序章 俺と精霊を繋ぐもの
世界の交換を提案したアクア。適当に返事を返してしまった俺。
ぬか喜びをさせてしまったアクアに一頻り謝罪した後、俺はその説明を求めた。アクアは頬を膨らましながら、それでも説明を始める。
「本来、肉体を抜けた魂はこの闇の世界に囚われます。冥界、と私たちは言っていますが」
「俺たちの世界では、天国とか地獄とか、または霊界と言うな」
「死後の世界という点では一緒でしょう。ここは浄化の地。再生の狭間。この世界に滞在する魂に対して『転生の儀』が行われる場所ですから」
アクアの説明はこうだ。
魂はこの闇の中で一時を過ごし、そして時が訪れると『番人』という者が来る。死神、という奴だろう。その番人は闇の中に漂う魂を見つけると、その魂の外殻をべりっと剥がしてしまうらしい。その外殻はその人の思い出とか記憶とか、そう言ったものらしく、それが消えるとまっさらな魂となって、これから生まれる命へと注がれる状態になるのだそうだ。
それが所謂『転生の儀』。
ではどうやって世界を取り替えるのか。
「ここからはある程度の希望的観測も混じりますよ」と付け加えてから、アクアは再び話し始めた。
「私とあなたが出会ったのは、偶然ではないと思うんです。何か、共通点があるはずです。私と、あなたの。重要なのはそこです。絆が私たちを結ぶなら、私はあなたの絆をたぐりあなたの世界へ、あなたは私の絆をたぐり私の世界へ歩いていける。私たちの世界で、こんな歌謡があるんです」
もしもあなたが死んだなら、こんなに悲しいことはない。
空に轟く叫びを上げて、冥界に添える唱としよう。
なにせ 冥界は真っ暗闇だ。
何も見えない。何も聞こえない。
そんな寂しさを、少しでも紛らわせて上げようよ。
なにせ、深い闇だけがあなたの友達。
冥界は、悲しい再生の場所だから。
だけど、だけど、もしもあなたが誰かと出会えたのなら、こんなに幸運なことはない。
魂の巡り合わせ。それはあなたと誰かが繋がっている証拠。
さあ、大いに語り合い尽くそう。時間は彼らが来るまでだ。
それまでに、あなたと誰かの絆を見つけられたなら。
灯火は灯るだろう。道は続く。
あなたと誰かが、忘却の悲劇に晒されることもなく。
あなたは道を歩いていける。
あなたは誰かの、誰かはあなたの灯火でしかないけれど。
それでも、あなたは自分の足で歩いていける。
だから僕たちは声を上げよう。
どうか、どうか。あなたが誰かに会いますように。
僕たちに出会えなくても、僕たちを忘れないで欲しいから。
だからさあ、僕らの声を冥界に届けよう。
「これは、亡くなられた人間に添える歌謡なんです。いつだったでしょうか。人間たちの集落を覗いた時に、この歌が聞こえました。それから、今でも覚えているくらいに、何度も何度も繰り返し歌ったんです。不思議と、耳から離れなくて」
感慨深げに目を閉じるアクア。それに、俺は腕を組んで唸る、という気持ちでいた。気分ね。腕はないし。
「なんというか、まあ。俺たちのために作られた歌のようだ」
「でしょう!?」
身を乗り出してくるアクア。うおう、美少女のドアップ。
睫長い、目が大きい、幾分興奮しているのか、頬も赤い。
うう、顔が近くてキスをしてしまいそうだ。そうなった場合、不可抗力だよな。うん。仕方がないよ。仕方がないよ。仕方がないよ。
そんな俺の脳内議決も気にせずに、アクアは目を輝かして話し続ける。いい気なものだ。
「これって死んでも終わりじゃない、っていう慰めの歌だと思っていたんですよ、私。でも、これってもしかして、私たちみたいな人が他にもいた証拠なんじゃないでしょうか。それで、生まれ変わった人がきっと、この歌を作ったんですよ。絶対、そうです」
さっき、もしかしてって言ったじゃん。
というツッコミは置いといて。ふむ。確かにそれは理に適っているな。
絆というのは、俺とアクアの共通点。
彼らというのは、『番人』のこと。
忘却の悲劇は、自我の消滅。
そして『あなたは誰かの、誰かはあなたの灯火でしかないけれど』というのは、世界の交換、か。
「そうだな」と俺は真剣に考えこんだ。今までにないほどに。
だが、見えてくるものはない。そもそもいきなり言われても、という感じなのだが。さきほど出会ったばかりのアクア。そう簡単に共通点など見つけられるものか。いや、共通点と考えるのも、あっているかどうかわからない。『絆』だ。共通点というより、関連といったほうがいいんじゃないか。
「わかりましたか? 私と、あなたの共通点」
そんな俺の熟慮がいったん途切れる。うーん、としばらく悩んで、俺は正直に告げた。
「いや、さっぱり」
はぁ、と落胆のため息を吐くアクア。おお。随分と態度がでかくなったな。それが地か?
「じゃあ、お前はわかんのか。あ?」とさきほどと同じようにアクアの頭をどつきながら、ふと俺は何かひっかかりを覚えた。
何だ? 今何か頭に閃いたんだが。
「や、やめてくださいよー」
「おい、ちょい黙れ」
どん、と強く頭突き。「あう」と悲鳴を上げて倒れこむアクア。うむ、デジャブのような光景だ。しかし、それに目もくれず、例えそれが半裸体の美少女といえど目もくれず、俺は今までのアクアとの会話を一つずつ思い出していった。
俺と、アクアの絆。関連。
「あ、ああ。ああ! ちょっと見てください!」
「だー、もう! 今思い出せそうなんだから黙れ、って………」
言っただろ、という言葉は続かない。
闇の中で何かが蠢いた。見えない。けど、何かいる。絶対何かいる!
あれだ。ゴキブリが台所を横切り、物と物の隙間に逃げ込んだ。そんな雰囲気だ。息を潜めて闇の中を蠢く気配を、確かに感じる。鳥肌などという肌もない俺だが、背筋に冷たい何かが流れた気分であった。
「あ、あれが番人か?」
「そ、そうです。多分。お、お願いですから、早く思い出してください!」
「わかっているっつーの! ていうかお前も考えろよ!?」
何だ。俺とアクアの共通点。俺はアクアのような『美』がつくような容姿でもなかったし、こんなボケ子でもない。精霊なんてそんな大層なものでもなかった。そう。ただの大学生だったんだ。それが、何でこんな目に合わなければいかんのだ! ああ、腹が立つ! 何だ!? やっぱり死んだのが悪いってか!?
じゃあ海なんて行かなきゃよかったよ!
と、また何かが過ぎる。
それは今度は通り過ぎることなく、俺の意識の上に急停止。
「……なあ、アクア」
「な、何ですか。思い出しました?」
「お前って、何の精霊だっけ?」
「こんなときに何です!? ああ、手が出た。何か手が出てきた! 気持ち悪い! 見てくださいよ! 影から手が伸びてきますよ!」
「いいから答えろ!」
がつん、と三度目の頭突き。アクアは倒れこみながら、「水ですー!」と叫んだ。
「そうだ、水だ!」




