第7話 信念を持つ少年
「着きました。ここが円谷さんの部屋です」
金平さんを送り届けて灰色の空間に戻ってきた赤川さんは、私を1つの扉に案内してくれた。ビジネスホテルにありがちな装飾の扉の横には、液晶がついている。灰色の部屋の出入口にも全く同じものが設置されていた。
「そこに手をかざしてみてください。掌紋認証で扉が開きます」
いつの間に登録したんだろうと思いつつも液晶に手をかざすと扉が開いた。そしてその先にはなんというか反応に困るワンルームがそこにはあった。ベッドやテレビ、テーブルにクローゼットもあるが、全体的に無機質で華がない。シャワーやトイレも一応あるようだ。
「……ご期待に添えませんでしたよね」
「えっ……いや、そんなこと……あの部屋よりはマシですので……」
あの部屋とは、最初に目覚めた場所のことを指していた。あの独房と比べてしまえば、天と地ほどの差はある。
「……正直、またあの部屋に入れられるんじゃないかと思っていました……」
「ははは、そんなことあるわけないじゃないですか」
赤川さんははにかむ。
「他に質問があれば、何でもおっしゃってください」
「……あの、私、自分が咎人だってことを信じられません……はは、おかしいですよね。腕から黒い煙を出しといて、あんな化け物になっておいて、まだ人間を気取っているなんて…………」
「そんなことないですよ。普通の反応です」
「『平衡のカルマ』に所属しているということは……赤川さんも咎人なんですよね? 最初は戸惑ったりしたんですか?」
「いえ。僕は咎人になったことに自責はしたものの、混乱とかはしませんでしたね」
「咎人になる前、僕は金平君と同じ『染処』に所属していました。そこでは感染者の討伐以外にも『ストレス同一化症候群』を発症した人の身元調査やその人の遺族への聞き込みなども行います。壮絶な過去を持つ人の調査、愛する家族を亡くした人の話を伺うことは、徐々に精神を蝕んでいく。そのため『染処』の隊員が発症することは非常に多い」
その表情はいつも通りの朗らかな笑顔に見えなくもないが、どこかやり場のない怒りのようなものを感じた。
「そういう訳なので入隊したときからある程度覚悟はしていました。……まぁ、咎人になるとは夢にも思いませんでしたが……戸惑いというか……まぁ自責ですかね……」
「…………」
「失礼しました。聞かれてもないことまで喋り続けてしまいましたね」
「いえ……」
赤川さんは少し微笑む。
「では、何かあったら内戦で連絡してください。替えの背広はクローゼットにあります」
それでは、と年下である私に礼儀よくお辞儀をして、紳士は扉を閉めようとした。そこでふと1つ思いついた。
「あの、最後にもう一つだけ、質問していいですか?」
「はい、何でしょう」
「どうして『咎人』なんですか? どうして罪を犯した人だなんて呼ばれているんですか?」
聞いてから「しまった」と思った。赤川さんが虚を突かれたような顔をしていたからだ。
おそらく赤川さんが想定していた質問は組織のことや設備のことだったはず。それなのに名称の由来を聞いてしまった。
私は空気を読むのが下手だな、と改めて思う。
「あ、いや、すみません、変な質問をしてしまって――」
「……いえ、答えますよ」
彼は相も変わらず朗笑を浮かべていたが、その声は少し硬かった。
「僕らが咎人などと呼ばれる理由…………それは――」
瞬間、サイレンが鳴った。
部屋と廊下の照明が赤く点滅を始め、不快な音が鳴り止まない。こんな音、学校の避難訓練ぐらいでしか聞いたことがない。この状況は誰が見たとしても『緊急事態が発生した』ということが分かるだろう。
「――こんな時に…………」
赤川さんの目線は警報音が聞こえてくるスピーカーに向けられ、顔から笑みが消えていく。
「な、何があったんでしょう……」
「落ち着いてください、火事とか地震ではありません」
「……?」
しばらくするとサイレンが止んだ。代わりにノイズのようなものがスピーカーから聞こえ始める。
『――……あーあー』
スピーカーから聞こえてきたのは女性の声。マイクを通しているため若干声質は違うが、おそらく来見田さんだ。
『赤川修一、円谷灯、至急アジトの出入口にまで来るように』
プツリと放送は切れてしまった。何がなんだか分からない。
「あの、今の放送って――」
赤川さんはというと、真剣な表情というよりかは険しい表情を浮かべている。
「――……現れたんですよ」
「え?」
そして、数秒の沈黙の後、『平衡のカルマ』副隊長はようやく開口した。
「――咎人が、現れたんです」
◇◇◇◇
「……正気ですか? 由賀子さん」
「あ?」
シャワーを浴びて新しい背広に着替えたあと、放送に従い赤川さんとアジトの出入口までやってきた。そこで待っていたのは呼び出し主の来見田さんであった。彼女曰く、咎人が現れたため『平衡のカルマ』に出動要請が下ったということだった。
「いきなり円谷さんを現場につれていくのは流石に賛同しかねます」
そして、赤川さんがそれに二つ返事をして外に出ようとしたところ「円谷もつれていけ」と引き止められたところから今に至っている。
「習うより慣れろってやつさ。実戦は得るものが大きい」
「で、でも私……まだ……」
