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第8話 覚悟なき少女

「――それじゃあ今回の事件の概要と作戦内容について説明する」


 私たち4人は黒い人員輸送車に乗っていた。運転席には赤川さん、助手席には来見田さん、金平さんは出入り口から最も遠い一番後方の席、そして私は降車口のすぐ近くの席で揺られている。

 真昼時にも関わらず車両内のカーテンは閉めきられているため、外の光は全く入ってこない。どちらにせよ曇り空だ。


「6分前、“南区銀行 市役所前支店”で強盗事件が発生。犯人は4人組。そのうちの3人が7日前に脱獄した死刑囚、そして残る1人――リーダー格の男が咎人だ」


 来見田は膝上に広げたノートパソコンを操作しながら、液晶に表示された資料を淡々と読み上げていく。


「その場に居合わせた民間人全員を人質に取り、今もまだ銀行内で籠城しているらしい」


「そんで? 犯人どもの要求は何なんだぁ?」


「『咎人に会わせろ』――とのことらしい」


 来見田さんの回答を聞き、私以外の全員が息を詰まらせた。車内はシンと静まりかえり、走行音だけが鼓膜を伝う。


「もしかして尼寺山伊吹ですか?」


「そうだろうな」


「にじ……やま……?」


 どうやら私以外は知っている人物らしい。来見田さんはキーボードを素早く叩いている。


「――尼寺山伊吹。凶悪な咎人だ」


「ど、どうしてその人が今回の事件の犯人、ましてや主犯格だと思うんですか……?」


「尼寺山は何度も今回と同じような事件を起こしている咎人なんです」


「え?」


「最初の事件は半年前、東区のとある銀行で立てこもり事件が発生した。居合わせた民間人を人質に取ったそいつは『咎人に会わせろ』という要求を提示――そいつが尼寺山伊吹だ。んでもって、人質全員と東区特殊部隊に所属する咎人が1人、奴に殺された」


 来見田さんは心底不愉快そうな表情で煙草の煙を吐いた。


「それからはここ南区に拠点を置いたらしく、奴絡みの事件が南区で少なくとも22件」


「でも尼寺山は東区での事件以降は大胆なことはしていない。だから僕たちも今まで尼寺山の足取りを上手く追えなかった。そして今回東区と同じように銀行での立てこもり――奴の目的は一体何なんでしょう……」


「目的や動機なんてのはどうだっていい。これは絶好のチャンスだ」


 そんな2人の会話に割って入る。


「あの……その人って人殺しなんですよね? 咎人なんですよね?」


「そうだな」


「その~……捕まえられるんですか?」


 瞬間、再び車内が静寂に包まれた。そして、


「――……捕まえるだぁ? はっ、面白いな」


「くくく、そうかそうか……」


 背後から金平さんの苦笑が聞こえ、来見田さんが嘲笑を始める。


「え? え?」


「それじゃあ改めて作戦内容について説明する」


「あの、どうして笑って――」



「裏口から侵入し、人質を救助。その後、速やかに犯人どもを()()せよ」



 その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。『抹殺』なんて言葉を、今までの人生で耳にしたことなどなかったからだ。


「まっさ…………ぇ?」


「抹殺だよ抹殺、殺すってこと。『染処』出身の咎人とか円谷のような例外以外は全員、私たちの手で始末する」


「っ…………」


「当然だろぉ? 奴はもうすでに100人以上の人間を殺している。仮に尼寺山がただの人間だったとしても死刑だ。それともなんだ? 殺すのなんてあんまりだっていうのか?」


「……すみません」


 もう黙っていよう。私が住んでいた世界とは違いすぎる。


「…………由賀子さん、計画について」


「あぁ、それで尼寺山の異能についてなんだが依然詳細は不明だ」


「ちっ」


 背後からバスの床を杖で突いた音が聞こえた。ちなみに、黒い杖は一度アジトの廊下に放り捨てられたわけだが、その後私が回収して、金平さんに渡した。……お礼は言われなかった。


「しょうがないだろ? 唯一尼寺山と対峙した東区の咎人は殺されてんだから。一応、爆発を生み出す類の異能なのではないかとのことだ」


「……ま、そんだけの情報があれば充分か。で? 問題はそいつだよ」


 言い方でなんとなく“そいつ”というのが私のことを指していると分かった。


「たしかに才能はある。だがなぁ、そいつはまだストレスを制御できない。そんなやつを現場に投入してみろよ。死人が出るぞ」


「……僕もいきなり任務だなんてやはり無茶だと思います、由賀子さん」


 私もそう思う。尼寺山という異能を持った殺人鬼に昨日までただの高校生だった私が勝てるわけがない。それにもしまた暴走したら、私は人質を……殺してしまうかもしれない。


「だからこれを持ってきた」


「!? それは……!」


 そう言ってキーボードを叩く手を止めた来見田さんがスーツの内ポケットから取り出したのは、なんの変哲もないどこにでもあるような万年筆だった。しかし、赤川さんの反応は普通ではなかった。


