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第3話 怒髪天を衝く

 意味が分からなかった。私が咎人? 人外? 異能を持つ人間? そんな問いが脳内を巡る。しかし、来見田さんが嘘を告げたとは思えなかった。昨晩の火事。この部屋。無から創造される拳銃――とても虚構とは思えない。夢とは思えない。頭が痛い。目眩がする。気分が悪い。


「待ってください……私はただの人間です……ただの学生ですよ……?」


「あぁ、昨晩まではな」


「え?」


「お前は昨夜『ストレス同一化症候群』を発症して暴れまくった挙句、火事を起こした」


 頭痛が加速する。私が火事の原因? 私が家を燃やした? 脳が掻き乱される。


「――……その顔は覚えていないんだな? 自分が発症した時の前後の記憶を」


 昨日は部活が終わって高校から帰宅。お風呂に入り、晩御飯に食べるためのオムライスを作った。そして――それからの記憶が全く無い。気がつけば、火の海の中に1人で倒れていた。


「え、あれ、え…………」


「まぁ、いい。そしてお前は、燃え盛る家の中で咎人になってしまった。このままでは焼死する、そんなところを保護して救助したのが私ってわけだ」


 来見田さんは私を一瞥した後、ゆっくりと前進を始めた。


「お前はもう咎人だ、人間ではない。戸籍上、円谷灯は死んでいる」


「そんな……じゃあ、私はこれからどうすれば――」


「だから『平衡のカルマ』なんだよ。ここに入隊しろ」


「でも……」


「ま、どうしても嫌だというのなら、ここから出ていけ。味方など1人もいない世界で生きていきたいのなら、な。出ていくのを私は止めないし、その後『平衡のカルマ』は一切関与しない。だが、他の区の咎人特殊部隊が黙っているかな?」


「え?」


「今の日本は北区、東区、南区、西区に区分されている。我々『平衡のカルマ』はここ南区の咎人特殊部隊だ。東区に行けば東区の、西区に行けば西区の部隊がある。そして、我々はお互いの管轄には例外を除いて干渉してはいけないという規則がある。だから、我々南区が他の区に対して『円谷灯を殺すな』という命令はできないんだよ」


 私の右耳に、女性にしてはハスキーな声が響く。


「さて、お前には2つの選択肢が用意されている。この『平衡のカルマ』の一員として闘うか、それとも居場所のない世界に出るか――聡明な奴なら正解が分かるはずだ」


 一時の静寂が訪れる。灰色の空間はシンと静まり、雑音すら聞こえてこない。

 『平衡のカルマ』の一員として闘う。それは今までの彼ら彼女らの言動からして文字通り命懸けなのだろう。しくじれば死ぬ。しかし、最低限の衣食住と戦闘外での身の安全は与えられるだろう。

 世界に出る。それは衣食住のない世界を1人で生き抜いていくということだ。過酷極まりないものだろう。加えて、他の区の咎人特殊部隊が待ち構えている。


「――…………私は…………私は――!」


「ふざけんじゃねぇ!!!!」


 答えは隣から突如として発生した大音量によってかき消された。

 私は思わず肩をビクッと震わせてしまったが、残りの2人は平然とした態度で声の主へと視線を移動させている。


「さっきから黙って聞いてりゃよぉ……なんなんだぁこいつはよぉ! ただのド素人じゃねぇかぁ!!」


 私の隣の茶髪男子高校生――金平進が大声で来見田さんをまくし立て始めた。こいつというのは間違いなく私のことを指している。


「咎人について、異能について、何にも知らねぇじゃねぇかよぉ! 規則を忘れたわけじゃねぇだろう!?」


「『原則、感染者処理隊出身者以外の咎人は()()()』――か?」


「さ、さ、さ、殺処分!?」


「しかし、それは原則、だ。円谷は例外なんだよ。」


 来見田さんは先程までいた位置までスタスタと歩いて戻っていく。そこに噛みつく勢いで、眉間にしわを寄せている少年は猛抗議する。


「こいつがイレギュラーだっていうのか? どうして?」


「例外は例外だ。理由はない」


「はっ、笑わせる。こんなもやしみてぇなやつを入れるなんて言語道断だ!」


「も、もやし……」


 対して来見田さんは「くっくっく」と笑うばかりで返答はない。金平さんは矛先を転じた。


「赤川さんもおかしいと思いますよね!?」


「…………」


 赤川さんは金平さんの興奮を諭すように微笑を浮かべるだけ。

 そこに来見田さんが空気を読まずに――いや、空気を読んだうえであえて怒りの炎にさらに薪をくべる。


「そういえば金平、お前この間『もっと人手が欲しいなぁ』とかボヤいてなかったか?」


「だからってこんなやつを入れたところで無駄な死体が増えるだけだろうがぁ!!」


 金平さんの怒りは頂点に達した。その結果――


「――おいてめぇ、俺と勝負しろ」


 矛先は最終的に私へと向けられた。



 ◇◇◇◇

 俺は今、非常に腹が立っている。その原因は2つ。


 まず1つ目は来見田由賀子に対してだ。

 元から好いてはいない。胡散臭いし、煽ってくるし、融通が利かないし、凶煙家で煙草臭い。しかし、今回についてはレベルが少し違う。昨日まで女子高校生だったド素人を入隊させようとしたのだ。

 普通、この部隊に入隊するには咎人であるのはもちろん、感染者討伐を主とする特殊部隊『感染者処理部隊』――通称『染処』の出身でなければならない。咎人は理性があるため、感染者の何十倍も手強い。それこそ経験と知識がなければ勝つこと以前に生き残ることすら不可能。だから知識のない奴の入隊など言語道断であり、『染処』出身以外の咎人は基本的には殺処分が規則だ。それをずっと守ってきた。


 原因の2つ目は赤川さんに対してだ。

 赤川さんは『染処』に所属していたときに、数々の伝説を創り上げた人物だ。たった1人で3人の感染者を討伐、普通の人間なのに咎人と互角に渡り合う等々(などなど)。強さ、性格、外見――ほぼすべてにおいて尊敬に値する人物である。……1つだけある欠点を除けば。

 その欠点というのは、隊長の来見田由賀子に従順すぎるということだ。来見田に反対したり、反発したりしているところを俺はあまり見たことがない。来見田の意見をほぼほぼ肯定する。今回だって来見田のクソみたいな説明やカスみたいな意見に対して、適当に相槌を打って微笑んでいるだけだった。


「金平君、準備はいいですか?」


 もし、赤川さんが来見田に何か意見していれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに。


「円谷さんも準備はいいですか?」


 全く可哀想な女子だ。


「あ、あの~、本当にやらないといけないんですか?」


 言っておくが、俺はこの女子に対しては別にキレてはいない。むしろ同情しているまである。好きで咎人になったわけじゃないし、話を聞く限り来見田が一方的に勧誘しているだけっぽいからだ。


「死にたくなかったら本気でやれよー、円谷、くっくっく」


「え、む、無理ですよ……」


「どちらかが戦闘不能になるまで時間は無制限で行います。武器の使用は禁止です」


 ……仮に、もし仮にだ、こいつが本当に原則から外れるようなイレギュラーだったとしたら、その力量を測ってやる。


「すみません、降参したいんですけど」


「……投降は認められていません」


「そんな……」


「それでは模擬戦を始めます。金平君が勝ったら円谷さんを原則通り……殺処分、円谷さんが勝ったら円谷さんは『平衡のカルマ』に入隊ということで模擬戦……始め!」

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