第9話 堂々たる潜入
「これが裏口……?」
「それ以外の何に見えんだぁ?」
金属製の扉の前に円谷と金平は立っていた。
杖をついた少年はやっぱり不機嫌で、眉間にシワをいれながらぼやいている。声量が控えめなのは、犯人を警戒しているからなのだろう。
「引き返すのなら今だぞ。ここから先はてめぇが味わったことのない世界――戦場だ。中途半端な覚悟で入る世界ではない」
「…………」
「覚悟があるのならついてこい。足だけは引っ張るんじゃねぇぞ」
「……すみません」
私は正直金平さんのような威圧的で暴慢な男子が得意ではない。だから同い年なのに敬語を使ってしまう。さらに、金平さんに重傷を負わせたのは私。怪我を負わせるつもりは毛頭なかったため、現在進行形でいたたまれない気持ちになってしまっている。
「……あの、模擬戦の時は、本当に――」
その罪悪感に耐えきれず、謝罪を口にしようとした瞬間、ドアが銀行の内部に向けて吹き飛んだ。ドゴンッ! という重低音が銀行内部にこだまする。
「なんか言ったか?」
「あ、いや…………何でもない……です……」
金属製の扉を破壊したのはもちろん金平さん。犯人への警戒など1ミリもしていなかった。
「ほら、さっさと行くぞ」
杖を握り直すと、真ん中に大きなクレーターができたドアを踏み越えて、ずんずんと奥に進んでいく。慌てて金平さんの後ろ姿を追う。
薄暗い照明が照らす殺風景な銀行内部。不気味なまでに静かで、2人の足音と杖をつく乾いた音だけが狭めの廊下に響く。やはり彼に隠密行動をする気配はない。
『――……おい』
その途中で、女性の声が聞こえてきた。
「なんだよ、隊長様」
『誰が進入していいと許可を出した? こちらから指示を出す手筈だぞ?』
「うっせぇ、耳がガンガンする」
というのも、2人は右耳にイヤホンをつけており、銀行の外にいる来見田さんや赤川さんとも会話が出来るようになっているのだ。
『私の作戦にも、たまにはきちんと従ってみたらどうだ?』
「そんなこと言ってるがよぉ、てめぇの作戦には俺のこういう行動も折り込み済みなんだろぉ? だったらいいじゃねぇか」
『……やれやれ、こっちの負担も考えてほしいね』
苦笑混じりの声が機械越しに届く。実際、来見田さんは金平さんが裏口のドアを早々に蹴破ることを予想していて、防犯セキュリティーを裏口のドアだけ先に解除していたらしい。
「てかよぉ、裏口から入るとかそんな回りくどいことしなくてもよぉ、正面のシャッターをぶっ壊せばよかったんじゃねぇか?」
『どこに人質が集められているのか分からない以上、正面突破は危険だと思ってね?』
「らしくねぇな、いつものてめぇなら人質なんて――」
『んじゃ、一回切るぞ』
「…………ちっ」
殺伐とした雰囲気が漂う建物内を杖で体を支えながら金平さんは歩く。その後ろを私が追う。たまに分かれ道があったりするのだが、彼は一瞬の迷いも見せずに、歩を進め続ける。
「……どうして道が分かるんですか?」
シンとした空気に耐え切れなくなり、質問してしまった。それに対して金平さんはかったるそうに答えた。
「建物の内部構造は全て暗記した」
「え、いつの間に……」
「降車前、あの女に資料を見せてもらった」
金平は振り返り、それから私を睨みつけた。
「命が懸かってんだ、人質のな。舐めるなよ」
金平の鋭くもどこか陰りのある眼光から感じるのは、並外れた覚悟。私にはないその胆力に気圧される。
「そう……ですね……すみません」
「大体、てめぇはそんなことも――」
そのときだった。彼の背後から突如として身長2メートルは優に越すであろう巨漢が現れたのだ。両手には大きな鋸、そしてその2つが勢いよく振りかぶられる。
「っ! 危な――」
言葉を発したときには、すでに鋸は振り下ろされていた。しかし、そこに標的はいない。
瞬間、ドバンッ! という爆音。その音の正体は、紙一重で攻撃を避けた金平さんが巨漢のこめかみに振り向きざまの上段蹴りをお見舞いした音だった。
巨漢はメキッという音を立てて勢いよく壁に衝突、両手から凶器が離れ、地面に落ちていく。力なく壁によりかかっているところを見て、思わず腰を抜かしそうになる。
「まさかいきなり来るとはなぁ。ま、いいけどよぉ」
「え……その人し、死んでるの?」
「頭蓋骨粉砕、脳味噌ぐちゃぐちゃ。これで生きていやがったら咎人だろうなぁ」
犯人の髪を乱暴に掴んで持ち上げると、その顔をこっちに見せつける。
「こいつは『改体屋』。ただの人間だ」
白目を剝いている強面、その頭部は赤黒い血肉を纏って陥没していた。
「ぅ……ぅぉえっ……」
絶句、そして嘔吐。
初めて死んだ人間を見た。初めて誰かが死んでしまう瞬間を見た。
物心がついてから身近な人間が死んだことはなかった。誰かの葬式や通夜に参列して、死者と顔合わせをしたことはないし、誰かが死ぬ場面に居合わせることもなかった。だからこそ、
「あぁ悪い悪い、てめぇはこういうの見慣れてないもんなぁ、ははっ」
「……なん……なんぇ……ぅ…………」
腹の中から湧き上がってくる吐き気で上手く呂律が回らない。
「こいつは5世帯計19人を惨殺した12年前の『南区一家連続変死事件』」の犯人だ。メディアでも大々的に取り上げられていた」
凶悪な殺人鬼を一蹴した彼は、首の関節をゴキゴキと鳴らす。
「はっ、自分は数えきれないほどの命を奪っているってのによぉ、のらりくらり生きやがって。あの世で1億回反省しろ」
改体屋が死んだ。それを金平さんは軽く笑い飛ばした。
「…………」
「まさか死人を見るのが初めてとか言わねぇよなぁ?」
「……すみません…………」
「…………ちっ!」
瞬間、金平さんは黒い杖を私に向けて突きだした。吐き気に催していて反応が遅れた私はただ目を瞑ることしかできず――
「なっ! このガキ……!」
背後から男の声がした。慌てて振り返るとそこには細身の男がいて、私の背中をナイフで刺そうとしていたのだ。
「残念だったなぁ!」
金平さんは持っていた黒い杖でナイフの一突きを受けてくれていたのだ。男は慌てて退こうとするが、杖にナイフが突き刺さってしまい中々抜けない。金平さんはそのまま杖を一回転させ、男の手から凶器を奪いとると、腹に強力な蹴りを浴びせる。
「ちっ、どっかに潜んでやがったなクソが」
杖に突き刺さった刃物を簡単に引っこ抜きながら、私の奥に位置する突き当たりの壁付近を見ると、そこには細身の男が白目を剥いて倒れていた。
やはりこの男の顔にも見覚えがある。
『――金平、報告』
「雑魚2人殺した」
来見田さんからの通信につまらなそうに応えて、杖を持ち直して歩き始める。
「さっきのが『キラーナイフ』と呼ばれるサイコパス野郎。数十名の死者を出した9年前の『ハロウィン通り魔事件』の犯人だ。これであと残っている奴は――」
ズパンッという重い発砲音。
金平さんの後ろをついて歩いていた私は、いきなり背中から倒れた彼をただ唖然として見つめることしかできなかった。




