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第4話 黒虚脚と右腕発散

 赤川さんの模擬戦開始の合図とほぼ同時に、俺は前方へと走り出した。灰色のタイルを蹴って女子の元へと向かう。

 今模擬戦を行っているこの場所は先程と変わらず、だだっ広い灰色の空間の中。障害物が一切ないため、。


「安心しろよ、一撃で気絶させてやる」


 30メートルほどあった間合いはすでに5メートルもない。

 俺はせめてもの慈悲に首筋を手刀で狙う。


(…………?)


 放った手刀は空を切った。標的はというと俺の前方5メートルの位置に立っている。

 まさか……避けたのか?


「ちっ!」


 俺は正面に向き直り、再び攻撃を仕掛けにいく。

 次は喉元に向かっての正拳突き。当たって呼吸困難に陥ったところに追撃すれば、あとは猿でも簡単に勝てる。


(――また避けただとぉ!?)


 が、右手で放ったジャブはバックステップでかわされた。

 人間から咎人になったとき、異能が使えるようになるのはもちろん肉体強度が上がり、自然治癒の速さが段違いに向上、そして何より身体能力が化け物となる。


「くっくっく、ド素人相手に2発もかわされるとは……くく」


 煙草を片手に観覧していた糞からの野次が耳に届く。

 だが、一発目を避けられた時点で煽られることは予想できていたため、全く腹が立たない……………………訳ねぇだろ!!


「クソアマがぁ! 見てろよ――」


 俺は脚に意識を集中させる。詳しく言えば、膝から下。


「【黒虚足こっこきゃく】」


 目の前の女子はビクビクと分かりやすく震え、半歩俺から遠ざかった。

 こんな反応をする奴を見るのはずいぶん久しぶりだ。周りにいる人間はあまりにもこれに見慣れ過ぎてしまっている。


「そ、その脚…………! 黒い……煙……!?」


 目の前にいる女子は驚嘆の声を上げる。俺の両脚からは絶えず黒煙が放出され、やがてそれは空気と混ざり薄れていく。


「この黒い煙は俺のストレスだ。そして自身のストレスを脚に纏う――それが俺の異能だ」


「あなたも……咎人なの?」


「当たり前だろうが。ここは咎人しか入ることのできない部隊なんだからよぉ。お前だって何か異能が使えるはずだ」


 女子は動揺し口ごもり、再び半歩後退した。こいつは自分が咎人になったという事実を未だに受け入れることができていない。まぁ、当然の反応ではあるが。


「いいもん見せてやるよ」


「え」


 間合いは10メートル。


「ほら、しっかり受けとれ…………よっ!」


 右足を頭の高さまで振り上げた。バシュッ! という音と共に黒い弧が脚から勢いよく射出される。


「ぐぁっ!!」


 女子の華奢な体に命中。その体は宙を舞い、10メートル以上後方まで吹っ飛んだ。


「まぁ……こんなものか。赤川さん、あいつ気絶しているんじゃないんすかぁ? ピクリとも動きませんけど?」


「円谷さん? 円谷さん?」


「……………………」


 ストレスの塊をぶつけられた女子は相も変わらずタイルの上に伏せっている。赤川さんの呼びかけに返答はない。


「こりゃあ決まったなぁ」


 赤川さんもそう思ったのだろう、倒れている女子の元に歩いて向か――


「おい赤川、どうかしたか?」


「え? いや円谷さんが戦闘不能――」


 来見田が冷静に冷徹に告げた。


「まだ勝負は決していない」


「……………………」


 だが、依然として髪の毛一本動かない。

 俺は思わず失笑し、脚から力を抜く。黒煙は消え、ただの脚へと戻る。


「はっはっは! おいおい隊長様よぉ、どう見てもあいつは気絶してんだろうが。性根どころか目ん玉も腐ってんのかぁ?」


 視線を目の前の女子から、後方で偉そうに煙草をふかしながらぬかしている女へと移動する。散々俺を煽っといてこの結果だから認めたくないのは分かる。でも、約束は約束だ。


「さぁあいつを処刑、俺に臨時収入だぁ! そうだな……とりあえず15――」


 途端、凄まじい悪寒が走る。俺は本能的に真正面に視線を正面に戻そうとして――


「ぐおっ……!!」


 頬に強い衝撃が襲いかかる。転倒しそうになったところをギリギリで持ちこたえ、瞬時に距離を取る。そして、改めて正面を見据える。


 そこに立っていたのは、あの女子。


「てめぇ……」


 目はどこか虚ろで、焦点が合っていない。間違いなくあの女子だが、あの女子の雰囲気とは思えない。


「いやはや……何とも度しがたい……油断大敵だねぇ、金平」


「黙れクソアマァ!」


 嘲笑するヘビースモーカーの糞女。つくづく人をイラつかせるのが上手い野郎だ。


「金平君! 前!」


「っ! しまっ――」


 赤川さんに呼ばれた時にはすでに奴の右脚は俺の懐に潜り込んでいた。ドスッ! という鈍い音と共に、強烈な痛みが腹の中心を刺す。だが、その衝撃を上手く利用してバク転、間合いをとった。


