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第1話 人間失格

 目が覚めた時、私は地獄にいた。

 ジリジリと皮膚を焼くような暑さといつの間にか身体にできている数箇所の傷、舌に広がる吐瀉物のような風味。そして、目の前に広がる火の海。

 焦げっぽい匂いが地面に倒れている私の鼻腔を刺激し、脳の覚醒を促してくる。辺りは激しく炎上し、何かが燃え落ちる音が耳へと侵入してきた。

 ここから逃げ出そう、と足腰に力を入れようとするも動くこともままならない。なぜだか体が疲弊しきっていて、全身に力が入らないのだ。

 熱さに耐えながらなんとか首だけを動かしてみるも、見えるのは火柱と煙といくつかの家具――


「ゴホッゴホッ!」


 一つだけ分かったことがある。炎上しているのは、私の家だ。そして、私の部屋だ。


 ベッドに机に本棚、この火事のせいで焼け焦げてボロボロだが全て私の所有物だ。

 これを皮切りに色んなことを思い出し始めた。今日は部活が終わって高校から帰宅。お風呂に入って、それから晩御飯にオムライスを作って、そして――


(――……あれ?)


 記憶が無くなっていた。ただ忘れたのではなく、まるで抜き取られたかのように消失しているのだ。だから自分の家がなぜ燃えているのかさっぱり分からない。


「ゴホッゴホッ!!」


 暑い。呼吸をする度に煙が肺を犯していく。このままでは死ぬ。逃げようにも逃げられず、助けを求める声すらも絞り出せない。

 頭痛がしてきた。見えない何かに頭が締めつけられているような、そんな痛みだ。


「――こちら――行方不明――確認でき――」


 階下のリビングから微かに声が聞こえた。幻聴ではない、はずだ。その後に聞こえてきた足音の数から察するに、数人いる模様だ。消防隊かレスキュー隊がきっと助けに来てくれたのだ。

 しかし、助けてという4文字すら口に出すことができない。早くも限界が近づいていた。


 息が苦しい。



 肺が熱い。



 頭が痛い。



 ダメだと分かっていても、




 まぶたが勝手に閉ざされていく。


 


 刹那、走馬灯のように巻き起こった思い出の嵐の中には――





「――おかぁ……さ…………」





 母の姿ばかり写っていた。



 ◇◇◇◇

「…………んっ……」


 ほんの少しの肌寒さを感じて、私は目を覚ました。さっきと同じように横たわっていたが、地面が硬く辺りが涼しいことから自分の部屋ではないことを悟る。


「どこ……ここ……」


 目を開けているはずなのに暗い。私は今度こそ本当の地獄に来てしまったのだと思った。


「地獄……そりゃあそっか……」


「やっとお目覚めか」


「っ!?」


 寝そべっている私のすぐ隣に、スーツ姿の女性が壁に寄りかかっていた。煙草を口にくわえて、煙をモクモクと漂わせている。明らかに消防隊かレスキュー隊のそれではない。


「誰……?」


 目にくまがあるがノーメイク。しかし身長が女性の割には高く、胸もかなりのボリュームがある美麗な人だ。年齢は三十路くらいだろうか。


「何を寝ている。立てるだろ?」


 気だるげに佇む彼女に言われて、初めて気がついた。先程までの疲労感が嘘のように消えているのだ。さらには無数にあった傷さえも完全とはいえないが塞がっており、痛みもほとんどない。


「……ここは……どこですか?」


 私はゆっくりと立ち上がりながら問う。女性はこちらをチラリとも見ずに煙草を吸っている。煙を吐きながら、億劫そうに答えた。


「路地だ。お前の家から400メートルほど離れたところのな」


「え」


 その瞬間、左の方から爆発音が轟いた。

 反射的にそちらに視線を向けると、うっすらと煙が登っているのが見えた。ここはどうやら地獄ではないらしい。

 僅かに見える炎の光に少し狼狽えながら私は考えていた。たしかに私は燃えている家の中で気を失ってしまったはず。しかしこの女性曰く、現在はそこから離れた場所にいるらしい。


「……すみません、状況がよく分からなくて……あなたは誰ですか……?」


「…………」


「……あの、もしかして私を助けて――」


 言葉は途中で打ち切られた。なぜなら、拳銃が私の額に向けられていたからだ。


 拳銃の持ち主は隣にいたはずのスーツの女性。今は私の目の前に立っている。

 いつ拳銃を取り出したのか、全く分からなかった。まるで手品のように、瞬きしている間にハンドガンは彼女の右手に握られていたのだ。


「な、なっ」


「動くな」


 女性の表情は相も変わらず気だるげだが、狙いは全くブレない。

 私は驚きと恐怖から、まるで金縛りにあっているかのように身動きが取れなくなっていた。


「お前は南区の円谷灯つぶらやあかり、そうだな?」


「……はい」


 彼女は表情をそのままに、口角だけ上げてこう続ける。


「円谷、私の()()に入れ。この世界にお前の居場所はもう、ない」


 この人が何を言っているのか理解ができない。私がおかしいのか、それともこの人がおかしいのか。なぜ私の名前を知っているのか、部隊とは何なのか、居場所はないとはどういうことなのか。質問しようにも、口が上手く動かない。

 スーツの女は、餌を待つ鯉のように口をパクパクさせている私を見て不気味に笑う。

 そして、なにかを決意したかのように思い切り息を吸った。


「円谷灯、お前を『平衡のカルマ』に歓迎する」


 引き金は引かれた。

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