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第21話 見えざる拳銃

「円谷、お前は自分が何をしているのか分かっているのか?」


 6発の弾丸は標的に向かって飛翔していき、地面に尼寺山の脳汁がぶちまけられる――はずだった。


「…………」


「円谷さん…………」


 私は尼寺山の目の前に立っている。そして、右手の中には漆黒の弾丸が6つ。来見田さんが発射した弾丸をストレスで武装した右手で全て掴み取ったのだ。

 なぜ尼寺山を守ったのか。それは尼寺山をまだ死なせるわけにはいかないからだ


「……なぜ尼寺山は私と金平君を生かして帰したのでしょうか。私はともかく『悪』になる要素がなかった金平君を尼寺山が殺さなかった理由がない」


「そんなのただの気まぐれだろう」


「そうかもしれません。しかし、東区で起こった事件の際には駆け付けた咎人は殺されています」


「だからなんだ。それも奴の気まぐれだろ。悪人の思考なんて読めたもんじゃない」


「そうですね。ではなぜ尼寺山はその後逃げ切れたのでしょうか」


「それは赤川を銀行内に向かわせた私の失態だ、謝罪はしたはずだ」


「本当にミスですか?」


 その一言で場が凍り付いた。だが、その静寂は来見田さんが早々に破る。


「何が言いたい」


「来見田さんと赤川さんは人質の確保、そしてもし犯人が逃走したときに追うことができるように、と外で待機していました。しかし、よく考えなくてもおかしいですよね。どうして赤川さんではなく私を突入させたのか。あの時の私はまだ異能を全く扱えていなかった。完全に足手まといでした。それなら赤川さんと金平君で尼寺山に挑む方が勝機はあったはずです」


 来見田さんは拳銃をズボンの右ポケットにしまうと、半笑いで反論する。


「たしかに赤川と金平で尼寺山のところに向かわせたほうが勝機はあっただろう。だが、それでも負ける可能性がないわけでもない。もし尼寺山が銀行から逃走したら? 外で待機しているのが私と円谷の2人では到底尼寺山には太刀打ちができない。そのリスクを考えての作戦だ」


「だとしたらなおさら赤川さんを私たちの助けに向かわせたことに疑問が生まれます。私と金平君が危機的状況の時に赤川さんが助太刀に入っても勝機は薄い。そして外で待機しているのが来見田さんだけになるわけですから、尼寺山が銀行から逃走した時に太刀打ちできる可能性はさらに低くなる」


「…………」


 右手に持っていた弾丸を地面に落とすと、来見田さんの元へと歩き出す。


「赤川さんは来見田さんに意見をしない、仮に意見をしたとしても無視する。来見田さんは赤川さんを待機させ、土壇場で銀行に行くように命令した。もし待機させていたのが金平君だったのなら命令に背く可能性があり、待機させていたのが私だったのなら赤川さんと金平君で尼寺山に勝ってしまう可能性が大いにあった」


「くどい。何が言いたい」


「あなたが意図的に尼寺山を逃がしたのではないのですか?」


 私たちの距離は5メートルにまで縮んでいた。来見田さんは私を直視したまま表情筋を動かすことなく淡々と告げる。


「憶測の域を出ていない。それに何度も言うが、これは私の失態だ。それ以上のなにものでもない」


「尼寺山はどうして3人の人間を率いていたのでしょうか」


「……知らん。話をころころと変えやがる。そんなの本人に聞け」


「…………」


 私の背後に立っている尼寺山は、息を荒げたまま若干俯いている。話す素振りは微塵もない。それに彼の方が信用できない。


「不審な点は2つ。まず1つ目、なぜ3人は通路で待ち構えていたのか。彼らは通路で私たちを待ち構えていました。私たちが裏口から侵入するということを事前に知らなければ待ち伏せなど不可能です」


「否、尼寺山が正面は咎人である自分一人で事足りるから、と3人に裏口からの通路を任せた可能性もあるだろ」


 この反論は想定内だ。


「2つ目、尼寺山は特段彼らに期待していないようでした」


「それのどこが不審なんだ」


「尼寺山はただの人間が咎人に勝てないということをきっと分かっていました。と、すると、役立たずだと分かっていて連れてきたということです。しかし、彼がそんな無意味なことをするとは思えません」


