第18話 命がけの奇策
先手は尼寺山。高速回転していた帯革を一直線に向かって飛ばす。
「こっちです」
「っ!?」
だが、遅い。私はもう尼寺山の目の前に立っている。黒いグローブを纏った右拳を尼寺山の側頭部にぶち当てる。
「ぐぁっ!」
「この1週間、ひたすら自問自答を繰り返した! そして、ひたすら特訓した! 全てはあなたを止めるために!」
「くっ……」
尼寺山はそれでも左の掌底を顔面にめり込ませようとする。それをするりと躱した。頬にかすりさえしない。
だが、
「凶爆!」
瞬間、尼寺山の左手が火を噴いた。ドバンッ! という轟音とともに火炎が暗い店内を一瞬明るく照らす。
「……少々やりすぎたか」
「悪いけど、こんなもんじゃない」
「っ!?」
爆発によって生じた煙幕の中から重いパンチを放ち、それが尼寺山の顔面を真正面からぶち抜いた。
「盾……か……」
私の右腕にはバックラーのような円形の盾が装着されている。この防具は異能『右腕発散』によって創造されている代物だ。
「……そんなちゃちな盾で……俺の爆炎を受け流したというのか……!」
「…………」
「……いや、どうやら違うらしいな」
私が着ているジャケットは焦げ、ズボンにも穴が空いている。顔もヒリヒリと痛む。おそらく火傷している。
そう、私の盾は尼寺山の【凶爆】を完全には防げてはいない。至近距離での爆発は耐えれてせいぜいあと3回程だろう。そして、そのことは尼寺山も理解しただろう。
「だから?」
「!?」
臆せず腹部を強打した。
【凶爆】は強力無比であり、脅威。ゆえに普通ならその射程圏内には入りたがらない。目の前で咎人である金平君に重傷を負わせたのを目撃したなら尚更近づかない。
誰だってそう考える。そう尼寺山伊吹だって。
だからこそ、近づく。虚を衝く。
「一度、たった一度防げればそれでよかったんです。あとはもうこっちのもの」
突き出そうとした右手を初動で潰し、それから全身に黒い拳と普通の拳を交互に突き刺す。
特訓中に分かったことだが、私の異能は右腕でストレスを操る、というものだった。そのため、グローブを纏えるのは右手だけ。しかし、左から放たれる打撃が全くダメージにならないのかと聞かれたら、答えは否。なぜなら私は咎人であり、咎人の力は剛力であるからだ。
「見事っ……だっ……!」
尼寺山はこの状況で喜悦していた。顔面を何度も殴打され、血が噴き出て、骨が折れていて、それでも彼は不気味に哄笑していた。
「ごめんなさい、無力化させていただきます」
渾身の一撃を右手に浴びせた。砕けた骨や肉が勢いよく飛び散る。そして、もう右手と呼べるものはなくなっていた。金平君の右腕しかり、ここまで崩壊してしまった体の部位は咎人でも決して治ることはないという。
「それは金平君の右腕の分です。でももし、これ以上抵抗するなら、もう片方も弾き飛ばします」
「…………」
「私にはその『覚悟』があります。できています」
「………いい! 実にいい! ならば、俺も見せなければな」
尼寺山は口角を上げて、笑う。
「は……?」
そして、帯革を手にしている左手で自身の血みどろの右肩に触れ、凶爆を放った。
尼寺山の右腕は根本から爆ぜ弾け、地面にぼとりと生々しい音を立てて落ちる。
「つまり、これが俺の覚悟ってわけだぁ!!」
咎人のエネルギーの元であるストレス、それは当然痛みによっても生まれる。つまり右腕を自ら爆砕した痛みは尋常ではないストレスを、力を生むということ。
「――さぁ、第2ラウンドといこうか」
突如として顎に下から強烈な衝撃が走る。それは尼寺山が放ったサマーソルトキックによるものだった。後方転回をしながら円谷の顎を蹴り上げた尼寺山は、その勢いのまま距離をとる。
そして、左手に持っていた負荷武具を再び回し始める。風を切る音は何度聞いても凶暴で不気味だ。だが、
「帯革、どう工夫しても当たらないと思いますよ」
【帯革】の動きは直線的だ。最初のように初動で潰せる。
「では、試させていただくとしよう!」
射出。それは前回と同じでやはり直線的な軌道を描いている。私がこれを避けるのも、盾で防ぐのも、とても容易なことだ。
だからこそ、怪しい。私よりも戦闘経験があるであろう尼寺山が同じ過ちを犯すだろうか。あえてこちらを誘うペテンなのではないか。だが、逆にペテンである確たる証拠もない。ゆえに、このままなんの捻りもなしに馬鹿正直に突っ込んでくるか、それ以外か。
私は迫ってくる帯革を動かずにじっくりと観察し、眼前まで迫ったところで搦め手ではないと判断した。
「もらった……!」
躱して、一瞬で尼寺山の懐に入り、左手を潰す。今の私にはそれを行える技術と覚悟がすでにあった。あとは実行するだけ――
「甘いな、お前は」
バックルが炸裂した。
私にぶつかったわけでもない。何かに衝突したわけでもない。それは唐突に炸裂し、ボンッという音を奏でた。
「俺はバックル部分に衝撃が加わると爆発する、と銀行で言ったが、あれは嘘だ。本当は【帯革】にストレスを付与すれば、任意の時に爆発させることが可能なんだよ」
尼寺山は帯革を手元に三度手繰り寄せようとして、手繰り寄せられなかった。
「――……痛……い……けど……! これで……確実……に……捉え……た……!」
なぜなら私が【帯革】のバックル――爆発する部分を右手で固く握りしめているからだ。
私は帯革の爆発を手の中で受け止めた。真っ赤な鮮血と黒く濁った濃煙のようなものが入り混じっているその手は、目も当てられないほどにひどく爛れている。
だけど、これで確実に尼寺山をぶん殴れる。
「それは命取りだろ! 馬鹿が!」
その尼寺山の言葉と共に、バックルは再び右手の中で激しく爆発した。
いくら咎人であっても痛覚はある。だから【右腕発散】で手を保護して爆発の威力を多少軽減していても、焼けつくように痛い。
「はは、イカれてやがる……!」
だが何度爆発されようとも、何回炸裂されようとも、皮膚を焦がされ、肉をぶちまけられても、絶対にバックルを離さない。
「終わりに……しませんか……」
「何をだ」
「この戦いをです……こんな残酷なやり方以外で、あなたが幸せになる方法はないんですか……」
「……ふ、聞かずとも分かるだろうに」
そう、分かっている。尼寺山は根っからの悪で、そしてそれは私ごときの説得では絶対に変えられないことなんて分かっている。背中に重傷を負った店員を見たときにはすでに悟っていた。
「俺の喜びは『悪』であること。俺の悲しみは『悪』でなくなることだ」
ならば、やらなくてはいけない。悲しむ人が1人でも少なくなるように。
「……そう……ですか……仕方ないんですね……」
今ここで尼寺山伊吹を殺さなければいけない。
「……ふ、少年少女の成長は実に早いな」
深呼吸と共にかろうじて原型を保っている右手に力を込め、掴んでいる帯革を躊躇いなく自分の方に引っ張る。それとほぼ同時に尼寺山の元へと走っていく。
「肌でお前の成長を感じられて良かったよ」
間合いは3メートル、私は【右腕発散】で創り出した赤黒いグローブを尼寺山の顔面に残された力の限り突き刺――
「立派に育ったものだ、俺の愛しき娘よ」




