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第2話 見知らぬ、天井

「――……………………」


 目を覚ますと灰色の天井が目に入った。私はまた気を失っていたのだろうか。

 身体を起こし、地面に視線を落とす。


「ん?」


 私がつい先程まで寝ていたのはシングルベッドであった。病室にありそうな純白かつ無機質なシングルベッド。どうしてこんなところで寝ていたのか。

 次に自分の服装を確認した。通販で安売りされていたどこにでもある桃色の寝巻なのだが、所々黒く焼けていたり穴が空いたりしている。

 徐々に昨夜――実際は今が朝なのか昼なのか夜なのか把握できていないが――の景色が蘇ってくる。


「たしか家が燃えて……死にかけて……それで女の人に会って……」


 その後のことを思い出し、私は無意識に額に手を当てていた。


「そして、撃たれ……た……?」


 幾つかの問答ののち、スーツの女はなぜか引き金を引き、私は額を撃ち抜かれた――はずだった。


「――……どういうこと?」


 しかし、額には風穴どころか焦げ目すらなかった。


「とりあえず話を聞いてみないと……」


 助けてくれたのならお礼を言わなくてはいけないし、家の現状や銃を突きつけた理由、そして部隊に歓迎――など聞きたいことは山ほどある。

 僅かに感じる眠気を吹き飛ばすために大きく伸びをして、私はベッドから降りる。


「それにしても殺風景な部屋……これが家の一室?」


 立方体の部屋は、まるで飾り気のない真っ白な空間であった。シングルベッドの対角線上に白い机と椅子、部屋の真ん中には純白の丸机。そして隅に便器。例えるなら、ほんの少し豪華な独居房。

 疑念を強めながらも、私は部屋から出るために扉の前へとたどり着いた。だが、


「……開かない」


 予想はしていたが鍵がかかっている。そして、ドアノブの下には刑務所のような食器口がついているのを発見し、例えなくてもここが独居房であることが理解できた。

 私は仕方なくベッドにもう一度座り込んだ。


「おはようございます」


 瞬間、どこからか聞こえてきた謎の声。キョロキョロと声の発生源を探る。


「その部屋にはスピーカーとカメラ、そして盗聴器が仕掛けられています」


 そう告げるのは、ハスキーな男の声。声色からして明らかに円谷よりも歳上なのに、敬語を使用している。


「今からそちらに向かいます。少々お待ちください」


「は、はい」


 どこかに設置されているらしい盗聴器に向かって返事をした。それから謎の緊張感に襲われて、ベッドの上で正座をしてみた。

 十数秒後、扉からガチャという開錠音がして、やがて開いた。そして独居房に入ってきたのは――


「どうも、初めまして」


 場違いにも程があるイケメンであった。

 ワックスを使用したオールバックの黒髪ヘア。鋭い目付きに同じ日本人とは思えないほどに高い鼻筋。濃色無地の茶色の背広に身を包んでいて高身長。それでもって意外と体格は良い。

