第11話 悪逆たる爆発
「あぁ?」
金平さんは尼寺山の言葉を聞いて顔をしかめた。が、瞬時に吹き出すように笑った。
「てめぇが俺らを正すだとぉ? 笑えない冗談だなぁ、そいつは。もうちょいギャグセンス鍛えたほうがいいんじゃねぇかぁ?」
「お前は『正義』か?」
尼寺山はおもむろにジーパンに巻いていたベルトを外して、左手首に軽く巻きつけて持つ。茶色の帯にありがちな銀色のバックル、長さも普通。
「咎人は罪を背負う者。俺らは潔く罪を重ねるのが役目――悪こそが咎人の本質だ。つまり、正義の救世主を気取るな」
尼寺山は外したベルトをあろうことか縄跳びのように回し始めた。バックルがヒュンヒュンと風を切る音が室内に響き始める。その奇怪な様子を見ていた金平さんは、私の一歩前に出て両足にストレスを纏う。
「てめぇあれか? もしかして俺らに『悪』になれって言ってんのか?」
「つまり、そういうことだ」
両者の距離は10メートル。だがこの距離ならベルトを投げられても決して届くことはない。だからベルトはブラフで別の手段で襲ってくるだろう。狙いは私か、それとも金平さんか。
「それでは『悪』の手本を見せてあげよう。若き咎人よ……!」
私たちに向き合っていた尼寺山は、後ろに向かってベルトを射出した。
「な、ベルトが伸びて!」
ベルトがまるで錯覚のように伸びていく。最後にたどり着くのは、人質の密集地帯。
「しまっ――!」
金平さんの声は突如として発生した爆発音にかき消された。同時に、爆発によって生み出された熱波と粉塵が2人を襲う。
「くそっ! てめぇ! そのベルト、『負荷武具』か!」
「『負荷武具』……!?」
「『負荷武具』の総数は分かっていねぇ……それは全ての『負荷武具』を管理下に置けていないということだ……奪われたもの、失くしたもの、まだ発見されていないもの、そのどれかしらをこいつが手にいれていても何もおかしくはなかった……! ぬかった……!」
ベルトを回し始めた時点で――いや、手に巻き付け始めた時点で気づくべきだったのだ。もし、この場に来見田さんか赤川さんがいたなら、ベルトを外した時点で勘づくことができただろうか。
やがて熱波は去り、空気中を舞う塵が散っていく。
薄目を開けた私の視界にまず入ってきたのは尼寺山。爆発の影響を受けたのか革ジャンがところどころ焼け焦げていたが、体は無傷。心なしか、笑っているようにすら見える。
「見るなっ!!」
「っ…………!」
口腔から液が溢れ、床にぶちまけられた。その後も地面に膝をついて何度も嗚咽し、震えている。
「おぉぇえ、ぅぉええ…………」
塵が完全に晴れた銀行ロビー内で目にしたものは死体の山であった。死体の半分以上が黒く焼け焦げており、中には筋肉が露出しているものや骨が飛び出ているものもある。言うまでもなく惨状。
「刺激が強すぎたか、見慣れていないようだな」
尼寺山はつまらなそう嗤うと、今度は金平さんに向かって話し始めた。
「超人的な身体能力、圧倒的な生命力、そして強力な異能力。殺人強奪放火監禁――俺らは人間よりもあらゆる罪を犯すことが容易である」
「馬鹿が、この力は犯罪のためだけにあるってか?」
「そうだ。正確には『悪』を全うするため、だがな。では逆に問おう、お前は『正義』を全うする?」
「…………」
「咎人が『正義』を執行…………ふっ、くだらん。俺には滑稽に思えるな。人間ごっこ、とでも言うべきか?」
「…………はっは、はっはっは!」
金平さんは乾いた笑い声と邪悪な笑顔で尼寺山に問いに応え、答える。
「くだらねぇ……本当にくっだらねぇなぁ! 御託を丁寧に、ズラリと、並べてくれちゃってよぉ! いいかぁ? 俺はてめぇのご高説なんぞにハナから興味関心ねぇんだわ! 俺はよぉ、他人に自分の思考を押し付ける身勝手なてめぇとは違って、自分のためだけにここに来てんじゃねぇんだよぉ!!」
「…………」
「咎人は悪に徹しろぉ? 1人でやってろよ、んなことはよぉ! てめぇに正しさを教わるぐらいなら、野犬に生ゴミの漁り方でも教わったほうが一億倍マシだわ」
静寂な銀行ロビーに金平の挑戦的かつ挑発的な言葉だけが響いた。2人の咎人がしばらく睨み合い、いがみ合う。
やがて、両者は口を開いた。
「『正義』で蹴り殺す」
「『悪』というものを教えてやろう」
闘いの火蓋は切って落とされた。
「おい! 動けるか!?」
ひとしきり吐いた後も不快感が拭えずに先程から首を垂れて座り込んだままだった私は、金平さんの声を聞いてハッと我に返る。
「動けるのか!? 動けねぇのか!?」
「う、動けます…………」
「じゃあインカムで来見田に連絡をとれ。爆発は異能ではなく『負荷武具』によるものだったってよぉ!」
「も、もしもし円谷ですけど、え、えっと――きゃっ!?」
刹那、金平さんが私を抱えて横に跳んだ。直後に、爆発音がロビー中に轟く。
「いい反応だ。そうこなくてはな」
「ちっ、考える暇も与えちゃくれねぇかぁ……!」
金平に向けて勢いよく放たれたベルトのバックルは壁にぶつかって爆発した。避けていなければ今頃私は粉微塵になっていただろう。
