第6話 とある一軒家での事件
平屋一戸建ての庭付き車庫付き、築3年の赤い屋根の家。その家は昼間にも関わらずカーテンが締め切られており、外から家の中の様子を伺うことはできない。
「ラーメンはどうです?」
「やっぱピザかな〜」
「俺は寿司がいい」
「…………」
そんな家のリビングでは4人の男たちが『昼食の出前を何にするか』という議題で盛り上がっていた…………1人を除いて。
「蕎麦……はないかな」
「蕎麦はないな〜」
「蕎麦は嫌だ」
「…………」
彼らはテーブルの上に散らばる出前のチラシを奪い合いながら見ている。
「ここはラーメンで!」
「断然ピザかな〜」
「俺は寿司」
「そば」
無言を決め込んでいた男が2文字だけ発した。他の3人の口がしばらく開いたままになる。
「〜〜〜〜やっぱ、蕎麦だよな!」
「蕎麦ですね〜」
「俺は蕎麦がいい」
「…………」
白熱した出前議論は蕎麦4票、他0票で終了した。
◇◇◇◇
「……む、チャイム。出前来たか!」
「とってきて〜」
「よろしく」
「…………」
ソファーでうたた寝していたラーメン推しだった猫背男が面倒くさそうに立ち上がり、ノロノロと玄関へ向かう。
「はーい!」
「お待たせしました、盛り蕎麦の並3つと大盛り1つですね」
「はーい、あ、ちょっと玄関入ってもらって、床に蕎麦置いてください!」
アルバイトであろう青年は、乗ってきた自動二輪車から四つのそばをバランスよく持ってきて床に置いた。
「えっと、それでお代のほうが――」
「鉛玉1つね!」
「え?」
アルバイト青年がオーダーの紙からお客の顔へと視線を移した瞬間、彼の額に穴が空いた。
バンッという銃音、ドサッというアルバイト青年の倒れる音、カコンッという空薬莢が落ちた控えめな音。
「おそばっそばっそばっ四人前~そのうち一つは大盛りさっ!」
そんなことには目もくれず、拳銃を撃った猫背男は即興ソングを口ずさみながら昼食を運ぶ。その道中、靴下越しに男の足裏を嫌な感触が刺激する。
「うわ! ……やっちまった…………」
「どうした〜? ……まさか、蕎麦をこぼしたとか言わないよな……?」
「おいおい……」
「…………」
リビングで到着を待つ3人の男のうち、無口な男以外の表情が強張る。
「いや、そうじゃなくて、さっき殺したJKの血が足についちまって――」
蕎麦を運ぶ猫背男の足元には、1人の少女が手足を投げ出して転がっている。先程のアルバイト青年と同様に額を貫かれており、そこから溢れ出てきている血と脳汁を誤って踏んでしまったのだ。
「な〜んだ、そんなことか」
「くだらん」
「…………」
リビングにいる3人の反応は薄かった。1人は最初から薄いが。
しかし、血を踏んだ当の本人の興奮は収まらず、
「いやまじで気持ち悪いんだぞ!? この感触!」
「なら、さっさと足を洗えばいいんじゃない?」
「……そいつはできねぇな。なぜって? 俺は弾丸で人の額を撃ち抜くことだけが生きがいだからだ! 足を洗えとか、俺に死ねって言ってるようなもんだぜ!?」
「……物理的に足を洗えって言ってるんだけどね〜」
「…………」
ピザ推しだった細身の男は蕎麦を床に置いて風呂場に向かう猫背男を尻目に、台所に足を運ぶ。そして、そのまま冷蔵庫を開けた。
「え〜っと、お茶は……」
ペットボトルのお茶を探すも、冷蔵庫の中にそれらしきものは見当たらない。
「ねぇ、奥さん。この家はお茶ないの? ねぇ? …………なんてね」
台所の奥で倒れている血まみれの女性を一瞥して、男はヘラヘラと笑う。主婦の全身には刃物で刺されたような傷があり、死因は出血多量といったところだろうか。
