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第10話 弾丸と鎌鼬

「……え? え?」


 金平さんの眉間からは少量の血液が流れ出ている。何が起きているのかさっぱり理解できない。


「ったくよぉ! 手こずらせやがって坊主!」


 進行方向からまたもや男の声が聞こえた。

 回転式拳銃をもつ猫背の男は地面に伏せったままの金平さんを忌々しそうに見ると、親指で拳銃のハンマーを押し上げる。そして、不気味な笑顔を私に向けた。


「嬢ちゃん、五秒だけくれてやる。無様に尻振って逃げてみな」


 逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ、半歩ずつ半歩ずつ後退しようとして足がもたつき転んでしまった。さっき嘔吐したときの気持ち悪さがまだ残っていた。

 その様子を見た猫背男は銃口を突きつけながら笑う。そして、無慈悲に告げた。


「じゃあな、嬢ちゃん」


 引き金が引かれる。その直前だった。


「あぁ、いってぇ」


 杖が飛んでいった。飛ばしたのは、死んだはずの金平さん。


「っ……! てめぇ何で……!」

 杖は拳銃に命中し、猫背男の手から拳銃が落ちる。猫背男はズボンのポケットからスペアと思われる2つ目の拳銃を慌てて取り出し、起き上がった金平さんに向けて発砲。

 だが、銃弾は空を切る。


「はっ、当たるわけねぇだろぉがぁ」


「ひっ……」


 男は後ずさりしながら何度も引き金を引く。


「最後の1人、『確殺のガンマン』。たしかどこぞの暴力団の雇われ殺し屋だったっけかぁ? てめぇは人の眉間に弾丸をぶち込む異常性癖の持ち主らしいなぁ」


 しかし、紙一重で命中しない。


「だからって、馬鹿の一つ覚えみたいに眉間ばっかり狙っていたら避けられるってもんだ。ちなみに1発目も避けれたんだぜ?」


 自分の眉間に少しめり込んでいる弾丸を引っこ抜くと、その辺に投げ落とす。それを見た男は一気に青ざめて、拳銃を持つ手を小刻みに震わせ始めた。


「ふ、ふ、普通の人間が、銃撃を、よ、避けられるはずがねぇだろ!!」


「普通の人間、ならな」


 ひどく平坦な声でそう告げて、猫背男の元へと跳んだ。男は干からびた声を情けなく上げながら、でたらめに引き金を引く。もちろん当たらない。


「おせぇよ」


「っ! 化け物が――」


 金平さんの足が猫背男の顔面に突き刺さる。吹き飛ばされた男は狭くて薄暗い通路を何度もバウンドし、突き当たりにぶつかることでようやく止まった。顔は原型を留めておらず、頭蓋骨は半壊している。


「……あぁ、そうだよ……人間が化け物に勝てるかよ」


 私が目の前で行われた虐殺にただただ立ち尽くす中、金平さんは吐き捨てるように呟いた。


『――金平、報告』


「尼寺山以外俺が全員殺した」


『……了解。そろそろ事件発生から15分が経過しようとしている。人質のストレス値もそろそろまずい数値になる頃だ。早急に救助しろ』


「あぁ、言われなくてもそうする」


 金平は背後に立つ円谷を一瞥した後、再び不機嫌な様子で歩き出した。


「急ぐぞ。長時間の立て籠りが原因で、人質が『集団発症』する可能性がある」


「……なんですか……それ……?」


「ちっ……1人が『ストレス同一化症候群』を発症して『感染者』になったとする。するとそれを見ていた周りの人間はもちろん恐怖する。すると、まるで伝染するかのように次々と人間が『感染者』になっていく。それが『集団発症』だ」


「つまり、人質が1人でも発症してしまうと十数体の怪物が生まれる可能性があるということ……? ですか……?」


 応答はないが、それが正解を意味しているということはなんとなく分かった。


「…………おでこ、大丈夫ですか?」


 私はそれよりも銃弾を額に撃ち込まれたことの方が気になっていた。


「こんなの咎人なんだから唾でもつけときゃ治んだよ。近距離から撃たれていたら、流石にまずいがな」


 発言の真偽は不明だが彼の額からの流血はすでに止まっており、傷もほぼ塞がっている。

 しかし、先程よりも足をかばいながら歩を進めていることは明らかだった。


「てめぇは自分の心配でもしたらどうだぁ? それとも、俺に勝てたから尼寺山も楽勝だと思ってんのかぁ?」


「そんなこと……!」


 金平さんはぐったりとしたまま動かない猫背男の元までたどり着く。そして、まるで何かを物色するかのように男の体に触り始めた。その間も冷徹な声色で私に言葉を投げる。


「万年筆はどうした」


「え?」


「負荷武具【万年筆】だよ。無くした、だなんて言わねぇよな」


「無くしては……ないですけど……」


「じゃあなんで使わねぇんだ? 骨をも突き破る火力、亜音速の弾速、ストレスがある限り装填いらずで弾いらず。拳銃の完全上位互換であるそいつを、てめぇはなんで使わねぇんだぁ?」


