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墜ちた戦艦 3


 眠い。


 森に入って七日。

 そしてここ三日はまともに寝ていない。


 理由は簡単で、魔物の襲撃がひっきりなしに来るんだよ。

 眠ろうにも眠れない。

 大攻勢が近くなると、森の中ってこんなことになるの?

 というか、魔物共の食料事情はどうなってるんだろ?

 さすがに食べ物が足りないと思うんだけど。


「うーん、しくじったかなぁ」


 お師匠さまがボソリと呟いた。


 しくじった? どういうことだろ?


「お師匠さま? しくじったって、なにを失敗したんですか?」

「いや、ゴブリンを狩り過ぎたかなって。

 多分アレ、こいつらの餌だったんじゃないかな」


 そういってお師匠さまは首がもげている人食い鬼を指差す。

 人食い鬼。その名の通り肉食で、動物ならなんでも食べる。頭はゴブリンよりはマシなものの、毛の生えた程度であまりよろしくはない。


 オーク鬼の方が若干頭はいいかな?


 東方に鬼族なる種族がいるらしいけど、そっちは人間並に知能が高く、国を築いているとか。

 そういや、角があるって聞いたな。


 人食い鬼やオーク鬼には角はない。頭骨の形の関係で、額の両端、生え際辺りがとんがってるように見えるけど。角、というよりは、アレは単にいかついだけよね。


「ゴブリン、美味しいんですかね?」

「まさかそんな質問が出てくるとは思わなかったわね。

 というか、あれ、食べたいと思ったの?」


 お師匠さまの問いに私はぶんぶんと首を振った。


 個人的には、人型の物は食べたくありませんよ。


「まぁ、連中にとっては普通に食べ物なんじゃないの? 食事に娯楽を求めてるとも思えないし。食えりゃいいんじゃないかしら」

「そんなものですかねぇ」

「人ぐらいでしょ、食料を調理して、味を云々いろいろやってるのって。そういや、東方には調理に関して突き抜けて研鑽してる連中がいるらしいわよ」

「気になります」

「ギャロットが仕事でそっちに行ってたから、知ってると思うんだけど。今度聞いてみようかしら?」


 ギャロットのお仕事はなんなんだろう? 確か、人探しをしてるって以前聞いたことあったけど。

 でも、どうも普通に諜報活動してるっぽいんだよね。

 いや、諜報は普通じゃないな。


「森に突撃しないで、背骨まで外縁に沿って移動して、そこから目的地に向かった方がよかったかな? まぁ、いまさらだけど」

「お師匠さま、眠いです」

「あんたまだ人間辞めてないしねぇ」


 ……。

 ……。

 ……。


 ……えっ?


「お、お師匠さま? 人間辞めるってなんですか?」

「なんですかもなにも、云った通りだけど。

 ソーマの弟子で人間辞めてないのは二番弟子の人だけらしいし。まぁ、あたしは名前も知らないから詳しくは知らないけど」


 そこで一息つくと、お師匠さまは説明を続ける。


「ソーマは精霊憑きの上に魔神憑きだから、まず死ねないでしょ。

 リノ姉さんも精霊憑きで寿命が無いようなものでしょ。

 ソウさんは妖精憑きでやっぱり死ねなくなってる。

 で、あたしは言わずもがな。

 シビルは云うに及ばず。古代人、即ち上位人間種で精霊憑き。

 リュリュもいずれ不死化するだろうしね。あの子の場合、その特性上そう成らざるを得ないんだけど」


 そしてお師匠さまが私に指を突き付けます。


「で、あんただけど。多分あんたの運からするに、きっと魔神憑きになるわよ。だいたい、最初の召喚でいきなり魔人を引き当ててるんだから、覚悟しとくといいわよ。多分、彼らを擁している魔神からは注目されてるだろうから」


 えぇっ!


「ま、魔人って、提督のことですか? あの子、ただの猫ですよ! それと将軍はただの犬です」

「なにいってるのよ。猫も犬も服を着て二足歩行なんてしないわよ。なによりあたしたちと同じ言語で話したりしないわ」


 い、いや、そうですけど、そうですけど!