 その人物ははにかみながら、手に持っていた紙袋を丸机にそっと置いた。


「その中に着替えの背広や携帯食など必要なものが入っています。では、15分後にお迎えに上がります。あ、もちろんカメラで見たりなどはしないのでご安心を」


 言うと、イケメンは私がお礼を言う暇もない程に素早く部屋から退出する。もちろん施錠して。



 ◇◇◇◇

「すみません、あんなところに閉じ込めてしまって」


「い、いえ」


 私はボロボロになっていた寝巻から、サイズがなぜかピッタリのスーツに着替え、髪をきちんと整え、チョコレート味の携帯食を食べ終わったところでイケメンが再び訪れた。


「アジトで一番安全な部屋があそこでしてね」


「? は、はぁ……」


 それから部屋を出るように促され、私はようやく独居房から脱出した。

 そして黒いタイルで敷き詰められた広々とした廊下のど真ん中を横並びで歩いている最中である。


「……あの、なんであんな部屋があるんですか? 扉も凄いし……」


 部屋の内側からは分からなかったが、扉は重厚な鋼でできていた。とてもじゃないが弾丸では傷一つつけられそうにない。


「機密です」


「え? き、機密って――」


「あ、この部屋です」


 黒いタイルを踏み続けて1分、たどり着いたのは大きな扉の前だった。私が閉じ込められていた部屋の扉とは違って、さほど頑丈ではなさそうだ。

 イケメンは元々まっすぐであったネクタイをさらにピンと伸ばすと、ドアを3回ノックする。


「失礼します」


 中から返事はなかった。が、彼はそんなことは気にせずに、扉の脇の壁に埋め込んである液晶に左手をかざす。瞬間、機械音と同時に扉が横にスライドする。


「なに……これ…………」


 扉の先には学校の体育館ほどの空間があった。異様なのはその色だ。床、壁、天井、全てが灰色だった。

 そして、そんな異様な空間の奥に2人の人間が立っていた。1人は私と同い年ぐらいの茶髪の少年。もう1人は――


「待っていたよ」


「っ……!」


 私を撃ったあの女性だった。

 遠くからだと表情までは伺えないが、気だるげな立ち方、スーツのだらけきった着こなし、そして煙草。私の記憶で当てはまるのは、彼女だけだ。


「行きますよ」


「あっ……はい……」


 思考はイケメンの呼びかけにより中断される。灰色の空間に入っていく男の背中を追うように、おそるおそる歩を進めた。


「あいつが新人?」


「あぁ」


「……ふん、役に立つのか?」


「さぁな」


「はぁ? それはどういう――」


「すみません、お待たせいたしました」


 イケメンは例の女性に会釈をすると、そのまま女性の斜め後ろに行き、まるでボディーガードのように堂々と構えた。

 それよりも私が気になったのは、先程わずかに聞こえてきた二人の話し声だ。


(なんか私のこと話していたよね……)


 目玉だけを動かして隣を見ると、おそらく同年代の少年が訝しげに睨みつけてきていた。

 ベリーショートの茶髪で細身だが筋肉質な体型。服装はというと、無地の長袖Tシャツにストレッチパンツと私含めた周りの3人がスーツ姿なのに対して、かなりラフな格好だ。


「今日はこれしかいないか。まぁ、仕方がない」


 スーツの女は煙草をふかしながら呟く。そして、私とその隣の少年に順番に視線を巡らせた。


「それじゃあ、緊急報告会を始める。まぁ、報告会というか顔合わせだな。円谷、自己紹介」


「え、あ……円谷灯です。17歳です。えっと……あ、好物は……オムライスです……えっと……あの……終わりです……よろしくお願いします……?」


 面白みの欠片もない即興自己紹介に拍手をくれたのはイケメンだけであり、スーツの女性はというと相も変わらず仏頂面、男子高校生に限っては言わずもがなだ。


「こちらも自己紹介といこうか。私は来見田由賀子くるみだゆかこ。『平衡のカルマ』の隊長だ」


「僕の名は赤川修一あかがわしゅういち。『平衡のカルマ』の副隊長兼補佐です。僕もオムライス好きですよ」


 そして数秒の沈黙ののち、スーツの女性――来見田由賀子とイケメン――赤川修一の視線は私の隣へと集まった。


「………………」


「……あ〜、君の隣の少年は戦闘員の金平進かねひらすすむ。君と同じ17歳」


 しかし、男子高校生――金平進は無言のまま一向に自己紹介をしなかったため、仕方なく赤川さんが紹介した。とてつもなく居心地が悪い。


「あとメンバーが3人いるんだが、今日は欠席だ」


「あ、あの……私は一体何が何だか……」


 私は思い切って質問した。先程から自己紹介に出てくる『平衡のカルマ』とはなんなのか、ここはどこなのか、そして何よりこれから自分はどうなるのか。


「ん? あぁ、そうか。くく、まだ何も知らないのか。そうかそうか……」


 勇気を振り絞ったその問いを、来見田さんは噛み締めるように笑った。


「それじゃあ、歴史の授業をしようか」


 来見田さんは少し口角を上げながら宣った。それに対して隣の金平さんはわざとらしくため息までついた。


「今から約200年前の2400年頃、突如として人間が黒い異形と化して暴れ出す事案が世界各地で発生し始める。一度化け物になると簡単には止めることが出来ず、十分ほど暴れまくり、その果てには灰だけが残る。調べると、その異形というのは――」