「それは…………」


 意地悪な問いだ。私が答えるのに躊躇うことも、その答えがどのようなものなのかも、おそらく知っている。それでも尚、聞いてきた。

 そして、


「調子乗んな」


 その言葉と共に、右耳が鎌鼬かまいたちに襲われた。風の音が右の鼓膜を振動させ、遅れて痛みがやってくる。


「い、いた……痛い…………!」


 金平さんの手には猫背の男が使っていた拳銃が握られており、その銃口からはうっすらと煙が立ち上っていた。猫背男が持っていた拳銃で私の右耳を撃ち抜いたのだ。


「安心しろ、耳たぶを撃ち抜いた程度だからすぐに回復する。咎人だからなぁ」


「どうして……こんなことを…………」


「いつまでもウジウジしているクソ虫の目を覚ますためだ」


「う……」


 金平さんは立ち上がり、スーツについた埃をはたき落としながら話を続ける。


「いいか? ここは戦場だ。命を奪うか、奪われるかのどちらかだ。奪わねぇのなら、てめぇはただ一方的に」


「分かってます……でも……そんなこと……言われても……」


「温室育ちの奴に言っても分からねぇかもしれねぇが、自分の身は自分で守れ。てめぇは突入する前にかりそめにも覚悟をしてきたんじゃねぇのか? 殺す覚悟をしたんじゃねぇのか?」


「……でも私は……――」


 まるで私の言葉を遮るように拳銃を地面に落とすと、勢いよく踏み潰してバラバラに破壊した。


「勝手にしろ」


 それから、杖をつきながら突き当たりを左に曲がり、陰々滅々とした私の視界から消えた。

 嫌な酸っぱさが私の口内に未だ残っていた。



 ◇◇◇◇

「見つけた…………」


 道が分からなくなってしまった私は銀行内を迷いながらも、ようやく壁の影に身を隠す金平さんを見つけた。


「俺は気が散るからインカムを外す。てめぇが来見田と話せ。情報伝達ぐらいはできるよなぁ?」


「え、あ、はい……」


「いいか? もうすぐ尼寺山と人質がいるはずの銀行のロビーに突入する。俺は尼寺山と戦う、てめぇはその間に情報伝達」


「は、はい……」


 ここまでで私の活躍は皆無。それどころかマイナスだ。ただ金平さんの後ろをついて歩くだけであり、さらにその金平に傷を負わせたのも私だ。


『足だけは引っ張るんじゃねぇぞ』


 突入前の忠告が脳裏に浮かぶ。

 情報伝達……人質の数だとか犯人の特徴だとか異能の正体だとかを報告すればいいのだろうか……いや犯人の特徴はすでに掴んでいるっぽいらしいから―― 


「来たか、咎人共よ」


 不意に聞こえた太い男の声で、思考は中断された。考え事をしていて気がつかなかったが、すでにロビーへと突入していたのだ。


「年端もいかない少年少女が咎人とは……嫌な世の中だな」


 その声の主は今現在私と金平さんの目の前にいる男であった。非常に体格が良く、骸骨が胸元に施されたシャツに黒い革ジャンを羽織い、ジーパンを履いている。また、シャツの袖からは入れ墨のようなものが見え隠れしている。


「てめぇが尼寺山伊吹、だよなぁ?」


「いかにも」


 ツーブロックでつり目。それは事前に聞いていて分かっていたことだったが、やはり目の前にするとかなりの威圧感がある。


「へぇ……その子が…………」


 金平さんとは全く違う種類の気迫――鬼気にも近しい何かを感じ取り、無意識に半歩後退りしてしまった。


「ふ、少女は早速縮こまってしまっているようだが……少年、お前は堂々としているな」


「こいつとはくぐってきた修羅場の数が違うんでね」


 今にも抜けてしまいそうな腰に力を入れながら、尼寺山の背後に目を向けた。

 そこには縄で縛られている十数人の民間人が柱の近くに集められていた。ガムテープで口を塞がれ、多くの人がぐったりとうつむいている。私たちの存在に気がついた人も、子どもに期待はしていないのか目を逸らしたり、訝しげに見ているだけ。


「てめぇの目的は何だ。金じゃねぇんだろ?」


「いかにも。そんなちゃちなことではない」


 尼寺山は淡々と告げる。


「俺はお前たちを正しに来たのだ」


明日から毎日数話ずつ更新予定です!


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