「じゃあ聞かせてもらおう。尼寺山が3人を率いてきた理由はなんだと言うんだ?」


「取引です」


 その言葉を聞いた時、来見田の表情が僅かに強張ったような気がした。が、すぐにいつものように口角を吊り上げて不気味に笑う。


「くっくっく……取引ぃ? もしかして、私が3人の極悪殺人犯と引き換えに逃げる手伝いをした、とでも言いたいのか? そもそも彼らは金平に殺されて、私が見た時にはすでに死体だった。死刑囚の死体3人分を私は欲していたと?」


「彼らのことは私でも知っていました。それこそ連日テレビで報道や特集が組まれていましたし。正直、まだ死刑執行がされていなかったことに驚きました」


「死刑を執行する直前になると、死の恐怖によるストレスから『ストレス同一化症候群』を発症する死刑囚が後を絶えなかった。人的被害・物的被害が大きく、やむなく死刑制度は見直し。そして、結局具体的な解決案がまだ出ていないため、ここ数十年死刑執行は行われていない。で? だからどうした?」


 ここからは本当に私の憶測でしかないですが、と前置きして告げる。


「取引材料は極悪殺人鬼である3人の死、そのもの」


 それを聞いて、来見田さんはまた人を小馬鹿にしたような態度で嗤う。


「笑えないことはないが、いい加減にしろ。私を愚弄しているのか?」


「死刑囚である3人を連れてくれば銀行から安全に逃がす……いや、三3を連れて銀行にくれば咎人に会わせる――そういう取引を来見田さんと尼寺山は1週間以上前からしていた」


「……ふん、証拠がないな」


 そう、たしかに証拠はない。仮に当事者である尼寺山が証言したとしても嘘判定される可能性が高い。


「それともう1つ、異能を扱えない咎人がいること――つまりは私のことを尼寺山は知っているようでした。私はあの日『平衡のカルマ』に加入したので、尼寺山が私の情報を入手するなら内部からとしか思えない」


「で? そのぐらいの情報なら誰だって漏洩できる。金平も赤川も、別の作戦で動いている他の構成員にだって可能なことだ」


「なら家族構成はどうでしょう? 尼寺山は私の父がすでに亡くなっていること、それも物心がついていない頃に亡くなっていることを知っていた。そんなことを他の人が知っているとは思えません。来見田さんが漏洩したのでは?」


「他が知らずに私だけが知っている、という証拠はないのだろう?」


 しかし、それをいとも簡単に来見田は躱す。チェックができても、チェックメイトにまではいたれない。

 決定的な何かが足りていない。このままでは逃げ切られてしまう。


「そいつはどうかな」


 不意に背後から声が聞こえた。雑居ビルの間から人影が歩いてくる。

 来見田さんでも赤川さんでも尼寺山でもないその声の主は、顔に大きな火傷の傷跡をもつ1人の少年であった。


「金平……」


 来見田は舌打ちをし、分かりやすく顔を歪めた。それとは対照的に、金平は嘲笑うように口角を吊り上げながら、私の背後につく。


「円谷には悪りぃがよぉ、1回素性調べようとしたんだよ。だが、いざ調べてみたら名前と生年月日以外の情報に制限がかけられていた」


「…………」


「閲覧権限所持者は南区咎人特殊部隊隊長――つまり来見田由賀子、てめぇだけだった。円谷の情報をどうしても隠したかったらしいがぁ、それが仇になったようだなぁ?」


 要するに『円谷灯の父親はすでに死んでいる』という情報は、来見田由賀子しか知りえなかった情報、というわけだ。

 証拠が出た。これで、詰みだ。


「1週間以上前から尼寺山と結託して3人の死刑囚を脱獄・殺害、銀行強盗やコンビニでの立て籠もりを指示して、たくさんの罪のない人たちを――……殺した」


「…………」


「一体、あなたの目的は何なんですか。来見田さん」


「……………………くっくっく、あぁすごいね、あぁ、すごいよ、くっくっく…………」


 来見田由賀子の口から笑い声が漏れる。


「まさか円谷に気づかれるとは思わなかったよ、くっくっく。いやはや、失敗だったかなぁ、お前をここに迎え入れたのは、くくっ」


 だがそれは、いつものように人を嘲笑い見下すような嗤いではなく、『楽』の感情からくる純粋な笑い。




「――そうだとも、全ては私が、この来見田由賀子が仕組んだことだ」




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