「……おいおい、なんだよそのストレスの量は……!!!!」


 向き直った俺の目に入ったのは、女子の全身から何の前兆もなくゴウッ! と大量の黒煙が噴出された瞬間だった。その黒煙は余裕をもって天井まで辿り着いている

 正直、ストレスは放出すればするほど良いというわけではない。ストレスを放出しすぎて体内にストレスがなくなると異能が使えなくなるからだ。

 だが、いざこの量のストレスを俺が噴出できるかと言われたら――怪しい。


「くっくっく、これはこれは……」


「…………」


 対して来見田はこの状況を愉しそうに笑う。冷静沈着な赤川さんもこれには驚いたのか、言葉を失っている。


「おい円谷、それを操ったり、何かに変化させたりできるか?」


 円谷は眼球だけを動かし来見田をチラリと見ると、精一杯の力を込める。

 だがこいつには知識がない。操るだとか、変化させるだとか、そんなことを指示されても何も知らないし分からないだろう。そんなんで異能が


「【右腕発散うわんはっさん】」


「……はっ、まじか」


 円谷の口から言葉が紡がれた。かと思えば、天井に向かって昇り拡散するだけだった黒煙は軌道を変える。


「おいおい、ボクシンググローブだぁ?」


 ストレスはあっという間に円谷の右腕を包み込み、やがてそれはボクサーがつけるようなグローブを創り上げた。円谷の異能はおそらく右腕にストレスを集中させ、自由に変形させられる能力。奇しくも俺と似た系統だ。


「だがよぉ、そんなちっぽけなグローブだけじゃ俺には勝てねぇよ。わりぃが、こっからは本気だぜ?」


 こいつは負かす。ここで、絶対に。


「…………」


 両者の動きが止まって数秒、はたまた数分。

 煙草の灰がポトリと受け皿に落ちた音をきっかけに、俺らの本当の闘いの火蓋が切って落とされた。


過負荷乱打かふからんだ!」


 ストレスを纏った脚で三回虚空を蹴ると、サッカーボール並の黒い球体が脚から生み出され、勢いよく放たれる飛び道具で先に仕掛ける。


「簡単に避けるか」


 虚ろな目をした円谷は、走りながら黒い球体を華麗に避けていく。両者の距離はあっという間に10メートル。円谷はストレスを纏った右腕を構え、それを俺の顔面めがけて放ってきた。激しい衝突音。


「――三度目があると思うなよ?」


 しかし、円谷の右拳が突き刺したのは俺の顔面ではなく脚。顔の高さまで上げられた黒い脚で円谷の一撃は防いだ。正面の敵を見据えたまま、10メートルほど後退する。そして、再び過負荷乱打を繰り出し、それをまたさっきと同じように円谷は避ける。


「なら、これならどうだぁ!」


 次に放ったのは見えないサンドバッグを蹴っているかのような中段蹴り。そこから生み出されたのは、飛去来器(ブーメラン)のような形をした黒い衝撃波。

 これに対して円谷は、前方に跳躍することでそれを回避した。衝撃波は足の下を通過する。軽く三メートルは跳んでいるが、咎人にとってはこのぐらいのことは朝飯前だ。

 だが、


「待っていたぜ? お前が跳ぶのをよぉ!」


 空中、それは動くことのできない―――逃げ場のない場所。機敏な円谷を捉えるための俺の罠だ。そこに必殺技をぶち込む。


過負荷黒槍かふかこくそう!!」


 右脚で虚空を思い切り突いた。生み出されたのは黒い球体でも黒い衝撃波でもなく、黒い槍。それは全体が形成されるよりも早く射出、恐ろしい速度で空中にいた円谷に衝突する。

 だが、


「…………ついてくんのかよ、この速さに……!」


 過負荷黒槍に対して右腕を咄嗟にグローブからバックラーのような盾に変化させ、過負荷黒槍を防いでいた。それでも威力を完全に殺しきれずに少女の身体は後方に吹っ飛び、やがて灰色のタイルに堕ちた。


「……――」


 彼女はすぐさま立ち上がり戦闘態勢をとるが、足元がおぼつかない。それもそのはずだ。円谷の右腕には真っ赤な穴が出現し、スーツの腹の部分が段々と赤く染まり始めていた。筋は良いが、結局は素人だ。


「鍛えれば強くなったかもな」


 止めを刺すために精神を集中させ、脚を構えた。


「――悪いな、過負荷黒槍」

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