「負荷武具【帯革】。帯が半無限に伸び、バックルに衝撃が加わった瞬間に爆発する。その殺傷力は負荷武具の中でも随一だ」
避けることは出来たものの、避けた代償も大きかった。
「金平さん! あ、足!」
「うるせぇ! 集中しろ!」
金平さんの足からは黒い煙だけでなく、鮮血も流れ出ている。私との模擬戦の時に負った傷が再び開いたのだろう。
「あ、インカムが……」
「ちっ! 俺のやつを渡してる暇はねぇ……!」
耳につけていたインカムを先程の衝撃で落としてしまっていた。これで外にいる来見田さんたちに連絡をすることが完全に不可能になってしまった。
だが、そんな事情を気取られないようにか、金平さんは尼寺山に対する態度を変えない。
「遠くからビュンビュンビュンビュンやりやがってよぉ…………何が『悪』を教えてやる、だよ。近寄られたら負けると思ってんのかぁ? 小心者が」
「あまり騒がない方が身のためだぞ」
「イライラさせるとストレスが溜まる、するとストレスを糧にしている俺ら咎人は強くなるって言いたいのか?」
言って、まるで準備運動のように頭上で腕を伸ばすストレッチを行う。そして、ニタリと笑った。
「んなこたぁ知ってるに決まってんだろぉ? 雑魚のてめぇを、俺レベルにまで引き上げようと思っただけだよ」
「……死に急ぐか」
言って、尼寺山は再び帯革を勢いよく回し始める。しかし、先程までとの決定的な違いが見て分かった。帯革から黒い煙――ストレスが滲み出ているのだ。そして、それをこちら目掛けて勢いよく射出する。が、
「単調なんだよっ!」
持っていた黒い杖を一直線に飛んでくる帯革に向けて投げつけた。
杖と帯革、それは両者間のちょうど真ん中で衝突し、爆ぜた。ドン! という爆発音と共に熱波が襲いかかり、そこに中規模の粉塵が展開される。
金平さんは口角をわざとらしく上げて、煙幕の中へと飛び込んだ。
「…………小賢しい少年だ」
煙幕の中に紛れた金平さんを尼寺山は視認不可能。どこから攻撃が飛んできても不思議ではない。尼寺山は帯革手もとに引き戻しつつ後退りをし、不意打ちを警戒して煙幕を少し遠くから見やる。
しかし、一瞬遅かった。もうすでに彼の射程距離内に入っていたのだ。
「ここだよ」
「っ!」
いきなり目の前に現れた金平さんは瞬間的に尼寺山の懐に潜り込んでおり、何らかのアクションを起こす暇さえ与えず、その巨体を思い切り蹴りあげた。
「過負荷黒槍!!」
止めと言わんばかりに、宙に浮いた尼寺山に対して、必殺の一撃を繰り出した。が、
「っ……! がぁっ……!」
「っ!? 金平さん!!」
だが、ダメージを受けていたのは攻撃をしたはずの金平さんの方であった。
腹の傷が再び開き、必殺技を放ったはずの右足からは無惨にも血にまみれた骨が突き出ている。無理な動きを続け、尼寺山を蹴りあげたことによる反動だろうか。
一方、少し後方に着地した尼寺山。形勢は逆転。地に片膝をついて血反吐を吐いた少年に、男は無表情に、しかしどこか愉しげに話しかける。
「手負いでここまでやれたのなら上出来だ」
「ざけんじゃねぇ……てめぇに上出来だなんて……言われたく……ねぇよ……糞カスが……!!」
憎まれ口を叩かれた瞬間に尼寺山は金平さんの顔面を足蹴、少年は遥か後方の壁に激突した。全身を激しく打った金平は見るからに満身創痍、ピクリとも動かない。
「金平さん!」
駆け付けようとするが上手く脚が動かない。一歩を踏み出すことができない
「少年、お前の負けだ。その理由が分かるか?」
「…………」
「その下らない『プライド』だよ。つまり、『正義』などとほざいた過去の自分を恨め」
三度帯革を回し始め、ストレスを含んだバックルは空中に残像を描く。
ダメだ、ダメだダメだダメだ、死んでしまう、あんなものを喰らったら死んでしまう! 何が何でも止めなければ――
「……ほぉ、ついに動き出すか?」
右腕、右腕に黒い煙を! 出た! そこから黒い衝動を纏う! 金平さんのように。
早く、早く早く早く――!
「――動け動け動け動け動け動け動け動け…………――」
口角を獰猛に吊り上げた咎人が目の前にいる。私を守ってくれた金平さんを助けるためには私が、私が、私が――!
「…………ふん、やはり」
「動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け!!!」
だが、いくら力を込めても黒煙はあのときのようにボクシンググローブを形成してくれない。ただただ勢いよく噴出し、そのまま天井に立ち昇っていく。
「滑稽、だな」
その瞬間だった。
「にぃじやまぁぁぁぁぁぁあああっ!!」
動けないはずの金平さんが爆発的な速さで憎き悪人の元へと特攻を仕掛けた。飛び出た腸もそのままに、骨が突き出ている足を自ら粉砕する勢いで地面を強く踏みしめる。間合いが急激に縮まっていく。
尼寺山は瞬時に帯革で迎撃を試みるも、過負荷乱打を一発だけ放ち当てることで、爆発を誘発させた。
「獲ったぁぁぁあああっ!!」