 剣を掲げ『ウニャーッ!』と騒いでいる猫を思い出す。通称『提督』、本名は人間の私には発音不能な彼。とてもじゃないけど、そんな大層な人ぶ……猫とは思えない。

 猫の妖精のケット・シーとは違うって云ってたし。


 そして『将軍』はランスを持った鎧兜の犬で、いつも唸りながら突撃してる。……自分の足で走って。


 よくよく考えたら、あの子たちはなんなんだろう? ……あぁ、魔人か。


「キャロルも人並な人生とはおさらばよ、やったね!」

「私は平穏な人生がいいです!」

「十分平穏だと思うけど。殺されたりしないし」


 それはお師匠さま基準じゃないんでしょうか!?

 それに現状、ちっとも平穏じゃないんですが。

 【影顎】が走り回って、襲ってくる人食い鬼を影に引きずり込んでいるんですけど。

 お師匠さまの【化幽】が首をもいで回ってるんですけど。


 いや、そんな状況で呑気に話してる私たちも大概だけど。


「よし、片付いたね。もうできるだけ戦闘は避けていこう。いい加減、時間ばかり無駄にとるから」

「それは難しいんじゃないでしょうか」


 本当、むやみやたらと魔物と遭遇するんだもの。

 もう疲れたよ。


 うぅ、眠い。






 その日の晩。すっかりと眠りこけた。

 うん。朝までぐっすりだった。

 目が覚めたら、お師匠さまが鍋を掻きまわしてたよ。


「……おはようございます」

「うん、おはよう」

「……ごめんなさい」


 謝ると、お師匠さまが目をぱちくりとさせた。


「なんで謝ってるの?」

「いえ、その、ひとり眠りこけてましたから」


 周囲には大量の魔物の死体が転がっている。


 これ、襲撃があったんだろうなぁ。

 そんな中で呑気に寝てるとか……。


 そんなことを思っていたら、お師匠さまがケラケラと笑いだした。


 え、なんで?


「あははは。なによ、そんなこと気にしてたの。

 むしろこっちは上手く行ったと思ってるのに」


 へ?


「なるべく音を立てないように始末したからね。あんたが目を覚ましちゃったら失敗もいいとこよ」


 多分、私はポカンとした顔をしてたんじゃないかな。


「それじゃご飯にするよ。今日中に目的地に着く予定だからね。しかりと食べな」

 椀によそったシチューが差し出される。

 肉やら芋やらがごろごろと入ったシチューだ。


 シチューというより、具材が多すぎて煮物だ、これ。


「あたしもね、やってみたかったのよ」


 椀に盛られたシチューを受け取りながら、私は首を傾げた。


「いやぁ、まさかまったく同じシチュエーションになるとは思わなかったわ」

「えと、どういうことでしょう?」


 訊ねると、お師匠さまが珍しく満面の笑みを浮かべた。


「これとまったく同じことをね、ソーマにやられたのよ。ソーマとはじめてあった日の晩に」


 聞いたところ、お師匠さまがリンスベルド王国からファラン王国へと向かう途中、ティ・ウェン・ルン帝国の外れで先生と初めて会ったそうだ。

 お師匠さまはそこで季節的な関係で足止めをされていたところ、宿屋のおばちゃんがファラン王国に帰る途上の先生に頼んだことで同行することに。


 結果、先生が「近道するぞ」と、帝国とミラクス王国の間にある魔の森へと突っ込んだらしい。そしてその日の晩、お師匠さまが寝ている間に魔物の襲撃を受けて――ということだそうだ。


 うん。まったく一緒の状況だ。


「いやぁ、目が覚めての第一声が謝罪とか、まったくあたしと一緒なんだもん。あー……あんたを弟子にしてよかったわぁ」

「いや、そんなことで喜ばれましても」


 すごい複雑なんですけど。


「サラサだったらこうはいかなわね。きっと怒って騒ぐわよ」


 あぁ、確かに。目に浮かぶな。


『どうして起こしてくれなかったのよ! 私だってけちょんけちょんにやっつけられたのに!』


 とか騒ぐに違いない。


「キャロル、今日は昨日までとは違った形での強行軍でいくわよ。敵性生物は全部無視。さすがにこんな寒いところでいつまでも野宿生活なんて嫌だものね」

「はい。それには賛成です」

「まぁ、ここからなら……早ければ明日の夕刻、遅くとも明後日には着くと思うわ。


 私はお師匠さまの言葉を聞きながら、シチューを口にした。


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