妙だろう。
ランスは激しく鍋を揺さぶりながら、おたまを使って肉に火を通していき……時には、魔術で燃えさかる火の中を直接くぐらせる!
そして十分に火が通った頃合いで、先ほど油こしにあけた野菜も投じたのだ。
後はもう、早業だった。
適量など手が覚えていると言わんばかりの無造作さで塩を振り、あらかじめ合わせておいた魚醤主体のタレをかける。
そして、チャチャッ……と、おたまでかき混ぜ……。
出来上がった品を、人数分の木皿へと盛り付けていくのだった。
「なんの変哲もない肉野菜炒め……。
どうぞ、召し上がれ」
今朝方の串焼きに続く、ランスお手製料理の名がそれであった。