「飲み物がなんにもないみたいなんで、皆さん水道水で我慢してくださいね〜」
「水ね……」
そして、4つ分の水道水入りコップを両手で危なっかしくテーブルに置いた。そんな細身の男に反応したのは寿司推しだった巨漢。
「水って味しないよな」
「そりゃあ……まぁ、水だからな……」
風呂場から戻ってきた猫背男が、蕎麦を持ってリビングに到着する。
「…………てか、その椅子まじで気色悪いな」
「? そうか? 結構力作なんだが……」
猫背男の苦言に、巨漢がクエスチョンマークを浮かべた。
「まぁまぁな座り心地だし、何よりデザインがいいんだ――この親父」
彼が座っている座椅子は、数時間前まで生きている人間――この家に住んでいた家族の大黒柱であった。背中が座る場所で、両足は背もたれ部分に改造してある。一般人が見たら即気絶するだろう。
しかし、この中には一般人などいない。
猫背男の正体は、額に弾丸を必中させる殺し屋――通名『確殺のガンマン』。
細身の男の正体は、人を刺すことに快楽を得る精神病質者――通名『キラーナイフ』。
巨漢の正体は、人間を解体して奇怪な作品に変える猟奇芸術家――通名『改体屋』。
「――なんにせよ、人を殺すのは楽しいな!」
しかし、この3人は数年前に捕まって投獄されており、全員の死刑が確定していた。
「僕なんかもう二度と人を刺せないと思っていましたよ」
では、なぜこいつらが塀の外にいるのか。
「ああ、俺もだ。本当にあんたには感謝しないといけない」
「…………」
それは3人の脱獄を手伝い、仲間に引き入れた男がいたからだ。
「『1週間行動を共にすれば、あとは自由行動』っていう条件で脱獄させてもらって、今日でちょうど1週間!」
「結局、この1週間やったことといえば家を何軒か襲っただけですよね〜」
「まさかこのまま解散するのか?」
「――そんなわけないだろう」
3人の凶悪犯を束ねる男が告げる。無気力なのに威圧感があるその声により、ピリリとした緊張感がリビングに走った。
「今までの行為はお前らの勘を取り戻すための準備運動にすぎない。つまり、次が本番だ」
「本番って何をするんですか?」
確殺のガンマンが恐る恐る男に聞く。
「――銀行強盗だ」
「…………へぇ、てっきり金なんか興味がないのかと思っていましたよ。これまで襲ってきた家でも必要最低限の物以外盗んでいませんでしたし」
キラーナイフが水を一口飲んでから感想を呟く。
「まぁ、お前らには関係のないことだ」
脱獄囚3人が何を言ってんだこの人、と言わんばかりの表情を浮かべ、お互いの顔を見合わせた。
「……それで、銀行強盗はいつ実行するんだ?」
「昼飯を食ったらすぐだ」
改体屋の問いかけに対して、やや食い気味に答えた男は、大盛蕎麦を隠していた蓋を開ける。
「武器は揃った。お前らの勘も戻った。襲撃する銀行の目星もつけているし、犯行計画も練ってある。何より、お前らが俺の言うことを聞くのは今日までだ」
めんつゆにネギやワサビをぶっこんで、割り箸を大胆に二等分する。
「つまり、空腹を解消次第、計画を開始する――」
あまりの気迫に、極悪人の男たちは呼吸さえも忘れ、ただ呆然と座り尽くしていた。
「…………お前らも早く食え」
その言葉で3人はハッと我に返り、各々食事の準備を再開。主犯格の男は一足先にそばをすすった。
「…………」
その男――尼寺山伊吹が今考えていること。
それは、そばの味について――否。
それは、これから行う銀行強盗の成否について――否。
彼が考えていることはたった一つ。
自分の役割について。
(さぁ、役目を全うしよう――)