「これは負荷武具【万年筆】」


「ふか……ぶぐ……?」


 来見田さんが持つその文房具をまじまじと観察する。黒を基調とした見慣れた設計の万年筆で、武具には到底見えない。


「製造方法が不明。製造した人物が不明。全部でいくつあるのかも不明。たしかに分かるのは、強力な武器であるということだけだ」


「他にもその万年筆があるんですか?」


「いや、万年筆型の負荷武具はそれだけだよ。現在発見されている負荷武具は一つ一つが別の形をしている。そしてそれらは全て日用品に擬態している。危険だから厳重に保管してあるのだがな、今回は私権限で持ってきた」


 来見田さんは近くにある誰も座っていない座席の背もたれにその筆先を向けた。まるで拳銃を構えるかのようにそれを持っている。


「使い方は簡単。ストレスをこいつに込めて………………解放」


 万年筆が禍々しく光ったかと思うとバシュッ! という音とともに筆先から黒い閃光が射出された。そして、座席の背もたれに半径5センチほどの風穴が空く。

 私は声すら出なかった。今、来見田さんの手に握られているそれは彼女の言う通り万年筆の形をした凶器であった。


「これをお前に貸そう。使いやすいし、破壊力もある。慣れない異能を使うよりはマシだろう」


「え、あ、ちょ…………」


 言って、戸惑う私に万年筆を投げてきた。それを危なげなく右手で受け取る。そのとき、違和を感じた。

 運動神経は悪い方だ。良く見積もって下の上。だから当然急に投げられたものを片手でキャッチできるほどの反射神経など持ち合わせてはいなかった。昨日までは。


「…………」


 私は咎人で戦闘員。手には武器。


『裏口から侵入し、速やかに犯人どもを抹殺せよ』


 これで私が犯人を殺す? 無理だ、そんなこと絶対にできない。でも、殺らないと殺られてしまう。それなら犯人を説得する? しかし、相手は凶悪な殺人犯。改心なんてしてはくれないだろう。

 絡まった糸をほどこうとしたら余計絡まってしまう時のように、考えれば考えるほど分からなくなっていく。


「見えたぞ、銀行」


 来見田さんの声で思考の大海から舞い戻る。

 窓の外に目的の建物が現れた時、私はまだ何一つ覚悟ができていなかった。



 ◇◇◇◇

 降車して辺りを見渡し、その異様な光景に思わず息を呑んだ。曇天の中を飛行しているカラス、昼間なのに閉めきられた銀行のシャッター、『平衡のカルマ』の4人以外誰もいないのが不気味だった。


「警察とメディア、あと野次馬の避難は完了しているそうだ。あとは作戦通りに」


「了解しました」


「は、はい……」


「で? やっぱりてめぇは戦わねぇのかよぉ、来見田」


 相も変わらず不機嫌そうな金平さんが、唯一降車せずに車に残っている来見田さんに向けて半開状態のウィンドウ越しに杖を突きつける。


「金平、お前話聞いてないだろ。それとも聞こえないのか? だったらアジトに帰ったらまずは耳掃除しろよ? あ、もし帰れたらの話だが、な」


「あぁ!?」


「さっきも言ったが、円谷と金平で裏口から銀行に入り犯人を処理する。赤川と私は人質の救助を迅速に行えるようにここで待機している」


「てめぇの出番はそれだけかよ」


「もし尼寺山伊吹がこの銀行から抜け出してしまった時には、出番が回ってくるかもしれないなぁ」


「…………」


 “来見田由賀子は司令塔“――金平さんもそれは分かっている。だが、指示だけして自分は最低限しか動かないというのがどうやら気に喰わないらしい。


「んじゃ、ちょっと仮眠するからよろしく~」


「来見田ぁ!!」


 ……おそらくこの舐め腐った態度も。

 一度閉じた瞼を再び開いた女は、金平の怒号をやれやれと苦笑気味に聞き流す。


「冗談が通じないな。まず、私のような弱い異能持ちが勝てるような相手じゃない。尼寺山の得たいの知れない爆発能力に私のちゃちな弾きで挑めと? そもそも、金平がどぉぉぉしても行くって聞かないから――」


 来見田さんはまだ何か喋っていたが、金平さんは聞き耳を持たず、舌打ちと共に銀行の裏へと向かっていってしまった。


「はぁ……ったくあいつは」


「…………」


「ほら、円谷も早く行け」


「あ、はい……!」


 降車口で先程のやり取りを蚊帳の外から呆け見ていた私は、急かされてようやく金平さんの背中を駆け足で追い始めた。


「……………………」



 ◇◇◇◇

 杖をつく少年とその3歩後ろをついて歩く少女から目をそらし、女は運転席に乗り換える。その時にボソリと呟いた小さな声は、誰にも届かなかった。


「……さて、見ものだな――」


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