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水月夜曲  作者: エニシ
3/4

序章  俺と精霊を繋ぐもの

 世界の交換を提案したアクア。適当に返事を返してしまった俺。


 ぬか喜びをさせてしまったアクアに一頻り謝罪した後、俺はその説明を求めた。アクアは頬を膨らましながら、それでも説明を始める。


「本来、肉体を抜けた魂はこの闇の世界に囚われます。冥界、と私たちは言っていますが」

「俺たちの世界では、天国とか地獄とか、または霊界と言うな」

「死後の世界という点では一緒でしょう。ここは浄化の地。再生の狭間。この世界に滞在する魂に対して『転生の儀』が行われる場所ですから」


 アクアの説明はこうだ。


 魂はこの闇の中で一時を過ごし、そして時が訪れると『番人』という者が来る。死神、という奴だろう。その番人は闇の中に漂う魂を見つけると、その魂の外殻をべりっと剥がしてしまうらしい。その外殻はその人の思い出とか記憶とか、そう言ったものらしく、それが消えるとまっさらな魂となって、これから生まれる命へと注がれる状態になるのだそうだ。

 それが所謂『転生の儀』。


 ではどうやって世界を取り替えるのか。


「ここからはある程度の希望的観測も混じりますよ」と付け加えてから、アクアは再び話し始めた。


「私とあなたが出会ったのは、偶然ではないと思うんです。何か、共通点があるはずです。私と、あなたの。重要なのはそこです。絆が私たちを結ぶなら、私はあなたの絆をたぐりあなたの世界へ、あなたは私の絆をたぐり私の世界へ歩いていける。私たちの世界で、こんな歌謡があるんです」





 もしもあなたが死んだなら、こんなに悲しいことはない。

 空に轟く叫びを上げて、冥界に添える唱としよう。

 なにせ 冥界は真っ暗闇だ。

 何も見えない。何も聞こえない。

 そんな寂しさを、少しでも紛らわせて上げようよ。

 なにせ、深い闇だけがあなたの友達。

 冥界は、悲しい再生の場所だから。

 だけど、だけど、もしもあなたが誰かと出会えたのなら、こんなに幸運なことはない。

 魂の巡り合わせ。それはあなたと誰かが繋がっている証拠。

 さあ、大いに語り合い尽くそう。時間は彼らが来るまでだ。

 それまでに、あなたと誰かの絆を見つけられたなら。

 灯火は灯るだろう。道は続く。

 あなたと誰かが、忘却の悲劇に晒されることもなく。

 あなたは道を歩いていける。

 あなたは誰かの、誰かはあなたの灯火でしかないけれど。

 それでも、あなたは自分の足で歩いていける。

 だから僕たちは声を上げよう。

 どうか、どうか。あなたが誰かに会いますように。

 僕たちに出会えなくても、僕たちを忘れないで欲しいから。

 だからさあ、僕らの声を冥界に届けよう。





「これは、亡くなられた人間に添える歌謡なんです。いつだったでしょうか。人間たちの集落を覗いた時に、この歌が聞こえました。それから、今でも覚えているくらいに、何度も何度も繰り返し歌ったんです。不思議と、耳から離れなくて」


 感慨深げに目を閉じるアクア。それに、俺は腕を組んで唸る、という気持ちでいた。気分ね。腕はないし。


「なんというか、まあ。俺たちのために作られた歌のようだ」

「でしょう!?」


 身を乗り出してくるアクア。うおう、美少女のドアップ。

 睫長い、目が大きい、幾分興奮しているのか、頬も赤い。

 うう、顔が近くてキスをしてしまいそうだ。そうなった場合、不可抗力だよな。うん。仕方がないよ。仕方がないよ。仕方がないよ。

 そんな俺の脳内議決も気にせずに、アクアは目を輝かして話し続ける。いい気なものだ。


「これって死んでも終わりじゃない、っていう慰めの歌だと思っていたんですよ、私。でも、これってもしかして、私たちみたいな人が他にもいた証拠なんじゃないでしょうか。それで、生まれ変わった人がきっと、この歌を作ったんですよ。絶対、そうです」


 さっき、もしかしてって言ったじゃん。

 というツッコミは置いといて。ふむ。確かにそれは理に適っているな。


 絆というのは、俺とアクアの共通点。

 彼らというのは、『番人』のこと。

 忘却の悲劇は、自我の消滅。


 そして『あなたは誰かの、誰かはあなたの灯火でしかないけれど』というのは、世界の交換、か。

「そうだな」と俺は真剣に考えこんだ。今までにないほどに。

 だが、見えてくるものはない。そもそもいきなり言われても、という感じなのだが。さきほど出会ったばかりのアクア。そう簡単に共通点など見つけられるものか。いや、共通点と考えるのも、あっているかどうかわからない。『絆』だ。共通点というより、関連といったほうがいいんじゃないか。


「わかりましたか? 私と、あなたの共通点」


 そんな俺の熟慮がいったん途切れる。うーん、としばらく悩んで、俺は正直に告げた。


「いや、さっぱり」


 はぁ、と落胆のため息を吐くアクア。おお。随分と態度がでかくなったな。それが地か?

「じゃあ、お前はわかんのか。あ?」とさきほどと同じようにアクアの頭をどつきながら、ふと俺は何かひっかかりを覚えた。

 何だ? 今何か頭に閃いたんだが。


「や、やめてくださいよー」

「おい、ちょい黙れ」


 どん、と強く頭突き。「あう」と悲鳴を上げて倒れこむアクア。うむ、デジャブのような光景だ。しかし、それに目もくれず、例えそれが半裸体の美少女といえど目もくれず、俺は今までのアクアとの会話を一つずつ思い出していった。

 俺と、アクアの絆。関連。


「あ、ああ。ああ! ちょっと見てください!」

「だー、もう! 今思い出せそうなんだから黙れ、って………」


 言っただろ、という言葉は続かない。

 闇の中で何かが蠢いた。見えない。けど、何かいる。絶対何かいる!

 あれだ。ゴキブリが台所を横切り、物と物の隙間に逃げ込んだ。そんな雰囲気だ。息を潜めて闇の中を蠢く気配を、確かに感じる。鳥肌などという肌もない俺だが、背筋に冷たい何かが流れた気分であった。


「あ、あれが番人か?」

「そ、そうです。多分。お、お願いですから、早く思い出してください!」

「わかっているっつーの! ていうかお前も考えろよ!?」


 何だ。俺とアクアの共通点。俺はアクアのような『美』がつくような容姿でもなかったし、こんなボケ子でもない。精霊なんてそんな大層なものでもなかった。そう。ただの大学生だったんだ。それが、何でこんな目に合わなければいかんのだ! ああ、腹が立つ! 何だ!? やっぱり死んだのが悪いってか!?


 じゃあ海なんて行かなきゃよかったよ!


 と、また何かが過ぎる。

 それは今度は通り過ぎることなく、俺の意識の上に急停止。


「……なあ、アクア」

「な、何ですか。思い出しました?」

「お前って、何の精霊だっけ?」

「こんなときに何です!? ああ、手が出た。何か手が出てきた! 気持ち悪い! 見てくださいよ! 影から手が伸びてきますよ!」

「いいから答えろ!」


 がつん、と三度目の頭突き。アクアは倒れこみながら、「水ですー!」と叫んだ。


「そうだ、水だ!」




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