「ストレスが引き金となって発症する『ストレス同一化症候群』が原因の化物……ですよね?」


 来見田さんがニンマリと笑うのを見て、私は正解したことを確信した。


「それは知っています。小学校5、6年の時に習いますし……」


 全ての人間はストレスを数値によって管理され、数値が高い者は就職や住居、さらには結婚や出産に至るまで厳しい制限を受ける。ゆえにストレスは単なる内面の問題ではなく、社会的信用を左右する危険因子として扱われているのだ。そのため多くの人は日常的に負荷抑制薬を服用するなどし、ストレスを溜め込まないよう生活している。

 ――というのはまぁ、教科書の受け売りだが。


「2580年の現在、日本は1日平均5人が『ストレス同一化症候群』を発症し、化物――通称『感染者』と化す。そして、奴らは10分ほど経つと灰のように粉々になって死亡する」


 来見田さんは灰皿に灰を落とす。それはあたかも長話を続けると言わんばかりに。


「だが、極々稀(ごくごくまれ)に『ストレス同一化症候群』を発症し、感染者となって10分が経過しても、灰にならずに人に戻る奴らがいる。通称『咎人(とがびと)』――」


「え、でも、そんなの聞いたことない……」


「これは表には出ていない情報……いや、出していない情報と言った方が正確か」


 話を戻すぞ、と来見田さんは言う。


「そしてだ、咎人は普通の人間ではない。一度異形になったことによって人体の構造が変わり、異能を手にする」


「…………?」


 いきなり話の内容がファンタジーな世界観になったことに、私は愛想笑いを浮かべることしかできなか――


「【創銃そうじゅう】」


 突如として来見田さんの手に黒煙とともに拳銃が現れた。息を呑んだが、その現象に見覚えがあった。


「昨晩、お前の目の前でこの異能を披露したはずだが……忘れたか?」


 黒光りするそれを数秒片手でもてあそぶと、瞬く間にそれは消失した。まるで手品だ。


「…………いや、忘れてないです」


 忘れるはずがない。これは昨晩私に突きつけられた拳銃だ。


「ちょっと由賀子さん、昨日やっぱり手荒なことをしたのでは……」


「案ずるな」


 来見田さんは後方からの赤川さんの問いかけを軽く受け流す。


「それでは、撃ってはいないのですね?」


「撃ちはした、が当ててはいない」


 呆れ顔の赤川さんをよそに、話を戻そう、と来見田さんは言う。


「それで、だ。咎人の中には能力を悪用し、犯罪に手を染めるくずどもがいる。しかし、それらを相手にするのに人間では分が悪い」


 彼女はくっくっく、と少し鼻につく笑いで話に一拍置いた。


「だから、咎人で対抗する。目には目を、歯には歯を、化物には化物を――常識だろ?」


「…………」


「さて、質問に答えていこう。『平衡のカルマ』とは南区咎人特殊部隊の名称――つまり、今日からお前が所属する部隊の名称だ」


 言葉を失う。咎人特殊部隊? 今日からお前が所属する? 全くもって理解ができない。


「そしてここは『平衡のカルマ』のアジト。今日からお前の家になる」


「はい……?」


「案外飲み込みが悪いのだな、進学校出身と聞いていたが」


 こんな不気味なところが今日から家だと言われてすぐに呑み込めないのはおかしいことなのか? そもそも私には自分の家があって――


「そうだ! 私の家はどうなってますか!?」


 私の記憶では炎上していたはずの家だが、もしかしたら記憶違いということもありえる。いや、記憶違いであってほしい。

 しかし、突きつけられた真実は残酷であった。


「燃えたよ、全焼だ。跡形もなく全て燃え尽きた」


「由賀子さん、何もそんな言い方――」


「言い方を変えてどうする? どんな言葉で取り繕っても、事実は変わらん」


「そうですが……」


 来見田さんは言い淀んだ赤川さんの方をチラリと見てから携帯灰皿を取り出した。そこに短くなった煙草を雑に捨てる。


「大体、家が残っていたとしてだな、戻ることは不可能だ」


「え、なんで――」



「お前が咎人だからだよ」



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