「円谷さんはまだ異能を使いこなせていません。それに、先程暴走したばかりで精神状態も非常に不安定です。もし再び暴走したとき、また喰いとめられるとは限りません」
「珍しいな。お前が私に反発するなんて」
「由賀子さんの作戦はいつも無茶苦茶です。ですがどんな奇策だって最終的にはプラスにつながっていく。しかし、今回は違います。はっきり言って円谷さんを連れていくことのリターンよりもリスクの方が大きい」
赤川さんの口調は至って冷静だが、目つきは鋭く来見田さんを突き刺している。
「物事をリスクリターンの秤だけで考えるのは愚かなことだぞ? それにだ、お前だけじゃなく私もついていく」
「珍しいのは貴方の方です。貴方はいつももっと合理的でしょう」
来見田さんはそんな赤川に臆することなく煙草を取り出し、そして火をつけた。
「――……ふぅ~…………おっと、そろそろ煙草無くなるから――」
「何が目的ですか? 習うより慣れろなんて建前で、本当の目的は別に――」
「ほら行くぞ~。文句なら後でまとめて聞いてやる」
言って、赤川さんの追及を軽く聞き流すと、咥え煙草のまま出入口の横にある液晶に右手をかざす。電子音と共に玄関の扉が開錠されると、さっさと外に出ていった。
赤川さんは行き場をなくした言葉を飲み込むと、一つため息をついた。
「……大丈夫ですか?」
たまらず声をかけてしまった。
赤川さんは私のことを思って来見田さんに意見してくださったのに、まるで他人事だ。こんな状況でも私は自分の意見を言えない。
「すみません、お見苦しいところを見せてしまいましたね」
「いえ……」
「僕はもう一度由賀子さんのところに行ってみますね。話のケリ、つけてきます」
赤川さんは何かを決意したように胸元のネクタイをわざとらしく整える。
そして、出入口を潜ろうとした。
「ちょっと待ったぁ!!」
突如として聞こえてきた大音声に、私たちは振り向いた。
後方30メートル、ぼんやりと明るい照明の真下に立っているのは金平さんだ。
「え、どうして…………」
「……金平君、何をしているんですか。自分の部屋で安静にしているようにと、あれほど言ったはずです。今すぐ戻りなさい」
そう言うのも無理はない。彼の体は目も当てられないほどに悲惨だったからだ。
頭や脚には包帯を装備、黒い背広の下に来ている純白のシャツからは数ヵ所紅い血がにじみ、極めつけには現代的な黒い杖をついている。
「咎人が出たんですよね……」
「……えぇ、たしかに現れました。ですが、それは僕らが――」
「俺も出ます」
「馬鹿を言うな! 咎人の回復能力をもってしても、その怪我の完治には1日を要する!」
赤川さんは激昂した。それは、金平さんの身を案じての怒りだ。
しかし、金平さんも引かなかった。横合いの壁に杖を投げ捨てると、頭と脚の包帯をスルリと解いて地面に落とす。
「もう――治りました」
少年はゆっくりと前進する。
「プライドが、意地が、許さねぇんですよぉ。こんなことで己の信念曲げることなんざ」
「このままじゃあいつらに、俺自身に、面目がつかねぇ……!」
「打撲、骨折、内蔵破裂――んなちゃちなこたぁどうでもいい!」
「俺はこの命を正義に使う、死ぬまで正義を全うする、それだけだ」
金平さんの目が獰猛に輝く。その気迫に私は無意識に後退った。
直後、アジトに鳴り響いていた一つの足音が消える。男と男が至近距離で睨み合う。
「……貴方の正義とやらを全うしたいのなら、尚更。手負いの戦闘員がいても死人が増えるだけです」
「いいからどいてくださいよ、赤川さん」
「行かせるとでも?」
2人の間に一触即発のムードが漂う。
「……………………」
この場で今の私にできることといえば、凍りついたように動かないことだけだ。今までただのうのうと生きてきた私が、信念を持った同い年の彼にかける言葉などない。
出入口の前で仁王立ちする赤川さん。鬼気迫る表情でそれを睨む金平さん。そして、その光景をただ眺めるだけの私。
「おい、何やってんだ?」
そんな膠着状態が続いていた三人に割って入ったのは、どこからか黒いバスのようなものを運転してきた来見田だった。彼女は一見マイクロバスにも見えるそれの運転席から助手席に素早く移動し、どこからか取り出したノートパソコンを操作し始めた。
全開になっているドアウィンドウから抑揚の少ない声が聞こえてくる。
「どうして金平がいる? 安静にしとくよう言っといたはずだが」
赤川さんの向かいに立っている傷だらけの金平さんを少し見やるが、再びパソコンの画面に視線を戻す。
「私が車庫から輸送車を引っ張ってきている間に一体何があった?」
「――俺を、乗せてくれ」
タイピングを中断し、再びアジト内に目を向けた。
「…………何故だ?」
「正義のためだ」
曇り空の下に、少し強めの風が吹いた。
『平衡のカルマ』の隊長は金平さんの瞳を見つめる。やがて口角が吊り上がり、こう告げた。
「面白い。乗れ」
「え」
思わず声が出てしまった。それを脇目に金平さんは赤川さんの隣を抜けて、アジトの出入口をくぐった。
「由賀子さん……どういうつもりですか……」
「いいから、早く乗れ。話はそれからだ」
隊長は戸惑う私たちにニヤリと不気味に笑ってみせた。




